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【日本M&Aセンター】仲介担当者が顧客にウソを依頼|「悪質な買い手リスト」があっても安心できない構造的な理由

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古旗 淳一

STRコンサルティング代表(公認会計士・税理士) 中小企業M&Aの専門家として、YouTubeや無料配布書籍で広くM&Aの基礎知識やノウハウを発信している。

この記事は、当社のYouTubeチャンネル「M&A顧問のSTRコンサルティング」で公開した動画の内容を、読みやすく整理してご紹介するものです。記事の途中に、動画の該当場面へのリンクを入れていますので、あわせてご覧ください。

Q. M&A業界に「悪質な買い手のブラックリスト」があると聞きました。これがあれば、悪質な買い手に当たる心配はないのでしょうか?

A. 業界には、売り手の経営者保証を外さないような悪質な買い手を業界内で共有する「特定事業者リスト」というブラックリストがあります。しかし、2026年9月に報道された日本M&Aセンターの不祥事で、このリストが、M&A仲介業者の意図的な働きかけによって骨抜きにされてしまう仕組みだということがはっきりしてしまいました。

このリストに情報を上げるのは、案件を担当した仲介会社です。仲介会社にとって買い手は、何度も手数料を払ってくれる大事なお客様です。つまり仲介会社は、大事なリピーターのお客様を、自分の手でブラックリストに載せなければいけない立場に置かれています。制度が機能するかどうかは、報告する仲介会社のモラルという土台にかかっている、というのが動画での考え方です。

この記事では、報道された不祥事の内容と古旗の見方、リスト制度の仕組みと生まれた経緯、そして制度が最初から抱えていたジレンマを、元になったYouTube動画の内容に沿って解説します。

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この動画で分かること

  • 日本M&Aセンターで起きた「リスト逃れ」の経緯と、会社の対応への古旗の見方(03:14〜)
  • 「悪質な買い手リスト」こと特定事業者リストの仕組みと、生まれた経緯(12:17〜)
  • 60営業日ルールの中身と、対象になる経営者保証の範囲(13:13〜)
  • このリストに最初から組み込まれていたジレンマと、問題の根源(16:02〜)

報道の経緯の細かな場面や、古旗の見方の語り口は、動画でご確認いただくとより伝わると思います。

1.前提:業界最大手で起きた「リスト逃れ」

▶ 動画の該当箇所:03:14〜

報道と会社の発表の要旨

2026年9月14日から、朝日新聞デジタルで「M&A仲介の罠」の新しいシリーズが全4回の連載で公開されました。メインで取り上げられたのは、業界最大手である日本M&Aセンターの不祥事です。

この報道と、日本M&Aセンターホールディングスの2026年9月14日付の発表「一部報道について」を合わせて要約すると、次のような話です。

この会社では、M&Aが成立した後に、売り手の経営者保証がきちんと外れたかどうかを、担当者とは別の部署から売り手に電話をして、全件確認しているそうです。それ自体は必要な取り組みだと思います。

ところが、売り手の担当だった社員が、実際には買い手がまだ保証を外してくれていないのに、その電話に「解除済み」と嘘の回答をするように、売り手に働きかけていたとのことです。

ところが、売り手側の担当だった社員が、実際にはまだ保証が外れていないのに、その電話に「解除済み」と嘘の回答をするよう働きかけ

売り手担当者が「解除済み」と回答するよう売り手に働きかけていた(出典:朝日新聞デジタル 2026年9月14日)

報道によれば、2025年11月に株式を譲渡し、2026年3月の段階で1億円を超える経営者保証がまだ残っていたそうです。売り手は1回目の電話では正直に、まだ保証が解除されていないと答えていました。

報道によれば、2025年11月に株式を譲渡、2026年3月に1億円を超える保証がまだ残る、1回目の調査電話で売り手は正直に「まだ解除されていない」と回答

報道による経緯(出典:朝日新聞デジタル 2026年9月14日)

