M&A仲介会社のサイトを見ると、ときどき、
たった5つの数字と業種を入力するだけで、あなたの会社の売却額を3分で査定します!
みたいなプログラムが掲載されていることがあります。
若干の胡散臭さを感じつつも、「ちょっとやってみようかな」と入力してみたという方もいらっしゃるでしょう。
ただ実際には、「決算書の数字と業種を入力すれば、会社の売却額(または適正価格)がわかる」なんて、絵空事もいいところです。「概算額」すら到底不可能で、まったく参考にならない星座占い程度の結果しか出てきません。
なぜ決算書の数字と業種だけでは、売却額を予想できないかは、ちょっと考えれば誰でもわかることです。その理由にまだ気が付いていない方もいらっしゃると思いますが、本記事では誰でもわかるように丁寧に説明しますので、必ず「そりゃ無理だよね」と感じるでしょう。
実は、このようなプログラムをホームページに掲載しているM&A仲介業者も、決算書の数字と業種だけ教えてもらっても、M&A価格の予想なんて到底できないということはわかっています。
では、なぜ出来もしないことをホームページに載せているのでしょうか?そこには、M&A仲介業のアコギな特徴が垣間見えますので、併せてご紹介したいと思います。
この記事の内容は以下のとおりです。
- 決算書の数字と業種だけではM&A価格の見積りは絶対にできない理由
- M&A仲介業者が出来もしないプログラムをホームページに載せる思惑
最後までご覧いただければ、アコギな業者の稚拙な営業に引っ掛からずに済むでしょう。
YouTube動画でも公開中
本記事はYouTube動画でお話した内容を文章化したものです。動画は以下よりご覧いただけますので、視聴環境にある方はぜひ動画でもご覧ください(9分57秒)。
ネットで「会社の売却額査定」なんて100%不可能です!【動画で学ぶM&A】
決算数値だけ見ても事業の価値は絶対にわからない
ネットのプログラムにいくつかの決算数値と業種を入力しただけで、会社の売却相場が査定できるなんて、プロから言わせれば信じられない暴論です。なぜなら、事業の価値は決算書の数字だけで評価されるわけではないからです。
事業の価値は「将来の利益」と「経営資源」で決まる
まず、会社の中心である「事業」の価値がどのように決まるかを考えてみましょう。
事業というものは非常に複雑なもので、すべての価値要素を列挙することはできませんが、主なものを挙げれば、以下の2つが大きな要素であると言えます。
- 事業が生み出す将来の利益(稼ぎ/キャッシュフロー)
- その事業が持つ経営資源
実際に、買い手はコレが欲しくてM&Aをするようなものです。それぞれ内容を補足しましょう。
価値要素1.将来の利益
M&Aの買い手は、最初にお金を払って会社・事業を買収し、「将来の利益(稼ぎ/キャッシュフロー)」によって、その投資以上のリターンを得ようとします。
つまり、将来において、大きな利益が見込まれる事業は価値が高いですし、逆に見込まれる利益が小さい事業は価値が低いということになります。
過去に稼いだ利益ではなく、将来の利益に注目しているという点は見落とせない事実です。
価値要素2.経営資源
もう1つの重要な価値要素は、その会社を買うことによって手に入る経営資源です。(これは将来の利益の土台でもあります)
たとえば、
- 非常に有力で関係が良好な得意先との商流(取引口座)
- 若くて優秀な社員やその教育ノウハウ
- 駅前の超一等地の立地
など、強い競争力の源泉になるような経営資源を持っている会社であれば、おそらく買い手が殺到するでしょう。
M&Aは、他の手段ではなかなか手に入らない経営資源をお金で手に入れる数少ない手段です。特に真似が難しく稀少価値が高い経営資源ほど、買い手にとっては魅力的に映ります。
2つの要素は、どちらも決算書に載っていない!
さて、上記のように、会社の価値に大きな影響を与える「将来の利益」と「経営資源」ですが、実はこれ、どちらも決算書には載っていません。
損益計算書には過去の利益は載っていますが、将来の利益はどこにも書いてありません。過去の利益を参考に、決算書を読む人が自己責任で予測するしかないものです。
また、貸借対照表には、「得意先との関係は良好か」とか「社員は若くて優秀か」などの情報は載っていません。土地や建物の簿価は載っていますが、それがどこにあるのか、どれだけ魅力的な物件なのかはどこにも書いてないのです。
したがって、決算書を穴が開くほど読み込んでみても、ビジネスの評価に本当に重要なことは、ほとんど書かれていないのです。そんな情報を機械に打ち込んだところで、一体どういう計算をすれば、会社の価値を算出できるというのでしょうか?
