事業が赤字だと、「ウチの会社を買ってくれる買い手なんていないんじゃないか」と思われる経営者さんは少なくありません。
確かに、黒字の会社に比べれば買い手は見つけづらいでしょう。でも、単に現在赤字だからと言って諦めるのはまだ早いです。実際私も赤字かつ債務超過である会社のM&Aに携わったことがありますが、M&Aの価格は理屈ではないので、売れるときは不思議なぐらいうまく売れます。
なぜなら、M&Aとは、事業の過去ではなく将来を売買することです。今赤字であっても、買い手が将来は黒字に出来ると判断すれば、黒字の会社と同様に買ってもらえます。
この記事では、筆者が赤字会社のM&A実務を通じて理解した「赤字の会社を売るコツ」についてご紹介しましょう。
- M&Aの買い手が買収可否を判断する仕組み
- 赤字会社が持っている「節税効果」という武器
- M&Aで赤字の会社を売る7つのコツ
- 赤字の会社がM&Aに挑戦する際の注意点
について、詳しく解説していきます。
最後まで読んでいただければ、赤字であってもどのように立ち回れば買い手を見つけることができるかが理解できます。事業承継のお悩み解決の一助になれば幸いです。
債務超過の会社を売る方法は「債務超過でもM&Aで売るコツ!『節税』も活用した3つの方法」にて解説していますので、該当する場合は併せてご覧ください。
買い手企業のM&A対象会社評価方法
赤字の会社を売るコツを理解するためには、買い手企業がどのようにM&A対象会社を評価し、買う/買わないの判断をしているかを理解しておきましょう。
M&Aに「適正価格」は存在しない
赤字の会社と言うのは、通常付加価値がないものです。事業をすればするほどお金がなくなっていくものですので、すぐに事業をやめ、会社を清算して少しでも残余財産を残したほうが賢い判断ですから、理論上は純資産を上回る価値はないものと考えられます。
ただ、それは単に「理論上の適正価値」を考えた場合の話。
買い手は理論上価値がある会社が欲しいのではなく、実際に自社に利益をもたらしてくれる会社が欲しいのです。したがって、M&A価格を考えるときは、理論上の適正価値はほとんど意味を持ちません。
上述のように、理論上の価値と実際のM&A価格はあまりリンクしません。このことは「M&A価格はどう決まる?価格相場の調べ方と高く売る3つのコツ」で詳しく解説していますので、ぜひ併せてご覧ください。
将来の利益が見込めれば買い手企業は評価してくれる
買い手企業がM&Aで何を求めているかというと、「M&A後に利益を上げること」、ただそれだけです。
つまり、買い手はM&A対象会社を評価するとき、「この会社はこれからどれだけ利益を出せるだろうか?」を見ています。
重要なことは、買い手の目線は常に将来を見ているということです。過去がどんなに赤字であろうと、将来黒字化するという見込みがあれば、買い手はその会社を評価してくれます。
将来の利益は買い手が主観的に判断する
では、将来の黒字になるか赤字になるかは、どのように判断されるのでしょうか。
それは、売り手や第三者である公認会計士・税理士が判断することではありません。買い手が「こうすれば利益が上がるはずだ」と思えば、それが採用されます。
つまり、対象会社の将来の利益は、買い手企業が主観的に判断し、リスクを背負って評価します。
具体的には、販売ルートの共同開拓、仕入の共通化、人材の共同活用など、買い手企業とのシナジー効果を予想し、リスクも適切に織り込みながら会社の価値を判断していきます。
シナジー効果の内容や価格への織り込み方については、「M&Aの【シナジー効果】のすべて|意味、種類、重要性、価格反映」をご覧ください。
会社の「見えない財産」を評価してくれることも
なお、赤字会社の場合は少々レアケースですが、M&A対象会社が持っている経営資源を評価し、これに価値を見出してくれることもあります。
よくあるのが小売業における「店舗立地」や製造業における「工場設備」、運送業における「ドライバー数」、さらには老舗企業の「ブランド力」などです。これらは買い手の経営ノウハウと融合すればすぐに収益化できることもあるため、意外と大きなのれん代を生み出すことがあります。
のれん代については「M&A価格を高くする『のれん代』について日本一わかりやすく解説!」をご覧ください。
節税効果という経済価値
赤字の会社をうまく売るもう1つのポイントをご紹介しましょう。それは「節税効果」です。
M&Aでは、単純な事業や財産の価値とは別に、節税によって価値を出すという要因が絡むことがあります。M&Aで価格に反映しやすい節税要素は以下の2つです。
- 繰越欠損金
- のれんの節税効果
この2つのどちらかをうまく織り込むことによって、対象会社(事業)の価値を嵩上げし、売れない会社を売り抜けることがあります。
M&Aと繰越欠損金
