M&Aは人生を懸けて育ててきた会社・事業を譲渡するたった1回のチャンスであり、絶対に失敗するわけにはいきません。リスクには常に警戒して進め、M&Aを決断したことを一生後悔するようなミスは徹底して防ぎましょう。

M&Aのリスクは、以下の7つに分類できます。

  1. 情報が無秩序に広がるリスク
  2. 従業員や取引先に勘付かれるリスク
  3. 不適切なM&A業者にかき回されるリスク
  4. デューデリジェンスにて不測の問題が発覚するリスク
  5. 不慣れな交渉で過度な譲歩をしてしまうリスク
  6. M&A後に買い手の方針が変わるリスク
  7. 「節税」が否認されるリスク

この記事では、それぞれのリスクの内容と、そのリスクを回避する方法について、初心者の方にもわかりやすくご説明していきます。

最後までご覧いただければ、一世一代のM&Aでどこに注意すべきかが理解でき、失敗の可能性を劇的に下げることができるでしょう。

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M&Aの「不成立」より「後悔」こそ大きなリスク

売り手にとっての7つのリスクを解説する前に、まずM&Aで避けるべき危険は何かを考えてみましょう。

M&Aで避けるべき事態というと、最初に「不成立」が出てくるかもしれませんが、もっと重大なリスクがあります。つまり、M&Aの本当の失敗とは、以下のようなものです。

  • M&A後に望まないリストラが敢行されるなど、売るべきではない相手を後継者に選んでしまった。
  • M&A価格で必要以上に譲歩したり、過度な税金を発生させてしまったりして、大きな後悔を引きずることになった。
  • M&A後の経営方針が滅茶苦茶で、退職者が続出した。

このように、M&Aが「成立」したとしても、売り手として後悔してしまうケースは少なくありません。売り手にとっての「成功」とは、「M&Aを決断したときの当初の目的が達成されること」であって、それが実現できないM&Aの成立は取り返しのつかない失敗なのです。

この「M&Aの成立と成功はまったく別物」ということを念頭に、7つのリスクを見ていきましょう。

絶対見落とせない売り手のリスク7選

では、M&Aの売り手のリスクにはどのようなものがあるのか、大きな7つのリスクについて解説します。それは以下のものです。

  1. 情報が無秩序に広がるリスク
  2. 従業員や取引先に勘付かれるリスク
  3. 不適切なM&A業者にかき回されるリスク
  4. デューデリジェンスにて不測の問題が発覚するリスク
  5. 不慣れな交渉で過度な譲歩をしてしまうリスク
  6. M&A後に買い手の方針が変わるリスク
  7. 「節税」が否認されるリスク

それでは、その内容と対策について、以下で1つひとつ見ていきましょう。

リスク1.情報が無秩序に広がるリスク

M&Aでは、買い手候補に対して会社の決算数値や取引データ、さらにはノウハウや欠点など、極めて秘匿性の高い情報が開示されます。守秘義務が結ばれているとはいえ、管理するのは人間ですので、完全に秘密を保持することは不可能です。

取引先との関係が悪化する危険性

営業に関する重大な情報が流出した場合、会社の競争力を弱める要因になりえますし、対外的な守秘義務契約のある情報であれば、損害賠償請求される恐れもあります。実際には損害賠償まで行くのはレアケースだとは思いますが、取引先の心証は確実に悪くなります。

また、情報は秘密が守られていることによって価値があるものです。営業上の秘密が流出してしまった場合、その会社に対する魅力、つまり会社の買収価値が大きく下がることになります。

ショートリスト・ノンネームシートを駆使して身バレを防ごう

完全な回避は難しいですが、「ショートリスト」や「ノンネームシート」で情報提供先をうまく絞っていくことができれば、情報流出リスクは低くしていくことができます。

  • そもそも余計な相手には売り込みに行かない
  • 身バレするような情報を出さないようM&A業者をコントロールする

そのポイントについては以下の記事をご覧ください。

ショートリストとは?M&Aで重要な4つの役割と作り方5ステップ
ノンネームシートとは?その2つの役割と業者任せでは身バレする理由

リスク2.従業員や取引先に勘付かれるリスク

M&Aはごく限られたメンバーで進められなければなりません。

M&Aをなぜ極秘で進めなければならないかというと、従業員さんや取引先さんに知れたとき、余計な不安を感じさせるからです。

退職者が発生するリスクあり!

