会社の売却を有力な選択肢として前向きに考えているものの、残される社員・従業員さんたちに迷惑だけは掛けたくない、という想いを抱く経営者さんは少なくありません。特に、中小企業を率いてきた社長としては、責任感から、

  • 自分を信じてついてきてくれた社員を路頭に迷わせたり、みじめな思いをさせたくない
  • 社員から「裏切られた」「見捨てられた」と思われるのだけは避けたい

と考え、M&Aという選択肢の本格的な検討を先延ばししてしまう方が多いです。

このような胸の詰まる心配に対して、あなたに会社売却を決断してほしい業者からは、「買い手は人がいないと困るのだから、リストラなんて滅多に起こらない」とか「日本の労働法では整理解雇や賃下げは難しいから大丈夫」といった無責任なセールストークが展開されます。本当にこのような甘言蜜語を信じてよいものか、頭を抱えている方も多いでしょう。

実際には、M&Aは業者が宣伝するほど甘いものではなく、売り手経営者の判断ミスで、社員さんたちに大きな不幸が降りかかることも珍しくはありません。

しかしながら、業者の宣伝がすべてウソというわけでもなく、売り手経営者がM&Aのポイントを抑えたことで、社員の方々がより幸福な人生を歩む結果になった事例も十分あります。

「残される社員の幸福」という意味でのM&Aの失敗と成功を分ける決め手として、売り手経営者がM&Aプロセスを通じて適切に立ち回り、適切に判断ができるか?という点が非常に重要になります。その具体的なポイントは、数々のM&Aの失敗事例と成功事例を分析していくと、必然的に見えてくるものです。

この記事では、まず会社売却の失敗と成功を分ける最重要要素を説明してから、社員を不幸にしてしまった失敗事例と、幸福をもたらした成功事例を4つずつご紹介します。

そして、それらの事例から読み取れる「社員を不幸にしない会社売却のコツ」を3つと、それを追求するために有効な具体的な行動をご紹介します。いずれにも、実例に裏打ちされた成果実証済みのテクニックをご紹介していきます。

この記事をよく読んでいただき、自社に当てはめて考えていただければ、会社を売却すると社員たちはどのような状況になるかが鮮明にイメージできるようになるでしょう。そして、不幸な結果をもたらさないために今後何をしていかなければならないか、具体的な行動の仕方が理解でき、M&Aという大きな決断の参考になるでしょう。

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会社売却で社員はどうなる?迷惑を掛けない3つのコツも解説!(18分28秒)

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社員の幸/不幸は買い手次第

「会社を売ったら、社員は幸せになるか?不幸になるか?」という質問の答えは、「それは買い手次第です」ということに尽きます。適切な買い手に売れば幸せになるでしょうし、不適切な買い手に売れば不幸になります。

なぜなら、会社を売るということは経営権を買い手に譲り渡すということであり、M&A後に社員をどう処遇しようが買い手の自由だからです。そのために買い手はあなたに大金を支払いますので、これは当然の権利です。

たとえば、会社を売ってしまった後で、

  • 買い手が社員を酷くぞんざいに扱い始めた
  • 買い手の事業運営が不適切で、事業も組織も滅茶苦茶になってしまった

などという状況は、私自身、嫌になるほど何度も見てきました。

このような「社員に迷惑を掛ける会社売却」を避けようと思うなら、ご自身の目で、適切な後継者を選び出すしかありません。次章から、不適切な買い手選びの結果不幸を招いた事例と、適切な買い手を選んだことで社員も幸せになった具体的な事例を紹介していきましょう。

社員が不幸になってしまった会社売却の失敗事例4選

まず、会社売却の結果、社員が不幸になってしまった事例を4つご紹介しましょう。いずれも「後継者の選択ミス」という問題が潜んでいる点に留意してご覧ください。

失敗事例1.「自己都合退職」に誘導される

社員が不幸になったM&Aの事例1

まずご紹介するのは、不誠実な買い手の言葉を過信し、社員に大きな迷惑を掛けてしまった事例です。

首都圏で小売業を営むA社は、「M&A後にクビ切りはしないし、賃下げもしない」と約束してくれた同業大手の上場企業B社に譲渡されました。株式売買の際に買い手と交わした契約書には、

  • 従業員全員、2年間は継続雇用する
  • 雇用条件の不利益になる変更はしない

という条件がハッキリと記載されました。

ところが、M&Aが成立してわずか半年後、首都圏に住む本部社員に対して、「再来月から全員〇〇県の親会社本社に出向するように」との異動命令が下ります。

首都圏で生活があり、家族もいる社員の大半が、この命令に従うことができず、退職を余儀なくされます。約束通り、「クビ切り」も「賃下げ」もありませんでしたが、ほとんどの本部社員が会社を去らざるを得ない状況に追い込まれたのです。

買い手の誠実性を見抜けるかが重要

A社事例の失敗の本質的な原因は、買い手であるB社の本心が掴めなかったことによります。

後から思い返せば、B社は、実際には継続雇用の意図がなく、最初から大半の本部社員を退職させることを計画してM&A交渉を進めていたとしか思えません。B社のビッグネームに惑わされず、相手の誠実性をきちんと推し量っていれば、或いは売ることを思いとどまれたはずです。