ところがその後、売り手担当者が買い手側に送った「社内では売主の勘違いだという空気になっている。売り手が『保証は解除された』と言ってくれればそれで済む話」というメッセージが、買い手経由で売り手に転送されました。さらに、買い手の役員からも「説明が違っていた。経営者保証の解除は完了している」と言ってほしいと頼まれ、担当者本人からも直接「全件解除した旨、回答いただければと思います!」と連絡が届き、売り手は2回目の電話で「すべて完了した」と答えを変えてしまったと報じられています(04:27〜)。

しかし、その後もいつまでも経営者保証は解除されず、買い手との間でもトラブルになり、大きな問題となって報道された、という経緯です。

関係者の説明と処分

▶ 動画の該当箇所:05:26〜

なお、買い手側は取材に対して、自分たちが主導した事実はないと答えているそうです。担当者は2026年7月に解雇、上司も処分されたと会社が発表しています。役員の引責処分は一切発表されていません。

買い手側は取材に対し「自分たちが主導した事実はない」。社員は2026年7月に解雇、上司も処分。役員の引責処分は一切発表されていない(2026年9月24日現在)

関係者の説明と処分(2026年9月24日現在)

※2026年11月2日時点でも、本件で役員の処分は発表されていません。

古旗の見方①:担当者の致命的なモラルの欠如

▶ 動画の該当箇所:05:45〜

この話を聞いて思ったことは、大きく3つあります。

1つめは当然、この問題社員の致命的なモラルの欠如です。売り手の経営者保証が外れているかどうかは、会社を売った後の売り手の人生を左右する話です。こんな重大な問題に対して、その場しのぎの対応でやり過ごそうとする。隠すほど問題が大きくなるに決まっています。これはもう擁護のしようがないと思います。

古旗の見方②:なぜ報道されるまで黙っていたのか

▶ 動画の該当箇所:06:15〜

それ以上に引っかかっているのが2つめです。7月に解雇処分までしておきながら、9月に新聞で報道されるまで、日本M&Aセンターは会社として何も公表してこなかったのです。

2026年7月に担当者を解雇処分、2026年9月に新聞で報道され後追いで認める。この間、M&Aセンターは何も公表せず

解雇から報道まで、会社は何も公表していなかった

なぜこの解雇された担当者が、売り手に嘘をつかせてまでこの問題を隠そうとしたかというと、このままでは買い手がブラックリストに載ってしまうからです。

この不正の目的は、M&A仲介業界でのブラックリストに買い手が載らないようにするためだったそうです(会社発表)

不正の目的は、買い手のリスト登録の回避(出典:日本M&Aセンターホールディングス 2026年9月14日「一部報道について」)

そして、このリストの運営団体の代表理事は、日本M&Aセンターの経営トップである三宅卓会長が務めています。報道によれば、三宅会長は2026年3月に記者向けの勉強会で、リストの強制力のおかげで保証が外れない問題はほとんど聞かなくなった、という趣旨の話を自慢げにされていたそうです。その発言とほぼ同時期に、自分の会社の内部でこのような不正が動き出していたわけです。現場で蓋をされたら、トップの耳にも入ってこないという悲しいオチです。

ブラックリストの運営団体の代表理事は日本M&Aセンターの経営トップ、三宅卓会長。2026年3月・記者向け勉強会にて「リストの強制力のおかげで、保証が外れない問題はほとんど聞かなくなった」(という趣旨の発言、報道より・要旨)。その発言とほぼ同時期に、自社の内部でこのような不正が動き出していた

リストの旗振り役の足元で起きていた不正(報道より)

しかし、自分たちが旗を振っている仕組みの根幹を揺るがす事案なら、まず自分から公表して、原因調査の結果と再発防止策を公にして、業界全体に注意喚起を促すのが筋ではないでしょうか。なぜ報道されるまで黙っていたのでしょうか。

これが筋じゃないでしょうか?自分たちが旗を振っている仕組みの根幹を揺るがす事案なら、①まず自分から公表する、②原因調査の結果と再発防止策を公にする、③業界全体に注意を促す。なんで報道されるまで黙っていた?

