このページにたどり着いたあなたは、会社を売るということに対して漠然とした関心を抱いている経営者の方かもしれません。

「なんとなく興味はあるけど、会社を売るということがどういうことか、今いちイメージできていない」という方もいらっしゃるでしょう。
あるいは、M&Aアドバイザーから「今売れば〇億円が手に入りますよ」とか「後継者問題が一気に解決しますよ」という営業トークを聞いて、漠然と興味を持ち始めた段階かもしれません。

筆者は、中小企業のM&Aを数多く見てきました。私自身は会社を売ったことはありませんが、会社を売ったことのあるたくさんの元経営者様の話を聞いています。そして、多くの方が口を揃えて言うのは、「一度実際に売ってみて、初めて会社を売るということの意味がわかった」という言葉です。

今回はその経験を元に、「会社を売る」ということがどういうことかをご説明します。
M&Aに対するイメージをより具体化していただくとともに、M&Aを成功させるために絶対的に必要な「会社を売る覚悟」について、ご理解いただければと思います。

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「会社を売る」とは、どういうことなのか?

一言で「会社を売る」と言っても、なかなかイメージが湧かないかもしれません。

会社を売ったとしても、会社がこの世からなくなってしまうわけではありません。会社はずっと生き続け、これまでのメンバー、これまでの取引先、すべてそのままで動き続けることだって少なくはありません。

ただ、一つだけ明確に変わることがあります。それは「株主が変わる」ということです。

「会社を売る」とは「株式を売る」ということ

売買の方法はいくつかありますが、シンプルな方法でご説明します。

会社を売るということは、あなたが持っている会社の株式を誰かに売るということです。株式会社は株主の持ち物ですから、株主が変われば会社の所有者が変わります。

あなたは会社の株式を誰かに渡し、その代わりに大きなお金を手にします。

「株式を売る」ということは「経営権を売る」ということ

では、単に会社の持ち主が変わるだけで、会社の中身は変わらないのでしょうか?

当然そんなことはありません。株主は会社のすべてを決める権限を持っていますので、会社のすべての行動の決定権者が変わるということです。つまり、会社の経営者が変わります

つまり、株式を売るということは、会社の経営権を誰かに売り渡すということです。仮にあなたが社長として残ったとしても、株式を第三者に売ってしまった以上、あなたはもう経営者ではありません

「会社を売る」と、一瞬にして「経営者」ではなくなる

人間の寿命は永遠ではありませんので、あなたもいつかは経営者を退任しなければなりません。その意味で、誰にバトンタッチしても経営者でなくなることには変わらないでしょう。

ただし、M&Aで他人に会社を売却するということは、親族や部下に承継する場合と違い、一瞬で経営者ではなくなるということです。

親族や部下への承継の場合、十分な信頼関係があるので、その気になれば「院政」を敷くことができます。これは必ずしも悪いことではなく、後継者が経営者として十分に育つまで、至らない部分を代行してあげることができる、というメリットもあります。

これに対して他人に会社を売る場合、株式を売る段取りが完了し、対価としてお金が振り込まれたら、あなたはもう経営者ではありません。多少の引継期間はありますが、それは親族内や部下への承継とは違い、経営者ではなく外部アドバイザーとしての関与になります。

つまり、「経営者」から「元経営者」への切り変わりが一瞬で訪れるということが、M&Aで会社を他人に売る大きな特徴です。

経営者を辞めたあなたに起こること

M&Aで会社をうまく譲渡出来れば、一生使いきれない大金が手に入ります。経営者の重責からも解放され、毎年何度も旅行に行く人は少なくありません。

その一方で、多くの元経営者さんが口にするのは、もう二度と経営に関与できない寂しさです。

ある日突然、会社との縁が切れる

自分の会社をM&Aで他社に売却した瞬間から、その会社はもうあなたの会社ではありません。その会社の経営に関与する権利は一切なくなります。

よく顧問として引継ぎに従事している期間中、新経営陣の配慮や経営能力の不足が気になって仕方がないということが起こります。仮に新経営陣の行動が明らかに間違っていると感じても、元経営者であるあなたにはそれを止める権利はありません。せいぜい、アドバイスと説得のチャンスが与えられるだけです。

