事業承継やM&A、グループ組織の再編成などで、株式を誰かに譲渡しようと思ったとき、多くの方が「手続きはどうすればいいのかな?」と戸惑われます。
株式譲渡は株主という地位(権利)の売買ですので、誰が株主なのかをはっきりさせておかなければなりません。きちんと手続きを行わなければ、後で売買が「なかったこと」になるリスクがあります。
実際の株式譲渡の手続きは、そんなに難しくはありません。赤の他人に対して権利と義務を大金で売買する「M&A」の場合は必ず専門家を入れるべきですが、親子間で株式を譲渡する程度であれば、最低限の書類だけ用意しておけば事足ります。
今回は、株式譲渡の手続き全体の流れを説明しながら、各手続きで必要となる書類のサンプル(ひな形)を配布していきます。厳密な法制度よりも実務的なやり方を重視して紹介しますので、より実践的な手続きが理解できるでしょう。
親族内の簡単な株式譲渡であれば、この記事1本だけで、株式譲渡の流れを正しく理解し、問題なく譲渡手続きを完了することができます。より詳細な契約内容が必要なM&Aの場合でも大枠は一緒ですので、大いに参考になるはずです。
株式の譲渡を確実に行う必要手続きの全体像
まずは、手続きの全体像を確認しましょう。下図の5ステップをきちんと踏めば、確実に、適法に株式譲渡を完了することができます。
次章より、それぞれのステップの解説や必要書類のサンプルをご紹介していきましょう。
ステップ1.譲渡の条件を明確にした契約書を締結
まず、株式の譲渡条件を明確にした契約書を締結しましょう。
契約書の重みはM&Aと親族内承継で違いますが、身内の株式譲渡であっても最低限以下の項目が明確になっている必要があります。
- 売主の氏名と住所
- 買主の氏名と住所
- 株式の発行会社
- 株式の種類(種類株を発行していなければ「普通株式」)
- 譲渡される株数
- 株式の譲渡日
- 株式譲渡の代金の金額
- 譲渡代金の決済方法
- 契約書の締結日
以上の内容が明確に読み取れるならば、契約書として最低限の機能は発揮します。
なお、収入印紙を張る必要はありません。
M&Aの場合は厳密な条件記載が必須
M&Aの場合は、契約書の文言記載がすべてになりますので、合意した条件はすべて詳細に記載する必要があります。10ページ以上になることも珍しくありません。
具体的には以下のような条項を盛り込んでいきます。妥協なく精査しましょう。
- M&Aの成立までに行うべき作業(クロージングの前提条件)
- M&A成立後に問題が発覚したときの責任(表明・保証)
- M&A成立後の雇用維持やブランド維持など経営に関する約束
- 経営者の個人保証を解除する義務と期限
- 売り手の役員退職金の金額と支給日
- 売り手と会社の金銭の貸し借りの精算義務
- 売り手の競業避止義務の範囲と期間
素人判断は絶対厳禁で、必ず中小企業M&Aに慣れた弁護士さんにチェックしてもらってください。書き洩らしや誤記載は一切許されません。
同じ弁護士資格を持っている人でも、M&A実務の経験がない人では意味がありませんし、大企業のM&Aしか経験がない人は中小企業特有の論点を見落としがちなので注意です。
仲介会社の紹介する弁護士は要注意
なお、知り合いに適任がいないという理由で、仲介会社が紹介する弁護士と契約する人もいますが、やめておいた方がよいと思います。
仲介会社はM&Aを「成立」させるのが仕事ですから、悪質な文言の契約書でもとにかく押印してもらったほうが都合がいい立場です。なので、優秀な弁護士なんてまず紹介してくれません。
知り合いに適任の弁護士がいない場合は、交流のある弁護士や税理士に、中小企業M&Aの経験値のある弁護士を紹介してもらいましょう。仲介会社に頼むよりは遥かに安心できる人が来てくれます。
親族内譲渡で使える「最低限の契約書」のサンプル
契約書の内容は、売主と買主の人間関係によってシンプルにしても構いません。親子間の株式譲渡であれば、M&Aほど気合の入った契約書である必要はなく、最低限の内容が明確であれば事足ります。
以下は、最低限の内容に絞った契約書サンプルです。M&Aでは使えませんが、親子間の譲渡では加筆修正して使ってください。
必要書類 | 備考 | サンプルファイル |
株式譲渡契約書 | M&Aでは使わないこと |
ステップ2.「譲渡成立の条件」があれば実行してから決済
親族内の譲渡ではあまりありませんが、M&Aのように厳格な取引では、契約書に「株式譲渡が成立するまでの条件」が明記されるのが普通です(クロージングの前提条件)。