旗振り役なら、まず自ら公表するのが筋ではないか

古旗の見方③:また「現場の担当者が悪かった」という整理

▶ 動画の該当箇所:07:42〜

そして3つめ。今回もまた「現場の担当者が悪かった」という整理で収めようとしているように見えてしまいます。この会社では2022年にも、80人以上の社員が契約書の押印を偽造して売上を前倒し計上していた不正会計が発覚しています。あのときも最終的には「現場の社員が悪かった」という整理で、経営陣は役員報酬の減額と降格で済ませていました。

既視感がありますね。2022年不正会計発覚。80人以上の社員が文書偽造による売上前倒し。社員5名を諭旨解雇するも、経営陣は役員報酬の減額と降格で済ませていた

2022年の不正会計のときも「現場の社員が悪かった」という整理だった

だから今回の発表を見て、「またそれかよ」というのが率直な感想です。程度の差は大きいです。ただ、臭いものに蓋をしたという点では、担当者のやったことと、報道されるまで公表しなかった会社の姿勢は、どこか地続きに見えてしまいます。

会社の再発防止策と、見えてこない2つの点

▶ 動画の該当箇所:08:32〜

会社は今後、保証解除の確認プロセスを厳格化すると発表しています。具体的には、担当者と情報共有はせずに確認する運用に、すでに変えたとのことです。

日本M&Aセンターによると、保証解除の確認プロセスを厳格化し、担当者と情報共有はせずに確認する運用にすでに変えた

会社が発表した確認プロセスの見直し(出典:朝日新聞デジタル 2026年9月14日)

ただ、成約から2、3か月経ったら本社の別部署から確認の電話が来るということは、現場の担当者は情報共有などしなくても100%知っているわけです。担当者と情報共有をしないことで、根本的な解決になるのでしょうか。

それから、なぜこの担当者がお客様に嘘をつかせてまでこんなことをしたのか、そして、日本M&Aセンターがマッチングした他の案件で同様の不正は存在しないのか。この2点は、会社の発表を読んでも見えてきません。過去に80人以上もの人間が不正に関与した会社です。追加調査したという発表はありませんが、本当に大丈夫なのでしょうか。

会社の発表を読んでも、見えてこない。①なぜこの担当者は、お客様に嘘をつかせてまでこんなことをしたのか、②日本M&Aセンターがマッチングした他の案件で同様の不正は存在しないのか。過去に80人以上が不正に関与した会社だけど、追加調査をしなくて本当に大丈夫なの?

会社の発表からは見えてこない2つの点

なぜ「売り手の担当者」が買い手の味方をしたのか

▶ 動画の該当箇所:09:34〜

特に、今回の問題でよく分からないのは、売り手に嘘の回答をするよう促して解雇になった担当者が、買い手側の担当者ではなく、売り手側の担当者だったということです。

日本M&Aセンターでは、売り手と買い手の利益相反問題に対応すると称して、売り手と買い手で別の担当者を付けています。売り手の担当者は売り手のために働きます、という建前でした。しかし今回は、明らかに買い手のために、売り手が直面している深刻な問題に蓋をして、あろうことか「被害者」と言える売り手本人に嘘までつかせるという暴挙を行っています。

日本M&Aセンターは「売り買い別担当制」。建前は、利益相反を緩和すると称して売り手と買い手で別の担当者「売り手の担当者は売り手のために働きます」。今回の売り手担当者は、明らかに買い手のために、売り手の深刻な問題に蓋して、「被害者」の売り手本人に嘘までつかせた

