M&Aは人生を懸けて育ててきた会社・事業を譲渡するたった1回のチャンスです。失敗してしまうと取り返しのつかない後悔を生みますので、絶対に万全を期して成功を目指したいところです。

しかし、初めてのM&Aでは何に注意すべきかもよくわからず、大きな不安を感じますよね。

そこで、弊社では中小企業M&Aの売り手が注意すべきポイントを、以下の10個にまとめました。この10の注意点は、私が中小企業M&Aに密着し、売り手経営者さんのお手伝いをさせていただいた中で整理した、まさに現場のノウハウになります。

  1. M&Aアドバイザー(仲介業者等)選びに手を抜かないこと
  2. 仲介業者以外にM&Aに精通した相談相手を確保すること
  3. 必ず複数の買い手候補を比較すること
  4. M&A価格を引き出す3つの戦略を常に意識すること
  5. M&Aスキームは初期段階で方針を決めること
  6. 嘘はつかず誠実に情報開示すること
  7. 秘密は絶対厳守すること
  8. ノンネームシートは売り手自身が必ず監修すること
  9. 買い手の信用は自分の目で判断すること
  10. 契約書は必ず弁護士にチェックしてもらうこと

この記事では、M&Aの成功と失敗について確認した後、10個の注意点を1つ1つ丁寧に解説していきます。

なるべく具体的な行動に結び付くように記述していますので、最後までご覧いただければ、必ずM&Aの成功に近づくことができるでしょう。

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売り手・買い手双方のM&Aの成功と失敗について

個々の注意点を見る前に、まず売り手と買い手の双方にとって、M&Aの成功と失敗とは何なのかについて確認しておきましょう。事前にこれを頭に入れておくことで、目指すべきゴールとその障害物が見えてくるからです。

M&Aの成功と失敗については「M&Aで一生後悔したくないなら追い求めるべき、たった2つの成功軸」も併せてご覧ください。

売り手・買い手に共通するM&Aの成功

売り手・買い手に共通するM&Aの成功とは、売り手と買い手が力を合わせて目指すべき「望ましい未来」です。

具体的には、なんといっても対象会社が買い手の傘下に大きなトラブルなく組み込まれ、買い手事業とのシナジー効果で順調に伸びていくこと、そして会社に残った社員さんたちが新しい環境で活き活きと働いてくれることでしょう。

これは買い手にとっても一番望んでいる未来ですので、このような状況を実現するためには、買い手は協力を惜しみません。

売り手・買い手に共通するM&Aの失敗

反対に、対象会社がM&A後に大混乱に陥り、大量退職や事業縮小に追い込まれてしまったら、それは売り手・買い手双方にとって不幸なM&Aの失敗と言えます。

買い手の中にもM&Aの経験が乏しく、引継ぎが拙くてこのような事態に陥るケースもあります。また、売り手がデューデリジェンスなどを通じて十分に情報を提供していない場合も、このような事態を招く一因となりかねません。

売り手としてはお金さえもらえばOKというスタンスではなく、残された部下たちのためにも、このような事態に陥らないよう買い手と協力していく必要があります。

売り手と買い手の利害が衝突する論点

一方で、売り手にとっては成功だが、買い手にとっては失敗だという論点もあります。この利害が衝突する論点こそ、初心者である売り手が注意すべきポイントになります。

M&Aの売買価格は確実に利害が衝突する

売り手と買い手の利害が衝突する論点で一番代表的なものが「価格」です。価格だけは、1円でも高ければ売り手の成功、1円でも安ければ買い手の成功です。

M&Aに適正価格なんて概念は存在しません。すべては交渉と駆け引きで決まる世界ですので、決して交渉に負けないように立ち回る必要があります。その具体的な方法は、この記事の後半でご紹介していきます。

