M&Aで価格の減額要因になりやすいのが、デューデリジェンスで発見された事項です。
デューデリジェンスで調査した結果、買い手の想定していた事実と異なることが発見されると、買い手の落ち度によるものを除いて減額交渉が行われます。売り手の粉飾や隠ぺいが発見されると、売り手にとっては非常に劣勢の交渉になります。事実として、買い手にとってデューデリジェンスの目的のひとつに「価格交渉の材料を探す」という側面があります。
デューデリジェンス後の価格交渉については「【売主向け】DD後の最終条件交渉で勝つM&A価格交渉術」にて売り手側の戦略を記載していますので、併せてご覧ください。
ただし、世の中にはまったくデューデリジェンスをしなかったり、どこの会社にも共通する表面的な論点しか調査しない「甘いデューデリジェンス」をする買い手が存在します。ショートリスト作成時や買い手選定時に、M&A仲介会社から「この会社はデューデリジェンスが甘いのでおすすめですよ」と耳打ちされるかもしれません。
確かに、価格交渉“だけ”を考えたら、このような会社はおすすめかもしれません。しかし、それだけで買い手を選んでしまった結果、あとで取り返しのつかない後悔した売り手オーナーも少なくありません。
なぜデューデリジェンスが甘い買い手に注意すべきなのか、どういった後悔を生む可能性があるのか、今回は甘い買い手の良し悪しについてご説明します。
デューデリジェンスが甘いとはどういうことか
デューデリジェンスが甘い、表面的だと言われても、デューデリジェンスを受けたことがない方はピンと来ないかもしれません。まず、甘いデューデリジェンスがどのようなものか知っておきましょう。
甘いデューデリジェンスの例① 買い手担当者が来ない
一番よくある例は、デューデリジェンスの場に買い手の担当者が同席しないパターンです。要するに、公認会計士や弁護士、コンサルタントに丸投げしてしまい、買い手企業ではその報告を受け取るだけというケースです。
デューデリジェンスを請け負った業者の腕にもよりますが、彼らも業界に精通しているわけではなく、短時間で経営の本質的な部分を掴めるとは限りません。つまり、後述する表面的な調査になりがちなのですが、買い手にはそれをチェックする気もないということで、どこかダラダラしたようなデューデリジェンスになりがちです。
甘いデューデリジェンスの例② 表面的なデューデリジェンス
表面的なデューデリジェンスとは、会社が行うビジネスや組織体制の本質的な部分に踏み込まず、単に違法な契約はないか、粉飾決算や会計基準の適用漏れはないかを調査することを言います。普段企業の顧問しかしていない弁護士や、監査法人から独立したばかりの公認会計士に頼むと、大概この表面的なデューデリジェンスに陥ります。
このようなデューデリジェンスもまったく無意味ということはありませんが、後述するデューデリジェンスの本来の目的を果たすものではありません。
甘いデューデリジェンスの例③ 対面インタビューがない
デューデリジェンスは、必ずしも現場(対象会社)で行うものではなく、貸会議室などに資料を持ち込んだり、セキュリティを厳重にしたネット上に関連資料をアップロードするなどして、DDチームが現場に入らないデューデリジェンスもあります。このような場合、DDチームは質問表を売り手に提出し、売り手は質問表に回答を書き込んで返答します。
これはこれでいいのですが、M&A対象会社の経営者とDDチームがまったく面談しないデューデリジェンスは本来ありえません。デューデリジェンスにおいて経営者から話を聞くことをマネジメントインタビュー(マネイン)といいますが、これはデューデリジェンスの最重要イベントと言ってもいいほど重要なものです。
しかし、売り手も買い手も質問表で済ませたほうが精神的にラクなせいか、マネインなくデューデリジェンスを終わらせてしまうことがあります。筆者からするとちょっと引くようなお粗末なことですが、現実に行われている話です。
なぜデューデリジェンスが甘くなるのか
デューデリジェンスは、本来買い手にとってM&Aの成否を分ける最重要イベントであるはずです。しかし、なぜデューデリジェンスが甘く、表面的になってしまうのでしょうか。その理由を考えてみましょう。
甘いデューデリジェンスの理由① DDしたという事実だけが欲しい
上場会社やファンドにありがちな理由として、買うことはもうすでに決まっており、あとは「きちんとデューデリジェンスした」という事実だけが欲しい場合です。デューデリジェンスをまったくやっていないと取締役が株主から責任追及されかねないため、「善管注意義務」だけ満たしたいという需要になります(それは忠実義務違反のような気もしますが、それは置いといて)。
このような場合、むしろ中途半端に買えなくなる理由を発見されたほうが困りますので、DDチームには「本当にヤバいものだけないか確認して」という依頼の仕方になります。M&Aの成功(買収した会社がグループ内で活躍し、投資を上回る利益を生んでくれること)よりも、M&Aの成立(とにかく買えればよい)という思考に陥っているため、変なものが出ないことを買い手側が祈っています。
