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M&A価格を跳ね上げる最強の【のれんの節税効果】徹底解説

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M&A価格を上げるのれんの節税効果

M&Aは事業という財産の売買であり、M&A対象となる財産価値は正確を測定しなければ、売り手か買い手のどちらかが一方的に損をすることになります。

そのため、財産の査定は正確に行わなければいけません。これは、土地や保険積立金、簿外債務などの査定評価はもちろんですが、見落としてはならないのが「税金」です

特に、一定のM&Aスキームで発生する「のれんの節税効果」が財産価値に与える影響は甚大です。具体的には、これが正しく評価されるか否かだけで、同じのれん評価額でも株式の適正な価値が実に1.3~1.5程度になることも珍しくありません。

これはマジックでも誰かを騙しているわけでもなく、30~50%の追加価値がその会社に本来存在しているので、これを正しく評価しているだけです。

今回はそれなりに難しい話で、狐につままれたような話かもしれませんが、じっくり読んでいただければ誰にでも必ず理解できます。今回は、M&Aで切り札となりうる「のれんの節税効果」について、その仕組みや条件をご説明しましょう。

本記事の前提として、「税効果会計」や「繰延税金資産」のイメージを持っていただく必要があります。本気で会社を高値で売買したい方は、本稿の前に「M&Aの価格交渉で知らなきゃ大損する繰延税金資産の基礎知識」をよく読んでいただければと思います。

また、会社を高く売る方法全般については「会社のM&A価格を最大化する売り手の10のテクニック」で総合的に紹介していますので、併せてご覧ください。また、のれんについては「のれんとは何か? M&Aでしか得られないプレミアムのお話」で解説しています。

のれんの節税効果の株価上昇力

まず、「会社の財産価値が1.3~1.5倍になりますよ!」と言ってもまず信用してもらえないと思いますので、具体的な実際の事例(守秘義務のため一部数字は丸めています)を取り上げ、そのケースではどの程度のM&A価格の上昇があったのかを見ていきましょう。

設例の前提

A社は事前調査の結果、純資産が150百万円に対し、のれん600百万円、株式価格750百万円が見込まれていました。今回はこのA社を例に説明しましょう。

のれんの節税効果を考慮する前の株式価格

のれんの税効果を出すスキームの選択

このとき、M&Aスキームを「単純な株式譲渡」から「タテの会社分割(分社型分割)を用いたスキーム」に切り替えました

M&Aスキーム(売買手法)とはM&Aを行う際の法形式(株式譲渡や事業譲渡など)のことです。中小企業のM&Aでは、主に4つのM&Aスキームが選択されており、タテの会社分割もポピュラーな手法です。詳しくは「【図解】4つのM&Aスキームのメリットデメリット比較」をご覧ください。

一見単なるスキームチェンジのようですが、たったこれだけのことで、最大317百万円の節税効果が発生することになります。それはつまり、株式(事業)の経済的価値がそれだけ上昇するということです。

のれんの節税効果の威力

節税効果には、「当面合法的に税金を納めなくてよい」という立派な経済価値がありますので、会社の財産評価(時価純資産への修正)を行う際には、当然資産として評価する必要があります。このときの資産科目を「繰延税金資産」と言います。

上記の繰延税金資産についてよくわからない方は、もう一度「M&Aの価格交渉で知らなきゃ大損する繰延税金資産の基礎知識」を読み返してみてください。

本件で発生するのれんの節税効果は317百万円(東京都中小企業の超過税率34.6%を使用)でしたので、この金額を繰延税金資産として資産の部に計上します(下図)。

のれんの節税効果の繰延税金資産計上

その結果、資産と負債の差額である純資産が、317百万円増加し、467百万円になります(下図)。

のれんの節税効果を踏まえた純資産

そして、のれんの金額は変わりませんので、純資産467百万円+のれん600百万円=1,067百万円が、タテの会社分割後のM&A対象会社株式のM&A価格になります。単純な株式譲渡に比べて、誰も損をしていないのに価格が1.42になりました(下図)。