「売り買い別担当制」の建前と、今回の売り手担当者の行動

なぜこの売り手の担当者は、本来関係ないはずの買い手のために、こんなことをしたのでしょうか。そして、買い手の担当者はこの不正を知らなかったのでしょうか。仮に何の関与もしていないとしたら、なぜ担当者なのに知らなかったのでしょうか。

おそらく何らかの人事評価の仕組みとして、特定の買い手に便宜を図ることが売り手担当者の評価向上につながるか、または買い手側の不誠実な行動が売り手担当者の評価低下につながるかのどちらかだったのではないかと推測されます。考えれば考えるほど、担当者を解雇するだけで終わる話なのか、本当に同じ問題は発生していないと言い切れるのか、と思ってしまいます。

あくまで推測ですが、何らかの人事評価の仕組みとして、特定の買い手に便宜を図る→売り手担当者の評価アップ、または買い手側の不誠実な行動が露見する→売り手担当者の評価ダウン。担当者の処分とルール厳格化だけで本当にこの問題は解決するの?類似事例は本当にないの?

担当者の動機についての推測(古旗の見解)

大きなお世話でしょうけれど、少なくとも日本M&Aセンターは、本来売り手の味方であるはずの売り手担当者がなぜ、売り手の利益を裏切り買い手の味方をしたのか、公に説明をしたほうがよいのではないかと思っています。

そうしなければ、これまで一生懸命宣伝してきた「うちは売り買いの担当者を別にして利益相反を防いでいます」という理屈が、まるで機能していないどころか、「私はあなたの味方で、あなたのために言っています」と言いながら、実際には顧客に不利益を飲ませる説得をするための仮面になっているのではないか、という疑いを持たれるかもしれません。

売り買いの担当者分けで利益相反が防がれる!→まるで機能していない。顧客に不利益を飲ませるための「仮面」になっているのでは??と、疑われるかもしれないですね

「売り買い別担当制」が仮面になっていると疑われかねない

2.判断材料:「悪質な買い手リスト」とは何か、どう生まれたか

▶ 動画の該当箇所:12:17〜

この事件の本当の問題を理解するには、そもそもこのブラックリスト、「特定事業者リスト」とは何なのかを知っておく必要があります。

経営者保証を外さない買い手の情報を、業界内で共有するリスト

簡単に言えば、M&Aの後で経営者保証を外さないような買い手の情報を、業界内で共有するためのブラックリストです。

運営しているのは、一般社団法人M&A支援機関協会という業界団体です。大手の仲介会社が中心になって作った団体で、先ほどお伝えしたとおり、代表理事は日本M&Aセンターのトップである三宅卓会長が務めています。

60営業日ルール:保証が外れなければ、自動的・強制的にリストに載る

▶ 動画の該当箇所:12:58〜

どんな買い手がこのリストに載るのかには、2つのパターンがあります。その1つが、客観的な要件に引っかかったら、協会の調査を待たずに自動的・強制的に登録されるというルールで、2025年4月に追加されたものです。その中心が、経営者保証の解除に関する60営業日のルールです。

中身はシンプルで、株式を譲渡してから60営業日以内に売り手の経営者保証が外れていなければ、その買い手は自動的・強制的にリストに載る、というルールです。60営業日は土日祝日を除いて60日ですから、暦の上では3か月弱。この間に保証が外れていなければ、強制的に自動でブラックリストに載って、最低10年間消えない仕組みです。

60営業日で保証が外れなければ、即ブラックリスト入り。株式譲渡(クロージング日)から60営業日(土日祝日を除いて60日=暦では3か月弱)の時点で保証が外れていないと、強制的に自動でブラックリスト入り。最低10年間消えない仕組み

株式譲渡から60営業日で保証が外れていなければ、自動的にリストに載る

対象は銀行借入の保証だけではない

▶ 動画の該当箇所:13:49〜

ここで言う経営者保証は、銀行借入の連帯保証だけではありません。事務所や店舗の賃貸借契約で、社長が個人で保証人になっているケースもよくあります。そうした不動産の大家さんに対する保証も、対象に含まれてきます。

