株式の譲渡なんて滅多に行うものではないので、どのような手続が必要かよくわからない経営者さんは少なくありません。
そして、多くの会社が定款や登記簿に「株式の譲渡制限に関する規定」を設けています。
なんとなく、「勝手に株式を売ってはいけない」という意味は理解できても、そもそも売ることはできるのか、どうすれば売れるようになるのかなど、具体的な話はよくわからず、不安を感じている方も多いでしょう。
でも安心してください。株式の譲渡が制限されていても、ほとんどの場合は、何ら問題なく譲渡ができます。
実際、世の中で行われている株式譲渡M&Aは、その大半が譲渡制限された株式を、きちんと手続を踏んで譲渡している事例です。私も、非上場会社のM&A案件で譲渡制限がなかった事例は見たことがないぐらいです。
この記事では、
- 株式譲渡に制限があっても問題なく譲渡できる2要件
- 株式譲渡制限の制度の概要
- 譲渡制限のある株式を正しく譲渡するための承認手続
について説明していきます。承認手続に必要な書類のサンプルもWordファイルで配布しています。
最後まで読んでいただければ、ご自身が株式を譲渡する際に譲渡制限が問題になるか否かがスッキリと理解でき、その手続に迷うこともないでしょう。
「株式の譲渡制限」は99%のケースで問題にならない
譲渡制限が付いている会社の株式を他人に売ろうと考えている場合は、以下の2つの要件が満たされているかどうかを確認してください。
- ご自身を含め、賛成者が過半数の株式議決権を持っている
- 定款で、株主総会決議の成立要件について特別な規定を設けていない
この2つの要件を満たせば、株式の譲渡が制限されることは事実上あり得ないと断言できます。そして、中小企業M&Aではほぼすべてがこの要件を満たします。
要するに「決定をコントロール」できればOK
詳しくは後述しますが、株式の譲渡制限のルールでは、会社側から「譲渡してもOK」という承認を得られれば問題なく譲渡することができます。
過半数の株式議決権を押さえておけば、後述の例外を除き、株主総会をほとんど完全にコントロールできます。
株主総会をコントロールできるということは、反対する取締役を解任して賛成する人に替えることも可能ですので、取締役が承認決定するという決まりになっていても、確実に承認させることができるのです(下図)。
ごく稀なローカルルールには注意
基本的には過半数さえあれば、株式譲渡の承認も取締役の選解任も可能です。
しかし、定款で「株式譲渡承認は3分の2の賛成が必要」とか「取締役の解任は3分の2の賛成が必要」などのローカルルール(要件加重)を定めることは可能ですので、このような「特別な規定」が存在しないかどうかは確認しておきましょう(下図)。
最低限知っておきたい「株式の譲渡制限」のポイント
ではここで、「株式の譲渡制限」についてポイントを解説します。
上記2要件をクリアしている場合は細部まで知る必要はないので、以下の最低限必要なポイントだけをお伝えします。
- 会社が認めない相手には株式を譲渡できない
- 誰が承認するかは会社ごとに決められる
- 不承認の場合は「代わりに売ってもいい相手」が斡旋される
会社が認めない相手には株式を譲渡できない
株式の譲渡制限とは、「会社の承認なしに、株主は自由に株式を譲渡できなくなる」という制度です。
本来、株式は株主の判断により、好きな時に、好きな相手に、好きな値段で売ることができるものです。
でも、多くの会社は内輪の人間関係で経営が成り立っていますから、勝手に株式を売買されてしまうと、経営がおかしくなりかねません。
そこで、会社の選択で、「うちの株式は、会社でOKした相手以外には譲渡できません」というルールを作ることが認められています。これが、株式の譲渡制限制度です。
「内輪な会社」として楽できるメリットも大きい
株式の譲渡に制限を掛けておくと、「内輪な会社」としての自由な経営が認められています。
株式を自由に売買できる会社の場合、株主の権利を守るために、たとえば以下のような組織設計が義務付けられています。
- 取締役は3人以上任命しなければならない
- 取締役会も作って正しく開催しなければならない
- 原則的に監査役も任命しなければならない
譲渡制限は「内輪な会社」であることを世の中に宣言するようなもので、上記のような面倒なことを大幅に軽減することが認められています。
誰が承認するかは会社ごとに決められる
なお、誰が譲渡を承認するかは、会社ごとに決めることができます。主に以下の機関に権限が与えられます。
- 株主総会
- 取締役会
- 代表取締役
特に定めていない場合、取締役会がある会社なら取締役会が、ない会社なら株主総会が承認権限を持ちます。
自社の承認機関を調べる方法