事業の価値は、様々な情報を総合的に組み合わせて考えるもの
なお、じゃあ事業の価値を考える上で決算書は不要なのかと言えば、そういうことではない、ということは誤解のないようにお願いします。
将来の利益を予想する上で、過去の決算数値は非常に役立つヒントになります。過去の損益計算書を土台に、将来予想される事業環境の変化等を織り込んで、将来の利益を予想していくからです。
ただ、決算書の数字だけで将来の利益が予想できるというのは、明確に間違いです。事業の価値とは、決算書だけでなく様々な情報を総合的に組み合わせて考えるものです。単純な計算式で導き出せるものでは絶対にないということは覚えておきましょう。
過去の決算数値×業種でも、価格見積りは絶対不可能
ここで、
決算書の数値だけではわからなくても、業種も組み合わせれば、ある程度見積りができるのではないか?
と思われた方もいらっしゃるかもしれません。
ですが、M&Aはそんなに単純ではありません。以下きちんと説明しておきましょう。
「業種」を一言で表すのは不可能
たとえばあなたの会社が「小売業」だったとしましょう。しかし一言に小売りと言っても、
- 鮮度が命の生鮮食品を扱う「スーパーマーケット」
- 生活雑貨の安価仕入が重要な「ドラッグストア」
- 立地で勝敗が決する「コンビニエンスストア(のFC)」
- 売り場と駐車場の面積が必須の「ホームセンター」
では、全然違うビジネスと言っても過言ではありません。なぜなら、利益を上げるために求められる経営資源がまるで違うからです。
そのため、同じ売上、同じ利益の会社でも、スーパーマーケットとドラッグストアでは、値段の付き方はまったく異なります。
この「業種」の細分化はどこまでも細かくしていくことができます(ドラッグストアの場合、都市型/郊外型、調剤併設有無など、様々な分類ができます)。しかも時代とともに有効な分類は変化していくのです。
そのため、「似たような価値評価になるのはどのような業種区分か?」を判断するのは不可能ですし、そもそも意味のあることではありません。
同じ業種にも勝ち組と負け組がいる
もう1点、そもそも同じ業種の中に、勝ち組と負け組がいるということは紛うことなき現実です。
勝ち組と負け組なら、勝ち組のほうが価値が高いに決まっています。でも、そんなことは決算書には書いてありません。
さらに踏み込んでいえば、
- 勝ち組なら、その競争力はどんな経営資源によるものなのか(買い手が引き継げるのか)
- 負け組なら、どうすれば勝ち組になれるのか(買った後で改善できるのか)
によっても、事業の価値は全然変わってしまうでしょう。
これがM&Aの現実であり、それを一切無視して価格を見積もるなんて、神様でもない限り、出来るわけがないのです。
仲介会社は「多数の情報弱者と契約したい」から載せている
上記のように、ネットの売却額査定なんてできるわけがありません。そんなことは少し考えればわかることですし、多少でもM&Aの実務経験を積んでいれば、嫌でも感じ取れることです。
では、なぜ仲介業者は、こんな出来もしないプログラムを作って公開しているのでしょうか。こんなものでも作るのにはコストがかかりますので、そこにはお金をかけるだけの思惑があるのです。
端的に言えば、そこには何も知らない情報弱者に対して、何が何でも契約をさせようという姿勢が感じられます。そうでない限り、恥ずかしくてこんなプログラムは載せられないでしょう(1年でもM&A実務に携わっていれば、そのぐらいトンチンカンに感じるプログラムです)。
M&A仲介は売り案件の「量」で利益が生まれる
M&A仲介業は「仕入の商売」とよく言われるほど、売り案件の発掘に飢えています。
なぜなら、売り案件をある程度の「量」集めることができれば、利益が計算できるビジネスモデルだからです。その理由を順を追って説明しましょう。
①「売れる会社」は何もしなくても売れる
まず、M&Aというものは、買い手に「ぜひ買いたい」と思わせる会社であれば、簡単に売りさばけます。
どんなに仲介業者の能力が低くても、やる気がなくても、代わりに買い手が頑張ってM&Aプロセスを進めてくれるからです。買い手に任せておけば、全自動で大きな手数料が手に入ります。
さらに、専任アドバイザリー契約を結んでおけば、競合他社に案件を奪われる心配もありません。
M&A仲介ビジネスで一番重要なことは、「売れる会社を仕入れる」ことなのです。
買い手にコントロールされたM&Aは売り手の圧倒的不利!