契約条項に落とし穴あり

中小企業の売り手オーナーが気を付けなければいけないのは、最終契約書に結ばれる契約条項についてです。

仲介会社を利用していると、別に弁護士を雇う必要がないと考える売り手さんは多いのですが、契約書だけはM&A法務に精通した人に見てもらうことを強くお勧めします。

仲介会社はあくまで仲介ですので、インターネットから拾ってきたような株式譲渡契約書しか提供してくれません。買い手は法務に精通した人が社内にいるため、買い手有利な保証条項をどんどん入れてきます。これらのうち、負うべきでない責任は絶対に負わないように気を付けてください。

M&Aは究極の自己責任契約とよく言われます。仲介会社は助けてくれませんので、素人判断は禁物です。

M&Aの最終契約において特に注意すべき重要条項については、「甘く見ると大火傷!M&A株式譲渡契約で絶対注意すべき5条項」にまとめています。

幸せな破談と不幸な破談

M&Aでは、破談(ディールブレイク)は決して珍しいことではありません。ただ、破談にも幸せな破談と不幸な破談が存在していると感じています。

幸せな破談とは、いろいろ検討した結果、M&Aを成立させてしまうと売り手・買い手にとって共通する失敗に行き着く、と判断された場合の破談です。これはより大きな不幸を回避するための破談であり、その未来が判断できただけでも、M&Aプロセスを進めてきた意味があります。

一方で不幸な破談とは、売り手と買い手の利害が衝突する論点で、落としどころを見出せなかった場合の破談です。明るい未来が存在していたのに、そこに行き着く道のりを見つけられなかったということであり、プロセスの失敗と考えてもいいかもしれません。ただ、譲れない主張を折れると一方的に不幸になりますので、仕方のないことです。

M&Aアドバイザーにとっては破談はすべて不幸な破談

ちなみに、M&Aアドバイザーにとっては、すべての破談は成功報酬をもらえない不幸な破談に他なりません。

よって、たとえ売り手・買い手にとって幸せな破談であっても、なんとか回避しようという誘因が働きがちです。そこをこらえて破談に導くアドバイザーもいないわけではないですが、そのような誠実な対応が取られなかったとしても、仲介ビジネスの特性上責められないところだと思います。

売り手オーナーとして重要なことは、M&Aアドバイザーはこのような原理によって動きやすいということを理解することです。アドバイザーに引きずられて不本意な契約を結ぶことだけは注意しましょう。

M&Aアドバイザーのビジネスモデルについては、「巧みな話術に要注意?株式譲渡M&Aの初期の相談相手とその裏側」でも解説していますので、併せてご確認ください。

M&Aで売り手が具体的に注意すべき10の重要ポイント

では、いよいよ本題である売り手が注意すべきポイントについて、具体的に解説していきます。

  1. M&Aアドバイザー(仲介業者等)選びに手を抜かないこと
  2. 仲介業者以外にM&Aに精通した相談相手を確保すること
  3. 必ず複数の買い手候補を比較すること
  4. M&A価格を引き出す3つの戦略を常に意識すること
  5. M&Aスキームは初期段階で方針を決めること
  6. 嘘はつかず誠実に情報開示すること
  7. 秘密は絶対厳守すること
  8. ノンネームシートは売り手自身が必ず監修すること
  9. 買い手の信用は自分の目で判断すること
  10. 契約書は必ず弁護士にチェックしてもらうこと

注意点1.M&Aアドバイザー(仲介業者等)選びに手を抜かないこと

ある意味、これが最重要要素です。適切なM&Aアドバイザー(仲介業者等)を慎重に選びましょう。

昨今の中小企業M&A業界の隆盛によって、儲かるからと異業種からの新規参入が非常に増えています。はっきり言って素人同然のM&Aアドバイザーも星の数ほど存在し、そのようなM&Aアドバイザーに引っ掛かったらM&Aの成功は夢のまた夢です。

M&Aアドバイザー選びは絶対に手を抜かないでください。適切な選び方については「初心者にオススメなM&A仲介の選び方!大手ランキングや手数料比較」という記事で詳しく解説しています。