相手が誠実に雇用維持を訴えているか、それとも交渉上のリップサービスなのかが判断できず、売り手はずっと後悔することになったという事例です。

確かに存在する「事実上のリストラ」

この事例は、全国的に知名度のある某上場会社が実施したことから、「事実上のリストラ手法」として知られています。

すべての買い手がこのような「手荒な真似」を考えているわけではありません。これをすると業界内での評判が非常に悪くなるため、控える買い手企業のほうが多いとは思います。

ただし、M&Aの買い手は、売り手に支払った投資額を対象会社の利益で回収しなければならないため、コスト削減の志向は必然的に強くなります。多くの買い手にとって、「本部社員」と「高齢の社員」は少ないほうがありがたい、というは偽らざる本音です。

失敗事例2.組織文化のミスマッチで退職が続出

社員が不幸になったM&Aの事例2

次に紹介するのは、一般論を信じて良かれと思って行った決断が、個別ケースには当てはまらなかったという事例です。

ベンチャー気質の強いC社は若く勢いのある会社で、年々急成長を遂げてきました。そんなC社ですが、同業大手で老舗企業のD社とのM&Aが成立し、D社の子会社となりました。

ここで、大きな問題に直面します。C社とD社の人事評価には、以下のような「文化の壁」が存在していたのです。

  • C社の社員は若く、成果主義の人事評価であり、30代でも1,000万円プレーヤーが何人もいた。
  • D社は年功序列が色濃い人事評価であり、非管理職の平均給与は400万円台だった。

社員が不幸になったM&A

この違いは、若く優秀な人材の間で、大きな収入格差をもたらしていました。

さすがに高収入の社員の給与が突然下げられることはなかったものの、優秀な社員の昇給ペースは明らかに鈍化しました。

管理職の椅子も親会社D社からの出向者が半分以上を占めるようになり、それがまた人事評価を親会社に近づけていきます。気付けば「実力主義の人事評価」とは名ばかりで、結局全員似たような評価に収まるという、大企業にありがちな「形だけの実力主義」になってしまいました。

かつてのC社に実力主義を夢見て入社していた若い優秀な社員はいち早くそれに気づき、失望して退職していったということです。

人それぞれ価値観は異なる

この事例で教訓にしていただきたいのは、すべての社員が必ずしも大企業に属したいわけではないということです。

社員は安定と同時に、夢ややりがいも必要としています。どちらを重視するかは人それぞれで、「M&Aをすれば一般的にみんな幸せになる」なんて気休めでしかありません。

自社の社員たちがどのようなキャラクターを持っていて、どんな人生を望んでいるのか。リーダーとして、買い手選びの際に考慮してあげてください。

失敗事例3.企業間の上下関係による不快感

社員が不幸になったM&Aの事例3

中小企業M&Aでは、どうしても買う側の親会社と買われる側の子会社という「上下関係」が意識として生まれがちです。

これが、社員さんたちに大きなストレスを感じさせることは少なくありません。

地方中核都市で独自ブランドの飲食店数店舗を営んでいたE社は、小規模チェーンの先行き不安からM&Aを決断し、今全国的に急拡大している店舗ブランドを持つF社への譲渡されました。

売り手であるE社の社長には、「業界内でも伸び盛りのF社を選べば、社員たちも安心してくれるだろう」という気持ちもありました。

ところが、M&Aから1年以内に、店長やマネージャークラスの社員が連続して退職してしまいます。

理由を訊くと、「それまで『敵』だと思っていたF社が突然『上司』のような立場になり、大事にしていたE社の店舗ブランドがF社のチェーン店に改装されていくのを見て、急激に白けてしまった」とのこと。

また、「F社の過度にコストを省くオペレーションは接客業では『邪道』だと思っていたのに、今ではあらゆる場面で徹底的なコスト削減が押し付けられ、疲れてしまった」という声もあったそうです。

F社のやり方に馴染む社員も多少いたものの、結果として可愛がってきた幹部社員の半分以上が失望の末退職してしまったことに、E社の元社長はやりきれない思いを抱いているとおっしゃっていました。

M&A後の事業運営を確認しよう

この失敗事例は、買い手がM&A後にどのような事業運営を計画しているかを確認することで、防げたものと思われます。

つまり、E社の社長は、買い手候補に対して「買収後はどのような事業運営をしていくつもりですか?」と尋ねるべきでした。

F社は正直に「店舗を自社ブランドに改装して、収益アップを図ります」と言ってくれたはずですので、それがE社の社員にとって幸せなことかを考えることができます。その結果、F社ではない相手を選ぶことになったかもしれません。