トップがM&Aを検討していることが噂になり始めると、社内で一気に広がります。

「社長が辞める気なら俺も辞めようかな」「大手に買収されたら出世はなくなるから転職先を探し始めよう」「うちは潰れそうなんだろうか」など、少なからぬ動揺が走ります。

逆に案件が破談すると「うちはどこにも買ってもらえなかったらしい」「一度辞める気だった人がトップ続投だとなんか白ける」「安定的な大手の社員になれると思ったのに」など、また別の動揺が始まります。

また、取引先としても、「あの会社身売りするほどやばいらしい」「大手の傘下に入られたら取引がなくなるから、今のうちから細めておこう」など、こちらもあらぬ邪推をしてしまいます。

このように、M&Aが検討・推進されている情報は、噂ベースでも可能な限り防ぐべきです。

秘密を知る人間は最小限に抑えること!

秘密を守るには、秘密を知る人間を減らすことが一番です。

最初は自分と家族、一部の外部専門家しかM&Aを検討している事実が知らないようにしてください。M&Aプロセスが進むにつれ、重役、役員、上級管理職(デューデリジェンスのインタビュー対象者に限る)と、必要に応じて広めていきます。もちろん、固く口留めしたうえでです。

デューデリジェンスでは口裏を合わせよう

社内で秘密を守るためには、上述のショートリストやノンネームシートの他、デューデリジェンス対応にも十分注意する必要があります。デューデリジェンス期間中は複数の見知らぬ人が会議室を数日占拠しますので、社員さんは「あの人たちは何者?」と不安を覚えます。

そこで、たとえばデューデリジェンス担当者の身分について口裏を合わせておくことも大切です。「税務調査官」や「契約前の事前調査に来た経営コンサルタント」などの口裏がよく使われます。

詳しくは「初めてのM&Aでデューデリジェンスを受ける際の6つの準備と心構え」をご覧ください。

リスク3.不適切なM&A業者にかき回されるリスク

近年中小企業のM&A仲介が「とても儲かる」ということが有名になってきて、新参のM&A業者が一気に増えています。また、大手仲介会社も人手不足なのか、経験の浅い人が多くなってきました。

業界が活性化し、品質競争や価格競争が起きてくれればいいのですが、現在はその過渡期であり、明らかに能力不足のM&A業者を非常に多く見かけます。そのような不適切なM&A業者が仕切る案件は、「成立」すら運任せなところが多く、残念ながら「成功」には程遠いことが多いです。

変な業者に関わったら簡単には取り返しがつかない

M&A業者は「専任アドバイザー契約」を結ぶのが一般的ですので、契約解除には一定の縛りがあります。この縛りから、他の業者を使って仕切り直し、という判断が制限されることがあります。

専任契約自体は仲介というビジネスモデルの性質上仕方のないことですが、悪質な業者が異常に長期間の専任契約(Ex.2~3年)を何も知らない売り手に結ばせていることもあります。専任契約の功罪や契約解除の方法については「M&Aの専任アドバイザリー契約の功罪と契約解除に持ち込んだ3事例」をご覧ください。

また、M&Aが成立しなかった場合、M&A業者は成功報酬はあっても失敗罰金はないので、損失は人件費ぐらい(着手金や月額報酬があればそれすらなし)ですが、売り手オーナーとしては一度出した情報は取り返せませんし、もう一度売ろうとしても「出回り案件」のレッテルを貼られます。

 

その場合でも必ずしも売れないわけではないですが、有望な買い手候補は確実に減りますし、価格交渉面でも不利な立場に立たされます。

それでも「成立してしまった」場合よりははるかにマシです。もし業者の押印の説得に負け、成立すべきではない案件が成立させてしまった場合、二度と取り返しは利きません。一生後悔する結果に終わります。

M&A業者選びは妥協しないこと!