M&Aアドバイザーの紹介手数料について

ちなみに、M&Aの売り手候補をM&Aアドバイザーに紹介すると、成功報酬の何割かが紹介者にバックされます。M&Aアドバイザーを紹介してもらう際は、このような仕組みであることを知っておきましょう。

M&A業界に詳しくない方が、適切なM&Aアドバイザーを探す際に、誰かに紹介を依頼すること自体は有効な選択肢だと思います。また、バックマージンがなければ誰も紹介してくれませんので、これも適切なM&Aの潤滑油として意味があると思います。

しかし、結局のところ、M&A業界に詳しくない人に相談すると、単にバックマージン率が高いだけの低品質な業者を紹介されるだけ、という弊害は現実に存在しています。

誰かに紹介を依頼するときは、あくまで「候補」を紹介してもらうだけで、実際に契約するかどうかは複数の業者を比較してから決めましょう。

専任アドバイザリー契約の解除条項に要注意!

M&Aアドバイザーとの契約は、基本的に専任契約(独占契約)です。契約期間中は、他のM&Aアドバイザーと契約することはできません。

この専任契約は、業者による顧客の囲い込みに違いはないものの、M&A成立の直前に安い業者に乗り換えられてしまってはM&A業者の商売は成り立たないので、不合理な要求ではないでしょう。

ただ、あまりに担当者のレベルが低く、契約を解除して他のアドバイザーに乗り換えたくなることもあります。その際、契約書に解除不能期間が定められていると、迅速なアドバイザーの乗り換えができなくなってしまいます。

そのため、「どのような場合に専任契約を解除できるのか?」は必ず確認しましょう。1年超の期間解除できない専任契約であれば、それは非常に問題です。

専任アドバイザリー契約の実態や、強引に契約解除に持ち込んだ事例などは、「M&Aの専任アドバイザリー契約の功罪と契約解除に持ち込んだ3事例」という記事で解説しています。

注意点2.仲介業者以外にM&Aに精通した相談相手を確保すること

注意点の2つ目がこれも非常に重要なことですが、M&Aに精通した相談相手を見つけましょう。

仲介業者はあくまで「中立の立場」を標榜していますので、ご自身の味方にはなり得ません(そんなことをしたら買い手からクレームが来ます)。苦しい時ほど味方をしてくれないので、相談できる味方は別に確保しましょう。

顧問税理士さんがM&Aに詳しければ、これほど心強いことはないのですが、残念ながらそんな方はかなりレアです。大半の税理士はM&Aのことなんてサッパリわからないものの、お客さんの手前わかったフリをしてしまいます。

初心者・情報弱者である売り手がM&Aを成功させるためには、M&Aに精通した相談相手はコストをかけてでも確保しておきましょう。

注意点3.必ず複数の買い手候補を比較すること

買い手選びは必ず複数の候補を比較しましょう。その効果は以下の3つです。

  • より自社に高い価値を感じてくれる買い手を見つけやすくなる
  • より自分の後継者に相応しい、素晴らしい買い手に出会う確率が上がる
  • 購買意欲が強い買い手同士を競わせることで、価格やM&A後の事業運営で交渉しやすい

特に最後の「競わせる」ことは非常に重要です。中小企業M&Aは初心者vs熟練者の構図になりやすいため、「入札」という形で買い手同士を競わせなければ、好条件なんて出るはずがありません。

入札の効果は「価格だけじゃない!M&Aを『入札』で進める3つのメリット」という記事で詳しく解説していますので、ぜひご覧ください。

M&Aの入札とは?