これは、「売主と買主がそれぞれ決済日までに行うべきことで、期限までに実行されなかったら株式譲渡も不成立となる」という重い行動義務です。確実に実行しなければ損害賠償問題になります。
売り手側には以下のような義務が課されることが多いです。しっかり実行しましょう。
- 売り手と対象会社の金銭の貸し借りの精算
- 対象会社にある個人的資産(社宅や社用車)の買取り
- 社員や取引先への挨拶
- ステップ3で挙げる法務の必要書類の準備
- 直前に会社分割を絡める場合は、その実行
売り手と買い手がそれぞれ義務を履行し、その完了をお互いに確認したら、買い手から売り手にお金が振り込まれます。あとは、ステップ3で紹介する事務手続きを終わらせれば株式譲渡は成立です。
ステップ3.会社の「譲渡承認」と「株式の名義書換」の手続き
株主が代わった場合、会社内部で「譲渡承認」の手続きと「株式の名義書換」の手続きを行います。
中小企業の株式譲渡実務としては、書類を作って必要な人物から押印をもらい、会社で保管します。決して難しくないので、きちんと書類を整えておきましょう。
株式は会社の承認がないと譲渡できない
譲渡承認手続きは、会社に株式を売買することを認めてもらう手続きです(下図)。
ほとんどすべての中小企業では、このように対象会社の承認を受けないと株式を譲渡できない仕組みになっています(ただし、実際に承認がもらえないことはほとんどありません)。
手続きをいい加減にすると株式譲渡自体が否定されかねないので、要注意です。
株式譲渡の承認機関に承認してもらおう
株式を譲渡することについて会社の承認を得て書面を残しましょう。
「誰が株式譲渡を承認するか?」は定款に書いてありますので、まずはそれを確認しましょう(登記簿謄本にも書いてあることが多いです)。
株式譲渡の承認機関は会社が自由に決めることができます。多くの場合、次のいずれかの機関が定款で指定されているはずです。
- 株主総会
- 取締役会
- 代表取締役
もし承認機関が定款に明記されていない場合、取締役会がある会社なら取締役会が、ない会社なら株主総会が承認機関です。
残すべき承認の書面は追ってサンプルをご紹介します。
株主名簿も書き換えよう
会社ではそれぞれの株式の所有者を「株主名簿」という台帳で管理しています。この株主名簿の内容を譲渡後のものに書き換えましょう。これで、晴れて株式の売買は成立です(下図)。
すぐに使える必要書類のサンプルファイル
株式譲渡承認を得たら、その旨ややりとりの記録を、会社法で決められた内容の書面に残しておきます。
上図のとおり、譲渡承認機関の設定によって3パターンありますので、サンプルファイルも3パターン用意しました。
なお、日付はすべて株式譲渡の成立日(買主が売主にお金を払う日)で問題ありません。
承認機関が「株主総会」の場合
承認機関が株主総会の場合、以下の書類を残しておきましょう。なお、サンプルは全株主が株式譲渡に書面で同意する(書面決議)というパターンで作っています。
必要書類 | 備考 | サンプルファイル |
譲渡承認請求書 兼 名義書換請求書 | ||
取締役会議事録 | 取締役会がある場合のみ使用 | |
株主への提案書/株主からの同意書 | 各株主で同意書に押印 | |
株主総会議事録 | ||
譲渡承認の通知書 | ||
株主名簿 | 名義書換後の名簿 |
株主総会は書面決議がおすすめ
株主総会の議事録には株主の押印をもらわないため、あとで「株主総会に呼ばれていない」といった異議が入ると、株式譲渡が適法ではなかったのではないかというトラブルが発生する懸念があります。
そこで、全株主の書面による回答記録を残しておくことで、このようなトラブルを完全に回避できます。なお、回答書面は電子メールで送ってもらっても構いません。
承認機関が「取締役会」の場合
承認機関が取締役会の場合、以下の書類を残しておきましょう。
必要書類 | 備考 | サンプルファイル |
譲渡承認請求書 兼 名義書換請求書 | ||
取締役会議事録 | ||
譲渡承認の通知書 | ||
株主名簿 | 名義書換後の名簿 |
承認機関が「代表取締役」の場合
承認機関が代表取締役の場合、以下の書類を残しておきましょう。
必要書類 | 備考 | サンプルファイル |
譲渡承認請求書 兼 名義書換請求書 | ||
代表取締役の決定書 | 必須ではない | |
譲渡承認の通知書 | ||
株主名簿 | 名義書換後の名簿 |
ステップ4.翌年3月に所得税の確定申告
ステップ3までで、株式譲渡そのものの手続きはおしまいです。ただ、非常に大事な手続きとして、税金に関する手続きが残っています。