買い手企業側が甘いデューデリジェンスをオーダーしていますので、マトモな報酬は用意していません。ちゃんとしたデューデリジェンスができる専門家はそんな仕事受けませんので、必然的に、表面的なデューデリジェンスしかできない質の悪いチームが雇われます。
甘いデューデリジェンスの理由② 買い手のM&Aに対する無理解
M&Aに不慣れな会社の場合、「デューデリジェンスは専門家に丸投げするものだ」という思い込みがあったり、「弁護士や公認会計士なら、みんな一定水準でできるのだろう」と考えてしまいがちです。
これは単純に、M&Aにおいてデューデリジェンスが如何に重要なものかを理解していないだけですが、このような思考の下では高い報酬と時間を費やして高品質なデューデリジェンスを行おうという考えに及びません。結果、価格や知人関係だけで選んだ専門家でDDチームを作ることになります。
甘いデューデリジェンスの弊害
上記の甘いデューデリジェンスが行われる理由からわかるとおり、このようなデューデリジェンスをする買い手はM&Aを成功させる実力に乏しいか、そもそもその意識が低いと考えていいでしょう。デューデリジェンスをきちんと行わない場合、どのような弊害が起こるか確認しておきましょう。
デューデリジェンスの一番重要な目的
そもそも、デューデリジェンスは何を目的に行うのでしょうか。デューデリジェンスの主な目的を列挙すると、以下のようなものがあります。
- 事業や組織の状況、財務、法務問題等が想定通りかを確認・理解
- シナジー効果の検討・ディスカッション
- 買収後の組織統合(PMI)の計画づくり、タスク洗い出し
- 案件を中止すべき要素や予算を減額すべき要素がないかの確認
- 価格交渉を有利に進める材料探し
このうち、買い手がM&Aを成功させるために絶対的に必要なのが、「買収後の組織統合(PMI)の計画づくり、タスク洗い出し」です。
デューデリジェンスはM&A後の行動をスムーズにする
買収後の組織統合(PMI)の計画づくりとは、買い手がM&A後に対象会社をどのようにグループと一体化させていくか、その行動計画のアウトラインを作るものです。
詳細な行動計画は、M&A後に売り手・買い手双方の管理職レベルが集まって決めていきますが、デューデリジェンス時点ではいつまでに何を決め、最低限何を終わらせなければいけないかを検討していきます。
また、この前提として、円滑な組織統合をするためにはどのような行動をし、M&A対象会社の何を変えていかなければいけないのか、その重要タスクを洗い出すことも、デューデリジェンスの重要な目的です。
デューデリジェンスでM&A後を考えるべき理由
なぜM&Aの検討段階であるデューデリジェンスの時点で、M&A後の行動計画を考えなければいけないのでしょうか。
それは、M&Aが決定し、案件を公表した時点で関係者に大きな動揺をもたらすからです。その最たる例が対象会社の従業員さんです。
M&Aが公表されると、対象会社の従業員さんたちは「自分たちの雇用はどうなるのか」「業務フローはどうなるのか」「勤務地は変わらないのか」といった疑問を抱きます。ここで買い手企業が「あなたたちの処遇は当面未定です」と言ってしまうと、非常に大きな不安を感じてしまいます。最悪、大量退職を招くでしょう。
そのため、M&Aの公表時点では大きな方針は持っておかなければいけません。これを考えるための材料集めとして、デューデリジェンスは極めて重要なイベントになります。
デューデリジェンスと表明保証
甘いデューデリジェンスのもうひとつの弊害として、最終契約による表明保証が増えるという問題があります。
「甘く見ると大火傷!M&A株式譲渡契約で絶対注意すべき5条項」にて説明していますが、表明保証はデューデリジェンスを補完する役割があります。デューデリジェンスで調査できた部分は価格や誓約事項に反映させ、調査できなかった部分を表明保証するという関係性があります。
そのため、デューデリジェンスをきちんとしない買い手は、通常よりも買い手有利な表明保証を求めてきます。その結果、M&A後のトラブルの責任を売り手が背負わされることになりかねません。
甘いデューデリジェンスは事業破壊を招くかも!
上述のように、デューデリジェンスが甘い買い手は、事業を円滑に承継する方法を理解していなかったり、そもそもその意識が希薄だったりすることがあります。本気で事業を承継しようと思ったら、普通は徹底的に調べ上げるはずです。
デューデリジェンスが甘いと、高値で売りやすくなるのは事実ですし、M&A仲介会社としても都合がいいので、盛んに奨めてくるでしょう。しかし、本当にそれがM&Aの目的を果たすかは、少し立ち止まって考えるべきだと思います。
買い手はM&Aで損失が出始めると、どこかで穴埋めをしようとします。それが売り手オーナーに対する表明保証なのか、M&A対象会社の人件費削減なのかは相手次第ですが、少なくとも誰かが思わぬ損を呑み込むことになります。
事業承継のつもりで始めたM&Aが、買い手の怠慢や不手際で事業破壊に陥るケースは山ほどあります。目先の交渉よりも、長い目で見た相手選びをおすすめします。
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