のれんの節税効果を考慮した株式価格

のれんの節税効果が発生する条件

のれんの節税効果は、特定のM&Aスキームを選択したときのみ発生します。

中小企業のM&Aでは、主に以下の4つのM&Aスキームが選択されています。

  • 単純な株式譲渡
  • 事業譲渡
  • ヨコの会社分割(分割型分割)を用いたスキーム
  • タテの会社分割(分社型分割)を用いたスキーム

各M&Aスキームについて、詳しくは前掲の「【図解】4つのM&Aスキームのメリットデメリット比較」をご覧ください。

このうち、のれんの節税効果が発生するのは、「事業譲渡」と「タテの会社分割(分社型分割)を用いたスキーム」の2つだけです。

逆に言えば、「事業譲渡」か「タテの会社分割(分社型分割)を用いたスキーム」を選択するだけで、どんな会社でもほぼ確実にM&A価格がアップします

ただし、どの程度のM&A価格上昇効果があるかはケースバイケースなので、M&Aの初期段階でシミュレーション計算を行う必要があります。

のれんの節税効果でM&A価格が跳ね上がった事例

上記のA社は決してレアケースではありません。のれんの節税効果が使えるM&Aスキームを選択すれば、下表のように価格が跳ね上がります(守秘義務のため一部数字は丸めています)。

B社 C社 D社
純資産 400百万円 50百万円 200百万円
M&A価格(単純株式譲渡) 1,200百万円 250百万円 500百万円
のれんの節税効果 423百万円 106百万円 159百万円
M&A価格(タテの会社分割) 1,623百万円 356百万円 659百万円
倍率 1.35倍 1.42倍 1.32倍

※M&A価格(タテの会社分割)は、買い手側で単純株式譲渡と同額ののれん負担が生じる金額

のれんの節税効果の仕組み

上述のように、のれんの節税効果はとんでもない威力を発揮します。

でも、なぜこんなスゴい効果が出るのでしょうか。一体何が起きているのでしょうか。

次は、のれんの節税効果の仕組みについて確認しましょう。

のれん価値を損金にする方法

通常、M&Aでは「のれん」は償却計算できません。上述のA社を単純な株式譲渡で買うとき、買い手はのれん代として支払った600百万円は、ほぼ永遠に損金として節税に使うことができません。

しかし、特定のM&Aスキームを使うと、「のれん」に相当する金額が損金にできるようになります(5年定額法で償却)

このような、損金にできるのれんは「税務上ののれん」(正式名称:「資産調整勘定」)と呼ばれ、通常ののれん(区別のため「会計上ののれん」と呼びます)とはちょっと違った計算式で算定します。

会計上ののれんの算定式

会計上ののれんは、下図の計算式で算定します。

会計上ののれんの計算式

このとき、「時価修正後の純資産」は、経済価値のあるものはすべて反映しますので、繰延税金資産も当然反映されます。

税務上ののれんの算定式

これに対し、税務上ののれんは下図の計算式で算定します。

税務上ののれんの計算式

このときの「税金計算上の修正純資産」では、税務ルールの範囲内で認められた財産しか時価評価しません。実は繰延税金資産は税務ルール外のもの(無視しないと税金計算ができなくなるため)なので、いくら経済価値があっても、税金計算上の時価純資産には反映されません(下図)。

税務上の純資産と真の経済価値

つまり、税務上ののれんの算定では、繰延税金資産は無視して計算します。このことが、M&A価格を跳ね上げる秘密になっています。

のれんを損金にできるとどうなるか?

では、税務上ののれんが発生し、それが損金になると、何が起こるのでしょうか。順を追って確認していきましょう。

1.税務上ののれんを算定してみよう

まず、純資産150百万円(繰延税金資産を考慮前)のA社に750百万円のM&A価格が付いたときの、税務上ののれん額はいくらでしょうか。

以下の計算式より、600百万円ですね。

税務上ののれんの計算

2.のれん相当額の節税効果はいくら?

600百万円を5年にわたって償却できるということは、600百万円分の利益を打ち消すことができるということです。

600百万円の節税効果がいくらかというと、税率を34.6%とすると、600×34.6%=208百万円になります。

3.節税効果を繰延税金資産として計上する

上記の節税効果208百万円には間違いなく経済価値がありますので、繰延税金資産を208百万円計上します。すると、純資産(繰延税金資産を反映した真の経済価値)は358百万円になり、これにのれん600百万円が乗ると、M&A価格は958百万円になります(下図)。

純資産の再計算

これだけでも十分スゴいのですが、のれんの節税効果はまだ終わりません。

4.税務上ののれんをもう一度計算してみると・・・

のれんの節税効果を正しく財産評価したことで、M&A価格は958百万円に修正されました。ここでもう一度、税務上ののれんを計算してみましょう。対比のためにM&A価格の修正前も記載しています(下図)。

