ページが見つかりませんでした – 株式会社STRコンサルティング https://str.co.jp 戦略的組織再編をサポートする株式会社STRコンサルティングの公式サイト Thu, 20 Apr 2023 02:18:59 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.4.3 ネットの「会社売却額査定」は絶対ムリ!仲介は情報弱者に飢えている https://str.co.jp/merger-and-acquisition/transfer/assessing-the-sale-value https://str.co.jp/merger-and-acquisition/transfer/assessing-the-sale-value#respond Sat, 05 Dec 2020 01:27:00 +0000 https://str.co.jp/?p=9703 M&A仲介会社のサイトを見ると、ときどき、

たった5つの数字と業種を入力するだけで、あなたの会社の売却額を3分で査定します!

みたいなプログラムが掲載されていることがあります。

若干の胡散臭さを感じつつも、「ちょっとやってみようかな」と入力してみたという方もいらっしゃるでしょう。

ただ実際には、「決算書の数字と業種を入力すれば、会社の売却額(または適正価格)がわかる」なんて、絵空事もいいところです。「概算額」すら到底不可能で、まったく参考にならない星座占い程度の結果しか出てきません。

なぜ決算書の数字と業種だけでは、売却額を予想できないかは、ちょっと考えれば誰でもわかることです。その理由にまだ気が付いていない方もいらっしゃると思いますが、本記事では誰でもわかるように丁寧に説明しますので、必ず「そりゃ無理だよね」と感じるでしょう。

実は、このようなプログラムをホームページに掲載しているM&A仲介業者も、決算書の数字と業種だけ教えてもらっても、M&A価格の予想なんて到底できないということはわかっています

では、なぜ出来もしないことをホームページに載せているのでしょうか?そこには、M&A仲介業のアコギな特徴が垣間見えますので、併せてご紹介したいと思います。

この記事の内容は以下のとおりです。

  • 決算書の数字と業種だけではM&A価格の見積りは絶対にできない理由
  • M&A仲介業者が出来もしないプログラムをホームページに載せる思惑

最後までご覧いただければ、アコギな業者の稚拙な営業に引っ掛からずに済むでしょう。

YouTube動画でも公開中

本記事はYouTube動画でお話した内容を文章化したものです。動画は以下よりご覧いただけますので、視聴環境にある方はぜひ動画でもご覧ください(9分57秒)。

ネットで「会社の売却額査定」なんて100%不可能です!【動画で学ぶM&A】

M&A成功のコツがわかる本 M&A成功のコツがわかる本

決算数値だけ見ても事業の価値は絶対にわからない

ネットのプログラムにいくつかの決算数値と業種を入力しただけで、会社の売却相場が査定できるなんて、プロから言わせれば信じられない暴論です。なぜなら、事業の価値は決算書の数字だけで評価されるわけではないからです。

事業の価値は「将来の利益」と「経営資源」で決まる

まず、会社の中心である「事業」の価値がどのように決まるかを考えてみましょう。

事業というものは非常に複雑なもので、すべての価値要素を列挙することはできませんが、主なものを挙げれば、以下の2つが大きな要素であると言えます。

  • 事業が生み出す将来の利益(稼ぎ/キャッシュフロー)
  • その事業が持つ経営資源

実際に、買い手はコレが欲しくてM&Aをするようなものです。それぞれ内容を補足しましょう。

価値要素1.将来の利益

M&Aの買い手は、最初にお金を払って会社・事業を買収し、「将来の利益(稼ぎ/キャッシュフロー)」によって、その投資以上のリターンを得ようとします。

つまり、将来において、大きな利益が見込まれる事業は価値が高いですし、逆に見込まれる利益が小さい事業は価値が低いということになります。

過去に稼いだ利益ではなく、将来の利益に注目しているという点は見落とせない事実です。

価値要素2.経営資源

もう1つの重要な価値要素は、その会社を買うことによって手に入る経営資源です。(これは将来の利益の土台でもあります)

たとえば、

  • 非常に有力で関係が良好な得意先との商流(取引口座)
  • 若くて優秀な社員やその教育ノウハウ
  • 駅前の超一等地の立地

など、強い競争力の源泉になるような経営資源を持っている会社であれば、おそらく買い手が殺到するでしょう。

M&Aは、他の手段ではなかなか手に入らない経営資源をお金で手に入れる数少ない手段です。特に真似が難しく稀少価値が高い経営資源ほど、買い手にとっては魅力的に映ります。

2つの要素は、どちらも決算書に載っていない!

さて、上記のように、会社の価値に大きな影響を与える「将来の利益」と「経営資源」ですが、実はこれ、どちらも決算書には載っていません

損益計算書には過去の利益は載っていますが、将来の利益はどこにも書いてありません。過去の利益を参考に、決算書を読む人が自己責任で予測するしかないものです。

また、貸借対照表には、「得意先との関係は良好か」とか「社員は若くて優秀か」などの情報は載っていません。土地や建物の簿価は載っていますが、それがどこにあるのか、どれだけ魅力的な物件なのかはどこにも書いてないのです。

したがって、決算書を穴が開くほど読み込んでみても、ビジネスの評価に本当に重要なことは、ほとんど書かれていないのです。そんな情報を機械に打ち込んだところで、一体どういう計算をすれば、会社の価値を算出できるというのでしょうか?

事業の価値は、様々な情報を総合的に組み合わせて考えるもの

なお、じゃあ事業の価値を考える上で決算書は不要なのかと言えば、そういうことではない、ということは誤解のないようにお願いします。

将来の利益を予想する上で、過去の決算数値は非常に役立つヒントになります。過去の損益計算書を土台に、将来予想される事業環境の変化等を織り込んで、将来の利益を予想していくからです。

ただ、決算書の数字だけで将来の利益が予想できるというのは、明確に間違いです。事業の価値とは、決算書だけでなく様々な情報を総合的に組み合わせて考えるものです。単純な計算式で導き出せるものでは絶対にないということは覚えておきましょう。

過去の決算数値×業種でも、価格見積りは絶対不可能

ここで、

決算書の数値だけではわからなくても、業種も組み合わせれば、ある程度見積りができるのではないか?

と思われた方もいらっしゃるかもしれません。

ですが、M&Aはそんなに単純ではありません。以下きちんと説明しておきましょう。

「業種」を一言で表すのは不可能

たとえばあなたの会社が「小売業」だったとしましょう。しかし一言に小売りと言っても、

  • 鮮度が命の生鮮食品を扱う「スーパーマーケット」
  • 生活雑貨の安価仕入が重要な「ドラッグストア」
  • 立地で勝敗が決する「コンビニエンスストア(のFC)」
  • 売り場と駐車場の面積が必須の「ホームセンター」

では、全然違うビジネスと言っても過言ではありません。なぜなら、利益を上げるために求められる経営資源がまるで違うからです。

そのため、同じ売上、同じ利益の会社でも、スーパーマーケットとドラッグストアでは、値段の付き方はまったく異なります。

この「業種」の細分化はどこまでも細かくしていくことができます(ドラッグストアの場合、都市型/郊外型、調剤併設有無など、様々な分類ができます)。しかも時代とともに有効な分類は変化していくのです。

そのため、「似たような価値評価になるのはどのような業種区分か?」を判断するのは不可能ですし、そもそも意味のあることではありません。

同じ業種にも勝ち組と負け組がいる

もう1点、そもそも同じ業種の中に、勝ち組と負け組がいるということは紛うことなき現実です。

勝ち組と負け組なら、勝ち組のほうが価値が高いに決まっています。でも、そんなことは決算書には書いてありません

さらに踏み込んでいえば、

  • 勝ち組なら、その競争力はどんな経営資源によるものなのか(買い手が引き継げるのか)
  • 負け組なら、どうすれば勝ち組になれるのか(買った後で改善できるのか)

によっても、事業の価値は全然変わってしまうでしょう。

これがM&Aの現実であり、それを一切無視して価格を見積もるなんて、神様でもない限り、出来るわけがないのです。

仲介会社は「多数の情報弱者と契約したい」から載せている

上記のように、ネットの売却額査定なんてできるわけがありません。そんなことは少し考えればわかることですし、多少でもM&Aの実務経験を積んでいれば、嫌でも感じ取れることです。

では、なぜ仲介業者は、こんな出来もしないプログラムを作って公開しているのでしょうか。こんなものでも作るのにはコストがかかりますので、そこにはお金をかけるだけの思惑があるのです。

端的に言えば、そこには何も知らない情報弱者に対して、何が何でも契約をさせようという姿勢が感じられます。そうでない限り、恥ずかしくてこんなプログラムは載せられないでしょう(1年でもM&A実務に携わっていれば、そのぐらいトンチンカンに感じるプログラムです)。

M&A仲介は売り案件の「量」で利益が生まれる

M&A仲介業は「仕入の商売」とよく言われるほど、売り案件の発掘に飢えています。

なぜなら、売り案件をある程度の「量」集めることができれば、利益が計算できるビジネスモデルだからです。その理由を順を追って説明しましょう。

①「売れる会社」は何もしなくても売れる

まず、M&Aというものは、買い手に「ぜひ買いたい」と思わせる会社であれば、簡単に売りさばけます。

どんなに仲介業者の能力が低くても、やる気がなくても、代わりに買い手が頑張ってM&Aプロセスを進めてくれるからです。買い手に任せておけば、全自動で大きな手数料が手に入ります。

さらに、専任アドバイザリー契約を結んでおけば、競合他社に案件を奪われる心配もありません。

M&A仲介ビジネスで一番重要なことは、「売れる会社を仕入れる」ことなのです。

買い手にコントロールされたM&Aは売り手の圧倒的不利!

M&A仲介の能力が低い、或いはやる気がなく、代わりに買い手が頑張ってM&Aプロセスを進めている状況でも、M&Aの「成立」までは辿り着くことが可能です。しかし、売り手が良い売買条件を引き出すことは不可能でしょう。

買い手は少しでも良い条件で買おうとしています。たとえば価格に関しては、すべての買い手が例外なく「安く買いたい」と考えています。

買い手にコントロールされたM&Aプロセスでは、必ず買い手の有利なようにM&Aが進みますので、売り手としては圧倒的に不利な交渉となります。

②「簡単には売れない会社」なら、放っておけばいい

上述のように「売れる会社」を発掘することが仲介ビジネスでは重要なのですが、一見して「この会社ならすぐ売れる!」と思えるようなピカピカな会社は多くありません。多くは「売れるか売れないかよくわからない」という会社です。

では、もし売り案件として契約した会社が、「売れない会社」だったら、どうするか?

M&A仲介というビジネス上のドライな正答を言えば、「売れない会社は、放っておく」ことに尽きます。

「売れない会社」であれば、頑張っても買い手が見つかる可能性は低いです。商品自体に魅力がないと判断したならば、それを売り込む努力は無駄になるリスクが高く、すればするほど損失が膨らむと考えるのは当然のことです。

少し買い手の反応を調べてみて、「こりゃ売れないな」と思ったら、放っておくに限ります。M&A仲介には成功報酬はあっても失敗罰金はありませんから、「頑張ったんですけど、ダメでした」と言っておけばよいという判断になるわけです。

③「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」が必勝法

以上も踏まえてM&A仲介ビジネスの必勝法を考えてみれば、「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」という戦略がもっとも合理的ということになるでしょう。とにもかくにも、売り手を掻き集めて、大量の専任契約を結ぶことです。

運よく素晴らしい経営資源を持っている会社であれば、努力しなくても高額な手数料が手に入る。そうでない「売れない会社」であっても、放っておけば損失を抑制できる。

これがある程度の規模でできれば、あとは確率論で一定の利益が計算できるわけです。

情報弱者こそ金ヅルである

上記「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」という作戦で重要なことは、「仕入先」である売り手がこの構造に気が付かないことです。

放っておいた売り手に文句を言われるとコストがかかりますし、何より「売れる案件」の大事な売り手さんに、「この仲介、実は何もやっていないな」「買い手の言いなりで交渉が進んでいるな」と見抜かれてしまったら一大事です。

それを考えると、契約する売り手は情報弱者であるほど良いでしょう。怠慢や能力不足に気付かず、「M&Aってこういうものなんだなー」と思っていてくれるのが一番ありがたいわけです。

そうなると、上述したような「ちょっと考えればありえないとわかる売却額査定プログラム」に飛びつく情報弱者こそ、上顧客ということになります。

M&A仲介が、出来もしないプログラムをホームページに載せるのは、情報弱者にターゲットを絞ったマーケティング戦略であろうと思います。

おわりに.M&Aでは「騙される方が悪い」

今回は、

  • M&A仲介のHPによくある「ネットで売却額査定」なんて不可能である理由
  • 仲介がそんなプログラムを載せているのは、多数の情報弱者と契約したいから

ということをお伝えしました。

M&Aの世界では、「騙される方が悪い」という文化があります(裁判でそういう趣旨の判決が出たこともあります)。ネットの売却額査定のような、M&Aに詳しい人に少し相談すればすぐに見抜ける嘘であれば、騙される方が悪いというのは、その通りだと思います。

M&Aは決して甘い話ではありません。もし興味を持たれてしまったなら、よく自省して、懐疑心を高めて臨んでいただきたいと思います。

]]>
https://str.co.jp/merger-and-acquisition/transfer/assessing-the-sale-value/feed 0
M&A仲介のダイレクトメールは嘘だらけと言い切れるカンタンな理由 https://str.co.jp/merger-and-acquisition/transfer/mergers-and-acquisitions-brokerage-direct-mail https://str.co.jp/merger-and-acquisition/transfer/mergers-and-acquisitions-brokerage-direct-mail#respond Fri, 20 Nov 2020 09:47:43 +0000 https://str.co.jp/?p=9706  

「弊社のクライアントのある大手企業が、あなたの会社を譲り受けたがっています」

名前も知らない、或いは知っていても会ったことがほとんどないM&A仲介会社から、このようなダイレクトメールを受け取ったことはありませんか?

多くの中小企業経営者が、「ある」とお答えになると思います。業種によっては月に何十通も受け取っているという方もいらっしゃるでしょう。

大きな会社から会社を売ってほしいと相談されるなんて、経営者としてとても名誉なことでしょう。そのため、これを期に真剣にM&Aを検討される方もいらっしゃいます。

でも、1点覚えておいてください。その手紙の記述は、ほぼ間違いなく嘘か大袈裟です。

世界中のどこかには、本当にあなたの会社を欲しがっている買い手がいるかもしれません。でもその買い手さんは、まずそんなダイレクトメールは送ってきません。これは少し考えれば誰でも簡単に理解できる話なので、まずはその理由をご紹介しましょう。

さらに、仮に何らかの買い手が本当にいたとしても、そのM&A仲介会社を使うことにはリスクがあることもご紹介しましょう。一応のメリットもあるものの、リスクには気を付けてM&Aを進める必要があります。

そのためこの記事の内容としては、以下のとおりです。

  • M&A仲介のDMがほとんど嘘と言い切れるカンタンな理由
  • 仮に嘘じゃなくても買い手発信のM&Aに応えるのは要注意な理由

最後までご覧いただければ、M&A仲介のアコギな営業手法と一定の距離を取りつつ、冷静にご自身の会社の未来をお考えいただけるようになるでしょう。

YouTube動画でも公開中!

