選択肢の1つとしてM&Aを真剣に考え始めたときは、身の回りの信頼できる人に相談したくなるものです。しかし、このような滅多にないことに詳しい人はそうそういません。
その際に、顧問税理士さんが頭に浮かぶ方が多いでしょう。ただ、以下のような懸念を抱かれる方も少なくありません。
- ウチの顧問税理士はM&Aの話なんてわかるんだろうか?
- そもそも、税理士に相談したら何をしてもらえるのだろうか?
ご懸念のとおり、世の中のほとんどの税理士さんは、M&Aの相談をされてもまったく対応できません(公認会計士も同様です)。それどころか、大抵の場合は単に低品質な仲介業者を紹介されておしまいです。
なぜなら、彼らは税務や会計のプロであって、M&Aのプロとは限らないからです。実際、弊社にもM&Aプロセス進行中の方から、「税理士に相談したけど全然頼りにならないし、紹介された仲介会社もいい加減なのだがどうしたものか?」というご相談がよく寄せられます。
税理士も商売でやっていますので、対応出来なくても一応は「出来るフリ」をしがちです。そのため、本当に相談してもよい「M&Aも頼れる専門家」なのか、それとも単なる「資格を持っている(M&Aに関しては)素人さん」なのかは、売り手経営者がご自身で見極める必要があります。
この記事では、
- 大半の税理士にはM&Aの相談はするべきではない理由
- M&Aにおける顧問税理士の役割
- 相談してもよい税理士か否かを見極めるポイント
を解説していきます。
最後までお読みいただければ、ご自身の顧問税理士さんが、M&Aを相談してもよい方かどうかをしっかりと判断できるでしょう。
「街の税理士さん」に相談しても、低品質な仲介業者を紹介されるだけ
まず、個人の税理士事務所や中小規模の税理士法人など、いわゆる「街の税理士さん」にM&Aの相談をしても、マトモなアドバイスをもらえることは多くありません。
むしろ、低品質なM&A仲介業者を紹介されるリスクのほうが遥かに大です。単なる知り合いの仲介業者ではなく、その中でも「低品質な」業者をです。
なぜなら、M&A仲介業界と税理士業界は、お互いに利用し合っている関係にあるからです。
M&A仲介業者は「街の税理士さん」とのネットワークづくりに励んでいる
M&A仲介業者は、税理士さんに売り手を紹介してもらえるよう、日々挨拶回り等のネットワークづくりに励んでいます。
M&A仲介のビジネスモデルは「仕入の商売」と形容されることが多いです。これは、
- 「売れる会社」は特に努力しなくてもすぐに買い手が現れる。
- 「売れる会社」なら、放っておいても買い手がM&Aプロセスを進めてくれる。
- そのため、「売れる会社」と専任契約を結ぶことが経営上もっとも重要。
- つまり、サービス品質は2の次でも(商売的には)OK。
という事業の特性から来ています(詳しくは「業者に騙される前に知っておきたいM&A仲介のビジネスモデル」をご覧ください)。
現実問題として、M&Aや事業承継の相談を顧問税理士にする方は多いので、全国津々浦々の税理士さんとのネットワークづくりは、M&A仲介業者の極めて重要な営業戦略です。
M&Aに詳しくない税理士さんとしても、不慣れなリスクエストを他人に流せるということで、双方にとってWin-Winの関係になっています(肝心の相談者がWinではないのが問題ですが)。
結局はバックマージンの高い順に紹介されるだけ
相談を受けた税理士さんが誠実で優秀なM&Aアドバイザーを紹介してくれればいいのですが、残念ながら必ずしもそうとは限りません。単に税理士さんの懐に入る「紹介手数料(バックマージン)」が高いだけの、低品質なM&A業者を紹介されることのほうが多いのが現実です。
大金が動くビジネスでは定番ですが、中小企業M&Aの世界にもバックマージンは当然存在しています
詳しくは「オススメなんてカネ次第?M&Aのウラで動く【紹介手数料】の話」という記事で紹介していますが、税理士がM&A仲介会社に売り手を紹介し、M&Aが成立した場合には、仲介手数料の何割かが、仲介会社から紹介者(税理士)に支払われます。
この紹介手数料の率はM&A仲介会社によってバラバラですし、仲介手数料もまた会社ごとにバラバラです(「M&Aの手数料相場一覧!大手仲介4社の金額がすぐにわかるシート付」で配布しているExcelシートで一度試算してみましょう)。
そのため、紹介者の懐事情をシンプルに説明すれば、
- 「品質」より「仕入」に予算を割く仲介会社を紹介するほど、紹介者の実入りが良い
- 依頼者が払う仲介手数料が高い会社を紹介するほど、紹介者の実入りが良い
ということになります。
すなわち、サービス品質向上に予算を回さない、または仲介手数料が高額なM&A仲介会社を優先的に紹介すれば、その分税理士は儲かるという構造になっています。
実はバックマージンだらけの税理士業界