赤字会社の場合、繰越欠損金は決して無視してはいけない重要要素です。税金が減るというのは単純にキャッシュフローが改善され、利益が出るということですので、これを評価してくれる買い手企業は少なくありません。
つまり、将来の利益見込みが同じ水準であれば、繰越欠損金を持っていない会社よりも、持っている会社のほうが、のれん価値は高く評価されるということです。
ただし、M&A直後に合併をしてしまうと、一定の要件を満たさない限り繰越欠損金を親会社に取り込めないという問題があるので、万能というものではありません。詳しくは「合併すると節税できる?赤字会社活用法と注意点」にて解説しています。
のれんの節税効果
節税効果を利用するもう1つの方法が、事業譲渡かタテの会社分割(分社型分割)のスキームを取ることにより、のれんの節税効果を活用するという方法です。タテの会社分割スキームについては以下の動画で解説しています(音声あり/字幕付き)。
のれんの節税効果については「M&A価格が1.5倍にも!最強の【のれんの節税効果】徹底解説」にて詳しく説明していますが、「事業譲渡」か「タテの会社分割」のM&Aスキーム(手法)を選択した場合に、買い手側で「のれん」の償却費を損金(税金計算上の費用)で落とせるという効果です。通常の株式売買で会社を売ると、のれんの償却費は損金になりません。損金で落とせた方が税金は減るため、たったそれだけで事業の価値が上がるのです。
のれんの節税効果をうまく活用できれば、会社(事業)の価値は1.3~1.5倍に膨らむことがあり、繰越欠損金のように合併で消えることもありません。これによって、会社の価値を見出してもらえることがあります。
「事業譲渡」も「タテの会社分割」も、中小企業のM&Aではよく見られる4つのスキームの1つです。4つのスキームとその比較については「プロ推奨の4手法!中小企業用M&Aスキームを図と動画で明快に解説」をご覧ください。
M&Aで赤字の会社を売るためのコツ
上記を踏まえて、M&Aで赤字の会社を売るためのコツについてご説明しましょう。
コツ1.広範な情報開示を行う
上述のとおり、買い手企業はM&A対象会社の価値を測る際、「将来の利益はどうなるか?」を見ています。
そのため、買い手が将来の利益を予測しやすくする情報を広く開示しましょう。
M&A価格を引き上げるには、適切な情報開示が不可欠です。赤字の会社はその傾向が特に強く、中途半端な情報では誰も見向きもしてくれません。
赤字の会社に限らず、M&Aでは適切な情報開示が鉄則です。詳しくは「最高の後継者が争奪戦を起こしてくれるM&Aの【情報開示の5原則】」をご覧ください。
コツ2.買い手が求める情報は特に深掘りして開示する
上記の開示する情報は、単に広範であれば十分ということではありません。
同業者のM&A事例を調査し、「この業種のM&Aでは何が重要視されているのか?」を確認し、その情報は徹底的に深掘りして開示します。
たとえば、「この業界は現場で働く従業員数が評価されている」と判断された場合、その人数だけでなく、年齢、性別、年収水準、職務、勤続年数など、買い手が知りたいと思う情報は積極的に開示していきます。
コツ3.節税効果をアピールする
上述した節税効果は、M&A成立のカギになることがありますので、積極的にアピールしていきましょう。
心理的には、繰越欠損金の存在を誇らしげに宣伝するのは嫌だという方が多いと思いますが、そんな悠長なことを言っている場合ではありません。使えるものはすべて使うのがM&Aの鉄則です。
コツ4.同業者中心に探す
一般に赤字の会社を買ってくれるのは、次の3種類の会社です。
- 事業のポイントを熟知した同業者
- 本業が好調で、次の投資先を探している周辺業種
- 金融機関・ファンド(廃業や再生前提の買収)
廃業や再生という選択については後述しますので一旦除外すると、同業者か好調な周辺業種がメインです。このうち、後者を見つけるのは難しいうえ、デューデリジェンスで破談することも少なくありません。
後述のとおり、赤字状態の会社はスピーディーに売り抜ける必要があるため、買い手候補の中心になるのは事業を熟知した同業者というイメージでいましょう。
コツ5.業績不振の理由を客観的に分析し、伝える
上述のとおり、買い手企業は将来の利益を予想して価値を判断しますが、その予想の土台となるのはやはり過去の損益です。したがって、「なぜ赤字になったのか?」を分析し、「この赤字はずっと続くのか?」「それとも施策次第で黒字回復するのか?」を検討しながら将来の損益を考えていきます。
したがって、なぜ今業績不振なのか?という理由は、非常に重要な情報です。現経営者の目線から、客観的に分析し、それを相手に伝えましょう。
可能な限り実態損益計算書も作り、その内容とリンクさせましょう。実態損益計算書の作り方については「会社を高く売るために必須となる【実態損益計算書】の作り方」をご覧ください。