税務上ののれんの再計算

するとあら不思議、税務上ののれんが208百万円も増えています

これは、M&A価格はのれんの節税効果208百万円を反映して増額されたのに対し、税務上ののれんを計算するための純資産には反映されないため、差額が膨らんだということです。

5.節税効果を再計算してみると・・・

税務上ののれんが増えたので、節税効果をもう一度計算しましょう(下図)。

808×34.6%=280百万円(前回は208百万円)

上図のとおり、節税効果が72百万円増えてしまいました。間違いなく、会社が持っている経済価値が増えていますので、繰延税金資産の評価を上げなければならないし、するとM&A価格も上昇するし・・・

節税が節税を呼ぶ循環計算

もうお分かりかと思いますが、M&A価格を再上昇させると、税務上ののれんがまた増え、節税効果もまた増え、繰延税金資産もまた増え、M&A価格がまた増え・・・という循環計算が発生します。

まさに、節税が節税を呼ぶ循環計算です

節税の循環計算

この循環計算は、最終的には収束します。そのころには、のれんの金額(買い手の経済的負担感)は変わらないのに、M&A価格が1.3~1.5倍になるということもザラに起こるのです

本当に買い手の負担は変わらないのか

これを読んでいる買い手側の方の中には、「そんなよくわからない理屈に踊らされて、高値で売買させてようとしてるんじゃないの?」と疑っている方もいるでしょう。

論より証拠、シンプルな計算例で、本当に買い手の負担が変わるかどうか比較してみましょう。下図の会社を例にご説明します。

この章は買い手のプロ向けに記載していますので、興味のない方はざっと読み流してください。

のれんの節税効果の買い手側の効果

上図のように、純資産ゼロの会社を、営業利益の5年分である500百万円ののれんを乗せて買収したものとします。

このような買収額の決め方を「年買法(年倍法)」と言います。詳しくは「DCFなんて嘘?M&Aの入札で買主が本当に使う3つの株式値決め法」をご覧ください。

このようなM&Aで、買い手の負担が、単純な株式譲渡とタテの会社分割で変わらないかを確認してみましょう。

なお、この会社(事業)をタテの会社分割で買収した場合、単純な株式譲渡と同じ負担感になるのは、765百万円(1.53倍!)です。

貸借対照表の観点から買い手の負担を確認する

まず、貸借対照表の観点から、単純な株式譲渡とタテの会社分割を比較します。

単純な株式譲渡で500百万円出して買収した場合、連結上の買収仕訳は以下のとおりとなります。

単純株式譲渡のM&Aでのれんが出る仕訳

これに対し、タテの会社分割を使って765百万円で買収した場合、連結上の買収仕訳は以下のとおりとなります。

のれんの節税効果を会社分割で出したときの仕訳

上記のように、買収対価が265百万円増えましたが、節税効果を表す繰延税金資産が同額認識されるため、のれんの金額は500百万円で変わりません

のれんは買収事業の税引前利益で回収されるべき資産であり、繰延税金資産は節税によって回収されるべき資産なので、それぞれ別の科目で計上することになります。つまり、買収事業の利益で回収されるべき金額は、買収対価が1.5倍になったのに変わらないということです。

のれんの節税効果を実際に仕訳に落とす手順は、提携サイトの「【仕訳で納得】のれんの税効果会計と資産調整勘定の経理」という記事にて詳しく記載されています。

キャッシュフローの観点から買い手の負担を確認する

「いやいや、うちはキャッシュフローで回収を見てるから」という方もいるでしょう。その場合はどうなるか確認してみましょう。

まず、単純な株式譲渡で500百万円出した場合のキャッシュフローは下図のとおりです。概ね8年弱での回収となります。

単純な株式譲渡のキャッシュフロー

補足しますが、「営業利益の5年分」は「5年で営業利益が回収できる」という意味ではありません。実際は上図のように税金が発生しますので、回収は税金分だけ遅くなります。

一方、タテの会社分割で765百万円を出した場合は、下図のとおりとなります。

のれんの節税効果を踏まえた会社分割でのキャッシュフロー

初期投資額は増えますが、その分節税効果により営業キャッシュフローが増えるため、回収期間はほとんど変わりません。

さらにマニアックな話になってしまい恐縮ですが、「これ割引まで考慮したら正味現在価値は減るんじゃないの?」と思った方は鋭いです。回収期間は変わらなくても、先々の回収となってしまうキャッシュの量はタテの会社分割のほうが大きくなるため、実際に割引分だけは買い手の損となります。ただし、会社の状況によって予定より早く節税効果が満額使いきれることも多く、一概には言えません。

