「日本のM&Aは友好的M&Aばかりなので安心です!」(だからM&Aをしましょう)

などという宣伝文句を目にして、なんとなく胡散臭さを感じる売り手経営者さんは少なくありません。
実はご懸念のとおりで、そんな宣伝文句を真に受けていたら、どれだけ損をしてしまうかわかりません

とはいえ、日本のM&Aが、いわゆる「友好的M&A」ばかりなのは事実です。
問題は「友好的M&Aだからといって、全然安心できない」ということです。

「友好的M&Aだから安心」という、言葉の意味を知っていれば噴飯モノの宣伝文句は、顧客がM&Aについてよく知らない情報弱者だからこそ成り立つ、少々悪意のある営業トークです。

とはいえ業者は嘘をついているわけではありません。こんな話に引っ掛からない知識を身に付けなければ、初心者である売り手がM&Aで「成功」することは難しいでしょう。

そこで今回は、

  • 「友好的M&A」という言葉の意味
  • 中小企業M&Aが「友好的」ばかりな理由
  • 全然安心できない「友好的M&A」の現実

について、丁寧に解説していきましょう。

最後までご覧いただければ、業者の薄っぺらい宣伝トークに惑わされることなく、M&Aで気を付けなければならないことが何かを理解できるでしょう。

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「友好的M&A」という言葉の意味

「友好的M&A」という言葉の意味を理解するために、まずは対義語である「敵対的M&A」の意味を理解しておきましょう。

敵対的M&Aとは

敵対的M&A(敵対買収)とは、「経営陣が同意しないにも関わらず、M&A(買収)が強行されること」を言います。

つまり、M&A対象会社の経営陣が、「こんな株主の下で働きたくない!」とか「俺たちはまだ辞めたくない!」とか言っているのに、買い手が買収を強行し、株主になってしまうことです。

役員の選解任も含めて、会社の重要事項は株主が決めますから、株式を買い集めれば会社を強引に支配できるのです。

友好的M&Aとは

これに対して友好的M&Aとは、「敵対的M&A以外のすべてのM&A」です。

つまり、経営陣が株主の交代に反対せず、新体制に協力したり、文句を言わずに退任したりすることです。

中小企業では「敵対的M&A」なんてほぼ不可能

さて、中小企業経営者の方は、自分の会社が上述の「敵対的M&A」を受けるかどうか、考えてみてください。つまり、自分の意に反する相手に大株主が株を売ってしまうということは起こり得るでしょうか?

世の中の中小企業の99.9%は、敵対的M&Aなんて不可能です。なぜなら、ほとんどの中小企業は経営者=大株主だから。経営者自身が会社を売りたいと思わない限り、株の売買は起こりませんし、M&Aなんて起こりません

基本的には、敵対的M&Aというのは、無数の株主が自由に株式を売買できる上場会社に限られるでしょう。

中小企業で敵対的M&Aが起こりうる稀なケース

ただし中小企業であっても、例外的に以下の2つのケースでは、敵対的M&Aがあり得ます。どちらも「理論的には可能」というレベルですが、実例がまったくないわけではありません。

1.大株主と経営者が別人で、仲が悪い

大株主と経営者が同一人物であれば敵対的M&Aは起こりませんが、そうでない場合は理論上は起こすことが可能です。

かなりレアケースですが、繰り返しの相続などにより株式が分散している会社は、経営者が持つ持株が50%を切っていることもあるでしょう。誰かがそれ以外の株主に入れ知恵し、少数株主を結集させれば、理論上は敵対的M&Aも可能です。(会社はガッタガタになりそうですが)

なお、会社が発行している株式が「譲渡制限株式」であっても、結局は役員を総入れ替えできるだけの株式を握れば関係ないので、あまり意味はありません。

2.約定通り返済できない借金を抱えている

もう1つ、これは小説ハゲタカや乗っ取り屋の世界ですが、会社が返済猶予を受けている借金を買い集め、債権者として早期返済を迫ることで、経営陣が会社や事業を手放さざるを得ない状況に追い込む、ということもあり得ます。

とはいえ、これができるのは借金を約束通り返せておらず、しかも借換えができない状況にある会社です。普通はそんな会社の債権を買おうという人もおらず、誰も気付かないとんでもない財産を持っている会社ぐらいしか、敵対買収されることはありません。

完全に余談ですが、このような気付かれていない財産価値のことを「Sleeping Beauty(眠れる森の美女)」と言います。経営陣も気付いていない、凄い可能性を秘めた特許を持っているとか、山奥の所有地に国の開発計画があるとか、そんな小説のようなお話です。

「友好的M&A」の現実

ほとんどの中小企業にとって敵対的M&Aなんてまずありえない話で、M&Aをすればまず間違いなく友好的M&Aに分類されます。

では、「友好的M&A」とは字面のように、好きな友達と事業を分け合うような優しい世界なのでしょうか?

