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M&A後に「現状維持」できない理由と買い手が全力で実施すべきこと

M&Aに慣れていない買い手企業の多くが、M&A直後の事業運営に慎重になりすぎます。
もちろん、慎重に取り組むのは重要なことなのですが、その結果やたらと「現状維持で」というスタンスを重視する会社も少なくありません。

中小企業のM&Aでは、このような「現状維持」を意識しすぎると、大抵の場合出だしで躓きます。M&Aがうまい会社は、M&A直後に優秀な人員を派遣し、果敢に手を加えていきます。成功するM&Aとはそういうものです。

では、なぜ中小企業はM&A直後の現状維持ができないのでしょうか。その理由を説明するとともに、買い手企業が踏み出すべき第一歩について考えてみましょう。

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「現状維持」は単なる甘え!

ちょっと厳しい言葉ですが、M&A直後に「現状維持」を願うのは、はっきり言って甘えだと思います。
「現状維持」という言葉の裏には、ほとんどの場合「とりあえずそのままにしておいて、どんな施策をすればいいのかじっくり判断していきたい」という意味合いが込められています。

しかし、「M&A後にどんな施策をして、事業を伸ばしていくべきか?」という検討は、デューデリジェンスの段階で着手すべきことであり、M&A後にのんびりやることではないはずです。そんな悠長な時間があると考えていると、PMI(M&A後の統合作業)はうまくいきません。

プロパー社員の身になって考えてみよう

M&Aで一番頭が痛いのは、多くの場合でヒトの心の問題です。対象会社のプロパー社員はM&A直後に大きな衝撃を受け、非常に不安定な状態にあります。

このような状態で、「皆さん、これからのことはこれから決めますから、とりあえず現状維持でお願いします」と言われて、誰が安心できるのでしょうか。普通の感覚であれば、「こいつら何しに来たんだ?」とシラケたり、「こんな優柔不断な会社の下で働くのか」と失望したりするでしょう。その結果、優秀で身軽な人から転職先を探し始めます。

M&A後のプロパー社員を極度に不安にさせる言葉は、「これからのことはまだ未定」です。この言葉を言えば言うほど、M&Aの成功は遠くなっていきます。

中小企業が「現状維持」できない理由

では、なぜ中小企業はM&A後に「現状維持」できないのでしょうか。買い手企業はそれなりに大きな会社が多いので、まずは「大企業・中堅企業と中小企業では、組織の形がまったく違う」ということを理解しておく必要があります。

中小企業は経営者がすべて

これは断言できますが、中小企業というのは、経営者の器によって成り立っています。

大企業でも、カリスマ経営者を中心に回っている会社はありますが、それは会社の意思決定を担っているだけ。中小企業は、経営者の信用で取引が成り立ち、経営者の感覚でお金が回り、経営者の印象で人事が決まります。大企業の比ではありません。

ほとんどの売り手経営者は、「うちの会社は私がいなくたってちゃんと動くんですよ」と言います。これはそういったほうが売れやすいことを知っているか、本人が自分のやってきたことを過小評価しているだけで、本当にその通りだったことは一度としてありません。セールストークを真に受けてはいけません。

どんな場合でも、中小企業において、経営者はその組織の「魂」なのです。

魂が抜けた会社が現状維持できるはずがない

M&Aを期に社長が交代する場合、魂が抜けた組織に現状維持を要請したって、無理に決まっています。買い手は「なんで今までどおりできないんだ?」と思うかもしれませんが、対象会社としては「なんで今までどおりできると思うんだ?」というレベルの話です。

魂が抜けた組織には、新しい魂を吹き込むしかありません。

つまり、買い手企業が望ましいと思う事業の肖像を可能な限り明確に描き出し、対象会社メンバー全員が一丸となってそれを目指せるようお膳立てをしなければいけません。そうしなければ、「組織」は急速に魂のない「人の集まり」と化していき、業績も当然のように落ちていきます。

中小企業から大企業の一部門へ

このとき、対象会社が目指すべき未来は、これまでどおりの中小企業であってはいけません。対象会社は旧経営者が鶏口牛後で率いてきた独立会社ではなく、今や大企業・中堅企業の一部門になっています。会社がまず目指すべき未来は、「現状維持としての中小企業」ではなく、「大企業の一部門としての子会社」です。

新しい魂を吹き込むという話をしましたが、それは中小企業としての魂である必要はありません。むしろ、子会社としてランディングさせることが大切です。

独立した中小企業として成長してきた組織を、一夜にして大企業の一部にすることは不可能です。しかし、すぐに手を打たなければ、中小企業の良さだけが先に消滅し、悪い部分だけが残っていきます。