この記事はYouTubeで公開している以下の動画を文章化したものです。視聴環境が合いましたら、ぜひ動画も併せてご覧ください(10分36秒)。

M&A仲介のダイレクトメールは嘘だらけ!買い手発信のM&Aには要注意【M&A相談FAQ】

M&A成功のコツがわかる本 M&A成功のコツがわかる本

M&A仲介のダイレクトメールがほとんど嘘と言い切れる理由

では、最初に「あなたの会社を欲しがっている買い手がいます!」というダイレクトメールが、ほとんど間違いなく嘘か大袈裟なものであると言い切れる理由をご紹介しましょう。

実はこれは、買い手の立場になって考えれば、とても当たり前な話です。

買い手は必ず、もっと信用力のあるルートでM&Aを申し入れる

私は買い手側でM&Aの担当者を経験していますので断言しますが、本当に買収したい会社が見つかったら、M&A仲介を経由してコンタクトを取ることは絶対にしません。必ず、銀行などもっと信用力のある機関を間に挟みます。

多くの場合、その会社の取引銀行に当たります。本気で買収を検討したい会社があったら、帝国データバンクなどの信用調査情報には必ず目を通していますので、取引銀行はすぐにわかります。

間違っても、M&A仲介会社は使いません。

なぜなら、本気で買収したい会社へのコンタクトは、絶対に失敗できないからです。本気で買いたいと思える会社なんて世の中にそうそうないですから、コンタクトは慎重に慎重を重ねて、必ず話を聞いてもらえるルートから行います。

その点、その会社の経営者さんが知らない、あるいは知っていても名前だけという業者にダイレクトメールを送らせても、9割の経営者は本気にしてはもらえません。胡散臭いと思われて、開封もせずゴミ箱行きでしょう。

下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるという気持ちで連絡するならそれでもいいでしょうが、本気で買収したい会社に対しては、絶対にそのような対応は行いません。「相手がこの会社を知らないかもしれない」という時点で、メッセンジャーとしては選考外なのです。

だから残念ですが、もし本気であなたの会社を買収したいという買い手が存在するとしても、その仲介会社の裏側にいる可能性は極めて低いと言わざるを得ません。

「広く浅く」の買い手なら実在する可能性はある

ただし、「銀行を動かすほどではないけれど、あなたの会社を買うことに興味がある」という買い手だったら、仲介会社にダイレクトメールを書いてもらうことはあります。

それは、たとえば「このエリアのこの業種」といった、ぼんやりした買収ニーズで売り手を探しているケースです。

つまり「あなたの会社」が欲しいのではなく、「あなたの会社のような会社」が欲しいわけです。

このような場合、お手紙の送り先は、50社、100社という単位です。条件にマッチする会社を電話帳なりGoogleマップなりでリストアップして、片っ端からダイレクトメールを送るわけです。

さすがにここまで広いと、いちいち取引銀行を調べて銀行員に動いてもらうようなことはしません。買い手も仲介も、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるという売り手探しです。

もし仲介会社から届いたダイレクトメールの先に、実在の買い手企業があるとしたら、このような緩いニーズの買い手さんです。もちろん、あなたの会社の企業調査なんてほとんどしていません。ダイレクトメールを送った50社、100社の中で、もし1社でも返信をもらったら、そこから本格的に会社のことを調べ始めます。

仮にいるとしたら、そのような買い手ですので、実際にあなたの会社を買ってくれるかはわかりません。喜んで返信しても、社名を先方に伝えた途端、「なんか違いましたわ」と逆に断られる可能も、かなり高いです。

「手書き部隊」がいる仲介会社も

これをご覧の方の中には、手書きのお手紙を受け取った方もいらっしゃると思います。手書きなら本気度が伝わって期待が持てそうですよね。

でも、残念ながらそれはありません。一部の仲介会社は「手書き専門の作業員」を雇って、毎日毎日手書きのお手紙を書かせています。

下手な鉄砲も1件当たればそれなりのカネになるのがM&A仲介業ですので、そのぐらいの人件費は掛けるところは掛けているわけです。

もちろん、真っ赤な嘘ということも多い

とはいえ、上記のような「緩い買い手」が実在するだけまだマシで、実際にはそれすら存在しない真っ赤な嘘のダイレクトメールということも多いです。

M&Aの業界には、この程度の「嘘」であれば「我が国の事業承継を後押しするための方便」と考えて、まったく罪悪感を感じない人がたくさんいます。組織的に新人にこのような指導をしていることもあります。

これがM&A業界の現実ですので、連絡を取るときは十分慎重になさってください。

M&A屋が平気で嘘をつける理由

これは私の持論ですが、仲介業者がやたら嘘をつく理由は、嘘が正当化される仕事柄だからではないかと思います。

たとえばM&Aの打合せで売り手企業に訪問する際、受付の方に「御社の譲渡について社長様と打合せに伺いました」などと名乗れるはずがありません。必ず偽の身分・偽の訪問理由を伝えます。

このような嘘は正当化されるものだと思いますが、日常的に繰り返すことで嘘はうまくなれますし、心理的なハードルも下がるのではないでしょうか。

買い手発信のM&Aは買い手有利になりやすいので注意

さて、仮に、真っ赤な嘘ではなく、ダイレクトメールをくれたM&A仲介会社の先に、緩いニーズであっても買い手企業が実在していたとしましょう。

そのダイレクトメールに返信して、会社を売る意欲があることを伝えれば、少なくとも、その緩い買い手さんはあなたの会社を真剣に調べてくれるでしょう。そのような買い手を探すことのできない仲介業者より、いくらかM&Aが成立する確率が高まるかもしれません。

その意味で、本当に売りたいのであれば、その仲介業者さんに話をしてみるメリットは、一応はあります。

ただ、買い手発信のM&Aでは、どうしても、買い手有利な条件になりやすいというデメリットがありますので、その点にはよく注意しましょう。

買い手はなるべく「競争」をしたくない

当然ながら、買い手が企業買収を成功させる方法は1つしかありません。「良い会社を安く買う」ことです。

勘違いしている売り手さんが多いのですが、あなたの会社を「適正価格」で買おうと思っている買い手は、ただの1社もありません。みんな、少しでも安く買いたいと思っています。(売り手は少しでも高く売りたいわけですから、お互い様ですよね)

実際にM&Aの買い手をやってみればわかりますが、良い会社を安く買うことが難しい最大の要因は、買い手が入札で選ばれることです。良い会社ほどライバルが集まりますので、自分が出せる最大の価格で入札しないと、買収すること自体が叶わないのです。

だから、買い手というのはなるべく1対1の交渉に持ち込み、駆け引きを使って安く買おうとします。

買い手が自分から動くのは、有利な条件で交渉を進めるため

入札を避けて1対1の交渉に持ち込むために買い手が行う工夫が、自分から動き出すことです。

M&Aのスタートから1対1の交渉にしてしまえば、他社と比較されることなく、安心して安く買うための交渉ができます。

ろくに企業調査もしないまま、50社、100社という候補企業に大量のダイレクトメールを送るのは、まさにそのためです。反応してくれた売り手さんが良い会社であれば、そのまま1対1の交渉に持ち込めますし、良い会社ではなかったら、何らかの理由を付けてお断りすればいいわけです。

このように、自分の有利な交渉を進めるために、わざわざ自分たちで動き出しているわけですから、その交渉のテーブルに着くことが果たして正しいのかどうかは、慎重に考える必要があります。

仲介はリピーターに甘い

加えて、仲介会社も買い手企業に頼まれて、50社、100社という候補企業にダイレクトメールを送っているのだとすれば、それは買い手さんと相当仲が良いことが想像されます。これも売り手にとって不利な要因です。

仲介も商売である以上は、一度売ったらほぼ確実にリピーターになってくれない売り手さんよりも、何度も買収してくれる買い手さんのほうが大事です。この両者の利害が対立した場合に、本当に、中立の立場を守ると思いますか?

中立の立場を守ってくれる仲介もいるかもしれませんが、平然と敵に回る仲介は確実にいます。そして敵にするなら、M&Aの熟練者である買い手よりも、初心者である売り手のほうが、裏切りを誤魔化しやすいでしょう。

この点も、買い手企業に紐づいた仲介業者を使うことのリスクです。

おわりに

今回は、以下の内容を説明しました。

  • M&A仲介のダイレクトメールに書いてある「貴社を買いたい企業」は、ほぼ嘘か大袈裟なものであること
  • 仮に買い手企業が実在するとしても、買収ニーズはかなり緩く、50社、100社のうちの1社であること
  • 買い手発信のM&Aには買い手有利に進むリスクがある点に注意してほしいこと

M&Aは非常にアコギな業界ですので、情報弱者はカモになるのが常です。ダイレクトメールはその象徴的なものでしょう。

ぜひ、このような甘言蜜語に踊らされることなく、慎重にご判断いただければと思います。

]]>
https://str.co.jp/merger-and-acquisition/transfer/mergers-and-acquisitions-brokerage-direct-mail/feed 0
【初心者向け】M&A仲介とは?業界人が基礎から裏まで全部教えます https://str.co.jp/merger-and-acquisition/detailed-explanation-of-ma-brokerage-business https://str.co.jp/merger-and-acquisition/detailed-explanation-of-ma-brokerage-business#respond Tue, 28 Jul 2020 04:43:08 +0000 https://str.co.jp/?p=8961 昨今「M&A仲介」という業種が大きな注目を集めています。最初は耳慣れないこの言葉に「どんな商売をしている人たちなんだろう?」とか「一体どんな業界なんだろう?」と疑問に思った方も多いのではないでしょうか?

このサイトではM&Aについて、基礎知識から深い本質部分まで幅広くご紹介していますが、

  • そもそもM&Aって何なのか?
  • そこで活躍する「仲介」はどういう仕事なのか?
  • M&A仲介の業界はどんな世界で、どんな人が働いているのか?

について、初心者の方が基礎からきちんと体系的に理解できる記事がありませんでした。

そこで今回は、M&Aに馴染みのない方向けに「M&A仲介は、シンプルに言えばこういう仕事です」というご紹介をしながら、この業界の光と闇を解説していきましょう。

  • M&A仲介のビジネス内容(図解)
  • M&A仲介の大手企業ランキングと驚くべき儲かりっぷり
  • M&A仲介の2つの大きな特徴(表面的な説明と、実態)
  • M&A仲介業が急激に成長している3つの背景
  • ペテン師のようなM&A仲介業者が爆発的に増加しているワケ
  • 高額で有名なM&A仲介の手数料が実はバラバラである理由
  • 何かと話題になるM&A仲介アドバイザーの年収や働き方

以上の内容を、初心者の方にもわかりやすく紹介していきます。

なお、私は仲介業者ではありませんが、M&Aをする経営者の「顧問」という立場で、仲介業者さんたちと日々やりとりしています。同じM&Aの業界人として、少し離れた距離から冷静に観察した「上っ面ではないM&A仲介のリアル」についてご紹介していきましょう。

「M&Aって何のことだっけ?」という方でも、最後までご覧いただければM&A仲介にとても詳しくなり、業界事情や彼らを利用する際の注意ポイントまでしっかりと理解できるでしょう。ぜひ最後までお付き合いください。

はじめに

この記事ではM&A仲介業をよく知らない方に、ありのままの姿を伝えるべく、そのアコギな一面も含めてご紹介していきます。スキャンダラスな情報のほうが印象に残りやすいため、黒い部分ばかりが気になってしまうかもしれません。

ただし、M&A仲介業が経済を活性化させているのは事実ですし、今後のわが国にとって不可欠な産業だと思っています。何より、M&A仲介業がなければ、中小企業M&Aは今よりもさらに混沌とした弱肉強食の危険地帯になっていたでしょう。

同じM&Aに携わる人間として、M&A仲介業界の一層の健全化を願っていますが、決してそのビジネスや、そこで真面目に働く方々を否定するわけではないので、予めご承知おきください。

M&A成功のコツがわかる本 M&A成功のコツがわかる本

M&A仲介とは、会社や事業の売買を実現する仲介業者

では、まずM&A仲介とはどういう商売をしている業者さんなのかを説明していきましょう。

M&Aという言葉の意味から解説しますので、初めての方でもご安心ください。

M&Aとは、「会社や事業の売買」のこと

ここでいうM&Aとは、「会社や事業を売買すること」を意味します。買い手から見れば「企業買収」ということです(「合併・買収」という訳語が付くことがありますが、あまり正確な訳ではないので、合併については気にしないでください)。

普通のモノと同じように、会社や事業も売買することができます。つまり、会社や事業の「所有権」や「経営権」をお金で売り買いできるわけです(下図)。

M&Aの図解

厳密ではない、ざっくりしたイメージですが、会社(事業)を買収すると、以下のようなメリットがあります。

  • 会社を自由に経営できる
  • 会社が稼ぎ出した利益を受け取ることができる
  • 会社が持つ資産を売却したり、自由に運用したりできる

このようなメリットを求めて、今後儲かりそうな会社や、自分が経営することで業績を伸ばせそうな会社に対して、お金を払ってでも買いたいという買い手(主に企業)がいるわけです。

売買したい会社が「相手探し」に困っている

会社を売りたいという人と、会社を買いたいという人は常にそれなりにいるのですが、問題は「どうやって売り手と買い手が出会うか」です。売買希望者は、常に相手探しに困っています(下図)。

M&Aしたい人は相手探し」に困っている

売りたいと強く思っている人と、その売りたい会社を大金を払ってでも買い取りたいと思っている買い手が出会わなければM&Aは成立しないので、闇雲に相手を探してもうまくいきません。

そんなときに、売り手と買い手をマッチングする「仲介業」が求められます。これがM&A仲介会社です(下図)。

売り手と買い手をマッチングするのがM&A仲介

M&A仲介会社が売り手と買い手をマッチングする仕組み

M&A仲介会社を使えば、売り手は複数の買い手候補に出会うことができますし、買い手は効率的に売却希望者と出会うことができます。

わかりやすいマッチングの流れとしては、まず買い手が仲介会社に、「こんな会社を買収したい!」とい買収希望を伝えておきます(下図)。

ステップ1.買い手が買収希望を登録する

次に、売り手が仲介会社に「自分の会社を売りたい!」という譲渡希望や、自社がどんな会社なのかを伝えます(下図)。

Step.2 売り手が譲渡を相談する

うまくニーズが合いそうであれば、仲介会社は両者を引き合わせ、売買交渉を仕切りながらM&Aが「成立」するように段取りを整えていきます(下図)。

Step.3 売り手と買い手を引き合わせ、交渉を取りまとめる

売り案件を買い手候補に売り込んでいくことも多い

上記の流れは、事前に多くの買収希望会社が買収希望を伝えに来る割と大きな仲介会社でこそ成立する、いわば「王道」のマッチング方法です。

この他に、先に売り手との契約をし、その会社を買ってくれそうな買い手企業を探して売り込んでいくということも行われます。中小業者の場合は買い手候補のデータベースも充実していないことが多く、このような探し方が主流でしょう。

また、後述するように、実際には存在しない買収希望会社をでっち上げて売り手と契約する仲介業者も少なからず存在します(下図)。確率は高くないのですが、このような形で始まったM&Aが成立することもあり、M&Aの始まりは一様ではありません。

買い手企業のでっち上げをするM&A仲介業者も少なくない

M&A仲介会社の大手ランキングと驚くべき儲かりっぷり!

そんな成長著しいM&A仲介業の「大手」と呼ばれる企業をご紹介しましょう。2020年現在、M&A仲介会社の大手企業と呼ばれるのは以下の3社です。

  1. 株式会社日本M&Aセンター
  2. M&Aキャピタルパートナーズ株式会社
  3. 株式会社ストライク

経済ニュースでは何かと話題になりやすいため、「名前は聞いたことがある!」という方も多いかもしれません。経営者であれば、「DMが送られてきたことがある!」という方も少なからずいらっしゃるのではないでしょうか?

