会社の磨き上げは、何か特別なことをしなければいけないと思い込んでいませんか?
M&Aにおける磨き上げとは、買い手により会社に魅力を感じてもらうために、会社の至らない部分を直したり、買い手がM&A後に経営を引き継ぎやすくすることです。買い手の視点でいうと、しっかりと磨き上げられた会社は磨き上げられていない会社よりも遥かに魅力的であり、高値を出してでも欲しいと思います。
しかし、「磨き上げをしましょう」と言われても、何から始めればいいのか解らないという経営者さんは多いのではないでしょうか。「自社に至らない部分がいっぱいあるのは知っているけど、そう簡単に直せないから今があるんだ」と言われることもあります。
しかし、そういう方の中には、そもそも磨き上げとは何なのかが、よくわかっていない方が多いのです。本来磨き上げとは何かを知っていれば、やるべきことは意外とカンタンであることに気づくでしょう。
そこで今回は、磨き上げとは何のために何をするものなのかを確認し、誰でもカンタンにできる磨き上げの事例をご紹介しましょう。
磨き上げの目的と内容
磨き上げについて、たとえば中小企業庁の事業引継ぎガイドライン〔外部〕には、次のように定義されています。
企業の磨き上げ
事業引継ぎのための事前準備であり、会社の強み作りや業務の総点検等を通じて事業価値を高めていく取り組みをいう。磨き上げを行うことで、事業引継ぎがより良い条件で円滑に進むことが期待される。
この定義は必ずしも間違いではないですが、なんだかすごいことをしなければならないという印象を与えます。しかし、大切な部分は最後の箇所、「事業引継ぎがより良い条件で円滑に進むことが期待される」に尽きると考えています。
まず磨き上げの目的から、その内容を考えましょう。何のために磨き上げをするのかを真剣に考えると、本来何をすべきかが自然と浮かび上がってきます。
磨き上げは誰のために行うものか?
まず、磨き上げは誰のために行うものでしょうか。
経営者である自分が、「株価を上げてより儲けるために行うものだ」「つまり自分のために行うものだ」と考えていると、何から磨き上げをすればいいのかわからなくなってしまいます。
そこでこう考えてください。「磨き上げは、100%後継者のために行うものである」と。
なぜ後継者のために磨き上げを行うべきなのか
なぜ、磨き上げを行う際に、「自分のため」ではなく「後継者のため」と考えるべきなのでしょうか。
後述しますが、実は磨き上げというのはコストのかかるようなものでも税金が増えるようなものでもなく、ある意味「当たり前のことを当たり前に行う」というものです。しかし、当たり前のことができている会社が少ないから、磨き上げられた会社に希少価値が生まれるのです。
なぜ当たり前のことができないのでしょうか。それは大半の場合、社長が我慢できてしまうからです。
自分のためだと考えていると、必ずどこかで妥協が入ります。自分で我慢できてしまうことを修正する根気がないから、今まで修正できなかったのではないでしょうか。
そこで、磨き上げの「受益者」を、大切な会社を引き継いでくれる他人に求めましょう。「他人が引き継いでくれるときにどう思うか」を考えていくことで、行うべき磨き上げというものが見えてきます。
成果は必ず自分に返ってくる
100%後継者のために磨き上げをしていれば、その成果は必ず自分に返ってきます。その点は安心してください。
買い手はバカではありません。磨き上げが進んでおらず、「正直この会社はよくわからないな」と思ったら、手を引くか損をしてもいいほど安値で入札するかのどちらかです。デューデリジェンスもきちんと行って嘘のない会社かは調べられますし、デューデリジェンスに手を抜く買い手の場合はリスクを負わないための契約条項を突き付けてきます。
後継者のために誠実に磨き上げをしていれば、必ず誠実な後継者が高値を付けてくれます。決して無駄ではありませんので、誠実に磨き上げを行いましょう。
M&A価格は買い手の主観で決まるもの
もしあなたが、「M&A価格は公認会計士などが適正な企業価値を算定して決めるものだ」と考えているなら、そのような思い込みは今すぐ捨ててください。現実のM&A(特に中小企業M&A)では、「適正価格」という概念は存在しません。
詳しくは「M&A価格の単純な決まり方と価格目安を見積るたった1つの方法」という記事でわかりやすく解説していますが、現実のM&A取引では、価格は売り手と買い手が納得する水準でのみ成立します。
売買当事者でもない公認会計士が「この会社の適正価値は3億円ですよ!」と言ったところで、売り手が「4億円以下では売らない」と言えば3億円では成立しませんし、買い手が「5億円でも買いたい」と思えば5億円で成立するのです。
そのため、買い手が「何だか引き継ぎにくい会社だな」と思えば価格は安くなりますし、「M&A後に何をすればいいかが明確になっている」と思えば価格は上がっていきます。すべては買い手の主観次第ですので、買い手が良い主観を得られるような体制を作りましょう。
100%後継者のためになる磨き上げの方法とは?
