「50年間、何も変えていない。」――それが最大の強みだった事例
九州地方にある、住まいの設備や部品・パイプ類を扱う専門商社の会社様でした。
商社でありながら本社に数万種類の在庫を持ち、地元の工事業者さんが「現場に行く前」「現場から戻った後」にふらっと立ち寄って、その場で必要なものを購買する——そんな日常の動線の中に溶け込んでいる、地域に親しまれた会社様です。
「90日間M&Aスタート戦略講座」では、開始時に沿革・株主構成・役員構成など、会社の基礎情報を当社フォーマットに入力いただきます。
設立は50年以上前。それだけの歴史がある会社様なので、普通に考えれば“山や谷”があるものです。
ところが、沿革欄の記載は極端にシンプルで、
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「●年に創業」
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「●年に●と取引開始」
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「●年に●氏が代表取締役社長に就任」
…といった内容だけでした。
「入力が面倒だったのかな。きっと他にもあるはず」と思い、こちらから質問を重ねました。
筆者はこう伺いました。
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「創業当時は別の商品を扱っていた、とか、昔は別事業をやっていたが辞めて今の事業に落ち着いたといったことはありませんか?」
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「経営の中で大きく変えたことはないでしょうか?」
すると返ってきたのは、想像と真逆の言葉でした。
「ないです。創業時から今の事業を行い、変えたことはありません。
恥ずかしながら私も週1程度で様子を見に出社する程度で、新しいことをしたこともありません」
電撃が走りました。
どんな会社にも、50年も続いていれば何かしらの変化がある。
例えば、「物売りから始めたが後に店舗を建てた」「時代に合わせてA事業を辞めてB事業に移った」——50年あれば、それが普通だと思い込んでいました。
その衝撃はネガティブなものではなく、むしろ、期待のこもった高揚感でもありました。
M&Aの現場では、時々こういう会社様があります。
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経営の手を全く入れていないけど、なぜか業績が安定的に推移している
これは買い手から見ると、抜群の評価ポイントになり得ます。
「何もしなくても稼げる」には、必ず理由があるからです。この会社様には、表に出ていない“何もしなくても稼ぐ仕組み”が眠っている。
そう確信して、弊社としても“魅力の解像度”を上げる作業に入りました。
データ分析、追加ヒアリング、現地視察を重ねる中で、少しずつ輪郭が見えてきました。
派手さはないが、地元で選ばれ続ける理由が、積み重なるように存在していました。
例えば、
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九州地方のとある都市中心部という、立地環境が優れていること
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品揃え・提供スピード・配送が噛み合った、オペレーションの合理性
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長年勤める営業メンバーが体得している、利益を確保しつつも競合に勝てる価格設定のノウハウ
こういった一つひとつは、社内にいると「当たり前」になりがちです。
でも第三者の視点で見ると、“他社には真似できない、この会社が独自で持つ経営資源”でした。
会社様の中では当たり前すぎて、強みとして言語化されない。でも買い手は、その“当たり前”の中にこそ価値を見ます。
現地で見た動線、ヒアリングで拾った言葉、数字に表れている安定性。
それらをつなぎ合わせて、「この会社がなぜ選ばれてきたのか」を、IMの中で一枚ずつ丁寧に言語化していきました。
そうしてまとめ上げたIMをもとに、最終的には売主様の希望条件を叶える形で売却に至りました。
沿革欄の“シンプルさ”から始まった違和感が、結果的に「この会社の本当の強みはどこにあるのか」を掘り当てる入口になりました。
派手な改革をしていない。新規事業を次々に立ち上げてきたわけでもない。
それでも、地域の現場に必要とされ、淡々と積み上がってきた信頼と仕組みがある。
その静かな強みを、IMとしてきちんと形にできたことが、強く印象に残った事例でした。