言ってみれば、これはある日突然、会社との縁が切れるようなものです。あなたはかつて経営をしていた人であって、それ以上でもそれ以下でもありません。

M&Aはよく「娘の結婚」にたとえられますが、そんな甘いものではないと言い切る元経営者さんは少なくありません。

二度と買い戻すことはできない

一度会社を売ってしまうと、事業が停滞してしまったり、それによって従業員や取引先に多大な迷惑をかけてしまったとしても、買い戻すことはできません。

売値の何倍も用意すれば、もしかしたら買い戻せるかもしれませんが、一度会社を売り抜けた人を経営者とは誰も見てくれないでしょう。

会社を売るということは、もう二度と後戻りできない重い決断になります。

事業を始める人も少なくない

なお、現役経営者のうちは不思議なことと感じるかもしれませんが、会社を売って大きなお金を得て、悠々自適に暮らせる人であっても、再度新しいビジネスに挑戦する人は少なくありません。

やはり一度経営者になった人は生涯経営者なのでしょうか。同じ場所で同じビジネスをすることは、M&Aの契約でできないため、まったく違う商売にチャレンジする人もいます。

失敗してもまだやっていけるだけのお金があるということも大きいですが、経営というものはなかなか引退できないようです。

経営者が辞めた会社に起こること

M&Aで経営者が交代した場合、M&A対象会社もまた大きな転換を迎えます。経営者の責任として、無関心でいられないという方も多いでしょう。

経営者が代わると、会社が変わる

中小企業にとって、経営者の交代は会社の本質の交代に近いものがあります。
会社はこれまで、あなたを中心に、あなたに合わせて形作られてきましたが、M&Aが公表された瞬間から、新しい親会社を中心に、親会社に合わせた形に変貌していかなければなりません。

これは、必ずしも対象会社にとって悪いことではありません。買い手企業は自分のほうが経営がうまいと思うから高値で買うのであって、M&A後に伸びていく会社もたくさんあります。

ただ、どんなに伸びて行っても、それはあなたの会社ではないということだけは確かです。

社員・従業員のストレスは計り知れない

M&Aにおいて、売り手も買い手も最大限気を付けなければならないことが、M&A対象会社に勤める社員・従業員さんたちのストレスです。

上述のとおり、経営者が変わるということは会社が変わるということです。これまでの社内ルールは一新され、新しい親会社グループの一員として新しいルールを受け入れなければなりません。

ある人は、業績を前年実績と対比することをM&A前は「前年比」と呼んでいたのが、M&A後には親会社に合わせて「昨対」と呼ぶことになり、たったそれだけでもストレスだと言っていました。M&Aでもっとも問題になるのは常に「ヒト」であり、この問題については最大限慎重に進めなければなりません。

直前でためらわないための「覚悟」を!

M&Aを「成立」させたオーナーさんのお話を聞くと、「ボヤッとしたイメージのままM&Aプロセスを始めてしまい、途中でその重さに気付いて、案件を中止しようかどうか非常に悩んだ」という方は非常に多いです。特に買い手の選定や最終契約の直前に、「マリッジブルー」と呼ばれる躊躇をしてしまう方は大変多いです。

もしその状態になったら、本当は納得の行くまで悩み切ってほしいのですが、M&Aは相手のある話です。買い手にとって、売り手オーナーの覚悟不足によるスケジュールの遅延は非常に迷惑なことであり、どうしても決断を急かされることになります。

このような状況で拙速な決断をしないためには、M&Aプロセス開始前にきちんと覚悟を決めておくことです。

M&Aはなかなかイメージがわかないため、検討段階で覚悟を決めることは簡単ではないでしょう。しかし、M&Aを後悔なく成功させるためには何よりも重要なことです。本記事が、M&Aに悩む経営者様のご決断の一助になれば幸いです。

覚悟が固まり、M&Aを始めようと決断された方は、「5つのステップでわかる成功するM&Aの始め方&ハマりがちな落し穴」をご覧ください。