「入札」というと、「自分の大事な会社をセリにかけるなんて・・・」と拒絶感を覚える方がいますが、そんなにドライなものではありません。

単に、複数の買い手候補に「どんな条件ならこの会社を買ってもらえますか?」と伺い、それぞれの買い手が示した「希望買収条件」を比較するだけのことです。

もちろん、一番高値を出した買い手が落札するわけではなく、それぞれの価格や条件、M&A後の事業運営方針、そして人間的相性などを考慮して、売り手が独断で買い手を決めることができます。

仲介会社が入札を嫌がる場合は「クビ」でOK

なお、M&A仲介会社の中には、「入札なんかしたら買い手が引いてしまう」などの失笑モノの言い訳で入札を拒絶しようとするところもあります。

はっきり申し上げまして、そのような仲介はクビでいいでしょう。そんな軟弱な買い手企業なんているはずがありません。

一体何の権利があって、お客の会社の後継者を仲介が選ぶというのでしょうか。「仲介」を名乗る以上、買い手候補は複数連れて来れなければ、役割を果たしたとは言えないでしょう。

注意点4.M&A価格を引き出す3つの戦略を常に意識すること

M&A価格は、売り手と買い手の交渉や駆け引きで決まるものです。以下の3つの戦略を愚直に追求しない限り高値で売ることはできないので、これは決して忘れずに立ち回りましょう。

  • 自社に高い価値を感じてくれる相手に売り込む
  • 買い手が「ぜひ買いたい」と思うように情報を適切に開示する
  • 入札形式で買い手を競わせ、焦らせる

それぞれ内容を見ていきましょう。

なお、M&Aにおける価格の決まり方については「M&A価格の単純な決まり方と価格目安を見積るたった1つの方法」という記事でわかりやすく解説しています。「価格は公認会計士などが『適正価格』を計算して決めるのでは?」と勘違いしている方は、ぜひご一読ください。

自社に高い価値を感じてくれる相手に売り込む

買い手の興味関心はそれぞれですから、あなたの会社を買いたいと思うかどうかは、買い手によってバラバラです。当然、購買意欲が高い買い手に売り込まなければ、高値が出るはずがありません。

まずは自社の強み・弱みをしっかりと分析し、強みを欲しがり、弱みを気にしない(克服させることができる)買い手を探して売り込みましょう。

M&Aでは、その際に「ショートリスト」というマーケティングツールを活用します。ショートリストの適切な作り方(作らせ方)については「適当に作ると大失敗!ショートリストの意味と正しい作り方5ステップ」という記事で具体的に解説していますので、ぜひご一読ください。

買い手が「ぜひ買いたい」と思うように情報を適切に開示する

M&Aの買い手は、あなたの会社のことをよく知りません。積極的に情報開示していかなければ、高値を出すどころか買うという選択すらしてもらえないでしょう。

能ある鷹が爪を隠すしても意味はないので、積極的にアピールしていきましょう。その際に役に立つのが「インフォメーションメモランダム(企業概要書)」という情報集です。これはM&A価格を引き出す最重要資料になりますので、しっかり作り込みましょう。

インフォメーションメモランダムの作り方については「会社の値段に3倍差が付くインフォメーションメモランダムの記載内容」という記事でご紹介していますので、ぜひ参考になさってください。

入札形式で買い手を競わせ、焦らせる

上述のとおり、1対1の交渉では情報弱者である売り手が圧倒的不利です。買い手同士を競わせ、焦りを引き出しましょう。

もし、複数の買い手候補を集めることができない場合でも、買い手に対しては「御社が渋いことを言い出したら他の買い手を探しますよ」と強気で対応しましょう。常に他の買い手の存在を意識させることが重要です。

注意点5.M&Aスキームは初期段階で方針を決めること

売却する際のスキームは、M&Aの初期段階で方針を固めましょう。スキームとはM&Aの法形式であり、中小企業M&Aで多く見られるのは以下の4つです。

  • 単純な株式売買スキーム
  • ヨコの会社分割(分割型分割)スキーム
  • 事業譲渡スキーム
  • タテの会社分割(分社型分割)スキーム

それぞれのスキームについては、「M&Aの種類・手法一覧!売買向きな4スキームのメリットデメリット」という記事でアニメーション付きで解説しています。それぞれの特徴をよく理解して、ご自身にとって最適なスキームを選びましょう。