M&A仲介「専業」の上場企業は4社(2020年7月現在)

M&A仲介を「専業」としている上場企業は、上記の大手3社に「名南M&A」を加えた4社です(数字は証券コード)。

  • ㈱日本M&Aセンター(東証一部 2127)
  • M&Aキャピタルパートナーズ㈱(東証一部 6080)
  • ㈱ストライク(東証一部 6196)
  • 名南M&A㈱(名証セントレックス 7076)

なお、GCA㈱(東証一部 2174)はM&A「助言」の会社であって、仲介ではありません(後述するFAに該当します)。

上記4社はM&A仲介を専業としている会社であり、異分野の上場企業が副業的にM&A仲介を行っている例は枚挙にいとまがありません。

  • 経営・会計コンサルが本業の会社(山田コンサルティングG、フォーバル等)
  • 特定業種におけるビジネスマッチングやコンサルが本業の会社(ブティックス、パシフィックネット等)
  • 節税投資商品の販売が本業の会社(FPG、ジャパンインベストメント等)
  • 投資銀行業が本業の会社(フィンテックグローバル等)
  • 人材紹介会社が本業の会社(エンジャパン、ビズリーチ等/ただしプラットフォーム)

名南M&Aは経営・会計コンサルの名南コンサルティングの子会社なので、いわば副業が上場した形になります。

後述のとおりM&A仲介は新規参入組で溢れていますので、少しでも自社の強みを生かせそうならどんどん参入してきているという状況です。

規模では日本M&Aセンターが絶対王者

上述の大手3社の中でも、日本M&Aセンターがダントツの規模感を誇っています。下図のとおり、売上高、年間成約件数、従業員数のいずれも第2位のM&Aキャピタルパートナーズを引き離しています。

M&A仲介大手3社の規模の比較

このように、同じ「大手3社」でも結構差があるのが現在の業界地図です。

3社とも事業急拡大中!

上記3社はいずれも急速に事業を拡大させています。下図は直近5年間の売上高の比較です。

M&A仲介大手3社の売上高5期比較2020年11月

最大手のM&Aセンターもこの5年で売上高が2倍以上ですが、業界2位のM&Aキャピタルパートナーズに至っては4倍以上に急成長しています。

上述の後継者不足を背景としたM&Aニーズの高まりを大きなビジネスチャンスにしていることが伺えます。

めちゃくちゃ儲かっている大手3社の利益率!

急成長市場では先行投資によって利益率が悪化することもありますが、M&A仲介業にとっては無縁の話です。大手3社の利益率は以下のとおり、40%台を叩き出しています。

M&A仲介大手3社の営業利益と経常利益の比較2020年11月

各社とも借入金がゼロまたは少額のため、営業利益と経常利益にほとんど差がないことも、各社の財務基盤の厚さを物語っています。

どうしてこんなに高利益率であるのかの秘密は、次の章でご紹介しましょう。

大手3社のより詳細な比較は別記事で紹介

なお、M&A仲介の大手3社の公表数値をもっと詳細に比較していくと、それぞれの会社の特色が見えてきます。

  • 量はM&Aセンターが絶対王者だが、質はM&Aキャピタルのほうが強い
  • 紹介料を大きく使うM&Aセンター、あまり使わないM&Aキャピタル
  • 年収はM&Aキャピタルがダントツ、人数の伸び率はストライクも大きい

などなど、データで裏付けられた各社の違いを以下の記事で紹介していますので、業界情報をもっと知りたいという方はぜひご一読ください。

▶データで比較!大手M&A仲介3社の実績や特徴、手数料【随時更新】

「中立の立場」と「両手の手数料」がM&A仲介の大きな特徴

M&A仲介の主な仕事はマッチングとM&A交渉の進捗管理ですが、実はこのビジネスが広がる前から、M&Aのマッチングや進捗管理をサポートする業者は別に存在していました。それが「FA(ファイナンシャル・アドバイザー)」と呼ばれる業種です。

それぞれの違いは以下のとおりです。

  • M&A仲介は「中立の立場」であり、FAは売り手か買い手の「どちらか一方の味方(代理人)」
  • M&A仲介は売り手・買い手双方から手数料を受け取る(両手)。FAは自分が味方をする一方からしか受け取らない(片手)。

FAと仲介の違い

主に以上のような違いがありますが、中小企業M&Aの世界では、M&A仲介のほうが圧倒的なシェアを確保しています

以下ではそれぞれの違いと、その結果として仲介が中小企業M&Aを制している理由を説明しましょう。

M&A仲介は喧嘩になると「中立の立場」

M&A仲介は、少なくとも表向きは、売り手にも買い手にも与しない「中立の立場」を謳っています。

M&Aはあくまで売買取引ですので、売り手と買い手の利害がぶつかり合うことが必ずあります。わかりやすい例が「価格」で、売り手は少しでも高く売りたいですし、買い手は少しでも高く買いたいと思っています。

このような利害がぶつかり合う場面では、M&A仲介とFAで、それぞれ異なる動きをすることになっています。

  • 仲介は「中立の立場」を決め込み、どちらの応援もせず、当事者同士の交渉を促したり、ヒートアップしすぎないように管理する。
  • FAは売り手か買い手の「一方の味方(代理人)」として、自分の依頼者の利益最大化を手助けし、応援する。

実際には、後述するとおりどちらもM&Aが「成立」しない限り大きな手数料をもらえないので、仲介でも色々「介入」してきますし、FAも依頼者に妥協するよう「なだめ役」になることもあります。しかし、建前上(契約書上)は上記のような違いがあります(下図)。

M&A仲介は中立の立場

実態は、どちらかと言えば買い手の味方をしがち

M&A仲介は建前上は「中立の立場」と言っても、M&Aが「成立」してナンボの商売であり、間に立って交渉の仕切りをする以上、完全な中立であるとは言えません。「第三極」という位置づけが適切だと思います。

なお、私の現場感覚では、交渉の大詰めでは買い手の味方になりがちだと感じています。その理由として、

  • 買い手はM&A経験者であることが多いが、売り手は初心者なので、売り手のほうが妥協させやすい。
  • 売り手がリピーターになることはまずないが、買い手は満足すればリピーターになってくれるので、買い手の満足度を意識しがち。

これらはM&A仲介というビジネスモデルであれば避けられないことですので、売り手はその構造をよく理解して自己防衛しましょう。詳しくは以下の記事をご覧ください。

▶事業承継M&Aの多くが「失敗」に終わる単純なカラクリと2つの対策

M&A仲介は売り手・買い手の双方から手数料を受け取る(両手取り)

M&A仲介のもう1つの大きな特徴は、売り手・買い手の双方から手数料を受け取ることです。

つまり、仲介とFAの手数料には以下のような違いがあります。

  • M&A仲介は売り手と買い手の両方から手数料を受け取る(両手取り)
  • FAは自分が味方したどちら一方からのみ手数料を受け取る(片手取り)

この「両手の手数料」こそM&A仲介の高収益性を生み出している秘訣と言えます(下図)。

M&A仲介は両手の手数料

大手銀行がM&A仲介業ができない理由

最近は金融機関でもM&A仲介業を行っているところがあるようですが、メガバンクは仲介業を行っていません。

実は、両手で手数料を受け取る行為は、民法で禁じられてる「双方代理」という違法行為ではないかという議論があり、金融庁からの厳しい指導で手を出せないからです。

ただ、一部の地銀はお構いなしに仲介業をやっているようで、やはり双方代理で顧客から訴えられたりしているようです。重要な融資先や役員の出向先に買わせているので、そういう問題が起きるのは当然ではないかと思います。

中小企業のM&A案件はM&A仲介が仕切ることが多い

上記のような大きな2つの違いがあるM&A仲介とFAですが、中小企業M&A(M&A対象が中小企業であり、売買額1~10億円程度の規模のM&A)では、M&A仲介が圧倒的シェアを確保しています。

きちんとした統計があるわけではないのですが、私の現場の肌感覚からすると、M&A取引の規模によって概ね以下のような棲み分けがあるように思います。

  • 売買規模20億円を超えるM&AはFAが捌くことが圧倒的に多い
  • 1~10億円強程度の「中小企業M&A」はM&A仲介の独壇場
  • 1億円以下の案件(スモールM&A)は、ネットのマッチングサイトが中心になる

なお、10~20億円の規模感は、仲介とFAが入り混じる激戦区といったところです(下図)

中小企業案件がM&A仲介の主戦場

M&A仲介が中小企業M&Aに強い2つの理由

中小企業M&Aの規模感でM&A仲介が先行している理由は、主に以下の2つと考えられます。

  • 中小企業ではM&Aに馴染みのない経営者が多く、FAの存在を知らないまま、税理士の紹介や広告で出会った仲介とそのまま契約してしまうことが多い。
  • 中小企業M&Aの規模感では「片手」のFA業では割に合わないことが多く、大型M&Aも捌ける優秀なFAほど中小企業案件に積極的ではない。

また、大手仲介会社のような広範な買い手候補データベースを持っているFAは恐らくいないので、マッチングが重要な中小企業M&Aに強みが適合しているということもあるかもしれません。

なお、両手の仲介も1億円を切る案件ではさすがに利益率が悪くなってくるため、いわゆるスモールM&Aの場合には、インターネット上のマッチングプラットフォームが活躍することになります。

M&A仲介とFAの違いは別記事で詳細に解説!

M&A仲介とFAの違いについては、上記の定義的な違い以外にも、現場レベルでは様々な実態の違いが存在しています。詳しくは以下の別記事で紹介していますので、興味のある方はぜひご覧ください。

▶仲介とFAの違いを現場目線で徹底解説!選択のポイントはコレ!

M&A仲介業が急激に成長している3つの背景

M&A仲介大手3社の急成長ぶりの背景として、M&A市場が近年急激に拡大しています。特にM&A仲介の得意領域である「中小企業M&A」が急速な広がりを見せているのです。

たとえば2019年は3年連続で過去最高の案件数を記録しました(下図/レコフデータ調べ〔外部〕)。

M&A市場は急拡大中

このような市場成長の主な要因として、以下の3つの背景が指摘できます。

  • 2019年まで好景気が続いていたこと
  • 中小企業の「後継者不足」が喫緊の課題であること
  • 事業を売ることへの抵抗感が薄れてきていること

以下ではそれぞれの背景を簡単に解説しましょう。

背景1.2019年までの好景気が買い手の買収意欲を刺激していた

2020年以降はどうなるかわかりませんが、2013年ごろから2019年までは、何度か波はあれども全体的には明らかに好景気でした。

景気が良いと財布の紐が緩むのは個人も企業も一緒です。気に入った会社が「売り」に出ていたら、高値を出しても買い取りたいという買い手企業が多かったのです。

相場が上がれば、当然売る気が高まる売り手も増えますので、売りニーズも買いニーズも活況でした。

2020年はコロナウィルスによって一気に先行き不安な経済情勢になりましたので、今後は流れが変わるかもしれません。ただし、将来不安から売りニーズはかえって高まっているところもあるので、底堅く推移する可能性も残っています。

不景気時のM&Aについては別記事で詳しく解説

突然訪れた不況に対してM&A市場はどうなるかは不透明ですが、別記事で予測を紹介しています。リーマンショックや東日本大震災のデータも比較しながら解説していますので、ぜひ参考にしてみてください。

▶不況時のM&A市場解説!不景気の会社売却の判断基準と高く売るコツ

背景2.M&Aが中小企業の「社長の後継者不足」の解決策になる

日本の中小企業は現在、深刻な「社長の後継者不足」という問題を抱えています。この解決策の1つとして、M&Aで第三者に事業を引き継いでもらうという選択肢(事業承継M&A)がクローズアップされています。

2018年の統計ですが、中小企業の「社長」の6割近くは60歳以上であり、3割近くが70歳以上です(下図)。

社長の6割近くは60歳以上

これはつまり、10年程度のうちに経営者の交代(事業承継)が必要な会社が6割近くあるということです。しかし、これらの会社の3~4割は「後継者が未定」という問題を抱えています(下図)。

3~4割は後継者問題を抱えている

かつては親の家業を息子が継ぐのが当たり前でしたが、今は必ずしもそういう選択をする人ばかりではありません。本人が大手企業で安定して働いているの場合、中小企業経営にまったく興味がない、というケースも少なくありません。

このように、「後継者を決めなければならないが、適切な人材がいない」という会社の多くが、別の会社に経営を引き継いでもらうという目的で、M&Aを選択しているのです。

背景3.事業を売ることへの抵抗感が薄れてきた

3つめの理由は社会の変化として、「事業を他人に売る」ということへの抵抗感が薄れてきたということが挙げられます。

少し前までは、会社を売るということは「身売り」などと呼ばれ、資金繰りに窮して泣く泣く手放すというマイナスイメージが付きまといました。そのようなイメージは今も多少はありますが、以前に比べてだいぶ和らいでいるのではないでしょうか。

特に、若い経営者の中には「会社を高く売って一財を成す」ということに憧れを抱いている人も多く、創業の時点で将来売ることを目標にしている人までいます。

このような社会的な空気の変化も、M&Aというものをぐっと身近な選択肢にしていると言えるでしょう。

マイナスイメージは多少残っているので注意

とはいえ、M&Aに対するマイナスイメージを持っている人が完全にいなくなったわけではなく、今でも会社を売った人からは「それなりに周りから冷ややかな目で見られた」という声が聞かれます。

これだけは他人がどう思うかということなので気にしても仕方がないのですが、会社を売る際は少しだけ覚悟しておきましょう。

このような会社を売った後も含めた経験談について、弊社がお手伝いさせていただいた株式会社湯佐和の湯澤剛社長にインタビューさせていただいています。かなり生々しい中小企業M&Aの実態が垣間見えるインタビューですので、これからM&Aしようという方はぜひご一読ください。

▶【事例】40億の借金を返した経営者は、なぜ会社を売ったのか?湯澤剛氏が語る事業承継M&Aの苦悩と後悔

アコギなM&A仲介業者が増えまくっている業界のウラ側

上述のとおり、中小企業のM&Aニーズは急速に高まっており、M&A市場は急拡大しています。景気動向の影響は受けると思いますが、M&A仲介業は今後も引き続きの伸びが期待できる「成長産業」です。

そんな成長性に注目して、様々な新規参入業者が殺到していますし、大手仲介会社にも未経験者の転職が増えています。

このような業界の宿命かもしれませんが、現場レベルではかなりアコギな営業合戦が繰り広げられており、何も知らない多くの中小企業経営者がカモにされているのも事実です。

この章では、

  • アコギなM&A業者が跋扈するM&A仲介業界の構造問題
  • 悪質な業者に引っ掛からないための自己防衛策

についてご紹介しましょう。

M&A仲介には、資格も免許も初期投資も必要ない

驚かれる方も多いのですが、M&A仲介業を始めるうえで必要な資格や免許、許認可といったものは一切ありません。中学生が突然始めても、法的には何の問題もないのがM&A仲介業です。

オマケに初期投資もほとんどありませんので、M&Aなんてものにはまったく経験のない人間が、「すごく儲かる成長産業」という噂を聞きつけ、試しに「チャレンジ」してみるという事例が非常に増えています

新規参入組の中には非常に優秀な方もおり、悪いことばかりではないのですが、全体的には明らかにそうでない方のほうが圧倒的多数です。少し人脈があれば簡単に始めることができて、舌先三寸で大金が手に入るチャンスと考え、一獲千金を夢見て参入してくるペテン師のような人間は後を絶ちません。

M&Aの民間資格を名刺に書いていると、業界内でバカにされる

上述のとおりM&A仲介に資格は必要ありません。たまに「M&Aナントカ協会認定アドバイザー」とか「事業承継とかのエキスパート」といった資格を名刺に書いている人がいますが、なんというか業界人からすれば、未熟者であると公言しているようなものです。

実際のところ、優秀な仲介業者でそんな資格を高らかにアピールしている人は、私は見たことがありません。知り合いの中には合格者もいるらしいのですが、恥ずかしいからなるべく名乗らないようです。

M&A資格について、詳しくは以下の記事で現場実務レベルの解説をしていますので、興味のある方はぜひご覧ください。

▶名刺に書くとバカにされる!M&Aの資格が全然信用されないワケ

未熟な業者でもなんとかなってしまう3つの構造問題

このような未熟な業者が成り立ってしまう理由として、この業界の構造問題が挙げられます。具体的には、以下の3つの問題からです。

  • お客も初心者だから、未熟な腕でも誤魔化せる
  • 基本的には専任契約だから、契約したら売り手は逃げられない
  • 優良案件なら買い手のペースで進めてもらえる