私も税理士ですが、税理士事務所を開業していると、様々な業者がやってきて「顧問先を紹介してくれたら〇%を先生にバックしますよ」と誘ってきます。中には、
- 節税どころか損しかしない「全額損金になる生命保険」
- 単に買い値がバカ高いだけの「買うと相続税が安くなる信託受益権」
- まずありえない満室前提の損益試算の「投資用サブリース不動産」
- 制度の網を表面的にかいくぐっただけの「損金で落とせるレンタル機材」
などなど、本気でお客様に薦めようものなら確実に信用を失う怪しいものも少なくありません。
しかし、地道に顧問業や記帳代行をするよりも遥かに効率的に稼げるため、このような商品を顧問先に売りまくっている税理士さんも中にはいらっしゃいます。
M&Aをサポートできる税理士はごく少数
税理士は税務のプロであって、M&Aというビジネス取引のプロではありません。そのため、M&A全体を通して有意義なサポートができる方はごく少数です。
実際にやってみるとよくわかりますが、M&Aプロセスにおいて会計や税務の専門家の役割というのは、思ったほど大きいものではありません。
経験値の乏しい人間がアドバイスできるほどM&Aは甘くはない
もし貴社の顧問税理士が、過去に会社の売り買いを主体的にバリバリこなしていた方であれば、あなたにとって非常に強い味方になるでしょう。しかし、そうではないならば、「ごく一部の場面以外はいないほうがいい人」と思ったほうが賢明です。
M&Aはルールを順守するだけの税金計算とは違い、百戦錬磨の買い手企業との駆け引きを伴う「総合格闘技」です。
物知り顔の税理士さんに「理論上妥当な価格水準」を計算してもらうのはご自由ですが、そんな「売り手の自己評価」なんてM&A価格には何の影響も与えません。
売り手側の税理士が「この会社の適正価格は3億円ですよ!」と言ったところで、買い手が信じなければ2億円でも買いませんし、逆にもっと高い価値を感じれば4億円でも買ってくれるからです。
本当のM&A交渉では、価格は買い手の主観で決まります。そのため、
- 買収意欲が高い買い手を集めて「争奪戦」を起こせるか
- 自社のビジネスの強みや成長性を正しく買い手に理解させられるか
- 自社と買い手のシナジー効果を先回りしてアピールできるか
- 自社に稀少価値を感じさせられるか
といった「交渉上の駆け引きや立ち回り」のほうが、遥かに価格を左右します。むしろ、それがすべてと言っても過言ではありません。
このような現場感覚や立ち回りのイメージがないまま、何の役にも立たない自己評価を振り回されても、足手まといになるだけです。
公認会計士の「経験」にもご用心
公認会計士資格を持っている税理士さんは、やたらと「M&Aの経験あり」を謳います。でも、本当に上記のような駆け引きや立ち回りをアドバイスできる方は決して多くありません。
「M&Aの経験が豊富」と言っている公認会計士の話を聞くと、「デューデリジェンスに関与したことがある」というぐらいで、主体的にM&Aを進めた経験がないという方が大半です。ひどい例では「会計監査に行った大企業が他社を買収している様子を見た」というだけの人もいます。
公認会計士の業界では「独立したら、とりあえず『M&Aもできます』と言っておけ」という風潮があります。現場感覚がまるでない公認会計士が、物知り顔で何の役にも立たない企業価値評価を受注しているというのも、私が同業者として感じている業界の実態です。
優秀なM&Aアドバイザーなら有資格者並みの知識は持っている
以下のような業務は顧問税理士に頼むのが一番だと思う方もいらっしゃるかもしれません。
- 企業の財務分析
- 高度な会計的リスク分析
- M&Aの税金に関する質問や相談
しかし、実際はそんなことはまったくありません。優秀なM&Aアドバイザー(仲介業者やファイナンシャルアドバイザー)が1人いれば十分です。
M&Aの関連分野に限定すれば、優秀なM&Aアドバイザーの知識は、一般的な税理士資格保有者に十分匹敵します。また、必要に応じて我々のようなM&Aに専門特化した税理士・公認会計士の力も借りながら仕事をしますので、顧問税理士さんがいなくても、何ら困ることはないでしょう。
特に、優秀なM&Aアドバイザーが作る分析資料は、長年の顧問税理士でも舌を巻くほどよくできています。
もし貴社の顧問税理士さんが、単なる「税金計算屋さん」に過ぎないのであれば、間違いなくきちんとした能力を持つM&Aアドバイザーをご自身で探したほうが、M&Aの成功に近づきます。
顧問税理士の役割は「会計処理の実務的な質問対応」ぐらい
結局のところ、顧問税理士にしかできない仕事、顧問税理士に任せるのが一番いい仕事と言えば、「デューデリジェンス(買い手による、対象会社に対する本格調査)で訊かれる、会計処理の実務的な質問対応」ぐらいです。社内に経理部長がいる場合はそれすら必要ないかもしれません。
これは、「調査に来た人たちが会計実務の流れや疑問点を質問するので、ありのままに答えるだけ」という機械的なお仕事です。実際に手を動かしている人にしかわからないことを、そのまま回答してもらいましょう。