具体的なM&Aスキームの選び方については、「株式譲渡と事業譲渡の5つの違い!迷ったら7ステップで検討しよう」という記事でより詳しく解説しています。ぜひ併せてご覧ください。

M&Aスキームは検討の大前提

これらのM&Aスキームは、買い手がM&Aを検討する大前提となります。

たとえば、単純な株式売買スキームであれば、すべての資産負債が譲渡対象になりますので、買い手はすべて入念にチェックします。一方事業譲渡スキームであれば、一部の資産負債だけが譲渡対象なので、関係ない資産負債はじっくりとはチェックしません。

また、単純な株式譲渡とタテの会社分割・事業譲渡では、買い手が得られる節税効果がまるで異なります。これにより、タテの会社分割や事業譲渡のほうが財産価値が高まり、単純株式譲渡よりも理論上1.3~1.5倍の価格がつくことも珍しくありません。

つまり、スキームが決まっていなければ、買い手は「いくらで買えばいいのか?」すら決められないのです。

この値上がりを「のれんの節税効果」といいます。詳しくは「M&A価格が1.5倍にも!驚きの【のれんの節税効果】徹底解説」をご覧ください。

M&Aスキームの変更はプロセスの逆戻り

M&Aスキームの変更はいつでも可能です。ただし、その都度買い手の検討は逆戻りしてしまいます。

M&Aスキームの方針がいつまでも固まっていなかったり、コロコロ変わるようだと、買い手は売り手に対して「本当に売る気があるのだろうか」「信用できる相手なのだろうか」という疑いを抱きかねません。信頼関係が崩れたら、M&Aはお互いに共通する失敗へと進んでいきます。

M&Aスキームはなるべく初期に方針を固める

必要に応じてM&Aスキームを変更することは決して悪ではありませんが、なるべく初期に方針を固めておきましょう。

方針が固まっていることで、買い手は圧倒的に検討しやすくなり、M&Aプロセスも順調に進んでいきます。

注意点6.嘘はつかず誠実に情報開示すること

これも、買い手との信頼関係を構築・維持する上で絶対に必要なことです。嘘はつかないようにしてください。事実と異なることを伝えてしまった場合、他意がなくても信用を失いかねませんので、誤解を招く表現も厳に控えましょう。

過去の粉飾や逆粉飾はどうするか

在庫の水増しや過小評価など、過去に粉飾や逆粉飾があることもあるでしょう。そのときは、なるべく早い段階で正直に伝えましょう。

実は、M&Aを経験している買い手であれば、粉飾や逆粉飾を見かけることは日常茶飯事です。そんなものがあるのはデューデリジェンス前から重々承知です。

賢い買い手であれば、最初に決算書を見た段階で怪しい箇所は見つけています。でも、売り手には言いません。入札前に粉飾を公開されてしまっては、正直な入札額を出さざるを得なくなるからです。ずる賢い買い手は、競合買い手候補がいなくなった後、デューデリジェンスで「発見」して、大幅な減額を迫ります

素人の粉飾は、デューデリジェンスで100%バレます。早めに伝えておいたほうが、後々の自分のためです。

デューデリジェンス前は黙秘権を行使できる

なお、デューデリジェンスまでは、黙秘することも可能です。「経営の機微に関することなので、デューデリジェンスまで開示したくない」と言えば、すべての質問に答える必要はありません。

ただし、デューデリジェンスでこれをやってしまうと、やはり信用できない売り手として、買い手に警戒されます。デューデリジェンスの黙秘権行使は破談に直結しかねませんので、その覚悟がない場合は行わないようにしましょう。

注意点7.秘密は絶対厳守すること

当たり前の話ですが、秘密は絶対に厳守しましょう。M&Aの交渉先はもちろん、オーナーがM&Aに興味を抱いている事実すら、ごく限られた人の間で共有すべきです。

秘密を厳守すべき理由

秘密を厳守すべき最大の理由は、M&Aはクロージング当日の着金確認まで何が起こるかわからないからです。

M&Aを散々検討しても、成立直前に破談になることは少なくありません。このような場合、M&Aの事実を知っていた従業員にとって、社長は自分たちを売ろうとしてたという意識だけが残ります。気心の知れた幹部ならともかく、通常の従業員さんへの求心力が低下することは間違いありません。