以下、解説を加えていきましょう。

構造問題1.お客も初心者だから、未熟な腕でも誤魔化せる

このような未熟な新規参入業者が成り立っている大きな理由は、依頼者である売り手にとっても初めてのM&Aであることが挙げられます。

ほとんどの売り手にとって、M&Aは人生で最初で最後の取引です。2回3回とやってみれば、良し悪しが極端な業者の腕はだんだんと見抜けるようになりますが、初めてでは業者の腕を評価することはなかなかできません。

特にM&A仲介は銀行や税理士などの紹介で決まることが多く、そのようなルートでの顧客はもはや「いいなり」です。

紹介のウラには多額のバックマージンが存在する

当たり前の話ですが、銀行や税理士にM&A仲介業者を紹介してもらった場合、その仲介業者から銀行・税理士に対してバックマージン(紹介手数料)が支払われます。

銀行マンも税理士も、ほとんどの人はM&A仲介の良し悪しなんて評価できませんから、単にバックマージンの額が高い業者を紹介します。要するに、

  • 品質向上よりもバックマージン率に予算を割く業者が紹介されやすい
  • 手数料が安い業者より、高い業者が紹介されやすい(バックマージン額が大きいため)

という問題をはらんでいます。

仲介業者を探すときに、詳しそうな人に紹介してもらうことは悪いことではないのですが、上記のような問題点を考慮して、必ず複数の業者を比較して選びましょう。紹介されたら断れない間柄の相手には、紹介を頼まないほうが身のためです。

紹介手数料の仕組みや注意点については、以下の記事で詳しく解説しています。

▶オススメなんてカネ次第?M&Aのウラで動く【紹介手数料】の話

構造問題2.基本的には専任契約だから、契約したら逃げられない

M&A仲介の多くが、専任契約(独占契約)を契約条件に加えています。これは、「その仲介会社との契約期間中は、他の仲介会社とは契約できない」という条項です。

このような契約条項は、成功報酬に依存するM&A仲介業者の立場からすれば正当な要求だとは思うのですが、「一度契約したら他社に切り替えられない」という制約にもなってしまいます。

つまり、仲介業者は一度依頼者に判子を押させれば、他社と比較される恐れはなくなります。入り口だけ舌先三寸でその気にさせてしまえば、もはやライバルは存在しないということです。

なお、売り手が特定の仲介業者と専任契約を結んでいる以上、買い手にとって業者の選択権はありません。その業者と契約を結ぶか、またはM&A自体を諦めるかだけです。

専任契約の功罪や契約解除の方法については別記事で解説

専任契約の必要性や危険性、実際に契約解除をした事例などについて、以下の記事でより詳しく解説しています。お困りの際はぜひご一読ください。

▶M&Aの専任アドバイザリー契約の功罪と契約解除に持ち込んだ3事例

構造問題3.優良案件なら買い手のペースで進めてもらえる

なお、買い手が殺到するような優良案件を専任契約で囲い込んだ場合、M&Aを「成立」まで持っていくことは、まったく難しくありません。

「ぜひ買収したい!」という買い手さえ見つけることができれば、どんなに仲介業者が未熟でも、買い手が代わりにキャスティングボードを握ってM&A交渉を進めてくれるからです。

買い手に支配されたM&A交渉で売り手が得をすることはまずないのですが、「中立の立場」である仲介業者にとっては売り手が損をしようが得をしようが関係なく、M&A案件が「成立」さえすれば大金が手に入ります。

これが、異業種からの未熟な業者でもクチさえ上手ければやっていける背景となっています。

「仕入の商売」と呼ばれるM&A仲介のビジネスモデル

M&A仲介のビジネスモデルは、よく「仕入の商売」と表現されます。

これは、「優良な売り案件を捕まえられれば苦労なく稼げるし、売れない案件は頑張ってもなかなか稼げない」という事情から来ています。

したがって、「どうやって優良な売り案件を捕まえるか?」が重要であり、「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」とばかりに必死で案件を掻き集めている業者も少なくありません。

詳しくは以下の記事で解説しています。そのまま初心者である売り手に対するアコギなセールスの手口にもつながっていますので、売り手の方もぜひご一読ください。

▶業者に騙される前に知っておきたいM&A仲介のビジネスモデル

嘘も方便?!実際にいるアコギなM&A仲介業者

上記のような構造問題の結果、M&A仲介業界にはペテン師のようなアコギな業者が随分と増えてしまいました(元々結構いましたが、ますます割合が増えたように感じます)。

元々M&Aというのは嘘をつくことの多い商売です。売りに出ている会社を訪問するときに、受付の人に「御社の売却について社長と話し合いに来ました、M&A〇〇株式会社の〇〇です」と素直に名乗るわけにもいかないので、日常的に嘘が必要になる機会は多いのです。

それによって心理的ハードルが下がっているのでしょうか。顧客に対して当たり前のように嘘をつく業者が異様に多いと感じます。

よく見かけるアコギな手法「でっち上げ」

アコギな営業手法で特に多いのが、売り手に対して「御社をぜひとも買収(または資本提携)したいという会社が具体的にあります」などといったダイレクトメールを送る手口です。

多くの方がお気づきのとおり、本当はそんな会社はありません。そんな会社があれば仲介業者なんかではなく、銀行など信用力の高い人を介して、郵便ではなく対面で提案します(会社HPのお問合せフォームなんて論外です)。

大半の方はこんなものには引っ掛かりません。しかし大量に送っていきますので、後継者不足に深刻に悩んでいる経営者がたまに反応するわけです。そこから話を膨らませて専任契約に判子を押させるわけです(下図)。

買い手企業のでっち上げをするM&A仲介業者も少なくない

もっとも、この方法でM&Aが「成立」まで進むことは決して多くありません。大抵の場合、途中で売り手・買い手が違和感を覚え、破談になります(下図)。

でっち上げは大抵破談に終わる

仲介としても残念な結果ですが、そもそもダメモトで始まったM&A案件です。売り手と買い手の仲がギクシャクしますが、それは仲介にとっては関係のないことです。だから、懲りずにまた別の売り手に同じようなDMを送ります。

大変残念なことですが、このようなアコギな営業がまかり通っているのがM&A仲介業の現状です。

身に覚えのある経営者は別記事をご一読ください。

もし今M&A案件を進行中で、上記の話に身に覚えがある場合は、ぜひ以下の記事をご一読ください。対処方法も紹介しています。

▶買い手の買収意図や意欲に不信を感じたら疑うべきM&Aのウラ側

「売れない会社」の烙印を押されたら放っておかれる

なお、「そんなでっち上げで専任契約を結んでも、実際に買い手を探さなければならないから、仲介が苦労するだけでは?」と思われる方も多いかもしれません。しかし、そこはうまくコストを節約しています。

仮に専任契約期間が何年残っていたとしても、M&A仲介が「この会社は買い手が見つかりそうにないな」と思ったら、もうその仲介は何もしなくなります。買い手探しを頑張れば頑張るほど赤字になるリスクが高いので、放っておくことがもっとも合理的な経営判断です。

この場合、売り手から契約解除の申し出がない限り、途中で契約を切るということもないでしょう。「在庫案件」としてデータベースに記録しておくのはタダですし、たまたま偶然買い手が現れたらラッキーぐらいでキープしておくことになります。

放っておかれる売り手からすればたまったものではないのですが、これが中小企業M&Aの現場で当たり前のように起きている現実です。

半年経っても音沙汰がなければ、放っておかれている可能性が大

多くのM&A仲介業者さんが言うには、だいたい3~4カ月本気で動けば、売れるか売れないかがわかるそうです。売れる会社はその間に好反応が得られるとのことです。

逆に言えば、半年経っても音沙汰がなければ、もう放っておかれている可能性が大でしょう。このぐらいになれば、契約解除を申し出れば応じてもらえることが多いです(売り手が言い出さない限り在庫キープされます)。

ただし、2020年は緊急事態宣言があり、一時的に買い手の反応が一斉になくなった時期が数カ月単位でありました。もう少し長めに待ってあげてもいいかもしれません。

M&A仲介業者選びは複数業者を比較して慎重に行おう

M&A仲介は以上のようなことが当たり前にあるアコギな業界ですが、売り手自身で広範な買い手探しが自力でできない以上、業者に頼らざるを得ないのが実情です。

仲介業を選ぶときは、必ず「複数の業者を比較する」ということを行いましょう。誰かに紹介してもらうことは決して悪い選択肢ではありませんが、その場合でも必ず複数紹介してもらうなどで比較し、見比べてから選ぶべきです。

2~3社と面談し、ご自身の業界のM&A事情やM&Aについての疑問を質問すれば、その回答の深みの違いに驚かれることと思います。

その上で、

  • M&Aに対する基本的な理解度
  • 自社の業界やビジネスモデルに対する知識・本質的理解
  • 買い手候補とのネットワーク
  • 手数料(比較方法は次章にて解説)
  • 人懐っこさ、人間性、信頼感

を考慮して、最良の1社を選んでください。

以下の記事では適切なM&A仲介業者選びについて基礎から徹底的に解説しています。本記事との重複も多いですが、ぜひ業者選びの前にご一読ください。

▶初心者にオススメなM&A仲介の選び方!大手ランキングや手数料比較

買い手はより多くの仲介業者と付き合おう

売り手の業者選びは慎重に慎重を重ねるべきですが、逆に買い手の方は幅広く仲介業者と付き合いましょう。大手3社には必ず挨拶に行くべきです。

ただし、新興の中小仲介業者からの案件は、反社チェックもロクにしていない怪しい話であることも多く、吟味は慎重に行うべきです。この業界は危険な話が飛び交っているので、仲介がどのようなルートで案件開拓したかはチェックしましょう。

なお、言うまでもないことですが、仲介業者自身が反社会的勢力ではないことは確認してください。これだけアコギな業界ですから、関わってはいけない人間も少なからず入り込んでいます。

M&A仲介の手数料はバラバラなので要注意!

さて、こちらも驚かれる方が多い事実として、M&A仲介業者の手数料は会社ごとに驚くほどバラバラです

以下は上場系の5社の手数料(売り手向け)のうち、「成功報酬」の株式売買額に対する割合を計算したものです。架空のA社、B社、C社の3パターンで計算しました。

上場系M&A仲介5社の成功報酬率の比較

一部大々的に公表されていない条件を用いて計算していますので、ご利用の際は必ず各社にご確認ください。

このように、縦軸で比較しても横軸で比較してもバラバラです。さらに後述する着手金や中間報酬などの有無もありますので、M&A仲介の手数料は千差万別と言えるでしょう。

この章では、

  • M&A仲介の手数料体系
  • 業界標準とされるレーマン方式と各社バラバラなその運用
  • M&A仲介の手数料を比較するコツ

について解説していきます。

上記5社の成功報酬を簡単に計算・比較できるExcelシートを配布中

当サイトでは、上記の上場系仲介会社5社の成功報酬を簡単に計算・比較できるExcelシートを作成し、無料で配布しています。以下のページからダウンロードできますので、ぜひ一度自社のケースにおける手数料を計算してみましょう。

▶M&Aの手数料相場一覧!大手仲介5社の金額が計算できるシート付

M&A仲介の基本的な手数料体系

ほとんどの仲介会社は、以下の4つの手数料体系のうち1つまたは複数を組み合わせて設計しています。

手数料の種類 概要
着手金 M&Aプロセスを開始する際の着手金。
100万円+税の設定が多いが、200万円以上になることも。
月額報酬(リテーナーフィー) 一定の契約期間中、毎月支払う手数料。
月額20~50万円+税の設定が多い。
中間報酬(中間時金) M&Aプロセスがある程度進行(基本合意のことが多い)した際に支払う手数料。
成功報酬の内金として10%か20%が多い。
成功報酬 M&A案件が「成立」した際に支払う成功報酬。
後述のとおり仲介業者・案件ごとにバラバラ。
多くの場合この費用が全体の9割以上を占める。

なお、大手3社の手数料体系は以下のとおりです。

M&A仲介の大手3社の手数料体系

このうち、ほぼすべてのケースで、成功報酬が手数料全体の9割以上を占めています。

㈱ストライクに報酬体系変更あり

2021年7月11日より、ストライクの着手金が廃止され、中間報酬に移行するとのことです(参照:日経新聞7月5日付)。詳細判明次第更新します。

成功報酬は「レーマン方式」で計算する

M&A仲介の手数料の大半は成功報酬なのですが、この成功報酬の計算には「レーマン方式」という特殊な計算式が使われることが多いです。これはM&A業界特有の手数料計算方法です。

「レーマン方式」を簡単に言うと、「取引の規模」に対して段階的な料率表を適用することで、成功報酬の額を計算する方法です(下図)。

レーマン方式の仕組み

たとえば取引規模が13億円のM&Aが成立した場合、下図のように5,400万円+税の成功報酬となります。

レーマン方式の計算例

 

ただし、上述のように実際計算すると成功報酬額はかなりバラバラになってしまいます。その要因は以下の3つです。

  • 「取引規模」の考え方が各社でバラバラ
  • 各社下限値となる「最低報酬額」を設けているが、その金額がバラバラ
  • レーマン方式の料率や段階を変えている仲介業者も多い

このように同じ「レーマン方式」を名乗っていても、実際は業界標準なんて存在しないというのがM&A仲介の手数料です。

レーマン方式についてはYouTube動画または別記事で詳しく解説

仲介各社を比較する上で厄介なレーマン方式については、動画で解説したほうがわかりやすいと思いますので、以下のYouTube動画を作成しました。より詳しく知りたいという方は、ぜひご視聴ください。

なお、動画を視聴できない環境の方は、以下の記事で詳しく解説していますので、こちらをご覧ください。

▶レーマン方式とは?報酬計算の仕組みと早見表、危険な注意点も解説

M&A仲介の手数料は3つのシナリオで問合せよう

レーマン方式は上記のとおり複雑であり、条件次第でバラバラな計算結果になりますので、慣れないうちは計算ミスをしてしまうことが多々あります。

そこで、仲介会社の手数料を確認・比較するときは、「当社の場合はいくらぐらいの手数料になるの?」と直接問い合わせたほうが確実でしょう。

なお、案件中止の場合でも一度払った着手金や中間報酬は返ってきませんので、途中破談のケースも含めて質問しましょう。

  • 契約後4カ月で基本合意し、その後3カ月で、〇億円でM&Aが成立
  • 契約後4カ月で〇億円を目安に基本合意したが、3カ月後に破談
  • 買い手探しを6カ月間してもらったが、基本合意に至らず

※価格はプラスマイナス20%ぐらいで3種類試算してもらいましょう。

複数の仲介会社の手数料を比較する場合は、以下のような一覧表を作ると比較しやすくなります。

M&A手数料の比較表

比較方法についてより詳しくは、上述した「M&Aの手数料相場一覧!大手仲介5社の金額が計算できるシート付」の記事で解説していますので、併せてご覧ください。

高年収!激務!超成果主義のM&A仲介アドバイザー

最後に、M&A仲介業に従事する人々について触れておきましょう。

有名な話ですが、M&A仲介アドバイザー(M&A仲介会社の社員)は超が付くほど高収入です。以下は大手3社の従業員(役員ではない人々)の平均給与、平均年齢、平均勤続年数の比較です。

M&A仲介大手3社の平均年収、平均年齢、平均勤続年数の比較 2020年12月28日版

上場会社の年収ランキングで毎年1位を争っているM&Aキャピタルパートナーズを筆頭に、実に壮観な数字が並んでいます。

一方で、平均勤続年数が異様に短いことも目立ちます。

以下では、このようなM&A仲介アドバイザーの働き方についてご紹介しましょう。

M&A仲介の年収はランキングの上位常連!