では、100%後継者のために行うべき磨き上げとは、いったいどのようなものでしょうか。
それは、将来後継者が会社を引き継ぎやすくなるために、今行えることのすべてです。
特に難しく考える必要はありません。たとえば、従業員さんの名簿を作って、生年月日と入社日、業務内容を一つの表にまとめるだけでも、立派な会社の磨き上げになります。
実は、従業員さんの年齢、社歴、業務内容は、デューデリジェンスの重要調査項目です。それだけ買い手のM&A判断に重要な影響をもたらします。そのため、簡単なリストが存在しているだけで、実は買いやすさがまるで違ってきます。
M&Aのために行うわけではない
なお、磨き上げは「後継者」のために行うものです。したがって、M&Aでなくても、後継者に事業を引き継いでもらう以上はぜひ行うべきです。
したがって、事業承継手段としてM&Aを決断するより前に、事業承継を考えたときから始めましょう。
くどいようですが、100%後継者のためと意識すれば、後継者が他社でも子供でも社員でも、やるべきことはあまり変わりません。
磨き上げで心がけるべき2つの視点
磨き上げでは、大きなコストを掛ける必要はありません。たった2つの視点で会社を見渡し、必要だと思うことに手を付けるだけです。
磨き上げで心がけるべき2つの視点は以下のとおりです。カッコ内はその重要度になります。
- 後継者が事業をスムーズに引き継ぐために必要なことは何か(90%)
- 後継者が事業引継ぎを後悔なく決断するために必要なことは何か(10%)
この2つの視点があれば、磨き上げとして何をすべきかが見えてきます。上記のとおり、前者のほうが圧倒的に重要であることを意識してください。
スムーズな引継ぎに必要なこととは(90%)
会社をスムーズに引き継いでもらうために必要なことは何でしょうか。
会社内部のことをあまり知らない「仮想の後継者」に会社を引き継いでもらう日を想像し、何を伝えるべきか、どんな会社であれば引継ぎやすいかを考えましょう。
- 従業員さんに関して耳に入れておくべき注意事項はありますか?
- 最初に挨拶に連れて行く取引先はどこですか?
- 会社の資金繰りで注意すべき点はどこですか?
- 毎月の業績管理をもっとしやすくする方法はありますか?
あとはその伝えるべき情報を整理したり、より引継ぎやすい環境を整えていくだけです。コストがかからないことから手を付けていきましょう。
事業引継ぎの決断に必要なこととは(10%)
後継者が事業を引き継ぐことを後悔なく決断するうえで必要な情報を整理したり、「ぜひ引き継ぎたい」と思わせる環境を整えていきましょう。
繰り返しになりますが、ここで気を付けるべきは、100%後継者のために行うことです。後継者をその気にさせるために会社の悪い部分を隠したり、良い部分を必要以上に強調することではありません。本当に会社の悪い部分を消したり、良い部分をより伸ばしていくということです。
たとえば、売上の推移は事業引継ぎの決断をするうえで絶対に必要な情報です。そして、なぜそのような売上推移になっているのかの分析や、どうすればもっとよい売上高を作れるかといった施策も非常に重要な情報になります。
後継者から本当に「ぜひこの事業を任せてほしい!」と言われるよう、会社を磨き上げていきましょう。
カンタンにできる磨き上げの実施事例5選
「他社さんはどのような磨き上げをしているのか?」というご質問をよくいただきます。そこで、実際に行われた、簡単かつ低コストでできる磨き上げの事例をご紹介しましょう。
磨き上げ事例1.会社の改善したい箇所リストを作る
経営者であれば、「うちはここが至らないなぁ」「ここを改善できればもっといい会社になるのになぁ」と思うことは常にあると思います。それをリストアップし、優先順を付けるという、ただそれだけでも立派な磨き上げです。
このリストを作るときは、なぜここを改善したいのか、改善するとどんなことが起こるのかも記載します。
「リストアップしても実際に改善できなければ意味がない」と思うかもしれませんが、買い手はどこに問題を抱えた会社なのか、どう改善すればM&A後にいい会社になるのかすらわかりません。でも、実は買収後に改善させる力を持っている買い手は少なくないのです。