この影響額を算定し、売り手・買い手のバランスが取れる数値を出すのは、変数が多すぎるためほぼ不可能です。中小企業M&Aの値決めでは時間価値を考慮しないことが多く、もし考慮する場合は「のれんの節税効果は1割引で評価」などの社内基準を作るしかないでしょう。

損益計算書から買い手の負担を確認する

最後に、損益計算書上の数値がどう変わるかも確認しましょう。上場会社の場合はキャッシュフローよりも損益のほうが気になる経営者も多いです。

まず、単純な株式譲渡で500百万円で買収した場合、のれん償却を5年定額とすると以下のとおりです。

単純な株式譲渡の損益計算書

下図のとおり、のれん償却により利益はなくなりますが、税金は発生するので赤字になります。

一方、タテの会社分割を使った場合は下図のとおりです。

のれんの節税効果の損益計算書

上図のとおり、税金(法人税、住民税、事業税)はのれんの節税効果によりゼロになりますが、繰延税金資産の取り崩し(法人税等調整額)が行われるため、当期純利益は同額になります

のれんの節税効果のデメリット

のれんの節税効果にもデメリットがあります。以下の点には十分気を付けましょう。

のれんの節税効果のデメリット① 売り手の適用税率は上がる

単純な株式譲渡やヨコの会社分割(分割型分割)から、タテの会社分割(分社型分割)や事業譲渡に変更したとき、個人の所得税から法人税に税目が変わります。

株式譲渡所得課税は20.315%ですが、法人税は34.6%(東京都の中小企業超過税率/地域や会社規模によって異なる)ですので、“税率だけ”に注目すると一見損をするようです。

実際には必ずしも損ではなく、計算してみたら他のスキームとは別格に税金が安くなる場合も多いのですが、これは会社の状況によるところです。

実際にはのれんの節税効果を考慮しなくても、他のスキームより売り手にとって節税になることがあります。詳しくは「【図解】株式売却M&Aで個人売主が使える3つの税金対策」をご覧ください。

そのため売り手の場合は、どの程度M&A価格が上昇すればタテの会社分割がトクになるのか、精緻なシミュレーション計算を行う必要があります。

弊社ではこのようなM&Aスキームと価格の「感応度分析」を行っていますが、弊社が実際に実施しているM&Aスキーム決定の手順については、「売り手にベストなM&Aスキーム(売買手法)を決めるの7つの手順」にまとめていますので、ぜひご覧ください。

のれんの節税効果のデメリット② M&Aアドバイザーの財務リテラシー次第

のれんの節税効果は、M&A価格が上昇さえしなければ、買い手が丸儲けできるメリットです。そのため、価格交渉時に買い手のほうから「いっぱい節税できるから株価に還元してあげるよ」という言葉をもらえることは、まずありません。

売り手がのれんの税効果によって株価を引き上げるためには、インフォメーションメモランダムに「のれんの節税効果が●●百万円見込まれる」という記載をしておくことです。そうすることで、競争入札であれば、買い手は入札額に反映せざるを得ません。

つまり、それができるだけの財務リテラシーのあるM&Aアドバイザーの存在が必須です。タテの会社分割や事業譲渡でインフォメーションメモランダムを作るときには、M&Aアドバイザーに本記事を穴が開くほど読んでもらってください。

ただ、残念ながら、そもそも財務リテラシーが足りない、それを何とかする気もないM&Aアドバイザーは世の中に山ほどいます。このようなアドバイザーでは、のれんの節税効果を活用することは無理なので、アドバイザー選びは慎重に行いましょう。

中小企業M&Aでは、仲介会社などのアドバイザー選びは非常に重要です。失敗すると一生後悔しますので、最高のアドバイザーを探す努力を惜しまないようにしてください。アドバイザー選びについては、「死んでも後悔しないM&Aのためのアドバイザー・仲介会社の選び方」をご覧ください。

おわりに

今回は、M&Aで株価を引き上げるために最強ともいうべき、のれんの節税効果についてご説明させていただきました。

なかなか難しい内容だったかもしれませんが、これを完璧にマスターすれば、上述のとおり株価を1.3~1.5倍に引き上げることも夢物語ではありません。

M&Aは人生に1回の大勝負ですので、ぜひご検討ください。

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株式会社STRコンサルティング 代表取締役
税理士・公認会計士 古旗 淳一

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