M&A後のことは買い手だけが決められますので、どのような方針を計画しているかは、きちんと確認すべきなのです。

敗北感を感じる「競合への子会社化」

日ごろからライバル企業と意識している競合他社を買い手に選ぶことは、常に悪い選択肢とは限りませんが、現場のストレスが大きい点には注意が必要です。

仮に売り手と買い手の経営者同士は何とも思わなくても、現場で働く社員たちは上下関係を感じてしまいがちです。それまで打ち負かすべき敵であった会社が突然親会社に変わることは、現場社員に大きな「敗北感」を与えやすいのです。

失敗事例4.自分たちの行く先が見えない不安で退職

社員が不幸になったM&Aの事例4

最後に、買い手選び自体に落ち度があったというよりも、M&Aに慣れていない買い手を選んだことによる失敗事例をご紹介しましょう。

ある地域で複数の小売店を営んでいたG社は、そのエリアに進出したいH社に譲渡されました。H社の方針として、「買収後1年間は何もせず、G社の自主性を尊重する」とのことでした。

そのせいか、M&Aを社員に発表した際にH社の役員が挨拶したぐらいで、「皆さんで従来通り会社を回しておいてください。何かあったら連絡ください」という姿勢でした。H社の部長だという新社長も、ほとんど現場に来ることもなく、指示も特にありません。

一見何も変わらないように見えますが、社員の中では、じわじわと不安が広がっていきます。

社員たちが当然に感じている「自分たちはどうなるのか?」「経営者不在のような状況がいつまで続くのか?」「転勤や出向はあるのかないのか?」といった疑問に、誰も答えないまま時間だけが過ぎていくからです。

実は、今後のことは、買い手であるH社の中でも全然決まっていませんでした。そのため、誰に訊いても「それはまだ未定」という答えが返ってくるだけで、いつ決定するかの情報すらありません。当事者として、こんなに不安を感じる回答はないでしょう。

G社の実態は、M&A前と何も変わらないように見えます。しかし、時間が経つごとに、不安に駆られた社員さんたちは逃げるように退職していったのです。

売った後の社員のフォローを忘れずに

M&A後の社員さんは大きな不安を感じています。売った者としてのフォローは忘れずにしてあげてください。

M&Aが成立した以上、その会社はあなたのものではありませんから、買い手を差し置いて出しゃばった真似は厳禁です。しかし、買い手を社員に円滑になじませるための協力は、ぜひしてあげましょう。

そうしないと、社員からは「前社長は俺たちを売り飛ばした」と恨みを買うことにもなりかねません。

社員の不安は想像以上

G社の事例は嘘みたいな本当の話であり、不慣れな買い手を選んだ際に陥りがちなM&Aの失敗です。

M&Aが公表されると、対象会社の社内には激震が走ります。多くの売り手経営者が過小評価していますが、社員の皆さんが感じる不安は想像以上だと考えてください。

中小企業の社員は、会社が社長の手腕によって成り立っていることをよく知っています。そして、社長が変わることは会社が根本から変わることだということを、直感的に感じています。

皆さん「嫌」なのではなく、「不安」なのです。この不安を適切に和らげてあげなければ、M&Aは思わぬ失敗に陥ります。

社員も幸福にした会社売却の成功事例4選

上述のように、会社売却によって社員を不幸にしてしまった事例は決して少なくありません。一方で、結果的に多くの幸せを運んだM&Aも確かに存在しています。

幸せなM&Aはどのように実現したものでしょうか? そのコツを掴み取るように読んでいただければと思います。

幸福事例1.大企業と同じ労働環境が実現

社員が幸福になったM&Aの事例1社員の残業削減や福利厚生について、多くの中小企業経営者が頭を悩ませていると思います。

しかし、大企業に会社を売ることで、その労働環境が大企業と同じ水準になる、というケースも珍しくありません。

小規模企業のI社では、サービス残業は当たり前で、有給休暇は冠婚葬祭以外まず取れない空気の会社でした。I社の社長はこれまでの再三環境改善を模索してきましたが、今の売上規模ではどうしてもあと一歩を踏み出せません。

しかし、このままでは人手不足倒産も時間の問題だと感じ、いわゆるホワイト企業である上場会社のJ社に売る決断をしました。

J社は買収後すぐに大ナタを振るい、徹底的な労働環境改革を実施しました。I社の就業規則をJ社と同じものにし、サービス残業がないか抜き打ち検査もして徹底的にルールを守らせたのです。

残業代が出ることで、社員の年収は下がるどころか上がりましたので、多くの社員が感動するM&Aとなりました。なお、I社はその後J社との売上シナジー効果が実現し、人件費の増加分をきっちり回収しています。

売り手は「社員を大事にする会社」だから売った

I社は結果的に売り手、買い手、社員のそれぞれが幸せになった事例ですが、偶然そうなったわけではありません。売り手であるI社の社長は、J社なら必ず社員を大事にすると思ったから売ったのです。

I社の社長は、買い手を選ぶ際に複数の候補から「M&A後にどのような経営をしていくつもりか?」を入念にヒアリングしていました。その上で、J社が一番社員を大切にし、事業も育ててくれると感じたそうです。