改善すべき弱みの情報があるだけで、M&A後の事業計画が格段に描きやすくなり、イメージが具体化することで、必然的に買いたいという意欲も高まります。
もちろん、ただ考えるより、できれば改善を実行したほうがよりよいのは事実ですから、できることがあれば実施しましょう。ただし、そのために大きな投資をする必要はありません。
磨き上げ事例2.顧客リストを作る
従業員リストを作ることが磨き上げになることは上述しましたが、顧客リストを作ることも非常に重要です。顧客リストには3~5年間の売上推移が付いていればベストです。
後継者は顧客リストを見ることでM&A後の経営戦略を練りますし、特定顧客との取引関係を得るためにM&Aするということもあります。
なお、B to Cビジネスの場合は顧客層別の分析ができるようになるといいでしょう。商売によっては、顧客情報そのものが非常に価値のあるものと判断されます。
磨き上げ事例3.会社の強みと弱みを自己分析する
会社の強みと弱みについて、自己分析してみましょう。このとき、「競合他社と比べてどうか」という視点で考えます。
会社の強みを伝えると、後継者は何を手放してはいけないかがわかります。弱みを伝えると、何を改善すればよくなるかがわかります。
強みも弱みも、後継者が引継後に行うべきこと、行うべきでないことを具体的にイメージさせてくれるのです。
強み・弱みがわかると、会社の売り込み先もわかる
M&Aを見据えた会社の強み・弱みの具体的な分析方法については、「適当に作ると大失敗!ショートリストの意味と正しい作り方5ステップ」の記事内で詳しく解説しています。
当該記事でも解説していますが、M&Aは強みに魅力を感じてくれ、弱みを改善する力を持つ買い手に売り込むことがもっとも重要です。強み・弱みの分析は、適切な後継者選びにも確実に役に立つのです。
磨き上げ事例4.事業に関係のない資産リストを作る
会社の貸借対照表に、事業に直接関係ない資産が載っていませんか。中小企業では、
- 社長用の車
- 社長の社宅
- ゴルフ会員権
- 保険積立金
- 節税用のオペレーティングリース
など、節税や個人利用として事業に直接関係ない財産が載っていることが大半です。
これらを会社分割や売却で貸借対照表から消すことまでは、する必要はありません。ただ、それをきちんと整理しておき、事業の真の貸借対照表がどのような内容なのかは簡単に計算できるようにしておきましょう。
なお、これらの非事業用資産は、M&Aのクロージング前に会社分割で別会社に移すことができます(詳しくは「M&Aでの役員生命保険積立金は会社分割で継続&節税しよう」をご覧ください)。会社分割のタイミングはM&Aの直前、最終契約後で十分ですが、どの資産負債が譲渡対象になり、どの資産負債が譲渡対象ではないのかは最初から明確にしないと、M&Aが成立しません。
磨き上げ事例5.「本来の損益計算書」を作る
M&Aでの買い手の興味は、「買った後どの程度利益を上げてくれるのか」です。
その参考として過去の損益計算書を見るのですが、中小企業の損益計算書には貸借対照表と同様、保険料や多すぎる交通費・交際費など、本来発生させてなくてもよい費用が多く含まれています。
これら「節税」や「社長個人の利益」のため支出している費用があれば、それをリストアップして集計しましょう。
貸借対照表と同様に、わざわざ保険を解約したり、交際費を絞ったりする必要まではありません。
実態損益計算書を作ろう
実際のM&Aプロセスに入ると、この内容をまとめた「実態損益計算書」という形でインフォメーションメモランダムに記載することで、高値の価格提示を集めやすくなります。詳しくは、「会社を高く売るために必須となる【実態損益計算書】の作り方」をご覧ください。
おわりに
今回は、磨き上げとはどういったものかをご説明し、実際の事例をご紹介しました。
磨き上げはまったく難しいことではありませんし、ほとんどコストを掛けずに行えます。そもそもM&Aを行わなくてもぜひ実施してほしい経営施策ばかりです。
くどいようですが、ポイントは「自分のためではなく、100%後継者のためにやること」。それさえ見失わなければ、会社は売りやすくなりますし、価格も上がりやすくなるのです。
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