経営者保証は銀行借入の連帯保証だけではない。事務所や店舗の賃貸借契約で社長が個人で保証人になっている場合、大家さんに対する保証も対象

大家さんに対する個人保証も、経営者保証に含まれる

条件さえ満たせば、自動的に載ってしまう。良くも悪くも強烈なルールです。この「良くも悪くも」の中身は、次の章でお話しします。

リストに情報を上げるのは、案件を担当した仲介会社

▶ 動画の該当箇所:14:23〜

もう1つ覚えていただきたいのが、このリストに誰が情報を上げるのか、です。協会の調査員が全国の案件を見て回れるわけがありませんから、情報を上げるのは、その案件を担当した仲介会社です。会員である仲介会社には、保証の未解除のような問題を把握したら、速やかに協会に知らせる義務があります。

つまりこのブラックリストは、M&A仲介会社が顧客である買い手を、言い方は悪いですが「告発」するような仕組みで成り立っているということです。

リストに誰が情報を上げるのか。案件を担当した仲介会社が協会に報告し、特定事業者リストに載る。M&A仲介会社が、顧客である買い手を「告発」することで成り立つ仕組み

このリストは、仲介会社が自分の顧客である買い手を報告することで成り立っている

なぜこんな厳しいリストが作られたのか

▶ 動画の該当箇所:14:59〜

きっかけは、2024年以降大きな問題になった、経営者保証を外さずにお金だけを吸い取ってしまう悪質な買い手の問題です。ルシアンホールディングスの事件などは、古旗も以前の動画で取り上げました。

この問題を受けて、中小企業庁は業界団体に、こうしたブラックリスト的な仕組みを作るよう要請しました。要請というより圧力と言ったほうがよいかもしれません。業界団体も、この要請を受けて急いで仕組みを整備し、2024年10月に運用を始めました。

そんな外圧を受けて慌てて作られた制度ですので、現実に照らすと抜け穴のような問題がちらほらあります。それが今回の問題にもつながっていると考えています。

3.「良くも悪くも強烈」な60営業日ルールと、リストが機能する絶対条件

誤解①「業界がブラックリストを作ったのだから、悪質な買い手には当たらない」

▶ 動画の該当箇所:01:17〜、16:09〜

会社を売ろうとしている売り手からすると、業界にこうしたブラックリストがあると聞けば、少し安心しますよね。吸血M&Aの事件が相次いだ後ですから、業界がリストを作ってくれたのなら、悪質な買い手には当たらずに済むのではないか、と。そう思うのが自然だと思います。

しかし、ブラックリストが売り手を守る盾として機能するには、悪いことをした買い手を、漏れなくリストに載せることが絶対条件です。載るべき人が載っていないリストは、いくら照会しても意味がありません。今の特定事業者リストは、この絶対条件のところに、作った時点から構造的なジレンマを抱えていると考えています。

ブラックリストが売り手を守る盾として機能するには、悪いことをした買い手を漏れなくリストに載せること。載るべき人が載っていないリストは、いくら照会しても意味がない

リストが役に立つのは、載るべき買い手が漏れなく載っている場合だけ

誤解②「保証が外れないのは、買い手が悪質だからに決まっている」

▶ 動画の該当箇所:16:36〜

60営業日の間に売り手の保証が外れていなければ、悪気があろうがなかろうが、自動的にリストに載ります。

ここで思い出してほしいのが、保証を外すかどうかを決めるのは、買い手ではなく、お金を貸している銀行や、不動産を貸している大家さんだということです。買い手がどれだけ誠実に、クロージング日の翌日から銀行や大家さんに頭を下げて回っても、銀行側の審査が長引いたり、担当者が異動でいなくなっていたり、あるいは大家さんがこれをチャンスとばかりに家賃の値上げ交渉をしてくるかもしれません。