たまたま偶然良い買い手に巡り合えたのではなく、成功するべくして成功した事例と言えるでしょう。

上場会社次第でもあるので注意

労働環境の改善は、上場会社を買い手に選ぶ大きなメリットです。ただし、すべての上場会社が労働環境の改善に前向きではない点には注意が必要です。

残念ながら、親会社と子会社で労働環境が天国と地獄という上場会社は、いまだに存在しています。買い手企業の労働環境が素晴らしいから、それがそのまま自社にも適用されるとは限りません。

I社のケースではM&A直後から労働環境の大幅改善がスタートしましたが、これはJ社が将来の売上アップに自信を持っていたという側面も強かったと思われます。

幸福事例2.重要な戦力として迎え入れられる

社員が幸福になったM&Aの事例2

買い手企業がM&Aという成長戦略を選択する理由の1つに、「簡単には手に入らないノウハウの獲得」というものがあります。

ノウハウを持っているのはヒトですので、このようなM&Aでは買収された側の社員が三顧の礼で迎えられることになります。

少人数で化粧品のネット販売を行っているK社は、買い手候補を募ってみたところ、装飾品の店舗販売を行っているL社から熱烈なラブコールを受けました。

このとき、L社はネット販売のノウハウが喉から手が出るほど欲しかったのです。売り手であるK社の社長は、トップ面談を通じてこの買い手ならば高いシナジーを実現できると思い、L社に譲渡することを決断しました。

L社はM&A成立後わずか4カ月でK社を吸収合併し、L社のEC事業部として再編。K社の番頭格だった幹部を執行役員事業部長に抜擢します。元K社の社員たちは期待を背に受けて獅子奮迅の活躍を見せ、約1年で装飾品のネット販売事業を軌道に乗せることに成功しました。

元K社社員の年収が上がったことは言うまでもないですが、何より期待を一身に受け、見事に応えることができたという経験が、彼らに大きな幸福感をもたらしました。

強みが噛み合うM&Aは全員に受け入れられやすい

K社の事例は、買い手であるL社が求める経営資源をちょうど持っており、パズルのピースが噛み合うようにマッチングされたものです。このようなM&Aは買い手にも対象会社社員にもプラスに働くことが多く、売買価格も高くなりやすい「三方よし」となりやすいものです。

もちろん、このような良縁は必ずしも頻繁にあるケースではないですが、キラリと光るものを持っている会社であれば、素晴らしい買い手との出会いは期待できるかもしれません。

入念なディスカッションが成功の決め手

売り手と買い手のピースが見事に一致するのは偶然も必要です。ただし、双方の努力で確率を引き上げることは可能です。

このケースで印象的だったのは、トップ面談の場で、どのようなシナジーが期待できるかについてかなり突っ込んだ議論が交わされていたことです。トップ面談というより、新サービスの開発会議のような熱気すらありました。

このようなディスカッションによって、買い手のM&A後の事業計画が洗練され、成功率を高めたことは間違いありません。

幸福事例3.商品競争力が上がって営業成績が向上

社員が幸福になったM&Aの事例3

前項のK社のケースは優秀な人材が新しい組織を引っ張るというものでしたが、逆に新しい組織が人材の活躍の場を広げるということもあります。営業マンMさんのケースをご紹介しましょう。

Mさんは中小の製造業N社で営業担当として活躍していましたが、N社は同業の大手O社に買収されます。O社はN社との組織統合を進め、MさんはO社の製品も売ることになりました。

最初はライバル視していたO社製品を売ることに、大きな戸惑いと屈辱を感じたそうです。

転職も考えたそうですが、売り手であるN社社長からO社を選んだ理由を聞いたことをきっかけに、「とりあえず2~3年試しにやってみよう」と思い直し、O社製品の良さをお客様に伝える努力を始めました。

本気でO社製品をセールスしてみると、みるみる販売成績が上がっていき、元々のO社の営業マンよりも好成績を収めてしまいます。

実は、商品力ではO社のほうが優秀な面が少なくありませんでした。N社時代は商品力や組織の信用力が不足して損をしていた部分も大いにあったのでしょう。M&Aを期に組織力が強化され、個々の社員の実力が引き出されたというケースでした。

売り手も予想していた社員の活躍

実は、売り手であるN社長は、MさんがO社の下で相当活躍するのではないか?と事前に予想していました。

N社長は、以前からMさんの実力を高く評価しつつ、十分な活躍の場を与えられていないと感じていたそうです。そのため、O社という組織基盤に乗れば、きっと成績も上がるはずだと考えていました。

懸念点は、O社に売ったということがMさんの感情を逆なでしてしまわないかということでした。そこで、なぜO社を買い手に選んだかについて、丁寧に説明することで、「とりあえずO社の下で働いてみよう」という気持ちを引き出すことに注力しました。

結果的に、すべてN社長の予想通り事が運び、Mさんの人生を飛躍させるきっかけとなったのです。

幸福事例4.たった1回の飲み会でアイスブレイク

社員が幸福になったM&Aの事例4M&Aは、対象会社の社員にとって衝撃的な出来事であり、突然やってくる買い手を異星からの侵略者のように感じてしまう方も、意外と少なくありません。