さすがにそんな風に思っている中小企業経営者はそう多くないとは思いますが、現実はそんな甘いものではないことは念のため強調しておきます。

友好的M&Aの現実1.買い手はあくまでビジネス

売り手にとってM&Aは人生を懸けて育ててきた会社との別れであり、次世代にバトンをつなぐ人生の一大事です。センチメンタルな気分になるのは当然ですし、だからこそ真剣に向き合う気持ちも強くなるでしょう。

が、買い手にとって、売り手の想いには関心がありません。買い手は純然たるビジネスとして、欲しいから、儲けたいから買うのです。あなたの会社以外にも何社も。

そのため、わざわざ売り手と対立することはしませんが、過度に売り手の気持ちに寄り添うこともしません。もしするとすれば、それは交渉を有利に進めるためのポーズです

友好的M&Aとは、友達や師弟のように心を通わせるような話ではなく、単に表立って喧嘩をしないというだけの話です。まずはここを踏み外さないようにしましょう。

友好的M&Aの現実2.利害の対立は必ずある

上記のように、買い手は買い手の利益を求めていきますので、買い手の進む道(M&A後の事業計画)が、売り手にとっても納得できるものである必要があります。買い手を選ぶときは、そのような納得できる事業計画を持っている相手を選びましょう。

たとえば、M&A後のリストラの有無やブランド名の存廃などを気にされる売り手は少なくありません。詳しくは「M&A相手を選択するために確認したい事業計画の9つの重要ポイント」をご覧ください。

ただ、同じ方向を向いている買い手であっても、売り手と利害が対立する場面は必ずあります。全体的には文字通りの友好的な関係であっても、その場面では必ず駆け引きが発生します。

代表的な争点は「M&A価格」です。M&Aに適正価格なんてありません。売り手は少しでも高く、買い手は少しでも安く売買しようとするので、対立するのは当たり前です。

誠実で良い買い手と「友好的M&A」をするのだから、あまり厳しい価格交渉はしてこないだろうと思っていると、厳しい現実を突きつけられます。この点は、M&Aである以上必ず争点になるものだと肝に銘じておきましょう。

友好的M&Aの現実3.詐欺師は常に笑顔で近づく

中小企業M&Aの世界には、現実的に、不誠実な買い手というものは存在します。リストラはしないと約束しながらM&A後に事実上のリストラをしたり、入札時は高値を提示したのにデューデリジェンス後に屁理屈を付けて引き下げを狙うような輩です。

中小企業M&Aは、売り手に「良い人」と思わせれば、良い会社が安く買える不思議なところがあります。当然、すべての買い手は売り手に気に入られようと、あの手この手で持ち上げてきます。

不誠実な買い手も、喧嘩腰で近づいてくることは絶対にありません。虫も殺さぬような笑顔で近づき、買収が完了したら豹変します。

買い手が本当に誠実な相手か、それとも不誠実な買い手が化けているのか、意識して見極めなければいけません。「友好的」という言葉に惑わされて、目を曇らせないように気を付けましょう。

友好的M&Aの現実4.誠実な買い手も背に腹は代えられない

なお、誠実な買い手であっても、実際にM&Aをした後、思うような利益を上げることができなければ、何とかテコ入れして利益を生み出そうとします。そのとき、リストラでも何でも必要とあればするでしょう。

実は、M&Aの成功率は決して高くありません(3割とも言われます)。どんなに誠実で友好的な相手に売ったところで、M&A後に望まない事業運営がなされることも少なくありません。

おわりに

今回は、「友好的M&A」の「友好的」の意味と、その現実についてご紹介しました。

まとめると以下の3つがポイントです。

  • 「友好的M&A」とは「敵対的M&Aではない」というだけのこと
  • 友好的M&Aであっても、良い後継者を探すのは容易ではない
  • 「友好的」という言葉に惑わされ、目を曇らせないこと!

業者はあなたにM&Aをしてほしいから、「友好的」という便利な言葉を使います。友好的の意味は上述のとおりで、まったく嘘ではないのですが、過大評価して警戒心を損ねないように気を付けましょう。