M&A後はすぐに大企業化させるためのPMI(M&A後の統合業務)に着手しましょう。間違いなく時間との戦いです。

元社長続投の良し悪し

M&Aでは経営者の退任によって一気に組織の魂が抜けます。じゃあ、経営者に社長を続投してもらえば現状維持も可能ではないか?と思った方も多いでしょう。

しかし残念ながら、あなた方がM&A後に社長をお願いする元経営者は、これまでの中小企業経営者ではありません。

売り手経営者は、これまで自分の裁量で会社を動かし、従業員に対する責任も一心に背負ってきましたが、M&Aによって一気にその緊張感が崩れます。人にもよりますが、「経営者」から「中間管理職」へとグレードダウンしてしまう方が大半です。

そのため、新しい魂を吹き込む必要があることには変わりありません。しかし、その魂を組織に順応させる中間管理職としての仕事がうまい方であれば、きっとPMIにプラスに働くでしょう。

ただ、その方に中間管理職としての適性がない場合、あるいは中途半端に中小企業経営者としてのプライドを残している場合、対象会社を大企業の一部門へと変化させる障害になりかねません。実はこういったケースは枚挙に暇がなく、私の感覚としては経営者はM&Aと同時に退任していただいたほうが、苦労はしても成功に結び付きやすいと考えています。

買い手企業がM&A前後に実施すべきこと

では、買い手企業は具体的にどのように対象会社や事業を引き継ぎ改善していくべきでしょうか。M&A前後に何をすべきかを考えてみましょう。

会社の実態はデューデリジェンスで調査する

対象会社がどのような組織なのか、どのような事業を行っているのかという、引き継ぎ改善していく上での基本的な情報は、デューデリジェンスで確実に得ていきましょう。M&Aが成立した後に着手したのではあまりにも遅すぎます。

この段階ではM&Aはまだ極秘事項なので、DDチームも少数精鋭です。しかし、PMIで必要となる情報を網羅的に集められるメンバーは必ず入れるべきです。

買い手にとって、M&Aの成功の根幹はデューデリジェンスです。デューデリジェンスで手を抜くと必ず失敗すると考え、最善を尽くしましょう。

デューデリジェンスの実施方法については「買収M&A成功のカネメ!デューデリジェンスのタスク5選とコツ7選」も併せてご覧ください。

最終契約までにPMIの一次計画を練り上げる

PMIの計画は、最終契約までにその大枠を作り上げておく必要があります。大枠と言っても、可能な限り細かく具体的なものが望ましいところです(もちろん、時間的制約から限界がありますが)。

これを最終契約までに終わらせるべき理由は、通常は最終契約によってM&Aが一気に公表されることと、最終契約まではディールブレイクや減額交渉が可能という2点です。特に前者が重要で、公表直後の社内外の動揺を鎮めるために、「いつまでにこういうことが実施され、最終的にこうなります」という大枠を示すことは非常に効果的です。

クロージングまでに全社でPMI計画を再検証する

最終契約が結ばれ、M&Aが公表されると、関係各部署の協力を得やすくなります。少数精鋭で作ったPMI一次計画を各部署に説明し、非現実的な部分がないかの確認と、具体的にいつ、誰が、何をするのかを決めていきましょう。

この段階ではまだM&Aが成立していないものの、売り手オーナーの許可を得て、対象会社見学を行いましょう。まだ他人の会社なのであまりPMIに着手することはできませんが、各部署がその準備をするよう促しましょう。

クロージング後は情報共有に注力しよう

クロージング日を迎えてM&Aが成立したら、いよいよ本格的なPMIのスタートです。退任した前社長の代わりに新しい魂を吹き込みましょう。

この段階で重要になるのが情報共有です。どんなに入念に準備しても、必ずトラブルは起こります。それをタイムリーに吸い上げ、知恵を集めて解決に当たれる体制を整えましょう。

具体的には、問題は必ずPMIリーダーに共有するルールを作るとともに、定例会議(最初は週1、時間が経てば隔週)で問題を話し合う機会を作りましょう。

おわりに

今回は、中小企業がM&A後に「現状維持」ができない理由についてご説明しました。

「儲かっている会社を適正価格で買えば、何もしなくても自然と儲かる」と考えているなら、それはあまりにも無責任な甘えです。中小企業はM&Aを期に大企業の一部門になる必要があり、買い手企業側で迎え入れる体制を整えなければ、あまりに失礼な話です。

M&Aの「成立」ではなく「成功」を目指すなら、クロージング前から徹底的に準備を行いましょう。

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