そんな場合、可能な限り早い段階で買い手を理解してもらい、買い手に対する警戒感や不安感を和らげてもらう必要があります。

売り手であるP社長は、M&A取引の契約をR社長と結んだ直後に、P社の副社長格であったQさんにその事実を打ち明けました。Qさんは大きなショックを受け、買い手に対して極度の警戒感を示したそうです。

売り手であるP社長は、QさんとR社長の仲を取り持つべく、寿司屋での会食をセッティングしました。

少し遅れてお店に着いたQさんは、最初は明らかに不快そうな顔をし、R社長に対して警戒感を崩しませんでした。R社長からお酒を薦められましたが、「私は今日、車で来ているんで」と固辞してしまいます。

そんな最悪の空気で始まったQさんとR社長の顔合わせですが、R社長が「やっぱり1杯だけでもいいから飲みましょう。僕が代行を手配しますから」と無理やり誘い、お酒に口を付けさせます。

すると、Qさんはみるみるうちに口角が上がり、仕事や趣味を熱く語り始めました。散会するころにはすっかり出来上がり、R社長と二人でもう1軒ハシゴするほど意気投合してしまいました。

この案件の成功は、間違いなくこの夜が大きかったと思います。M&A直後に、たった1週間でもQさんとR社社長の間に険悪な空気が流れてしまったら、もう修復はほとんど困難だったでしょう。

飲みにケーションは結構使える

飲み会で仲を深めるというのはベタな発想ですが、経験上、M&Aの場面でも非常に有効だと感じています。

実は、上記のQさんとR社長の顔合わせでは私も同席しており、不穏な空気を感じてR社長に「代行を呼んででも絶対に飲ませたほうがいい」と進言させていただきました。大したことではありませんが、その一言がなかったらM&Aの成功はなかったと振り返っています。

アイスブレイクには協力しよう

買い手が社員と仲良くなるのは、本来は買い手が努力すべきことですが、売り手は社員のために惜しまず協力してあげましょう。

もちろん、お酒が嫌いな人にお酒を飲ませようとしても逆効果です。Qさんのケースでは、事前に売り手であるP社の社長と打合せをし、QさんとR社長をどう仲良くさせるかを相談しました。

Qさんがお酒好きであることやお持ちの趣味などをR社長に知ってもらい、自然とQさんが語りやすい話題になるようにセッティングもしています。

たったこれだけで、社員の不安を大幅に和らげるお膳立てが可能です。協力できることは積極的にしてあげましょう。

社員を不幸にしたくないなら実践すべき会社売却のコツ3選

失敗と成功の事例をご覧いただいたことで、「社員の幸/不幸は買い手次第」ということがご理解いただけたかと思います。

では、社員を不幸にしないためには何を実践すればいいでしょうか? 具体的には、以下の3つのポイントを意識して行動していくことがコツとなります。

  • M&A後の経営方針を理解する
  • 組織文化を理解して相性を考える
  • 売却後のフォローで社員の安心を引き出す

上記の3点は、私が関与した様々な中小企業M&Aの事例を振り返り、成功と失敗の分岐点は何かを分析して導き出した結論です。必ずしも順番を意識する必要はありませんが、3つのコツの関係性は以下のとおりです。

社員を不幸にしない会社売却の全体

以下では、実際にこのポイントをクリアするために有効な具体的な行動をご紹介していきましょう。いずれも、過去の経験で良い効果が確認できた実証済みのテクニックですので、ぜひ参考にしてください。

社員を不幸にしないコツ1.M&A後の経営方針を理解しよう

社員を不幸にしないための会社売却1

社員を不幸にしないために最重要となるのが、買い手がM&A後にどのような事業運営を計画しているのか、その経営方針をしっかり聞き取り、理解することです。

M&A後に会社を経営するのはあくまで買い手ですので、彼らがどのような経営をする予定なのかは、しっかりと見極める必要があるのです。その上で、後継者として適しているのかどうか考えましょう。

理解するためには、以下の3点を意識しましょう。

  • 買い手を選ぶ際の「評価ポイント」を事前に伝える
  • なるべく数字を交えて説明してもらう
  • 買い手に適切な情報開示する

書面と面談で経営方針を訊き出そう

なお、経営方針のヒアリングは、書面(「意向表明書」)と面談(「トップ面談」)の2つの手段で行うことをおすすめします。

採用面接では先に書面(履歴書や志望動機説明書)を送ってもらい、そのあとで面接をしますが、後継者選びでも同じ手順を踏みましょう。

事前に「評価ポイント」を伝える

売り手として、買い手選びの際に何を重視するのかという「評価ポイント」を伝えましょう。

買収意欲の高い買い手は、限られた時間で「自社が後継者として相応しい買い手であること」を売り手にプレゼンします。事前に評価ポイントを伝えておくことで、売り手が気にしていることを効率的に教えてくれます。

たとえば、「社員が長く働ける環境を整えてほしい」という評価ポイントを伝えておけば、「社名と屋号は継続します!」とか「コストをかけて最新設備を導入します!」などの興味の薄いアピールに時間を割かれることはなくなります。

なるべく数字を交えて説明してもらう

M&A後の経営方針は、できるだけ数字を交えて訊き出すようにしましょう。それだけで具体性と信用度が大きく向上します。

たとえば、「雇用継続を約束してくれるとのことですが、

  • 年々どの程度の人件費を見込み、
  • どの程度の利益を出すことで、
  • 何年での投資回収を目指されていますか?