このリスクを回避するには、しっかりしたM&A業者を選ぶことに尽きます。

M&A業者と契約する前に、必ず複数と会うことを強くお勧めします。特に銀行などに相談した場合は、紹介料目当てで提携先・知り合いのM&A仲介会社を紹介されることが多いので、断れない関係であれば、銀行に最初に相談に行くことはお勧めしません。

M&A仲介業者の選び方、比較の仕方

このサイトでは「初心者にオススメなM&A仲介の選び方!大手ランキングや手数料比較」という記事で、M&A仲介業界の実態や業者の選び方、手数料の比較方法などを詳しく解説しています。業者選定前にはぜひご一読ください。

リスク4.デューデリジェンスにて不測の問題が発覚するリスク

デューデリジェンスは財務や法務の専門家、あるいは自社よりも遥かに大規模な会社の担当者から調査を受けます。

ここで想定外に大きな問題が発覚し、大幅な減額や契約条件の見直しが要求されたり、M&A自体が破談になることもあります。

ある程度は仕方ないが、破談もありうる

デューデリジェンスは単なる調査ですので、何か不利益が新しく発生するというより、本来あるべき利益水準に戻るということかもしれません。

ただし、M&A案件自体が破談になってしまうのは大きな不利益と言えますし、「こんな大きな問題に気付いていなかった(あるいは事前に説明がなかった)ということは、他にも問題があるのではないか?」という印象を買い手に与えてしまいます。

自社に問題点がないかは事前に考えておこう

M&Aの初期段階おいて、自社の分析(簡易的なデューデリジェンス)を行うことをお勧めします。別に大金を払って外部の専門機関に依頼する必要まではありません。自社の強みと弱みをよく分析し、「買い手が買った後で困るような問題はないかな?」と考えるだけでも効果があります。

特に、デューデリジェンスで問題になりそうなポイントを知っておくと、これを回避するM&Aスキーム(売却手法)を選択することで、この問題をデューデリジェンスの対象外にすることもできます。

価格交渉のテクニックも意識しよう

デューデリジェンスを踏まえた買い手の減額要求が合理的であれば、甘んじて呑まざるを得ないことが多いのですが、ただ単純に買い手の言うことだけを聞いていてはいけません。

たとえば、「未払残業代が300万円ある」という指摘を受けたとしましょう。ここで単に300万円の減額を呑むのではなく、「人件費を300万円多く払うということは、その分利益が減って100万円ぐらい税金が減るから、減額するのは200万円でいいですよね?」というカウンターが使えます。

このような攻防のロジックはこちらから主張しないと損をするだけですので、意識的に反論していきましょう。交渉テクニックは「【売主向け】DD後の最終条件交渉で負けないM&A価格交渉術」という記事で解説していますので、ぜひご一読ください。

リスク5.不慣れな交渉で過度な譲歩をしてしまうリスク

M&Aの買い手は、どんなに誠実な企業であっても、できるだけ安く買いたいと思っています。

売り手はできるだけ高く売りたいのでお互い様ですが、中小企業M&Aはほとんどが「初心者vs熟練者」の構図になります。買い手と売り手に大きな実力差があるため、大抵は売り手が劣勢です。

仲介会社も売り手の「成功」よりもM&A取引自体の「成立」を望んでいますので、モメる場面では情報弱者である売り手のほうに譲歩を迫ります。

実際、買い手や仲介に、

  • (相当低い金額で)価格はこのぐらいが相場ですよ
  • このぐらいで譲歩するのが一般的ですよ
  • そんなことを要求するのは非常識ですよ

などと言われて、そうかなぁと思いながら譲歩してしまう売り手さんは少なくありません。

 