所得税の確定申告は譲渡があった年の翌年2月16日~3月15日に行います。令和2年の1月~12月に譲渡した場合、令和3年の3月15日が期限です。
税理士泣かせなことに、国税庁ホームページの確定申告等作成コーナー〔外部〕が非常によくできています。億単位のM&Aなら念のために税理士を使ってほしいと思っていますが、実際にはご自身で簡単にできてしまいます。
「株式等に係る譲渡所得等の金額の計算明細書」を記入しよう
株式の譲渡(分離課税)で必要になる申告書類は以下の3つです。
- 第一表
- 第三表
- 株式等に係る譲渡所得等の金額の計算明細書
申告ソフトを使う場合、最後の「株式等に係る譲渡所得等の金額の計算明細書〔外部PDF〕」さえ正しく入力できれば、第一表と第三表には自動で数字が飛んでいきます。
国税庁ホームページからの入力方法
国税庁ホームページの確定申告等作成コーナー〔外部〕を利用する場合、以下の手順で該当する入力欄が出てきます。
- 「収入金額・所得金額の入力」のページ下部「分離課税の所得」の表にある「株式等の譲渡所得等」の「入力する」をクリック
- 「2 株式等の売却・配当・利子等の入力」の「株式等の「取引明細」などの内容を入力する方」の項で「一般株式等の売却がある」にチェックを入れる
- 「株式等の「取引明細」などの内容を入力する」のボタンが押せるようになるので、クリックする
2面の「【参考】特定口座以外で譲渡した株式等の明細」の記入の仕方
「株式等に係る譲渡所得等の金額の計算明細書」の2面(2ページ目)の下半分に「【参考】特定口座以外で譲渡した株式等の明細」という欄がありますので、ここに以下の情報を入力しましょう。
それぞれの金額の内容について不安な方は「初心者でもすぐマスター!実はシンプルな株式譲渡の税金計算と節税策」も併せてご覧ください。
住民税の確定申告は不要
なお、株式譲渡には住民税も発生しますが、こちらは所得税の確定申告を所轄税務署に提出すれば勝手に情報が地方自治体に送られますので、申告は不要です。
ステップ5.納税は時期は5回やってくる
最後に、期限までに納税をすれば、株式譲渡の関連手続きはすべておしまいです。
所得税は申告と同時に納付する
株式譲渡の税金は20.315%なのですが、このうち、所得税と復興特別所得税(15.315%分)は、確定申告と同じく譲渡があった翌年の3月15日が納期限です。
税務署で納付書をもらえますので、それを記入して銀行に持っていけば納付できます(下図)。
住民税は4回に分けて納付する
残りの住民税分(5%分)は、6月末、8月末、10月末、1月末の4回に分けて納付期限が訪れます(下図)。
住民税は6月の頭ぐらいに4回分の納付書が印刷された状態で送られてきますので、こちらも銀行に持っていけば納付できます。一度に全額納付することも可能です。
株式譲渡の手続きに関するよくある質問のQ&A
最後に、よくあるご質問やご相談をQ&A形式でご紹介しましょう。
Q1.株式の譲渡では登記は必要ないのですか?
はい、必要ありません。
株式会社は株主がコロコロ変わることを想定して作られている制度ですので、逐一登記などで株主を明確にする必要はありません。
ただし、株式譲渡と同時に取締役を変更する場合は、変更登記が必要です。
Q2.株券発行会社ですが、手続きは一緒ですか?
一緒と考えていただいて差し支えありません。
株券があればもう少し手続きを簡略化できる部分もありますが、同じ手続きをしておけば間違いありません。
Q3.株券発行会社ですが、株券なんて見たこともありません
これを期に株券なんて廃止してしまいましょう。
断言しますが、株券なんて百害あって一利なしです。きちんと手順を踏めば確実に廃止できますので、廃止しておいたほうが良いでしょう。詳しい方法は「案外簡単!株券発行会社で株券を紛失/発行してないときのM&A実務」でご紹介しています。
Q4.会社に自己株式として買わせたいのですが、手続きは一緒ですか?
いいえ、以下3点で違いが生まれます。
- 売主を除外した株主総会を開き、特別決議を得る
- 「みなし配当」が発生するので、源泉徴収が必要
- 売主の配当所得の税務申告も必要
必要書面も納税方法も納税額も変わりますので、この辺の実務はまた別の記事でご案内したいと思います。
おわりに
今回は、株式譲渡の全体の流れと、その際に必要な書類のサンプルをご紹介しました。
以下、もう一度全体の流れをおさらいしましょう。
株式譲渡はきちんと手続きを踏まなければ、法的に無効となるリスクがあります。十分気を付けて手続きに漏れがないようにしましょう。
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