東洋経済オンライン[外部]が、毎年すべての上場企業の平均年収を集計してランキングを公表しているのですが、M&A仲介の大手3社は毎回上位にランクインしています(下図)。

M&A仲介の年収はランキング上位の常連

特にM&Aキャピタルパートナーズは近年第1位を取ることが非常に多く、平均年齢の若さもあって非常に目立つ存在となっています。他の2社も上位の常連です。

高収入で有名になると、ペテン師の流入も増える

このような目立ち方によって、優秀な人材がM&A仲介業界で品質を競い合ってくれるのは大きなメリットでしょう。一方で、

  • M&A仲介が儲かると聞きつけて全然ノウハウがない新規参入業者が増えた
  • 未経験だが舌先三寸にだけは自信があるペテン師まがいの転職流入が増えた

という負の側面も明らかにありますので、良し悪しだと思っています。

数字がすべてのウルトラ成果主義!

なお、よく言われるのですが、M&A仲介は歩合の割合が非常に高い超成果主義の給与体系です。やはり金融業界が根底にあるので、証券会社のように結果がすべて、数字がすべての世界となっています。

たとえば、M&Aキャピタルパートナーズの求人票で、以下のような記載がありました。

【想定給与】月給35万円以上+インセンティブ+決算賞与

インセンティブとは成果歩合給のことです。月給35万円では12カ月で420万円にしかならないので、如何に成果歩合の割合が大きいかが想像できるでしょう

数字さえ上げればそれに見合うリターンが約束されているのが、M&A仲介業の魅力であり恐ろしさと言えます。

異様に短い平均勤続年数とその理由

このような、(営業的な意味での)実力さえあれば魅力的な職場であるM&A仲介会社ですが、平均勤続年数は2~4年程度と、異様に短いことが気になります。

この背景として、

  • 業界自体が若く、大ベテランが少ない
  • 各社とも近年採用を急激に拡大させている

という理由もありますが、

  • ノルマが厳しく、結果が残せない人は長く勤められない
  • 激務の上にアコギな駆け引きも求められ、嫌になって辞める人も多い

という事情も明らかに存在しています。

私自身、数字を作れなかったことで辞めさせられたり、事務職に配置転換させられたりした人は何人も知っています(素行が悪すぎてクビになった人もいますが)。

如何せん激しい競争とノルマの世界ですので、転職をお考えの方は相応の覚悟を持っていただきたいと思います。

利用する際は「ノルマの圧力」に気を付けよう

M&A仲介の働き方は大手から中小まで大なり小なりこんな感じですので、彼らと契約する売り手・買い手は、彼らが「数字を作らなければならない圧力を常に受けている」ということを意識して利用しましょう。

M&A仲介が目指しているのは、M&Aの「成功」ではなく「成立」です。M&A契約が成立さえしてくれれば、売り手や買い手が損をしようが得をしようが、商売的には問題ありません。そのため、交渉の大詰めでは何が何でもM&Aを成立させるために、様々な説得をしてきます。時にはアコギな誘導や、あからさまな嘘も口にするでしょう。

彼らはそうせざるを得ない状況で働いていますし、そもそも仲介とはそういう契約を結んでいるわけですから、文句を言っても仕方がありません。大事なことは、賢い顧客として、彼らに利用されることなく、彼らの力を正しく利用することです

M&A仲介の危険性を頭に入れ、一定の警戒感を持ち続けていれば、きっと頼もしい業者になるでしょう。

おわりに

今回は、M&A仲介業の基本から裏側まで、様々な角度から解説させていただきました。重要なポイントをおさらいすると以下のとおりです。

  • M&A仲介とは、売り手と買い手をマッチングし、会社や事業の売買「成立」を目指す業者のこと。
  • M&A仲介の大手は日本M&Aセンター、M&Aキャピタルパートナーズ、ストライクの3社。いずれも非常に高い成長性と利益率を誇る。
  • M&A仲介の特徴は「中立の立場」と「両手の手数料」。この高利益率モデルで中小企業M&Aの主流となっている。
  • M&A仲介のビジネスモデルが抱える構造問題により、アコギな業者が急増中。仲介業者選びは複数社を比較して慎重に行おう。
  • M&A仲介業者の手数料は各社非常にバラバラ。計算は複雑なので、問い合わせて確認・比較することがオススメ。
  • M&A仲介アドバイザーは高収入だが、数字がすべてのシビアな世界。利用する際は「ノルマの圧力」に十分注意しよう。

M&A仲介業は中小企業の後継者問題に対して非常に重要な役割を果たしますが、色々問題があるのも事実です。決して全面的に信頼しすぎることなく、良し悪しを意識して賢く利用しましょう。

]]>
https://str.co.jp/merger-and-acquisition/detailed-explanation-of-ma-brokerage-business/feed 0
データで比較!大手M&A仲介3社の実績や特徴、手数料【2020年12月更新】 https://str.co.jp/merger-and-acquisition/comparison-of-the-three-leading-ma-brokerage-firms https://str.co.jp/merger-and-acquisition/comparison-of-the-three-leading-ma-brokerage-firms#respond Wed, 10 Jun 2020 08:08:53 +0000 https://str.co.jp/?p=8614

最終更新情報

2020年12月21日にM&Aキャピタルパートナーズの有価証券報告書が公表されましたので、年収情報や費用分析を更新しました。

近年M&A仲介業がとても注目されています。高い成長率、ランキングの上位常連となった高年収、驚異的な利益率など、世の中全体の脚光を浴びています。

そのため、雨後の筍のように新規業者が参入し、中小規模の仲介業者の数はもう誰にもわかりません。

では、そんなM&A仲介業界の大手企業には、どのような会社があるのでしょうか。この記事では、M&A仲介大手3社を公表データから様々な角度で比較しながら、それぞれの特徴を見出していきます。

なお、M&A仲介業で「大手」と言えば、以下の3社を言います。

  • 株式会社日本M&Aセンター
  • M&Aキャピタルパートナーズ株式会社
  • 株式会社ストライク

非上場のM&A仲介の公表情報には嘘が多いのですが、この3社はいずれも上場企業ですので、多くの信頼できるデータが公表されています。

上記3社について、

  • 売上高、成約件数、1件当たり売上高
  • 営業利益、経常利益、主要な発生コスト、紹介料の水準
  • 平均年収、平均年齢、勤続年数、人員推移、1人当たりの売上高と成約件数
  • 手数料体系、成功報酬計算、最低報酬額

を比較していきましょう。

なお、ご参考までに、私が各仲介業者さんとお仕事させていただいた中での個人的な印象や、大手仲介業者を使うことのメリットデメリットを(怒られない範囲内で)ご紹介していきます。ぜひ併せて参考にしてください。

それでは見ていきましょう。

M&A成功のコツがわかる本 M&A成功のコツがわかる本

M&A仲介会社で「大手」と呼ばれるのはこの3社だけ

M&A仲介業者は近年爆発的に増えており、まさに「掃いて捨てるほど」存在していますが、2020年現在、(自称以外で)「大手」と呼ばれるのは3社だけです。

  • 株式会社日本M&Aセンター
  • M&Aキャピタルパートナーズ株式会社
  • 株式会社ストライク

まずは各社を簡単に紹介していきましょう。

第1位.日本M&Aセンター

会社名 株式会社日本M&Aセンター
設立 1991年4月
代表者 分林 保弘
三宅 卓
上場市場 東証1部(2127)

日本の中小企業M&Aのパイオニア企業で、今も最大手として君臨する巨人です。

それまでのM&A業者(FA)は、利益効率の低い中小企業案件には見向きもしませんでしたが、この会社が「両手仲介」という高収益ビジネスモデルで急拡大し、中小企業にもM&Aという選択肢を一気に広めた印象があります。

また、金融機関との社員相互出向による人的関係の構築や、地域の会計事務所に「〇〇M&Aセンター」を名乗ってもらい、高額な紹介手数料と引き換えに中小規模の案件が集まる仕組みを作り上げたのも、この会社です。

社員には重いノルマの代わりに高い成果給を出していることでも有名で、いろいろな業界から「元気いっぱい」な営業マンを集めています。社内競争も激しく、ガッツリ稼げる人とすぐに辞めてしまう人に分かれると聞きます。

大手3社はいずれも素晴らしい「買い手候補データベース」をお持ちですが、やはり最大手の強みとして、特に広範なデータベースをお持ちだと感じます。他社に比べると、中堅・中小クラスの買い手候補に厚みを持っていると感じられます。

手数料が高いことでも有名でしたが、最近では小規模事業者向けには子会社の「バトンズ」というサービスを提供しています。

第2位.M&Aキャピタルパートナーズ

会社名 M&Aキャピタルパートナーズ株式会社
設立 2005年10月
代表者 中村 悟
上場市場 東証1部(6080)

業界第2位は、M&Aキャピタルパートナーズです。公式の略称は「MA-CP」。

積水ハウスのエンジニアが立ち上げた会社で、2010年ごろの調剤薬局M&Aブームで急激に成長しました。

高収入なことでも有名で、東洋経済が毎年公表している「上場会社年収ランキング」では、毎年1位2位を争います。意外と営業は他2社よりおとなしい感じで、代わりに頭の良い方が多い印象があります(制度が難解な調剤薬局をガツガツ捌けていただけのことはあります)。

ただ、他社と同様に年収に見合わない方は長く勤められないようで、平均勤続年数は短いです。

なお、2016年にはM&Aセンターと並ぶ仲介業のパイオニアであった「レコフ」を買収し、子会社化しています。

そのこともあってか大型案件に強く、ファンドとのコネクションが他2社より強いイメージがあります(ファンド専門部隊をお持ちのようです)。

第3位.ストライク

会社名 株式会社ストライク
設立 1997年7月
代表者 荒井 邦彦
上場市場 東証1部(6196)

公認会計士・荒井邦彦氏が創業した会社です。

M&A業界ではいち早く、1999年にネット上のマッチングシステムであるM&A市場SMARTを開設。その後上位2社の後を追う形で2016年に上場しました。

検索をするとたまに出てくる「M&A Online」はこの会社の情報発信メディアです。

個人的な印象ですが、上場以来「M&Aセンター的な」営業戦略に力を入れられているように感じます。特に地方金融機関との連携が強く、地銀の融資提案とセットで買い手に案件を売り込むといった動きも見られます。

数値を交えて後述しますが、上位2社に比べると比較的小ぶりな案件の扱いが多いようです。

なお、弊社(㈱STRコンサルティング)と名前が似ていると感じられる方もいらっしゃるようですが、一切関係はございません(先方もご迷惑でしょう・・・)。

売上高・取り扱い件数は日本M&Aセンターがダントツ!

では、いよいよデータから3社を比較していきましょう。

まず、売上高や年間の取り扱い件数(成約組数)は、日本M&Aセンターがダントツの実績を誇っています(下図)。

M&A仲介大手3社の売上高と成約数の比較2020年11月

業界1位の日本M&Aセンターは、売上高ではM&Aキャピタルパートナーズの2倍以上、ストライクの3倍以上を誇ります。

案件数としても群を抜いていて、M&Aキャピタルの3倍以上となっています。まさにリーディングカンパニーと言えるでしょう。

日本M&Aセンターは売上高の伸びも強力

直近5期の売上高を比較してみると、日本M&Aセンターが群を抜いて伸びていることがわかります(下図)。

M&A仲介大手3社の売上高5期比較2020年11月

このグラフからも、M&Aセンターが長期的に絶対王者であることがわかります。M&A仲介業に法規制が入るなど、業界構造が激変しない限り、当分の間はこの地位は揺るがないでしょう。

なお、下図は「4期前」を1とした場合の各期の売上高指数です。こうしてみると、「伸び率」自体はM&Aキャピタルパートナーズのほうが高いです(それでもセンターも2倍以上ですが)。

M&A仲介大手3社の売上高の伸び率の比較2020年11月

ただし、このような計算は圧倒的1位が低く出がちなので、ご参考まで。

1件当たりの売上高はM&Aキャピタルパートナーズが勝っている

なお、売上高を年間成約件数で割り算した「1件当たりの売上高」は、M&Aキャピタルパートナーズが一番高額になっています(下図)。

M&A仲介大手3社の1件あたり売上高の比較-2020年11月

後述しますが、M&Aキャピタルパートナーズが採用している手数料体系では、日本M&Aセンターよりも安い手数料になるはずです。にもかかわらず1件当たりの売上高が大きいということは、ずっとサイズの大きいM&A案件が多いということでしょう。

ストライクの平均値は少ないですが、こちらは最低報酬(後述)が他2社より低いことも影響しているものと思われます。

利益率はM&Aキャピタルパートナーズがトップ

次に、営業利益や経常利益を比較してみましょう(下図)。

M&A仲介大手3社の営業利益と経常利益の比較2020年11月

各社40%以上と、見事な利益率を叩き出しています。最新期はM&Aキャピタルパートナーズの減収減益により、金額・比率ともにM&Aセンターがトップとなりました。

また、各社借入金がゼロまたは少額のため、営業利益と経常利益がほぼ同額となっています。

営業費用の大半は人件費と案件紹介料

営業利益率が40-45%程度ということは、売上高の55-60%は営業費用ということになります。この営業費用のうち、60-70%程度が「人件費」と「案件紹介料・外注費」で占められています(下図)。

M&A仲介大手3社の営業費用の比較2020年12月28日版

いわゆる原価のない労働集約型ビジネスですので、人件費がコストの中心になるのは当然かもしれませんが、案件紹介料や外注費の割合が大きいのはこのビジネスの大きな特徴でしょう。

あとは、営業競争が厳しい業界のため広告宣伝費、各社超一等地に事務所を構えているため地代家賃が高いです。

案件紹介料とは、紹介者に払うバックマージンのこと

金融機関や顧問税理士にM&Aを相談すると、仲介業者を紹介してくれることがあります。その案件が成立すると、仲介業者から紹介者(金融機関や顧問税理士)にバックマージンが支払われます。これが案件紹介料(紹介手数料)です。

このバックマージンの仕組みや功罪については、「オススメなんてカネ次第?M&Aのウラで動く【紹介手数料】の話」という記事で詳しく解説していますので、ぜひ併せてご覧ください。

紹介料を大きく使うM&Aセンター、比較的使わないM&Aキャピタル

案件紹介料・外注費の売上高に対する割合を見てみると、各社の営業スタンスが見えてきます。

日本M&Aセンターは紹介料をバンバン出している印象を受ける一方、M&Aキャピタルパートナーズは比較的少ない割合に抑えているようです(下図/科目内容の詳細は読み取れないため、大まかな傾向を掴むイメージでご覧ください)。

M&A仲介大手3社の案件紹介料・外注費の比較2020年12月28日版

やはり紹介料の活用で成長してきた日本M&Aセンターが、対売上高でも一番多く使っていることがわかります。

M&Aキャピタルパートナーズは、割合ではM&Aセンターの半分以下と、意外と使っていない(紹介による案件開拓の割合が低い)ようです。この辺が営業スタンスが出てくるところでしょうか。

ストライクはちょうどその中間です。それでも売上高の1割以上は出しています。

社員は総じて若く高年収!ただし勤続年数は短い…

M&A仲介業は高年収で有名です。各社が公表している平均年収や平均年齢、平均勤続年数は以下のとおりです(下図)。

M&A仲介大手3社の平均年収、平均年齢、平均勤続年数の比較 2020年12月28日版

M&A未経験でも一獲千金を夢見て転職者が殺到する理由がよくわかります。

ただ、平均勤続年数は総じて短いです。これはたとえば以下の理由によるようです。

  • 業界自体が若く、大ベテランが少ない
  • 各社とも近年採用を急激に拡大させている
  • ノルマが厳しく、結果が残せない人は長く勤められない
  • 激務の上にアコギな駆け引きも求められ、嫌になって辞める人も多い

給与の大半は成果歩合

なお、平均給与は高いですが、その大半は成果歩合(インセンティブ)で構成されています。

とにかく結果がすべて、数字がすべてという世界ですので、結果を出せない限りは特別年収が高い会社ということにはならないでしょう。

もっとも、数字を出せない人は、そもそも職にとどまることができないのが現実ですが。。

従業員数も各社急拡大中!