M&A仲介の能力が低い、或いはやる気がなく、代わりに買い手が頑張ってM&Aプロセスを進めている状況でも、M&Aの「成立」までは辿り着くことが可能です。しかし、売り手が良い売買条件を引き出すことは不可能でしょう。
買い手は少しでも良い条件で買おうとしています。たとえば価格に関しては、すべての買い手が例外なく「安く買いたい」と考えています。
買い手にコントロールされたM&Aプロセスでは、必ず買い手の有利なようにM&Aが進みますので、売り手としては圧倒的に不利な交渉となります。
②「簡単には売れない会社」なら、放っておけばいい
上述のように「売れる会社」を発掘することが仲介ビジネスでは重要なのですが、一見して「この会社ならすぐ売れる!」と思えるようなピカピカな会社は多くありません。多くは「売れるか売れないかよくわからない」という会社です。
では、もし売り案件として契約した会社が、「売れない会社」だったら、どうするか?
M&A仲介というビジネス上のドライな正答を言えば、「売れない会社は、放っておく」ことに尽きます。
「売れない会社」であれば、頑張っても買い手が見つかる可能性は低いです。商品自体に魅力がないと判断したならば、それを売り込む努力は無駄になるリスクが高く、すればするほど損失が膨らむと考えるのは当然のことです。
少し買い手の反応を調べてみて、「こりゃ売れないな」と思ったら、放っておくに限ります。M&A仲介には成功報酬はあっても失敗罰金はありませんから、「頑張ったんですけど、ダメでした」と言っておけばよいという判断になるわけです。
③「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」が必勝法
以上も踏まえてM&A仲介ビジネスの必勝法を考えてみれば、「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」という戦略がもっとも合理的ということになるでしょう。とにもかくにも、売り手を掻き集めて、大量の専任契約を結ぶことです。
運よく素晴らしい経営資源を持っている会社であれば、努力しなくても高額な手数料が手に入る。そうでない「売れない会社」であっても、放っておけば損失を抑制できる。
これがある程度の規模でできれば、あとは確率論で一定の利益が計算できるわけです。
情報弱者こそ金ヅルである
上記「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」という作戦で重要なことは、「仕入先」である売り手がこの構造に気が付かないことです。
放っておいた売り手に文句を言われるとコストがかかりますし、何より「売れる案件」の大事な売り手さんに、「この仲介、実は何もやっていないな」「買い手の言いなりで交渉が進んでいるな」と見抜かれてしまったら一大事です。
それを考えると、契約する売り手は情報弱者であるほど良いでしょう。怠慢や能力不足に気付かず、「M&Aってこういうものなんだなー」と思っていてくれるのが一番ありがたいわけです。
そうなると、上述したような「ちょっと考えればありえないとわかる売却額査定プログラム」に飛びつく情報弱者こそ、上顧客ということになります。
M&A仲介が、出来もしないプログラムをホームページに載せるのは、情報弱者にターゲットを絞ったマーケティング戦略であろうと思います。
おわりに.M&Aでは「騙される方が悪い」
今回は、
- M&A仲介のHPによくある「ネットで売却額査定」なんて不可能である理由
- 仲介がそんなプログラムを載せているのは、多数の情報弱者と契約したいから
ということをお伝えしました。
M&Aの世界では、「騙される方が悪い」という文化があります(裁判でそういう趣旨の判決が出たこともあります)。ネットの売却額査定のような、M&Aに詳しい人に少し相談すればすぐに見抜ける嘘であれば、騙される方が悪いというのは、その通りだと思います。
M&Aは決して甘い話ではありません。もし興味を持たれてしまったなら、よく自省して、懐疑心を高めて臨んでいただきたいと思います。
日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)