それでも計画的にテキパキやれば間に合うと思いますし、間に合わせるようにやらないといけないのですが、複数の想定外や手違いが重なってしまうと、60営業日というのは過ぎてしまうこともありうる日数だと思います。

誠実に対応しても想定外はある。銀行側の審査が長引く、担当者が異動でいなくなる、大家さんが家賃の値上げ交渉。複数の想定外・手違いが重なれば60営業日は過ぎることがありうる

誠実な買い手でも、想定外が重なれば期限を過ぎることはありうる

そして、いったん載ったら最低10年、業界中に名前が回って、それ以降の買収チャンスは大幅に減ります(17:40〜)。ペナルティが大きいので、買い手はこのリストを本気で怖がっているそうです。載ったら買い手企業の内部で責任問題です。でも、買い手が本気で怖がってくれるからこそ、保証解除の約束を守らせる強制力が生まれるわけです。

いったん載ったら、最低10年消えない、M&A業界中に名前が回る、それ以降の買収チャンスは大幅に減る

リストに載ることのペナルティは大きい

誤解③「問題を起こした担当者を処分すれば、同じことは起きない」

▶ 動画の該当箇所:18:04〜

問題はこの先です。これだけ嫌がられているものを、報告する側の仲介会社が握っている、という構図こそが大きな問題だと考えています。次の章で説明します。

4.リストに組み込まれたジレンマ

▶ 動画の該当箇所:18:04〜

仲介会社は、大事なリピーターを自分の手でリストに載せる立場

仲介会社にとって、買い手はとても大事なお客様です。売り手は一生に一回のお客様ですが、これから何社も買収していきそうな買い手は、何度も手数料を払ってくれる上得意です。その買い手とがっちり結びついた仲介会社の買い手担当者からすれば、まさに飯のタネのような顧客です。

仲介会社にとって、買い手さんはとても大事なお客様。売り手はM&Aは一生に一回の「一見さん」、買い手はこれから何社も買収していく、何度も手数料を払ってくれる上得意。まさに飯のタネのようなお客様

仲介会社にとって、リピーターになる買い手は大事なお客様

つまり仲介会社は、大事な大事なリピーターのお客様を、自分の手でブラックリストに載せなければいけない立場に置かれているわけです。これが、この仕組みに最初から組み込まれているジレンマです。

つまり仲介会社は、大事なリピーターのお客様を自分の手でブラックリストに載せなければいけない立場。これが、この仕組みに最初から組み込まれているジレンマ

自分の顧客を自分の手で報告するというジレンマ

担当者の頭の中で何が起きるか

▶ 動画の該当箇所:18:55〜

その買い手から、期限が迫ってきたタイミングで「ちょっと手違いが重なって、保証解除の手続きが遅れているんです」と相談されたとします。このとき、仲介の担当者の頭の中はどうなるでしょうか。

「買い手さんも悪気はないみたいだし、あとちょっとで保証が外れるなら、リストに載せるのはかわいそうなんじゃないか。ここは買い手に恩も売っておきたいし、なによりあの買い手ともう取引できないのは、俺の営業成績にも響きそうだ」。そう考えたときに、「じゃあうまいこと話を合わせて、保証は解除済みっていうことにしときましょうか」と、最低限のモラルがなければ、簡単にそうなると思います。

そして、口裏合わせを頼まれた売り手も、断れるとは限りません。売り手が買い手の傘下で子会社の社長として働き続けるケースでは、「正直に答えてしまったらグループ全体の経営が厳しくなるから、問題ないと答えておいたほうが穏便ですよ」と言われたときに、突っぱねられる人ばかりだとは思えません(19:37〜)。

担当者は、自分の頭の中で正当化すると思います。これは善意だ、些細なミスで困っている買い手さんを助けてあげるんだ、と。しかし、善意と言っても、ただの利己的な見逃しです。継続的に手数料を稼がせてほしいから、本来図ってはいけない便宜を図っているだけです。