」と質問してみましょう。きちんとしたシナジー実現の見込みがあれば、数字を交えた具体的な方策が出てくるはずです。

逆に上述の失敗事例のように、本心では「事実上のリストラ」を計画している買い手なら、数字の裏付けのないボンヤリした事業計画しか回答できないでしょう。

M&Aという大きな投資をする買い手は、必ず回収計画を作っています。嘘を交えれば必ずどこか矛盾が生じますので、不誠実な買い手を見抜くきっかけになるはずです。

買い手に適切な情報開示をする

なお、買い手から具体的な方針を訊き出すためには、対象会社について事前に適切な情報開示をしておきましょう。

なぜなら、買い手も対象会社の詳しい事情を知らずして、具体的な経営方針なんて立てられるはずがないからです。売り手から買い手に対して情報開示を行うことは、M&Aを成功させる大前提です。

なお、買い手に適切な情報開示をするために心がけていただきたいことは、以下の5つです。

  • 売り手自らで開示情報を監修すること
  • 買い手を絞り込む前に極力情報開示すること
  • 開示できない情報があれば、その理由を説明すること
  • 裏付けのある情報を開示すること
  • ネガティブな情報も隠さず開示すること

情報開示の重要性やコツについては「最高の後継者が争奪戦を起こしてくれるM&Aの【情報開示の5原則】」という記事で詳しく紹介しています。M&Aの成功に必須の知識ですので、ぜひご一読ください。

社員を不幸にしないコツ2.組織文化を理解して相性を考えよう

社員を不幸にしない会社売却のコツ2

M&Aは結婚に例えられることがありますが、それと同様に「相性」が非常に重要なものです。相性にも色々ありますが、特に「組織文化の相性」を強く意識しましょう。

M&Aでなくても職場の雰囲気や人間関係に悩んで転職する人は非常に多いですが、特にM&Aはそれまでの職場の雰囲気を一変させるインパクトを持っています。相性が合わない組織が親会社になってしまった場合、子会社の社員はその影響を必ず受けます。

上述した失敗事例である、実力主義志向の強いC社が年功序列志向のD社に買収されたケースは、まさに組織文化のミスマッチでした。

以下、このようなミスマッチを防ぐためには、以下の手順を踏みましょう。

  1. 相手の組織文化への理解を深める
  2. 社員が買い手の文化に馴染むかを具体的に考える

相性の検討手順1.相手の組織文化への理解を深める

まず、買い手企業がどのような文化を持つ組織なのかを理解します。これを最初に正確に行わないと、相性なんて把握のしようがありません。

相手の組織文化を理解する方法は様々ありますが、私の経験上、特に有効だと考えているのは以下の3つの手段です。

  • 転職サイトの求人内容や口コミ
  • トップ面談での印象と社長のキャラクター
  • 現場観察
転職サイトの求人内容や口コミ

今までで一番「使える」と感じた方法が、転職サイトのリサーチです。これはぜひやっておきましょう。

M&Aとは、ある意味で社員が丸ごと転職するようなものです。買い手企業がどのような人材を欲しがっているのか、どのような組織文化をアピールしているのかがもっともまとまっているのが、リクルートのための求人情報です。

さらに、その会社の現役社員や退職者からの口コミ情報も読めることがあります。すべてが真実とは限らない点には要注意ですが、大きな参考になるでしょう。

トップ面談での印象と社長のキャラクター

トップ面談で直感的に感じ取る情報も、組織文化を知るうえでなかなか参考になります。組織文化という意味では、話している内容よりもその雰囲気のほうが重要です。

言葉遣いや身だしなみには日ごろの組織の状況がにじみ出てきます。特に買い手企業の社長と会える場合は、どのような組織文化かを感じ取る非常に重要な機会ですので、しっかり観察しましょう。

また、相手の社長がブログを書いていたり、メディアのインタビューを受けている場合は、そちらも目を通しておきましょう。

現場観察

異業種同士のM&Aで意外と忘れられがちなのですが、買い手が接客業の場合、お店には必ず客として行ってみましょう。実店舗ほど組織文化が如実に現れる場所はありません。コソコソする必要はまったくないので、ぜひ店舗で働く店員さんたちに話しかけてみてください。

社員さんは活き活きしているか、清掃は行き届いているか、内装は明るいかなど、見るべきポイントは山ほどありますが、「自分の家の近所にあったら頻繁に行きたいと思うか?」「自社の社員たちがファンになるような店か?」という観点を意識しましょう。