従業員数の5期比較もしてみましょう。売上高同様に、各社力強く伸びています(下図)。

M&A仲介大手3社の従業員の推移2020年11月

さらに、「4期前」を1としたときの増加率は以下のとおりです。売上高と比較すると、ストライクの直近の伸びが目立ちます。

M&A仲介大手3社の従業員の伸び率2020年11月

後述しますが、従業員数の増加は会社の規模拡大や社内競争の激化というメリットがある反面、経験値の浅い社員の割合増加という短期的なデメリットもある点には注意が必要でしょう。

1人当たり売上高はM&Aキャピタルパートナーズ、1人当たり成約案件数はストライクが首位

各社の従業員数と、その平均値で売上高、成約件数を割った「1人当たり売上高、成約件数」は以下のとおりです。

M&A仲介大手3社の従業員1人当たりの売上高と成約数の比較2020年11月

1件当たりの売上高が高いM&Aキャピタルパートナーズが、1人当たり売上高でも最高となりました。平均給与が高いだけあって少数精鋭感が出ていますね。

ただし、この前年のM&Aキャピタルパートナーズの1人当たり売上高は81百万円でしたので、少々落ちている計算になります。

1人当たりの成約件数は思ったより差が出ませんでしたが、ストライクが唯一1件を上回って1位となりました。社員が急増中にも関わらずの快挙ではないでしょうか。

日本M&Aセンターはいずれも1位を取れていませんが、これはM&Aコンサルタント職の割合が他社より少ないことも一因かもしれません。テレアポ部隊など、非コンサルタント部門の割合は各社以下のとおりです。

M&A仲介大手3社のコンサルタント以外の従業員の比較2020年11月

3社の手数料体系を比較しよう

最後に、各社の手数料体系を比較してみましょう(下図)。M&A仲介の大手3社の手数料体系

案件によって変えたりもしているようですが、概ね上記がスタンダードな手数料体系のようです。

着手金は案件サイズによって100~300万円、M&Aキャピタルの中間報酬は成功報酬の10%です(成功報酬の内金として)。

㈱ストライクに報酬体系変更あり

2021年7月11日より、ストライクの着手金が廃止され、中間報酬に移行するとのことです(参照:日経新聞7月5日付)。詳細判明次第更新します。

成功報酬計算はM&Aキャピタルパートナーズが一番安い

なお、成功報酬の計算方法は大きく異なります。いずれも「レーマン方式」という段階的計算式を使用してはいるのですが、その「掛け値(報酬基準額)」が異なっています(下図)。

M&A仲介の大手3社の成功報酬の計算式

たとえば、「負債の額が3億円、純資産2億円の会社の株式が、5億円で売れた場合」で、日本M&AセンターとM&Aキャピタルパートナーズで手数料がいくら変わるかを計算してみましょう(M&Aセンターの着手金は100万円とします)。

M&A仲介会社の手数料の比較

上記のとおり、同じレーマン料率でも、報酬基準額の違いによって1.5倍程度の手数料差が発生します。後述の「最低報酬額」に引っ掛からない限り、原則的にはM&AセンターのほうがM&Aキャピタルよりも報酬は高額になる仕組みです。

手数料計算にこのような差があるにもかかわらず、1件当たり売上高がトップであるM&Aキャピタルパートナーズはすごいと思いますし、それでもダントツの件数を獲得するM&Aセンターの営業力もまた見事と言えるでしょう。

ストライクの報酬計算は非公開だが、定価は以下のとおり

なお、ストライクは詳細な報酬計算をネット上では公表していません。

この点、利用者や関係者に取材させていただいたところ、「定価」としては以下のとおり、売り手と買い手で異なる計算をしているようです。

  • 売り手は「株式額+株主からの借入金」×レーマン
  • 買い手は「株式額+負債総額」×レーマン

※ネットで大々的に公表している情報ではないので、必ず個別の契約書をご確認ください。

売り手の場合は、「株式額+株主からの借入金」×レーマン

まず売り手に対しては、以下の合計値を報酬基準額として、レーマン料率を掛けます。

  • 株式(事業)の譲渡額
  • オーナー(関係者含む)からの借入金

イメージとしては、「対象会社からオーナーが返済してもらう借入金の額だけ、M&Aキャピタルより高くなる」とお考えください。

買い手の場合は、M&Aセンターと同じ「株式額+負債総額」×レーマン

買い手に対しては、M&Aセンターと同じ「株式額+負債総額」による計算になります。

買い手のほうが売り手よりも高い手数料となっています。これは、仲介業者を選ぶ権利は通常は売り手が持っていますので、買い手に対しては言い値でとれるという事情も影響しているのでしょう。

なお、買い手が仲介業者に払う手数料の分だけ、買い手から売り手に払える予算額は減りますので、ある意味では買い手の手数料も売り手が負担している、と考えることもできます。

最低報酬額はM&Aキャピタルパートナーズが一番高い

なお、基本的には3社の中ではM&Aキャピタルパートナーズが一番安いのですが、「最低報酬額」を考慮すると一番高くなることもあり得ます。

最低報酬額(最低保証料)とは、通常の成功報酬計算に関わらず、「どんな小規模な案件でも、成立したら最低この金額はいただきますよ」という下限値です。

この最低報酬額は、各社非公表なのですが、「定価」としては以下のように設定しているようです(あくまで非公表なので、値下げ・値上げの可能性にご留意ください)。

会社 最低報酬額の「定価」
日本M&Aセンター 2,000万円+税
M&Aキャピタルパートナーズ 2,500万円+税
ストライク 売り手 1,000万円+税
買い手 2,000万円+税

この結果、逆にM&Aキャピタルパートナーズが一番高額になることもありえます。たとえば「負債1億円(オーナー借入金なし)の会社の株式が2億円で売れた」という場合、各社以下の手数料になります(ストライクは上記算定式で計算/着手金はいずれも100万円とする)。

最低報酬額を考慮したM&A仲介大手3社の手数料比較

このように、小規模な案件ではM&Aキャピタルパートナーズが一番高くなります。

このような事情からも、1件当たり売上高はM&Aキャピタルが高く、ストライクが低いという理由が見えてくるように思います。

仲介業者に大手を選ぶことのメリットと注意点

最後に、M&A仲介業者選びにお悩みの方に、大手仲介業者を選ぶことのメリットや注意点をご案内しましょう。

各社各様ではありますが、やはり中小仲介業者にはない強みは存在すると思います。

  • 買い手ネットワークは本当に強い
  • 「ちゃんとした売り案件」として扱ってもらえる
  • 資料作りの腕は総じて高い
  • 中小と比べるとコストはかかる
  • 実力は担当者ごとにピンキリなので要注意!
  • ノルマに追われている事実は忘れないように!

買い手ネットワークは本当に強い

中小仲介業者ではなく大手を使うことの最大のメリットは、この買い手ネットワークの強さでしょう。この点は各社とも中小業者とは比べ物になりません。

買収意欲の強い企業というものは、大手3社には必ず挨拶に廻り、買い手データベースに登録してもらっています。

広く買い手を探せるということは、以下のようなメリットがあります。

  • M&Aの成立確率が上がる
  • 最適な後継者に出会える確率が上がる
  • 買い手を競わせることで価格が上がりやすい

この辺は非常に重要なポイントです。M&A仲介選びは複数の業者を比較してほしいですが、その候補のうち1社には大手を入れてみてもいいでしょう。

「ちゃんとした売り案件」として扱ってもらえる

M&Aの世界は胡散臭い話がよく飛び交います。買い手企業も、名前も知らない仲介業者の持ち込み案件はあまり取り合ってくれなかったり、そもそも出入りさせないということもあります。

これは、希望譲渡額が大きくなるほど重要なポイントです。たとえば名前もよく知らない仲介業者が10億円の案件を売りに来ても、ほとんどの買い手は門前払いにするでしょう。

その点、大手3社はいずれも東証1部の大企業ですから、そんな会社の持ち込み案件ならば、胡散臭い案件として扱われることは激減します(ただし、過去に担当者に不快な思いをさせられたため、特定の大手を出禁にしている買い手企業は意外とあります)。

資料作りの腕は総じて良い

M&Aでは、どんな情報を買い手に見せるかによって、価格の付き方や買い手の反応がまったく変わってきます。買い手の勘所を良く抑えた綺麗な資料が作れるかどうかは、M&A仲介の大きな腕の見せ所です。

大手の場合、やはり各社とも資料作りはうまいと感じます。各社とも資料を作る専門部隊を要しているようで、分業によって専門性を高くできているようです。

中小と比べるとコストがかかる

最近は「完全成功報酬制」を謳う仲介業者も増えてきました。大手には完全成功報酬制の会社はありませんので、この点は大手を選ぶデメリットと言えるでしょう。

また、日本M&Aセンターはレーマン方式の成功報酬計算が「株式価値+負債」であること、M&Aキャピタルパートナーズは最低報酬額が高額であることも、大手が敬遠される大きな要因であると感じます。

実力は担当者ごとにピンキリなので要注意!

注意点として、大手だから全員優秀な社員なんだろうと思うのは大きな間違いです。

全体的に、近年は従業員を急増させており、未経験者もガンガン採用しています。新規参入者全員が悪いわけではないのですが、やはり全体のレベル感は落ちていると感じざるを得ません。

実績を挙げられない人は淘汰される仕組みではありますが、やはり担当者によって実力がピンキリであることは注意しておきましょう。

ノルマに追われている事実は忘れないように!

もう1点、彼らが厳しいノルマに追われ、とにかく案件の成立や着手金の収受を優先しがちなことにも気を付けていただきたいと思います。

数字を残せば必ず金銭的に報われ、数字を作れないものは生き残れない厳しい業界ですので、目先の数字のために多少アコギなことをしてしまう人の気持ちもわからないではありません。

もちろんある程度ノルマクリアに余裕があり、本当に真摯なアドバイスをしてくれる人もいますが、それは恵まれた一部の少数派です。

素晴らしい買い手ネットワークの活用など、彼らの利点は非常に大きいのですが、同時に業界特有のリスクにも気を配りましょう。

おわりに

今回は、M&A仲介会社の大手3社について、信頼できる公表情報を元に様々な角度から比較してみました。

大手の注意点には気を付けてほしいですが、実力・実績ともに中小とは次元が違いますので、選択肢の1つとして検討してみてもいいのではないでしょうか。

]]>
https://str.co.jp/merger-and-acquisition/comparison-of-the-three-leading-ma-brokerage-firms/feed 0
EV/EBITDA法のM&A値決めや倍率目安、計算を会計士が解説 https://str.co.jp/merger-and-acquisition/ev-ebitda-method https://str.co.jp/merger-and-acquisition/ev-ebitda-method#respond Wed, 03 Jun 2020 11:56:40 +0000 https://str.co.jp/?p=8450 M&A価格を決めるときに、「どのように値決めをすれば高値づかみせずに買えるか?」は、買い手企業にとってとても悩ましい問題です。どんなに有望な事業を買収しても、投資回収できない額で買ってしまうと大損することになります。

多くの買い手企業が、高値づかみを避けるために、独自の社内ルールを設定しています。中でもよくある社内ルールが、

  • 株式の値段として、純資産+想定営業利益の〇年分までとする(年買法)
  • 事業の値段として、想定EBITDAの〇倍までとする(EV/EBITDA法)
  • 複数の担当者が現場を視察し、協議して価格を決める(実査査定法)

といったところです。

このうち、EV/EBITDA法EBITDA倍率法ともいう)は、上記3つの中では理論な土台がしっかりしており、計算も簡単で腹落ち感も高いため、広く採用されている手法です。

とはいえ、「じゃあ世間のM&Aは何倍で買収額が決まっているんだろう?」と調べてみて、驚いた方も多いでしょう。言っている人ごとにまるでバラバラで、後述する一番信頼できる機関の情報では「2~10倍程度が目安」という「相場」が出ています。

本来はこんなに幅があっては相場どころではありません。でも、実際の現場感覚として、2~10倍というのは「まぁさもありなんという範囲の幅」です。なぜなら、それだけM&Aの値決めは千差万別で、案件によってバラバラだからです。

そこで今回は、

  • 買い手企業で値決めルールづくりに悩んでいる方
  • 買い手がどのように値決めをするか知りたい売り手の方

に向けて、EV/EBITDA法の基礎的な考え方から実際の計算例までわかりやすく解説していきましょう。

  • EV/EBITDA法の活用場面(企業価値評価との違い)
  • M&Aの倍率相場は2~10倍!こんなに幅が生まれるワケ
  • イチから学ぶEV/EBITDA法の基本的な3つの考え方
  • 実際のEV/EBITDA法による値決めの計算11ステップ
  • EV/EBITDA法の3つのメリットと5つの注意点

最後までご覧いただければ、この値決め手法の本質から、間違ってはいけない注意点まで理解した上で、EV/EBITDA法を正しく使いこなせるようになります。ぜひ最後までお付き合いください。

EV/EBITDA法の重要ポイントをYouTube動画でも解説

この記事は広く深くEV/EBITDA法について解説していますが、そのうち特に重要なポイントをYouTube動画にしました。

  • 計算の仕組みをわかりやすく紹介
  • 倍率に「適正水準」なんてない理由
  • 年買法と比較したときの3つの欠点

動画で見たほうがわかりやすい!という声もいただいていますので、ぜひお時間のある方は併せてご覧ください(17分35秒)。

M&Aの価格を決めるEV/EBITDA法の計算や倍率、3つの欠点を公認会計士が解説【動画で学ぶM&A】

M&A成功のコツがわかる本 M&A成功のコツがわかる本

EV/EBITDA法(EBITDA倍率法)とは、ポピュラーな「買収額の上限値」の考え方の1つ

EV/EBITDA法(読み方は「イーブイ・イービッダーほう」または「イーブイ・イービットディーエーほう」)とは、M&Aにおいて買い手が「この会社を買うにはいくらまで出してもいいかな?」を考える際の、もっともポピュラーな考え方の1つです。EBITDA倍率法とも言います。

値決めというのは、売り手が譲渡に同意してくれる価格であれば何でもいいのですが、あまり高く買ってしまうと買収投資額を回収できなくなります(高値づかみ)。そのため多くの買い手が、

どんなに交渉が難航しても、これ以上の額は出してはいけない!

という上限値(撤退ライン)を設けて交渉しますし、これを意識して入札も行います。

EV/EBITDA法は、この上限値設定の考え方の1つです。

日本電産も値決めにEV/EBITDA法を採用している

EV/EBITDA法は、多くの買い手企業に社内ルールとして採用されています。

たとえばM&A巧者として有名な日本電産の場合は、「EV/EBITDA倍率は7倍以内!」という原則ルールがあるようです(参考:日本経済新聞2019年6月11日「ビッグBiz解剖(上)M&A無敗 日本電産の掟〔外部〕」)。

EV/EBITDA倍率については後述しますが、日本電産に限らず本当に多くの買い手が採用している、代表的なプライシング手法なのです。

「事業利益の何倍を事業の値段とするか?」という考え方

EV/EBITDA法の基本的な考え方は、「事業から生まれる利益(キャッシュフロー)の何倍を、事業自体の値段として考えるか?」というものです。

「事業への買収投資を何年で回収したいか?」という考え方に近いです(ただし、後述のとおり実際には倍率と回収期間は別物なので注意が必要です)。

EV/EBITDA法は、

事業自体の価値とは、単年度の事業利益の〇倍である

という考え方で事業の値段を考えます。

このときの「〇倍」の倍率のことを「EV/EBITDA倍率(EBITDAマルチプル)」と呼びます(下図)。

EV/EBITDA倍率の計算式

EBITDAについては後述しますが、事業のキャッシュフロー獲得能力を表す利益指標です。

つまり、たとえば経営判断で「EV/EBITDA倍率は7倍まで!」と決めた場合、事業利益(EBITDA)が2億円の会社を買おうとすると、事業の代金としては14億円が上限ということです(下図)。

EV/EBITDA法の考え方

「事業の値段 = 株式の値段」ではないので注意!