担当者は自分の頭の中で正当化する。本人の言い分は「これは善意だ」「些細なミスで困っている買い手さんを助けてあげるんだ」。実態は、継続的に手数料を稼がせてほしいから本来図ってはいけない便宜を図っているだけの利己的な見逃し

「善意」のつもりでも、実態は利己的な見逃し

もちろん、そんなことは絶対にしないという真面目な担当者もたくさんいるとは思います。ただ、人格の問題というより、そういう力が構造的に働く仕組みになっているということです。

見逃しが重なれば、リストは信用できなくなる

▶ 動画の該当箇所:20:39〜

こういう見逃しが重なると、リストに載るべき人が、載らなくなってきます。今回報道された事件は、こういうことの積み重ねによる氷山の一角で、発生すべくして発生したトラブルではないでしょうか。自分のお客様を自分の手で告発する。そういう仕組みで作られたリストの中身を、どこまで信用してよいのでしょうか。

こういう見逃しが積み重なると、リストに載るべき人が載らなくなります。今回報道された事件は、こういったことの積み重ねによる氷山の一角、発生すべくして発生したトラブルでは?

報道された事件は氷山の一角ではないか

問題の根源と、仲介会社に求めたいこと

▶ 動画の該当箇所:21:01〜

今回の問題の根源は、そもそも仲介会社サイドに最低限のモラルがなければ適切に運用できない構造的なジレンマを抱えている制度を、そのモラルが全然育っていない状態で、国からの圧力に形だけ応えるように無理やり導入したことにあると考えています。

今回の問題の根源。仲介会社サイドに最低限のモラルがなければ適切に運用できない構造的なジレンマを抱えた制度を、そのモラルが全然育っていない状態で、国からの「圧力」に形だけ応えるかのように無理やり導入した。だから起きた問題だと思います

問題の根源は、制度の構造とモラルの欠如の組み合わせ(古旗の見解)

だから、悪いことをした人間をクビにすることや、従業員に騙されないようにルールを厳格化することももちろん大事ですが、それ以上に、今回のような不正がなぜ起きたのか、問題の担当者にはどういうメリットがあって、不正に手を染めなかったらどういうデメリットがあったのかを調査して、根本的に組織全体のモラルを改革する手を打ってほしいと思います。

そして、日本M&Aセンターにはぜひ、その調査結果を公表してほしいと考えています。おそらくこの問題の根源は、他のM&A仲介会社にも多かれ少なかれあると思われるからです。業界団体のリーダーとして、この不祥事の根本原因を共有し、協会の会員全体に他山の石となるような教訓を示してほしいと思います(21:55〜)。

M&A仲介業がこれだけバッシングを受け、今回も中小企業庁の期待を正面から裏切るような不祥事を起こしているわけですから、さすがに少しは危機感を感じてくれるのではないかと期待したいところです。

まとめ:リストが機能するかどうかは、報告する仲介会社のモラルにかかっている

  • M&A業界には、経営者保証を外さない悪質な買い手を共有する「特定事業者リスト」がある
  • 株式譲渡から60営業日以内に経営者保証が外れなければ、買い手は自動的にリストに載り、最低10年間消えない
  • リストに情報を上げるのは、案件を担当した仲介会社。仲介会社は大事なリピーターである買い手を自分の手で報告する立場にあり、見逃しへの力が構造的に働く
  • 日本M&Aセンターで報道された「リスト逃れ」は、その土台が緩いままだということを見せつけてしまった

「業界にブラックリストがあるから安心」という思い込みを外し、このニュースの本当の問題がどこにあるのかを知っていただければと思います。詳しくは、ぜひ動画でご確認ください。

▶ 動画を見る:【日本M&Aセンター】仲介担当者が顧客にウソを依頼|悪質な買い手リストの構造問題(23分46秒)

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