また、取引先にバレてしまった場合、「この会社は将来どうなるかわからない」「ここは売ろうとしても売れなかった会社らしいが、何か理由があるのだろうか」という意識が強くなります。その後のビジネスに悪影響を与えるリスクも高いでしょう。

秘密を守る鉄則

秘密を守るためにもっとも効果的な方法は、秘密を知る人間を極力少なくすることです。

M&Aプロセスの初期では、自分と家族(配偶者)ぐらいしか、社内にM&Aのことを知る人間がいないようにしましょう。M&Aプロセスが進むにつれて、財務責任者や事業部長などにも情報を開示していき、少しずつ対象範囲を広げていきます。

外部関係者とは口裏合わせをしておこう

外部関係者とは、事前に口裏を合わせておきましょう。

会社の代表電話に「もしもし、株式会社〇〇M&Aアドバイザリーと申しますが」という電話を掛けてくるバカなM&Aアドバイザーはさすがにいないでしょうが、万が一会社内の人に会ったときに、どういう身分の人間かを説明する口裏は事前に合わせておきましょう。ニセの名刺を持ち歩くM&Aアドバイザーも少なくありません。

また、デューデリジェンスを受けるときは、案件を知らない担当者へのインタビューが必要なことがありますので、DDチームと何の名目で来ているのかを打ち合わせておきます。たとえば、「税務調査」や「経営コンサルティングの事前調査」などの名乗り方があります。

注意点8.ノンネームシートは売り手自身が必ず監修すること

ノンネームシートとは、会社の事業内容や売上規模、地域など、買い手候補が興味ありかなしかを判断する最低限の情報を、会社名を伏せたうえで案内する紙です。ティーザーや一枚モノとも呼ばれます。

買い手候補はノンネームシートを見て、「興味あり」と判断したら、守秘義務契約を締結したうえで会社名を含む詳細な情報を手に入れます。逆に言えば、ノンネームシートは守秘義務契約がない状態で配布されます

ただ実際には、業界人ならどの会社か一発でわかるノンネームシートも存在します。もちろん、守秘義務がないからといって言いふらしたりはしないのですが、秘密保持という点で非常に問題です。

ノンネームシートはアドバイザー任せにはせず、必ず売り手自身が監修しましょう。

ノンネームシートは買い手の買収ニーズに合わせて複数作ろう

なお、ここでノンネームシートで集客する際のポイントをご紹介しましょう。それは、「見せる相手に合わせて複数作る」です。

買い手は様々な買収ニーズを持っています。ある買い手は貴社が持っている店舗立地に大きな魅力を感じていて、別の買い手は仕入ルートこそほしいと思っている、ということもよくあります。

このような場合、店舗立地に興味を持ちそうな相手には立地を、仕入ルートに興味を持ちそうな相手には取り扱い商品をアピールできる内容にしましょう。それだけで、ノンネームシートの反応率は劇的に上昇します。

詳しい作り方(作らせ方)については「ノンネームシートとは?その2つの役割と業者任せでは身バレする理由」でご紹介していますので、ぜひ参考になさってください。

注意点9.買い手の信用は自分の目で判断すること

売り手オーナーさんにとって、買い手はビジネスカウンターであるとともに、苦楽を共にした部下を預ける大事な存在です。買い手が信用できるパートナーかを判断するのは、経営者としての最後の大仕事と言っても過言ではありません。

中小企業のM&Aでは、トップ面談と言われる売り手オーナーと買い手経営陣(必ずしも社長とは限りません)の面談があります。相手の人柄は会ってみないとわかりません。自分の大事な事業を引き継ぐ「後継者」としてふさわしいか、自分の目で確かめましょう。