なお、ここで無理に取り繕っても、デューデリジェンスで化けの皮が剝がれますので、何の意味もありません。客観的な分析を心がけましょう。
また、客観的と言っても、評論家然とした経営改善施策を論じる必要はありません。「じゃあなんでこの人はそれをしなかったの?」と思われるだけですので、背伸びしない範囲での分析結果をお伝えしましょう。
コツ6.真摯な対応を心がける
赤字の会社のM&Aはどうしても「救済買収」という側面が垣間見えるため、売り手経営者としては屈辱感・劣等感を感じるところがあるでしょう。そのため、売り手なのに態度が横柄になってしまったり、卑屈になってしまう人がいますが、これは厳禁です。
M&Aは買い手の主観で動く部分が大きいので、可能な限り良い人と思われたほうが得です。嫌な奴と思われることで損することはあっても得することはありません。へりくだる必要はありませんが、誠実で真摯な対応を心がけましょう。
コツ7.高い価格は望まない
残念ですが、赤字の会社である以上、高値での売却は諦めましょう。
買い手にとって、どんなに黒字転換の予想を立ててみたところで、赤字の会社を買うということはリスクの塊を買うということです。黒字の会社と同じような値決めがなされるはずがありません。
値段が付けばラッキー程度に考え、借金返済から解放されるだけで十分だと思ったほうがいいでしょう。
とはいえ、「今後の生活費としてこれだけはないと絶対売らない」という金額があるのであれば、それは早めに買い手候補に伝えましょう。それだけ出せないと判断されれば早々に降りてくれますので、「廃業」などの最終判断に移行しやすくなります。
赤字会社が常に考えるべき「廃業」と「再生」
上記のように、赤字の会社であっても売却できることは十分にあり得ます。
ただし、必ず売れるわけではなく、見向きもされないことのほうが多いでしょう。上述のコツを総動員しても、結局売れるかどうかはわかりません。
赤字会社は、次の「廃業」と「再生」という選択肢を常に頭に入れながら、M&Aを検討していく必要があります。
「廃業」という選択肢
もしも会社が売れそうにない一方、資産超過(純資産がプラス)の状態であれば、M&Aよりも廃業のほうが確実に多くのキャッシュを残せるかもしれません。
廃業を選択した場合、売れそうなものをすべて売り、そのお金で借金をすべて返済した後に残る残余財産は、株主であるオーナーに配当されます。
最近では廃業を前提として会社を買い取ってくれる金融機関も増えていますので、1つの選択肢と言えるでしょう。
「再生」という選択肢
もう1つ、「企業再生」という選択肢も視野に入れておきましょう。
企業再生とは、立ち行かなくなった会社に対して金融支援やリストラを実施し、利益を出せる体制を整えることです。
再生に入ると、大規模なリストラなどの構造改革は避けられません。ただし、事業計画次第でその資金を銀行が出してくれることがあります。銀行としては、そのまま倒産されるよりずっとマシだからです。
また、自分たちで再生するのが困難であれば、再生を専門とするファンドに会社を売るという選択肢もあります。この場合はプロとして大ナタを振るってくれるでしょう。ただし、高い値段では絶対に売れないので、その点は諦めてください。
「廃業」「再生」はスピード勝負!
赤字を出し続けている限り、会社の資産は時間とともにどんどんなくなっていきますので、廃業や再生は早く着手すればするほど成功率が高まります。逆に言えば、遅くなるほど手遅れになりかねません。
この点はM&Aと違い、市況がよくなるのを待つという選択肢はなく、早ければ早いほどよいという特徴があります。
よって、M&Aもスピード勝負!
M&Aは市況に左右される面もありますので、急いで売るより待ったほうが結果的によかったということがあり得ます。しかし、赤字の会社に関しては、一刻も早くM&Aに着手すべきです。
なぜなら、上述のとおり赤字の会社はM&Aで売れるとは限りません(黒字の会社ですら売れないことが少なくありません)。もし売れなかった場合は廃業や再生という選択肢に着手しなければなりませんが、その時点ではすでに手遅れになっているかもしれないのです。
赤字の会社に猶予はありません。M&Aを選択するのであれば、一刻も早くプロセスを開始すべきでしょう。
おわりに
今回はM&Aで赤字の会社を売るコツと、その際に注意すべきスピード感についてご紹介しました。
繰り返しになりますが、赤字の会社を売ることは決して不可能ではありません。ただし、簡単なことでもありません。
出口の見えない赤字のトンネルに入っているのであれば、感傷に浸っている場合ではありません。常に他の選択肢も視野に入れながら、スピーディーな動きを心がけましょう。
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