相性の検討手順2.社員が買い手の文化に馴染むかを具体的に考える

相性を考えるときは、具体的な社員の顔を思い浮かべたうえで、「この会社と一緒になったときに、社員は活き活きと働いてくれるだろうか?」と考えましょう。

社員さんたちにはそれぞれ個性があり、同じ人はどこにもいません。大企業の一員になることで安心する人もいれば、逆にやりがいをなくす人もいます。それぞれの社員の個性を尊重しなければ、本当に社員たちのことを考えているとは言えないでしょう。

上述の失敗事例として紹介した、それまで打ち負かすべきライバル企業と意識していた会社に店舗ブランドも一新されてしまったE社のケースでは、傍から見ていれば成長企業の一員になれて良かったと思われるかもしれません。

しかし、本人たちにとっては理屈ではない屈辱であり、一般論では説明できない不幸な結末になっています。

M&A後の社員をイメージしたとき、笑顔で活き活きと働いていますか? 全員のことを考えることは難しくても、古参社員を中心として具体的にイメージしていきましょう。

社員を不幸にしないコツ3.社員が安心できるよう買い手に協力しよう

社員を不幸にしない会社売却のコツ3

上述した「M&A後の経営方針を理解する」「組織文化を理解して相性を考える」の2つを追求すれば、買い手の選択を間違えることはないでしょう。

最後に、「選んだ買い手を社員に理解してもらい、安心してもらう」ということができれば、社員にとっても最高のM&Aになります。

本来、M&A後に社員を安心させるのは買い手の仕事です。しかし、自分の責任ではなくても社員さんたちが不幸になるのが嫌であれば、売り手としても買い手をサポートしてあげましょう。

安心感を引き出す方法は以下の4つです。

  • 話が決まるまで絶対に言わない
  • 社員に公表するときは入念に準備する
  • M&A後も社員に積極的に顔を見せる
  • 買い手への事業引継ぎはしっかりと行う

安心感の引出し方1.話が決まるまで絶対に言わない

M&Aのことは、交渉がまとまるまで秘密厳守が大原則です。M&A交渉がまとまる前に、社員に対してM&Aのことを言ってしまったり、相談してしまう方がいますが、これは社員さんも傷つける行為です。

まだ何も決定していない段階で、そんなことを相談される社員さんの気持ちを考えてみましょう。社長の悩みが深ければ深いほど、自分の将来に対して大きな不安を抱きます。社長に対して白けたり、失望したりする方も少なくありません。

経営者であれば、退職を決断・公言した社員に何カ月も居座られるのは嫌でしょう。会社の売却を進めている社長の下で働く社員は、その何倍も不快で不安になるものだと心得ましょう。

「決定後速やかに一斉発表」が原則

M&Aの交渉がまとまったら、速やかに「一斉発表」が社員説明の原則です。

社員同士の会話の中で、M&Aは非常にセンセーショナルな話題になりますので、特別に制限しない限りはあっという間に情報が広がります。第一報を直接聞く人と又聞きの人に分かれるのは好ましくありません。

ただし、実際は幹部には先に伝えておいたり、部長クラスには一般社員より1日前に伝えるなどの対応も取られます。全員平等に扱うと、それはそれで不満を覚えることもあるからです。

とはいえ、原則はあくまで「一斉発表」ですので、先行で教える方々には厳重に口止めしておく必要があります。

社員・従業員さんたちにM&Aのことを発表するタイミングは慎重に検討しましょう。よく見られる方法を「事例で学ぶ円満なM&Aのための従業員への説明のタイミングと方法」という記事でご紹介していますので、ぜひ参考にしてください。

安心感の引出し方2.社員に公表するときは入念に準備する

社員さんたちにM&Aのことを公表する際は、入念な準備が欠かせません。

この社員公表は、売り手としてかなり気が重いものです。しかし、この社員公表をなおざりにしてしまうと、社員さんたちの動揺を抑えることができなくなってしまいます。逆に、皆さんの抱く不安を受け止め、丁寧に説明できれば、安心感が一気に広がります。

説明会は買い手と打ち合わせて開く

M&Aの公表では、社員さんたちを集めて説明の場を設けますが、この際の議事進行は事前に打ち合わせておきましょう。

なぜなら、説明会が要領よく進行するか否かによって、社員が感じる安心感・不安感が大きく変わるからです。たとえば、説明会本番の最中に、「誰が先に挨拶するか」を譲り合っている様子を見たら、社員さんたちも不安感を募らせるでしょう。

後ろめたい気持ちがあっても、社員さんたちに堂々とM&Aを公表し、要領よく説明することができれば、大きな安心感を与えることができます。そのための打合せはきちんとしておきましょう。

買い手の口で買収目的を語ってもらう

M&Aを社員に公表する際は、買い手の口からこの買収について語ってもらいましょう。特に「なぜ対象会社を買おうと思ったのか」という動機は非常に重要です。

この「なぜ」という部分がわからないと、社員にとって買い手はいつまでも得体の知れない異邦人です。逆に「彼らはこれを求めているのだ」ということがわかれば、今後自分たちがどうなるかも予想しやすくなりますので、安心感の土台が生まれます。