中小企業のM&Aにおいて、トップ面談は断じてセレモニー的なものではなく、買い手候補が後継者としてふさわしいかを見定める非常に重要なものです。トップ面談の意義と準備については「最良の後継者を選ぶM&Aでのトップ面談の7つの意義と6つの準備」に記載していますので、ぜひ目を通されることをお勧めします。

契約書を過信しない

M&A後の会社や従業員の処遇は、契約書で取り決めることも可能です。ただし、過信はしないようにしましょう。

たとえば、社員は全員、不利益変更なく雇用維持という条項を契約書に謳っていたものの、M&A後に買い手から本部人員全員の転勤が命じられ、全員が「自己都合で」退職したというケースもあります。

契約書は作りこんでも限界があります。過信して相手の不誠実を見落とさないように注意が必要です。

買い手の事業計画をチェックする

複数の候補から買い手を選ぶときは、ぜひM&A後の事業計画を聞き出しましょう。可能な限り、数値を伴う計画を紙でもらうことがコツです。

数値が伴う計画であれば、無理があればすぐにわかります。その事業に精通した売り手経営者から見て浮世離れした事業計画が出てくるようなら、その買い手に売るのは要注意です。

注意点10.契約書は必ず弁護士にチェックしてもらうこと

最後の注意点として、M&Aの最終合意契約は絶対に手を抜かないでください。

ここまで来るともうヘトヘトで、契約書がおざなりになってしまう方もいますが、今まで頑張ってきたのは、この最終契約書を締結するためです

M&Aにおける約束事は、最終契約書に記載されたことがすべてです。「内容がよく理解できなかった」「仲介会社が持ってきたものだから間違いないと思った」という認識では、大変な大やけどを負います。

売り手オーナーが特に確認すべき契約条項については、「甘く見ると大火傷!M&A株式譲渡契約で絶対注意すべき5条項」にまとめていますので、併せてご覧ください。

必ず弁護士に見てもらおう

最終契約書は、M&Aの法務に精通した専門家に見てもらうことを強くお勧めします。売り手オーナーこそ、法務面での防衛が不可欠です。

コストはもちろんかかります。でも、億単位の収入と、自分が人生を掛けて作り上げてきた事業の行く末、そしてM&A後のご自身の義務がこの書面で決まるわけです。高い買い物ではないと思います。

なお、弁護士であっても、M&Aに詳しくない方には相談しないほうがいいでしょう。弁護士さんも専門分野がありますので、専門外の領域では十分な回答ができないものです。

専門家丸投げではダメ

なお、M&A法務の専門家を雇ったから安心してしまう人がいますが、これも危険です。専門家ははりきって自分の経験をもとに「最適」な契約を結ぼうとしますが、専門家と売り手さんのコミュニケーション不足から、オーナーさんの思いと乖離した契約内容になってしまうこともあります。

必ず専門家と読み合わせ、全条文について内容を理解してから押印しましょう。

おわりに

今回は、M&Aで売り手が注意すべきポイントを10個紹介し、ご説明させていただきました。

  1. M&Aアドバイザー(仲介業者等)選びに手を抜かないこと
  2. 仲介業者以外にM&Aに精通した相談相手を確保すること
  3. 必ず複数の買い手候補を比較すること
  4. M&A価格を引き出す3つの戦略を常に意識すること
  5. M&Aスキームは初期段階で方針を決めること
  6. 嘘はつかず誠実に情報開示すること
  7. 秘密は絶対厳守すること
  8. ノンネームシートは売り手自身が必ず監修すること
  9. 買い手の信用は自分の目で判断すること
  10. 契約書は必ず弁護士にチェックしてもらうこと

売り手はM&Aの初心者で、買い手や仲介業者は熟練者です。土壌からして不利な立場であることを強く認識してください。

そのうえで、上記10個の注意点を1つひとつクリアしていければ、必ずや納得のいくM&Aができるでしょう。