中小企業のM&Aでよくある法務上の問題が、「株主名簿と実際の株主構成が一致しない」という、いわゆる「名義株」の問題です。
名義株が何かは後述しますが、過去の商法規定の影響により、名義株が存在している中小企業は相当多く存在します。このような場合、M&Aで会社を譲渡する際は、名義上の株主も巻き込んでいかなければならないのでしょうか?
実は、名義株も対応さえ誤らなければ、そう大きな問題ではありません。中小企業M&Aではありふれたものなので、中小企業M&Aの実務経験が十分にあるアドバイザーや弁護士であれば、すぐに状況に応じた解決策を講じてくれます。
その解決策とはどのようなものか? 今回は、名義株の問題と解決法についてご説明しましょう。
名義株とは何か?
まず、名義株とは何かを明確にしておきましょう。
株主名簿上の名前が「真実の株主」ではない場合
名義株とは、株主名簿に記載されている株主が、「真実の株主」と認められない場合の株式のことを言います。
つまり、株主名簿にはAさんと記載されていても、Aさんには株主としての実態がまったくなく、単に名前を貸しているようなケースです。Aさんが出資をした事実も、配当を受け取った事実も、株主総会に出席した事実もなければ、それは名義株と考えるべきでしょう。
旧商法のため多かった名義株
平成2年以前の旧商法では、株式会社を設立する際に、7名以上の発起人(設立時株主)を集める必要がありました。株主ですから、当然出資もしてもらう必要があります。
現実問題として、出資者を7人も集めるなんて相当ハードルが高く、ほとんどの会社では親戚や知り合いに名義貸しをしてもらい、出資金はオーナーが出すということが実務でした。これが多くの会社で今も頭を悩ませる名義株の発端です。
名義株主は株主ではない!
このような名義株主を、株主として扱うべきかどうかについては、法的に結論が出ています。それは、名義株主は株主ではないということです(最高裁 昭和42年11月17日)。
つまり、このような株式名簿上の名義貸しが行われたと判断された場合、名義貸与者(名義を貸した人)ではなく、名義借用者(名義を借りた人)を株主として扱うことになります。
名義株か否かの判断基準
名義株と判断されると、その名義株主は株主として扱われなくなるのですが、では、名義株か否かはどのように判断されるのでしょうか。
名義株か否かについては、以下のような要素を確認し、総合的に考慮して認定されることになります(東京地裁 平成23年7月7日)
- 一方当事者(名義貸与者または借用者)の認識
- 株式取得資金の拠出者
- 株式取得の目的
- 取得後の利益配当や新株帰属等の状況
- 貸与者および借用者と発行会社
- 名義借用の理由の合理性
- 株主総会における議決権の行使状況等
「ような」とか「総合的に考慮」という言葉が示すとおり、「客観的に眺めてみて、どっちがホントの株主か、全体的に判断しよう」という趣旨であり、ガチガチの基準にはなっていません。これが名義株の頭の痛いところです。
M&Aにおける名義株の問題点
M&Aの際に名義株が引き起こす問題として、「誰が売主なのか明確にし切れない」ということが挙げられます。
買い手にとって大問題!
名義株の問題を気にするのは、売り手よりも圧倒的に買い手です。
買い手が恐れているのは、M&Aが成立し、売り手オーナーにお金を支払った後、株主名簿上で「名義株主」と判断された人から急に連絡があり、「俺も適法な株主だから株式対価をよこせ」と言ってくることです。
上述のとおり、名義株かそうでないかには明確な基準がなく、「総合的に考慮」「全体的に判断」という世界です。そこにはどうしても判断者の主観が入り込むため、万人が納得する判断になるかはわかりません。
M&Aは、中小企業であっても1株数百万円以上になることが少なくありません。カネに目のくらんだ名義株主が、ダメ元で交渉を仕掛けてくることも十分考えられます。
組織再編が否定されることも
M&Aスキームとして、「事業譲渡」や「会社分割」を絡める場合、これらの組織再編行為は株主総会の3分の2以上の決議がないと成立しません。
レアケースですが、「名義株主」の議決権が3分の1を超える場合、彼らが真の株主ではないと明確にしないと、組織再編行為自体が無効なものとなってしまいます。
事業譲渡や会社分割といった組織再編を絡めたM&Aスキームについては、「4大スキームを図解!中小企業のM&A手法のメリットデメリット比較」をご覧ください。
直前に勝手に書き換えるのはNG
なお、M&Aの数年前に本人の同意なく勝手に名前を削除してしまう人がいますが、これは間違いなく買い手が嫌がる行為です。
株主名簿を勝手に書き換えるのは違法行為ですし、トラブルになったときにM&A対象会社の責任になりかねません。M&A後にトラブルになったら、買い手企業の子会社の責任になるということです。
名義の書き換えは、後述の手順をきちんと踏んで行いましょう。
M&Aでの名義株の実務的な解決策