なお、上記の倍率計算で算出されるのは「事業の値段」であって、「株式の値段」ではない点にご留意ください。EV/EBITDA法で株式の値段を算出する手順は追って詳しくご紹介します。

EV/EBITDA法はあくまで買い手企業の社内ルール

ここで注意していただきたいのは、EV/EBITDA法は「いくらまで価格を出せるか?」を決める買い手企業の社内ルールであって、「この会社の客観的な適正価値はいくらか?」を推定する企業価値評価ではないということです。

EV/EBITDA法は企業価値評価(バリュエーション)の1つであるマルチプル法(類似業種比較法)と考え方が近いですが、以下のような違いがあるため、両者はまったく似て非なるものです。

  • マルチプル法では実際の類似業種の株価分析を行って倍率を「推定」するが、EV/EBITDA法では経営者判断により倍率を「決定」する。
  • マルチプル法ではEV/EBITDA倍率以外にも、売上高や営業利益、純利益、配当額など幅広い指標を総合的に勘案して株価を推定していくが、EV/EBITDA法はEV/EBITDA倍率だけで計算する。

そもそも、企業価値評価は「会社の客観的な経済価値」を「高度な理論を用いて」推定するのに対して、M&Aの値決め(プライシング)は「自分(買い手企業)が損をしないための買収額」を「自分(買い手経営者)が納得できる方法で」決めるものですから、目的からして別物なのです(下図)。

マルチプル法とEV/EBITDA法の違い

M&Aの倍率相場は2~10倍!こんなに幅が生まれるワケ

ところで、世の中の中小企業M&Aは、どのぐらいのEV/EBITDA倍率で成立しているか気になる方は多いでしょう。

ネットで検索すると色々出てきますが、実際には中小企業M&Aの売買価格や決算情報は公開されないことがほとんどなので、実際に大量のM&Aに関与している機関の分析でなければアテになりません

今回、「8~10倍が相場」という情報も見かけましたが、根拠もよくわかりませんし、私の実感にも合いません。この幅に収まらない案件が多すぎるからです。

その点、M&A仲介業界では最大手である「日本M&Aセンターグループ」の調査が最良と思います。日本のM&A業界ではここがダントツの案件数を誇っており、大量の案件情報から導き出しているため、おそらくここの数値が一番信憑性が高いでしょう。

さて、そこの公表情報によると、中小企業M&AのEV/EBITDA倍率は、以下が相場だそうです。

業界や地域、最近は規模によって倍率に差があることが分かってきていますが、M&Aを検討する基準としては2~10倍程度が目安として知られています。

EBITDAマルチプルとは?類似企業と比較して企業価値を知ろう!〔外部〕
※バトンズのサイト:バトンズはM&Aセンターの子会社です

まぁこれを読んで、「2~10倍のような幅広の数値を出して『目安』と言われても」・・・と感じた方も多いでしょう。

でも、私もこのぐらいの幅にならざるを得ないと思います。むしろ、これでもセンターさんが頑張って絞り込んだ数字だなと感じます。

私の直感では4~13倍ぐらいで、ある程度満遍なく分布しているイメージです。たまに15倍とか20倍とかもあります。

なぜ、EV/EBITDA倍率にはこんなに幅があるのでしょうか?それは、以下のような事情からです。

  • それぞれの買い手が経営判断で倍率を決めている
  • 将来の予想も買い手ごとにバラバラ
  • 買い手はシナジーを意識して値決めする
  • 買い手は会計数値だけを見ているわけではない
  • 争奪戦が価格を高騰させ

これら5つの理由を理解すれば、8~10倍なんて幅に収まるわけがないとすら思うでしょう。それぞれ簡単に解説していきましょう。

幅が生まれる理由1.それぞれの買い手が経営判断で倍率を決めている

上述のとおり、値決めは買い手が経営判断として行うものですから、それぞれの買い手経営者が独自の判断で倍率を決めています。

イケイケな社長なら高い倍率でどんどん買おうと思いますし、慎重派の社長なら低めにして確実に投資回収しようとするでしょう(下図)。

EV/EBTDA倍率は経営判断で決められる

このように買い手の心は千差万別なので、高倍率で考える買い手に声がかかるかどうかで、最終的なEV/EBITDA倍率はまるで違ったものになります。

幅が生まれる理由2.将来の予想も買い手ごとにバラバラ

「将来のことは誰にもわからない」ということも、EV/EBTDA倍率がバラバラになる要因です。

M&Aは事業の過去ではなく将来を売買する取引です。当然そこには「この事業は将来どうなるだろう」という買い手の予想があり、これがM&A価格を左右します(下図)。

将来の予想は各社バラバラ

当然、ポジティブな予想の買い手は高値でも買いますし、ネガティブな予想の買い手は安値でなければ買いません。すると、過去の業績と比較した場合、高倍率の買い手と低倍率の買い手がいるということになります。

幅が生まれる理由3.買い手はシナジーを意識して値決めする

買い手がどのようなシナジー効果を期待するかも、倍率をバラバラにしてしまう要因です。

効果的で手堅いシナジーが期待できるM&Aの場合、買い手は必ずこのシナジーを意識します。つまり、期待するシナジー効果が高い買い手と低い買い手では、出せる価格もまるで違ってくるのです(下図)。

買い手はシナジーを考慮して値決めする

幅が生まれる理由4.買い手は会計数値だけを見ているわけではない

買い手が値決めをする際、確かに会計数値は重要な要素ですが、それがすべてではありません。

たとえば以下のような要素は会計数値になかなか表れませんが、時に価格を大きく動かすことがあります。

  • 業界知名度や業歴(Ex.寛政二年創業)
  • 事業エリア
  • 技術、ノウハウ、商流の独自性
  • 風評、ネット上のウワサ
  • 買い手の組織文化との相性
  • 売り手の譲渡理由(切羽詰まっているなら買い叩こう)

買い手は会計数値だけで値決めするわけではない

幅が生まれる理由5.争奪戦が価格を高騰させる

M&Aは究極の1点物の売買です。一度買収のチャンスを逃すと、ほぼ永久に買うことはできません。

そこで、買収意欲の高い買い手が複数集まると、価格はどんどん上がっていきます。マグロの初セリと同じ構図です(図)。

争奪戦で価格はどんどん上がる

このような争奪戦が起きると、価格は買い手の限界ギリギリまで上がっていきますし、時には社内ルールを超えた値決めが行われます。

1対1の交渉では、買い手は全力を出さない

逆に言えば、争奪戦がない状況下では、買い手は少しでも安く買いたいと考えますので、買い手が本来出せる上限より低い金額になるでしょう。

売り手としては何とか争奪戦が起きるように、複数の相手に同時進行で売り込んでいきましょう。

一方、買い手としてはなるべく1対1の交渉に持ち込みたいところです。

(小括)EV/EBITDA倍率の幅は小さいほうが不自然!

上記のようにM&A価格は買い手の様々な要素で決まりますから、売り手がEV/EBITDA倍率から売買価格の目安を出そうとしても、まず不可能です。

むしろ、上記5つの「幅が生まれる理由」を読んでみれば、「8~10倍」のような幅に収まるほうが不自然と感じたのではないでしょうか。

売り手さんの「M&Aするかしないかを検討中に、いくらで売れそうか知りたい」というニーズはよくわかりますが、実際のところ適正価格が存在しない世界です。日本一中小企業M&Aの事例情報を持っている日本M&Aセンターすら「2~10倍ぐらいじゃないですか?」としか言えないのが実情なのです。

なお、それでもどうしても何か「価格相場」が欲しいという方は、「M&A価格はどう決まる?価格相場の調べ方と高く売る3つのコツ」という記事で次善策をご紹介していますので、ご一読ください。高く売るコツも併せて紹介しています。

上場企業の業界平均とも乖離して当たり前

企業価値評価の場合は、上場企業の業界平均の倍率を調べることもありますが、M&Aの値決めにおいては何の参考にもなりません。

そもそも、上場株式投資とM&Aは、同じ株式の売買であっても、下表のようにまったく性質の異なる取引だからです。

上場株式投資とM&Aは根本的に違う取引

単なる資産運用である上場株式投資と、経営権の買取りであるM&Aが、同じ倍率になるわけがありません。もしなったとすれば、それは単なる偶然です。

基礎から学ぶEV/EBTDA法の基本的な3つの考え方

ここまではEV/EBITDA法の概要を見てきましたが、いよいよ基礎理論や計算手順についてご紹介していきましょう。

EV/EBITDA法を理解する上で理解すべき基本的な考え方は以下の3つのです。

  • 株式の値段は「事業の値段」「事業以外の財産価値」「借金の残高」から構成される
  • 事業の値段が決まれば株式の値段も決まる
  • 事業の値段をEV/EBITDA倍率で決める

それぞれ解説していきましょう。

考え方1.株式の値段は「事業の値段」「事業以外の財産価値」「借金の残高」から構成される

まず、「株式の値段」をどう考えるべきかを説明しましょう。理論的には、株式の値段は以下の計算式で算定されます。

株式の値段 = 事業の値段 + 事業以外の財産価値 - 借金の残高

上記を「貸借対照表みたいな図」で表すと、以下のとおりです。

株式の値段の構造

この理論は非常に重要なので、順を追って説明していきましょう。

企業全体の値段は、「事業の値段」と「事業以外の財産価値」を足したもの

企業というものは、事業やそれに必要な財産だけを保有しているわけではありません。そのため、

「事業の値段」と「事業以外の財産価値」を合算したものが「企業全体の値段」

であると考えます(下図)。

企業価値は、事業価値と非事業価値を足したもの

事業以外の財産とは、「事業に直接関係のない資産や負債」のことです。中小企業M&Aでは、以下のような財産が該当します。

  • 運転資金を超えて貯蓄された余剰資金
  • 純投資運用としての上場株式、社債、投資信託等
  • 保険積立金、役員生命保険契約
  • 投資用不動産
  • 実質的に社長の個人資産である社用車、社宅
  • 節税のためのオペレーティングリース(船舶、航空機等)
  • ゴルフ会員権、リゾート会員権(事業上不可欠なものを除く)

これらは事業と一緒についてくるオマケとして、別枠で財産査定されます。

株式の価値は、「企業全体の価値」から「借金残高」を引いたもの

企業財務の理論理屈では、

「株式の価値(株主価値)」は、「企業全体の価値(企業価値)」から「借金の残高(有利子負債残高」を差し引いたもの

と考えます。

なぜなら、企業は株主だけでなく、債権者(銀行など)からお金を借りて事業を立ち上げ、価値を作り出しています。よって、株主に還元する前に借金(有利子負債)を返さなければいけません。

言ってみれば、借金残高は「企業全体のうち、債権者に抑えられている金額」を意味します。借金を返済したあとの残りが株式の価値ということです(下図)。

株式価値は、企業価値から有利子負債残高を引いたもの

上記より、

株式の値段 = 事業の値段 + 事業以外の財産価値 - 借金の残高

という計算式が成り立つわけです。

別記事で図解を用いてもっとわかりやすく解説しています

考え方1について、本記事では紙幅の都合により上記の説明に留めますが、「【図解】企業価値、事業価値、株式価値の違いと関係を解りやすく解説」という記事では図を用いて徹底的にわかりやすく説明しています。よくわからない場合はぜひ併せてご一読ください。

考え方2.事業の値段をEV/EBITDA倍率で決め、他は時価で評価する

考え方1によれば、

  • 事業の値段
  • 事業以外の財産価値
  • 借金の残高

の3つの金額が決まれば、株式の値段も自ずと決まることになります。

実はこのうち、「事業以外の財産価値」と「借金の残高」は、時価情報や残高確認が簡単に取り寄せられることが多いため、理論上は誰が査定してもほぼ同じ金額になるはずです。唯一、「事業の値段」だけは答えがないので、経営判断で決める必要があります(下図)。

事業の値段が決まれば株式の値段も決まる

「のれん代」は事業の資産負債とセットで考える

EV/EBITDA法では、「のれん代」を個別に値決めするのではなく、事業に必要な資産負債とセットで考えます。

なぜなら、のれん代は事業で使われる資産負債があって初めて存在するものなので、これを別個に評価するのは合理的ではないと考えるためです。

のれん代については「M&A価格を高くする「のれん代」とは何か日本一わかりやすく解説!」という記事でわかりやすく解説していますので、ぜひ併せてご覧ください。

考え方3.事業の値段をEV/EBITDA倍率で決める

さて、事業の値決めは経営判断ですので、どうやって決めても構いません。EV/EBITDA法は事業の値段を決める方法の1つです。

EV/EBITDA法では、EBITDA(償却前事業利益)という利益指標を使います。EBITDAの何倍まで出せるかを事前に決めておき、これにより買収上限を決めていきます(下図)。

EBITDA倍率で事業の値段を査定する

EBITDAは「事業の本質的なキャッシュフロー獲得能力」を表す利益指標

なお、EBITDAという利益指標の計算式は色々ありますが、以下の計算式が一般的です。

EBITDA = 営業利益 + 減価償却

※ただし、事業に関連する営業外収益費用を加減算する場合もあり

なぜ営業利益や経常利益ではなく、EBITDAという指標を採用するかというと、この指標が事業の本質的なキャッシュフロー獲得能力を表しているからです。

詳しくは「純粋な稼ぐ力を示すEBITDAとは?計算式やM&Aでの活用も解説」という記事でわかりやすく解説していますが、減価償却には「過去の固定資産投資の回収ノルマ」という意味合いがあり、事業の本来の収益性を考える際には、無視したほうが合理的なのです。

簡単に言うと、事業の将来のキャッシュフロー獲得能力を図る一番手っ取り早い利益指標ということです。

EV/EBITDAのEVは「事業価値」のこと

ややこしいのですが、企業財務の世界で「EV(Enterprise Value)」という言葉は、以下の2種類の意味があります。

  • 企業価値(企業全体の価値/事業価値+非事業価値)
  • 事業価値(事業自体の価値)

要するに、EVという言葉が出てきたときは、非事業価値を含めるか含めないか、文脈を読んで判断する必要があります。

EV/EBITDA法やEV/EBITDA倍率で使われる「EV」は、事業利益であるEBITDAと対応しますので、事業価値を意味しています。非事業価値を含めた企業価値のことではありません。

11のステップでわかるEV/EBITDA法による値決めの計算例

では、EV/EBITDA法による計算を、実際の流れに沿ってご紹介していきましょう。

EV/EBITDA法では、一般に以下の11ステップの手順で株式の値決めを行います。

  1. 経営トップの判断でEV/EBITDA倍率を決める
  2. 貸借対照表から「借金の残高」を抜き出す
  3. 貸借対照表を参考に「事業以外の財産」を書き出す
  4. 「事業以外の財産」の時価情報を調べ、その財産価値を算定する
  5. 損益計算書の特殊な項目を修正し、「実態P/L」を作る
  6. 「実態P/L」にシナジー効果を織り込み、「想定P/L」を作る
  7. 「想定P/L」の数値から「想定EBITDA」を計算する
  8. 「想定EBITDA」にEV/EBITDA倍率を掛け算し、「事業の値段」を算出する
  9. 必要な追加投資額だけ「事業の値段」を減額する
  10. 投資考慮後の「事業の値段」に「事業以外の財産価値」「借金の残高」を足し引きし、「株式の値段」を算出する
  11. 経営トップが全社戦略や直感等を踏まえて最終的な値決めを行う

以下、それぞれのステップの内容や注意ポイントを解説していきましょう。

ステップ1.経営トップの判断でEV/EBITDA倍率を決める

まず、事前にEV/EBITDA倍率を決めておきましょう。これはM&A戦略を左右する大事な経営判断ですので、決められるのは経営トップだけです(下図)。

経営トップが事前にEV/EBITDA倍率を決めておく

もっとも、一発で適切な倍率設定は不可能です。まずは気持ち低めに設定しておきながら、以下の要素を踏まえて最適な倍率を模索していきましょう。

  • 成長手段としてM&Aをどこまで重視していくか
  • 過去の入札の勝ち負け
  • 過去のM&Aの値決めの反省
  • 許容できる投資回収期間(倍率=回収年数ではないので注意
  • のれん代の償却期間
  • 仲介業者からの他社動向(業者は買い手には「他社さん高めで考えてますよ!」と案内しがちなので注意)