また、買収の目的について明確な説明がないと、社員の間であらぬ噂が飛び交い、不安と疑心暗鬼に歯止めがかからなくなります。その意味でも、買い手からの説明は必須のものです。

買い手を選んだ理由を売り手自身の言葉で話す

売り手がその買い手を選んだ理由も、社員さんたちが非常に気にすることです。「一番カネ払いがいいから売ったわけではなく、皆さんを安心して任せられるから選んだのです」という気持ちが伝わるだけでも、安心感はまったく違います。

一世一代のスピーチになりますが、難しい言葉は使わず、売り手自身の言葉で語ってあげてください。買い手を褒めてあげることも社員の安心感を引き出します。

「売却」「買収」という言葉を避ける方法

なお、本記事ではわかりやすく「売却」「買収」という言葉を使っていますが、社員説明ではあまり使わないほうがよい言葉です。売り手にとっては「売った」という立場ですが、社員にとっては「売られた」という立場であり、少々刺激が強い言葉なのです。

言い換えの方法として、以下のワードがよく使われますので、参考にしてください。

  • M&A
  • 経営統合
  • 事業承継
  • 経営参画
  • 資本提携
  • グループ化

少々小手先のテクニックのように感じるかもしれませんが、「配慮している」という態度がわかるだけでもうれしく感じてくれる社員さんはいるものです。

社員自身が知りたいことを正確に伝える

社員さんたちは他にもいろいろな疑問や不安を感じています。それらの疑問に先回りして正確に回答していけば、必然的に大きな安心を引き出すことができます。

なお、回答内容は正確である必要があります。一部社員の転勤が計画されているにもかかわらず「転勤はないらしいよ」と答えてしまうと、それが誤りだったと発覚したときに、より大きな不信感を招きます。

社員が知りたいことの多くは本人に関することで、

  • 雇用維持
  • 労働条件
  • 各種手当の継続
  • 勤務地
  • 職務変更
  • 福利厚生
  • 所属部署
  • 継続雇用制度の有無

などが多いでしょう。買い手と一緒に、真摯に可能な限り情報提供をしてあげましょう。

「未定」は可能な限り言わない、言わせない

なお、社員への説明の場でNGワードは、「それはまだ未定」という言葉です。将来に対して不安を感じている社員さんにとって、これほど不安を増幅する言葉はありません。

M&Aの公表までに、買い手に可能な限り細かいところまで人事方針を詰めてもらい、「未定」という言葉がなるべく出ない状況を作っておきましょう。また未定と言わざるを得ない場合は、いつまでに決まる予定かを明確にしましょう。

安心感の引出し方3.M&A後も社員に積極的に顔を見せる

M&A後は積極的に社員に顔を見せましょう。特に最初の数カ月は「顧問」などの役職で出社するよう買い手にも要請されますので、ぜひ受けてあげましょう。

会社売却の後ろめたさから、顔を出したくないという人がいますが、社員さんたちからすると「前社長は追い出されたのではないか?」「まずいことがあって売り逃げしたのではないか?」と大きな不安を感じます。

仮に何の仕事をしていなくても、見に来てくれるだけで、見放されたわけではないという安心感を感じる社員さんも少なくありません。

後ろめたい気持ちは確かにあるかもしれません。しかし、その気持ちがあれば余計に、元気な顔を見せてあげください。

安心感の引出し方4.買い手への事業引継ぎはしっかりと行う

M&A直後の売り手には、社員に顔を見せるという仕事以外にも、社長業を新社長に引き継ぐという大事な仕事があります。引継ぎをしっかり行うことは、社員さんの安心にも直結します。

なぜなら、経営管理のミスは現場にダイレクトに伝わるからです。社員は上層部の意思伝達不足を敏感に感じ取りますし、取引先への支払の遅延があれば現場にクレームが入ります。敏感な時期の社員さんたちには、少しでもストレスになるトラブルを感じさせないようにしましょう。

立つ鳥跡を濁さずと言いますが、そのためには結構やることは多いです。ただ、社員さんたちに迷惑を掛けないためにも、最後までサポートしてあげましょう。

ただし、事務作業の引継ぎは積極的に行うべきですが、M&A後に買い手の経営判断に対して口を挟むのはNGです。事務的な部分では買い手をサポートしつつ、新社長とは対立しないように気を付けましょう。

おわりに

今回は、会社売却によって社員を不幸にしてしまった失敗事例と、幸福を生み出した成功事例をそれぞれ紹介しました。ぜひ、「社員が幸せになる会社売却」というものを、一般論ではなく具体的に考えてみてください。

そして、事例から読み解かれる社員を不幸にしない会社売却のコツは次の3つです。

  • M&A後の経営方針を理解する
  • 組織文化を理解して相性を考える
  • 売却後のフォローで社員の安心を引き出す

この3つのコツをしっかり突き詰めていけば、社員さんたちに迷惑を掛けない、むしろ幸福をもたらす会社売却が可能になります。妥協なく追求していきましょう。