では、このような名義株の問題がある会社のM&Aをするときは、実務的にどのような対応がなされるのでしょうか。中小企業M&Aの実務で実際に広く行われている解決策をご紹介しましょう。
解決策1.本人から名義株の念書・確認書を取得する
名義株主本人が「私は株主名簿に名前がありますが、これは名義を貸していただけです」という証言をしてくれれば、基本的には名義株の問題はおしまいです(明らかに実態と異なる場合を除く)。
そこで、本人から、名義株であることの念書・確認書を取得するのが1つの解決策になります。
注意点1.念書・確認書はできれば実印で
念書・確認書は、可能な限り実印でもらいたいところです。
如何せん大金が絡む問題ですので、三文判では後で「こんな文書は偽造だ!」と言われるリスクがあります。加齢により押印の記憶がなくなることも少なくありません。
相手の手数をお願いしてしまうことですが、印鑑証明付きの実印が一番望ましいでしょう。ただし、どんな文書にでも実印を押すというのは結構抵抗感がありますので、相手との信頼関係を踏まえて判断する必要があります。
注意点2.念書・確認書をもらう理由付け
念書・確認書をもらう理由付けは慎重に判断しましょう。
M&Aを話題に出すと、欲が出て押印したくなくなってきますので、「事業承継を見据えて株式関係を集めておきたい」とか「税務調査で色々質問されて煩わしくなったので実態を明確にしたい」などが考えられます。
ただし、M&A自体は後で必ずわかることですので、相手が「騙された!」と思った場合はトラブルに発展します。これも相手との信頼関係を踏まえて正しく対処しましょう。
注意点3.寝た子を起こすならやめるべき
理由付けにも関係しますが、名義株主から念書・確認書をもらう際に一番困るのが、自分の株主は名義株ではないと主張されることです。
こうなってしまうと、単純に財産を巡る争いを抱えることになりますので、会社自体も売り物にはならなくなってしまいます。
人間関係として、寝た子を起こすような事態になりそうな場合は、そもそも念書・確認書ではない方法に切り替えたほうがいいでしょう。
注意点4.本人が死亡・音信不通の場合
本人が死亡していたり、音信不通になっている場合、そのご家族から念書・確認書をもらう方法もありますが、なかなか現実的ではありません。
このような場合は、そもそもご家族に連絡を取らず、別の方法を検討しましょう。
解決策2.買い手がリスクテイクできる資料の整理
解決策の2つめは、設立時などに遡って、名義の貸借に至った経緯を調べ、資料を整理することです。また、過去の配当の入金先や株主総会の実施状況を調べ、「この人は株主として扱われたことは一度もなく、それに対して本人から文句が出たことも一度もない」ことが証明できるようにしておきます。
このような証拠を収集・整理し、買い手企業にわかりやすく提示することで、買い手に「これだけ証拠があれば、万が一株主権を主張されても突っぱねられる」と安心してもらう方法です。
M&Aではデューデリジェンスによって株主関係は必ず調べられます。一般的には、この調査はプロの弁護士が担当しますので、きちんと証拠がそろっていれば、ちゃんと評価してくれます。
しっかりとデューデリジェンスの準備を行い、買い手企業に安心して買ってもらえる状況にしておきましょう。
デューデリジェンスの準備については「初めてのM&Aでデューデリジェンスを受ける際の6つの準備と心構え」もご覧ください。
解決策3.「表明・保証」で責任を負う
解決策の3つめは、最終契約書において「表明・保証」と呼ばれる条項を付けることです。
「表明・保証」とは、一方が「弊社には〇〇という事実があります」と表明し、もしそれが事実でなかった場合には表明した側が相手の損害を賠償するという約束のことです。
つまり、売り手オーナーが「Aさんは名義株主である」と契約書上で表明し、その後万が一Aさんが真の株主と判断され、Aさんにも追加でM&A対価を支払うことになったら、その代金や関連費用はすべて売り手オーナーが負担することを約束をするという解決策です。
実際のM&Aにおいては、かなり多くの場面で行われている解決方法になります。また、前述の解決策1、2を講じた上でも、さらに念のため表明・保証を付けるということが多く見られます。
M&Aの最終契約書については、「甘く見ると大火傷!M&A株式譲渡契約で絶対注意すべき5条項」も併せてご覧ください。
名義株の対策はお早めに!
以上のように、名義株の問題は時にM&Aの大問題になることもありますが、しっかりと対策をとれば十分対応できる問題です。
ただし、対策はなるべく早く行いましょう。名義株のリスクを抱えたままM&Aプロセスを進めてしまうと、買い手の買収意欲が削がれてしまい、良い条件が出づらくなってしまいます。
M&A以外の親族内承継や親族外承継をする場合でも、名義株の問題はネックになってきますので、早く解決するに越したことはありません。素人判断は禁物ですが、実務にしっかり精通した人の意見も聞きながら、最善の解決策を講じていきましょう。
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