自分が持っている株式の譲渡を誰が承認するかを知りたい場合は、会社の「定款」を見てみましょう。どこかに以下のような条項があるはずです。
第〇条 当会社の株式を譲渡により取得するには、株主総会の承認を受けなければならない。
同様の記載は登記簿謄本にも書いてあることが多いですが、承認機関は登記を省略できるため、定款を見るのが確実です。
不承認の場合は「代わりに売ってもいい相手」が斡旋される
売り手株主が売ろうとした相手を会社がNGした場合、会社は「代わりに売ってもいい相手(指定買取人)」を斡旋しなければなりません(会社自身が自己株式として買い取ってもOK)。
なので一応は、承認されなくても株主が株式を現金化する手段は残されています。ただし、大抵はその売買価格で揉めることになり、裁判まで行くことも珍しくありません。
(参考)株式を譲渡するまでの手続の流れ
譲渡制限のある株式を適法に譲渡するためには、下図の手続を踏むことになります。期限など細かい部分は特に気にする必要はありませんので、大まかな流れを把握しておきましょう。
ただし、99%のケースでは最初の選択肢で左のルートになります。
株式譲渡の承認を得る手続と書類サンプル
では、実際に譲渡制限のある株式の譲渡をする場合、具体的にどんな手続を行えば適法に売買が成立するかをご案内していきます。
この章の最後には、譲渡承認で必要になる書類のサンプル(雛形)もWordファイルで公開していますので、ぜひアレンジして使ってください。
会社法で決められた株式譲渡の承認手続
まずは会社法で決められた譲渡承認手続の原理原則を下図で示します。あまり細かく読んでいただく必要はなく、3段階の流れを確認していただければ大丈夫です。
※定款によるローカルルールがないという前提です。
承認請求と名義書換請求は同時に行うことが多い
会社法では、
- 株式譲渡の承認手続
- 株式名義の変更手続
の順番で手続することが原則だと記載されていますが、同時でも構いません。実務では2つの作業は同時に進めることが一般的なので、以下でご紹介する書類サンプルも同時に進める形式にしています。
この書類を作るだけ!確実に譲渡承認を通す手続書類とそのサンプル
M&Aは親族でもない第三者同士が大金をやりとりする取引ですので、後でトラブルにならないよう必要な書類は残しておきましょう。
以下では、適法な株式譲渡承認を確実に通すために必要な書類の一覧とそのサンプルをご紹介します。「誰が承認するか?」によって必要書類も変わりますので、パターンに分けてご案内します。
なお、以下のサンプルどおり使用する場合、日付は全部同じ日でも問題ありません。
承認機関が「株主総会」の場合
承認機関が株主総会の場合、以下の書類を残しておきましょう。なお、サンプルは全株主が株式譲渡に書面で同意する(書面決議)というパターンで作っています。
必要書類 | 備考 | サンプルファイル |
譲渡承認請求書 兼 名義書換請求書 | ||
取締役会議事録 | 取締役会がある場合のみ使用 | |
株主への提案書/株主からの同意書 | 各株主で同意書に押印 | |
株主総会議事録 | ||
譲渡承認の通知書 | ||
株主名簿 | 名義書換後の名簿 |
株主総会は書面決議がおすすめ
株主総会の議事録には株主の押印をもらわないため、あとで「株主総会に呼ばれていない」といった異議が入ると、株式譲渡が適法ではなかったのではないかというトラブルが発生する懸念があります。
そこで、全株主の書面による回答記録を残しておくことで、このようなトラブルを完全に回避できます。なお、回答書面は電子メールで送ってもらっても構いません。
承認機関が「取締役会」の場合
承認機関が取締役会の場合、以下の書類を残しておきましょう。
必要書類 | 備考 | サンプルファイル |
譲渡承認請求書 兼 名義書換請求書 | ||
取締役会議事録 | ||
譲渡承認の通知書 | ||
株主名簿 | 名義書換後の名簿 |
承認機関が「代表取締役」の場合
承認機関が代表取締役の場合、以下の書類を残しておきましょう。
必要書類 | 備考 | サンプルファイル |
譲渡承認請求書 兼 名義書換請求書 | ||
代表取締役の決定書 | 必須ではない | |
譲渡承認の通知書 | ||
株主名簿 | 名義書換後の名簿 |
おわりに
今回は、株式譲渡の制限について、以下の事項をなるべくわかりやすくご紹介しました。
- ほとんどのケースでは株式の譲渡制限規定は問題にならないこと
- 株式の譲渡制限規定のポイント
- 株式の譲渡を承認する手続
株式の譲渡制限はあるのが普通ですし、M&Aに悪影響を与えることは本当にレアケースですので、ご安心いただければと思います。
日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)