過度な譲歩は後悔を招く

M&Aという人生の大きな決断において、このような過度な譲歩をしてしまうと、大きな後悔を一生引きずるリスクがあります。

もちろん、M&Aは相手がいる取引ですから、ある程度の妥協が求められることはあります。ただ、経験や知識の不足から、しなくてもよい安易な妥協をしてしまうと、非常に後悔する結果になるでしょう。

M&Aに詳しい人にセカンドオピニオンを頼もう

このリスクを回避・低減する有効な方法は、M&Aに詳しい人にセカンドオピニオンを出してもらうことです。

一度M&Aを経験したことのある人や、買い手や仲介業者と利害関係のない人に、積極的に相談しましょう。経験値のある「味方」を作ると、ハッタリ交じりの駆け引きで安易な妥協をしてしまうリスクはほぼなくなります。

弊社で実施しているセカンドオピニオン

弊社でもセカンドオピニオンをサービスとして実施していますが、実際に行っているのはごく基本的なことです。

詳しくは「M&Aで不安・不信を感じた際のセカンドオピニオンの3つの方法」という記事で紹介していますので、お知り合いでM&Aに詳しい方がいらっしゃれば、ぜひ真似してもらってみてください。

リスク6.M&A後に買い手の方針が変わるリスク

M&Aが成立すると、会社は完全に買い手のものになります。口を出す一切の権限が売り手オーナーにはなくなります。

そのため、最初は全員の雇用維持を約束していたのに、M&Aした途端にリストラが行われたといったことも起こりえます。

M&A後の事業運営が成功/失敗を分ける

もしあなたが雇用維持をM&Aの大前提にしていたのであれば、どんなに高い金額で売れたとしても、それはM&Aの失敗です。

成立してしまったM&Aは永遠に取り返しがつきません。一生の後悔と戦うことになります。

買い手を選ぶ際に経営方針を確認しよう

買い手を選ぶ前にM&A後の事業計画をしっかりと訊き出し、自分の意に沿う事業計画を描いている相手かどうか確認しましょう。

事業計画をしっかりと精査していけば、嘘やゴマカシがないかどうかや、実現可能な地に足の着いた計画を描いているかなど、きちんと確認することができます。

買い手の事業計画でチェックすべきポイントについては、「M&A相手を選択するために確認したい事業計画の9つの重要ポイント」をご覧ください。

リスク7.「節税」が否認されるリスク

M&Aは巨額の収入を得ますので、当然巨額の税金が発生します。できれば少しでも節税したいところです。

そのため、複雑怪奇な節税スキームを提案するコンサルタントも中にはいます。しかし、アクロバティックな節税策は、税務調査で否認されるリスクは常に付きまといます。

また、M&Aや組織再編は経験のある税理士が極端に少ない分野でもあり、きちんと提案できる人が少ないこともネックです。

安全に使える節税策は3つだけ

M&Aで堅実に選択できる節税策を選択し、怪しい「節税スキーム」には乗らないことです。

M&Aで個人の売り手株主が安全に使える節税策は、3つしかありません。

  • M&A対価の一部を役員退職金に振り替える
  • ヨコの会社分割(分割型分割)で余計な資産を売買対象から外す
  • タテの会社分割(分社型分割)か事業譲渡に切り替える(状況次第)

詳しくは「【図解】株式売却M&Aで税額が半分にもなる個人売主の3つの節税策」をご覧いただきたいですが、この記事にない節税スキームを提案された場合は、組織再編税務に詳しい税理士にセカンドオピニオンを依頼されることを強くお勧めします。

また、会社分割の適格/非適格判定などについても、やはり組織再編に精通した税理士でなければ大変危険です。こちらも適宜サポートを依頼したほうがいいでしょう。

おわりに

今回は、M&Aにおける売り手のリスクについて解説させていただきました。

 

リスクを回避するポイントもコメントしましたので、ぜひリスクを過度に恐れることなく、しかし軽んじることなく、うまく付き合っていきましょう。