デューデリジェンスは、買い手が見つかり、価格が仮決めされたM&Aプロセスの大詰めで行われます。逆に言えば、それまでは顧問税理士にもM&Aのことを内緒にしておいたほうがよいでしょう。
「年1回だけの先生」なら担当者のほうがずっと役立つ
上記の質問対応は、実際に手を動かしている人にお願いしましょう。
税理士事務所がある程度大きくなると、有資格者の「先生」は経理実務にはほとんどタッチせず、無資格の担当者を管理監督するだけという状況になります。
このような税理士事務所・税理士法人であれば、おそらく「先生」は質問対応すら満足にできません。年に1回しか顔を出さないような人は、貴社のビジネスモデルも細かい会計処理もほとんど把握していないからです。
このような場合は、実際に手を動かしている担当者でなければ意味がありません。
(補足)デューデリジェンスやバリュエーションは買い手側が行う作業
なお、売り手の方から「デューデリジェンスやバリュエーション(企業価値評価)を顧問税理士に依頼すべきではないのですか?」と訊かれたことがありますが、そもそもデューデリジェンスもバリュエーションも売り手が行うことではありません。
デューデリジェンスは買い手側が行うことなので、売り手の税理士がデューデリジェンスチームに入ることは絶対にありません。
また、バリュエーションは買い手が対象会社の価値を確認することなので、こちらも売り手の税理士が行うことはありません。
「売り手はデューデリジェンスやバリュエーションができる顧問税理士に最初に相談しよう!」という税理士が書いた文章を見たこともありますが、まるで的外れな意見だと思います。
相談してもいい税理士、してはいけない税理士の見極め方
それでは最後に、相談をする価値のある税理士と、相談すべきではない税理士の見極め方についてご紹介しましょう。
ポイントは以下のとおりです。
- M&Aができることを宣伝しているか?
- 自社のビジネスを本当に理解しているか?
- 夢や理想を語ってきた友人か?
「M&Aができる」と宣伝していない税理士は選考外
M&Aの経験が全然ない税理士すら「M&Aの相談も受け付けます!」と過大広告をしている昨今、宣伝していない税理士は本当に自信がないとしか言いようがありません。
ある意味で誠実な方だとは思いますが、さすがに相談して有益な回答があるとは思えないので、特別な理由がなければ選考外と考えたほうがいいでしょう。
自社の「強み」や「競合関係」まで理解していなければ意味はない
長年会社のことを見続け、自社のビジネスをよく理解した顧問税理士であれば、自身のブレーンとして相談する価値は大いにあるでしょう。ただ、貴社の先生は本当に会社のビジネスを理解されていますか?
M&Aは事業の売買ですから、表面的な決算数値だけではなく、
- なぜ、この期に売上高が伸びているのか?
- なぜ、この期に粗利率が改善したのか?
- なぜ、この期に人件費が増えてしまったのか?
など、数値の裏側にある経営実態こそ重要になります。
実際のところ、税理士は数値をまとめて税金計算をするのが仕事で、経営管理にはタッチしてないというケースは少なくありません。そのような場合は、税理士に何かを相談する意味はほとんどないでしょう。
日ごろから夢や理想を語れる税理士ならぜひ相談しよう
もしあなたが、これまで毎月のように税理士さんと面談や会食を重ね、事業の将来や経営者としての夢や理想を語ってきた間柄であれば、多少M&Aに明るくなくても、その税理士さんには早期に相談しましょう。
M&Aは単なる資産の売却ではなく、人生を懸けて育ててきた事業の後継者を選ぶ大事な決断でもあります。そのため、時には金額の多寡以上に、「買い手は後継者として相応しいのか?」で迷うことが必ずあります。
そんなとき、長年ご自身のそばで、
- 自分が経営者として何を大事にしてきたか?
- 今までどんなことに苦労してきたか?
- 自分が会社を立ち上げたときにどんな夢を描いてきたか?
を実際に見て、相談に乗ってきた税理士さんの意見は、短期間でアドバイスを受ける他人とは別格の重みがあるはずです。
ここまで心を開いて話ができる税理士さんと付き合っている経営者は、決して多くはありません。もしあなたがその幸運な1人なら、かけがえのない「戦友」である税理士さんには、ぜひ早い段階で相談してみましょう。
おわりに
今回は、M&Aの相談を顧問税理士にすることの留意点と、相談すべき税理士かどうかを判断する見極め方についてご紹介しました。
繰り返しますが、税理士は税務の専門家であって、M&Aの専門家とは限りません。相談するに値する税理士かどうかは、売り手経営者ご自身の目で慎重に判断しましょう。
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