複数のEV/EBTDA倍率を設定することも多い

買収意欲には案件ごとに濃淡がありますので、以下のような複数の倍率を設定することも多いです。

  • 基本的には5倍まで
  • 戦略的に特に買いに行きたいときは経営判断で7倍まで許容

このような複数倍率を設けることで、平凡な案件で高値づかみや予算消化を防ぎ、「本気の案件」に全力投球することができます。

ステップ2.貸借対照表から「借金の残高」を抜き出す

貸借対照表の「負債の部」から、借金(有利子負債)に該当する科目とその残高を抜き出しましょう(下図)。

貸借対照表から借金の残高を抜き出す

一般的に、有利子負債には以下のようなものが含まれます。

  • 短期借入金
  • 長期借入金
  • 1年内に返済する長期借入金(年内返済長期借入金)
  • 社債
  • 1年内に償還する社債(年内償還予定社債)
  • 短期リース債務
  • 長期リース債務(リース債務)
  • 長期未払金(リース残債に該当するもの)
  • 役員借入金
  • 社長勘定

ブリッジ融資は有利子負債扱いしない買い手もいる

短期借入金は明らかに有利子負債(利息が生じる負債)になりそうですが、売掛金のブリッジ融資など、数カ月だけ借りる短期借入金は有利子負債扱いしない買い手もいます。

なぜなら、これは運転資本(売掛金や買掛金)と同じ性格のものとも考えられるためです。また、ほんの数カ月のブリッジ融資によって、その期間だけ株式価値が変わるということに違和感を覚える方もいます。

しかし借入は借入ですし、余剰現金のマイナスと考えることもできるので、この辺は買い手企業ごとに扱いが異なるところでしょう。

なお、毎年借換えを続けている短期借入金であれば、満場一致で有利子負債扱いになると思われます。

ステップ3.貸借対照表を参考に「事業以外の財産」を書き出す

貸借対照表を参考に「事業以外の財産」を書き出します。必ずしもすべて貸借対照表に表示されているとは限りません。

事業に関連するかしないかは結構曖昧なので、売り手に確認しながら列挙していきます。基本的には、「M&A後すぐに売却・解約しても問題ない財産か否か」という観点で検討しましょう。

再掲になりますが、以下のようなものが非事業用として該当することが多いです。

  • 運転資金を超えて貯蓄された余剰資金
  • 純投資運用としての上場株式、社債、投資信託等
  • 保険積立金、役員生命保険契約
  • 投資用不動産
  • 実質的に社長の個人資産である社用車、社宅
  • 節税のためのオペレーティングリース(船舶、航空機等)
  • ゴルフ会員権、リゾート会員権(事業上不可欠なものを除く)

また、貸借対照表に載っていない非事業用資産として、「経営セーフティ共済の積立金」がよく登場します。(似たようなものに「中退共(中小企業退職金共済)の積立金」がありますが、こちらは解約しても会社が受け取るものではないので、非事業用資産とは考えません。)

これらの非事業用資産・負債の項目を書き出し、貸借対照表上の簿価を記入していきます。簿価がないものはゼロにしましょう(下図)。

貸借対照表を参考に事業以外の財産を書き出す

運転資金の考え方

現預金残高から運転資金を除いた残額が余剰現金として非事業用資産になりますが、この運転資金をどう把握するかは難しい問題です。

最終的にはデューデリジェンスによって確認することになりますが、入札段階では以下の方法で推定することが多いです。

  • 売り手に質問する
  • 買掛金と売掛金の差額と見做す
  • 在庫回転率から推定する
  • 販売費及び一般管理費の2カ月分と想定する
  • 事業規模から推定する(1店舗あたり30万円ぐらいだろう)

これらのうち、売り手への質問は特に重要です。売り手が明らかに事実と異なる回答をした場合、デューデリジェンスで「発見」して、減額交渉の材料にできることがあるからです。逆に言えば、売り手はこの質問を受けた際、いい加減に回答しないようにしてください。

なお、売り手としては余剰現金を別口座(特に定期預金)に入れておくことで、余剰であることをアピールできます。高値を引き出すちょっとしたテクニックの1つです。

ステップ4.「事業以外の財産」の時価情報を調べ、その財産価値を算定する

ステップ3で挙げた事業以外の財産を、それぞれ時価に換算します。「M&A直後に清算・売却・解約したら、最終的にいくらのお金が手元に残るか」を考えるわけです(下図)。

事業以外の財産の時価を調べる

基本的には、売り手に質問を出して時価を調べてもらいます(後でデューデリジェンスで確認します)。

この際、「清算・売却・解約の結果発生する税金」も忘れずに考慮しましょう。基本的には時価と簿価の差額に法人税率(30~35%程度/東京23区の中小企業なら34.6%)を掛けて計算します。

  • 税金が増える場合(含み益がある場合)は「繰延税金負債」という負債を立てる
  • 税金が減る場合(含み損がある場合)は「繰延税金資産」という資産を立てる

という調整が必要になります(下図)。

時価で売ったときの税金を計算する

なお、繰延税金資産/負債とは何かについては「M&Aの価格交渉で知らなきゃ大損する繰延税金資産の基礎知識」という記事でわかりやすく解説していますので、ぜひご一読ください。

各資産の時価と、繰延税金資産/負債の合計(純額)が「事業以外の財産価値」になります(下図)。

時価と税金を合算して非事業価値を計算する

「別表5」に該当資産が記載されている場合は税金計算の修正が必要

中小企業ではあまり見かけないことですが、法人税申告書の「別表五(一)」に該当資産・負債が載っている場合は、税金計算の修正が必要なことがあります(下図)。

別表5に金額があると税金計算が変わる

この調整は滅多に出ないうえにマニアックなので、詳しい解説を割愛しますが、別表五(一)に大きな金額が記載されている場合は、売却時の税金について税理士に確認しましょう。

ステップ5.損益計算書の特殊な項目を修正し、「実態P/L」を作る

では次に、損益計算書に目を移しましょう。まずは過去の損益実績から、以下の経費等の影響を修正した「実態P/L」を作成します。

  • 過大な役員報酬(それに伴う法定福利費)
  • 節税のための経費(Ex.役員生命保険料、過度な福利厚生費)
  • 過度な接待交際費、旅費交通費
  • 臨時的で反復しない売上や費用
  • 過年度実績には十分反映されていない新しい取引の影響
  • 経理の誤り、粉飾決算、逆粉飾
  • 費用計上されていない未払残業代
  • 今回のM&Aで売買対象にならない事業損益
  • 今後1~2年の成長性(明確に予測できる場合)
  • 会計処理や使用科目を買い手企業に合わせる

これらの修正はインフォメーションメモランダム上で仲介業者が実施していることが多く、ヒントとして活用できるでしょう。

なお、「適正な役員報酬額はいくらか?」など、修正していると細かい疑問が生まれます。この辺は買い手企業の状況や業界の平均的な中間管理職年収などを参考に金額を検討しましょう。

この作業では、修正項目ごとに列を分けたり、詳細なメモを残したりして、後で見返したときに修正内容が理解できるようにするのがコツです(下図)。

損益計算書を実態P/Lに修正する

また、できれば上記修正を3~5期分実施し、比較してみましょう。こうすることでトレンドが見えるようになり、将来の実態P/Lがよりイメージしやすくなったり、平均値をとって年度のバラツキを抑えることができます。

ステップ6.「実態P/L」にシナジー効果を織り込み、「想定P/L」を作る

実態P/Lができたら、そこにM&A後に期待されるシナジー効果を考慮し、数値を修正していきます。ステップ5と同様、後で見返して修正内容がわかるように作りましょう(下図)。

実態P/Lにシナジーを加味して想定P/Lを作る

このときの注意点は以下の3つです。

  • 実現性の高いシナジーだけを考慮する
  • マイナスのシナジーも考慮する
  • 比率分析を行って無理がないか確認する

以下、簡単に説明します。

注意点1.実現性の高いシナジーだけを考慮する

シナジー効果をどこまで織り込んでいくかは経営判断なのですが、あまり絵に描いた餅を織り込むことは控えましょう。

売上が伸びるシナジーは失敗のリスクが高いので、ちょっと控えたほうがいいかもしれません(買い手企業グループとの取引のように、コントロール可能なものならいいですが)。

以下のようなシナジーは実現可能性が高いことが多く、比較的価格に織り込みやすいものです。

  • 買い手企業との共同購買による仕入単価減少
  • ITシステム統合による保守費用の削減
  • 買い手企業との税理士・社労士の統一による削減
  • 買い手企業との本部機能統合による家賃削減(場合によっては人件費も)

注意点2.マイナスのシナジーも考慮する

シナジー効果は常にプラスの利益をもたらすとは限りません。マイナスのシナジー効果(ディスシナジー)にも気を配りましょう。

中小企業M&Aでよくあるディスシナジーは以下のようなものです(中にはディスシナジーと呼んでいいか微妙なものもありますが、短期業績にマイナスの影響のあるものを加えています)。

  • 従業員の平均賃金が上昇する
  • 残業を減らすことで人手が足りなくなる
  • 中小企業の優遇措置が受けられなくなる
  • 買い手のライバル企業との取引がなくなる
  • 業界団体からの脱退が求められる

注意点3.比率分析を行って無理がないか確認する

シナジー効果を織り込んだら、比率分析を行って数字に無理がないかを確認しましょう。

机の上で色々数字をいじった結果、粗利率が買い手企業より遥かに良くなってしまったり、人件費率が異常に高くなってしまったりすることはよくあります。最後に全体のバランスを確認し、実現可能な数値になっているかを確認しましょう。

ステップ7.「想定P/L」の数値から「想定EBITDA」を計算する

想定P/Lが出来上がったら、ここからEBITDAを計算していきます。EBITDAの基本的な計算式は以下のとおりです。

EBITDA = 営業利益 + 減価償却

想定P/Lから想定EBITDAを計算する

ただし、販管費の一部費用は外したほうがよかったり、雑収入を含めたほうがよかったりすることもあるので、ケースバイケースで対応しましょう。

基本的な考え方としては、

「事業以外の財産」や「借金」から生まれた損益はEBITDAから外し、それ以外の損益はEBITDAに含める

ということです。

ちなみに、製造業等の場合は「製造原価報告書」の中にも減価償却費がありますので、注意しましょう。

ステップ8.「想定EBITDA」にEV/EBITDA倍率を掛け算し、「事業の値段」を算出する

EBITDAが出ましたので、ようやく事前に決めておいたEV/EBITDA倍率の出番です。

経営判断で決めたEV/EBITDA倍率を掛け算して、「事業の値段」を算出しましょう(下図)。

想定EBITDAにEV/EBITDA倍率を掛ける

ここで「感覚値」と照らし合わせよう

このタイミングで、一度「算出された事業の値段は、感覚的にしっくりくるか?」を確認しましょう。

EV/EBITDA法では、特にEBITDAが少し変な数字になっていると、その差額が倍率分だけ膨らんで影響を与えます。

「5.6億円と算出されちゃったけど、他の案件と比べてそんなに素晴らしい事業とも思えない」ということであれば、このタイミングで全工程を見直しましょう。

ステップ9.必要な追加投資額だけ「事業の値段」を減額する

これは忘れがちな工程ですが、シナジー効果を織り込んだ「想定EBITDA」を実現するために必要な支出があれば、その分「事業の値段」を減額する必要があります(下図)。

追加投資額だけ事業の値段を減額する

追加投資は、例えば以下のようなものです。慣例的に「投資」という言葉を使いますが、必ずしも固定資産計上されるものに限らないので注意してください。

  • 古い設備の修繕費・更新投資
  • コンプライアンス順守の必要投資
  • 従業員さんたちの教育研修費用
  • 店名変更の場合の看板・改装費用
  • ITシステム導入コスト
  • 不採算店舗や本部の撤退コスト
  • 過去の未払残業代(M&A時に支払う場合)
  • (場合によっては)リストラ費用

ステップ10.投資考慮後の「事業の値段」に「事業以外の財産価値」「借金の残高」を足し引きし、「株式の値段」を算出する

ようやくここで長い計算のまとめになります。

ステップ9で算出した「事業の値段」に、ステップ4の「事業以外の財産価値」を足し、ステップ2の「借金の残高」を引きます。これで、「株式の値段」が算定できます(下図)。

事業の値段を株式の値段に変換する

ステップ11.経営トップが全社戦略や直感等を踏まえて最終的な値決めを行う

ステップ10の計算結果は「株式の買収上限額」です。最後に、上記上限額を踏まえて、実際の買収額(入札額)をいくらにするかを考えます。これは経営判断ですので、買い手企業の経営トップの最終決裁になります(下図)。

最後は経営判断で値決めする

この判断では、EV/EBITDA法で算出された「株式の値段」以外にも、以下のような要素を考慮していきます。

  • このM&Aの全社的な成長戦略との整合性
  • 長期的な市場予測
  • 本件の稀少性
  • シナジーを創出できる自信度合
  • 競合他社の買収意欲、入札者の集まり具合
  • 売り手の置かれた状況(売り急いでいるか否か)
  • シナジー考慮前で計算したときの株式の値段
  • 自社の資金余力、借入余力
  • 仲介手数料、デューデリジェンス費用等

これらを総合的に考慮して、後悔のない値決めを行いましょう。トップ判断の結果、EV/EBITDA倍率を引き上げることもあります。

値下げしても社外から見ればEV/EBITDA倍率は約12倍

今回、最終的に株式の値段を4億円にしています(事業の値段は4.5億円ということになる)。ステップ1で設定したEV/EBITDA倍率よりも低いということになりますが、社外の人から見ればこれでも約12倍のEV/EBITDA倍率で値決めされたように見えます。

なぜなら、この会社の修正前の決算書のP/L(ステップ5の元数値)では、EBITDAは3,800万円しかなかったからです。そこから役員報酬の調整やシナジー効果を検討してEBITDAを修正してきました。

しかし、社外の人にとっては決算書しか確たる情報がありません(仲介業者なら実態P/Lまではわかるかもしれませんが)。そのため、とんでもない倍率でM&A価格が決まったように見えるでしょう。実際は社内基準より低い4.8倍なのですが(下図)。

社外から見ればEV/EBITDA倍率は12倍

このような事情からも、EV/EBITDA倍率でM&A価格を予測することは極めて困難であるとわかるのではないでしょうか。

EV/EBITDA法が値決めに使われる3つのメリット

さて、ここからはEV/EBITDA法を採用するか否かのご判断のために、メリットデメリットを紹介しましょう。

日本電産の例からもわかるように、EV/EBITDA法は、かなり広く使われている値決め方法の1つです。それには、以下のような3つのメリットが存在するためです。

  • 会社の基本情報から簡単に計算できる
  • 企業価値の財務理論と整合している
  • 直感的に腹落ちしやすい

以下、それぞれ説明していきましょう。

メリット1.会社の基本情報から簡単に計算できる

まず、なんと言っても簡単に計算できることです。

買収に当たって事業計画(損益見込み)は普通作るものですし、借金の額や保有している財産状況も必ず見るものです。

EV/EBITDA法には、このようにM&A検討の中で必ず手に入る材料を組み合わせれば、簡単に計算できてしまう利点があります。

さらにデューデリジェンスの結果、想定P/LやB/Sの時価情報に誤りがあると発覚した場合にも、その影響がどれだけ「株式の値段」に跳ね返るか(買収額をいくら修正すべきか)がすぐに計算できます。

「計算しやすさ」「簡単さ」は値決め基準にはとても大切な要素なのです。

DCF法は値決めにはまったく使えない

企業価値評価の代表的手法である「DCF法(キャッシュフロー割引法)」は、恐ろしく難解で繊細な計算によって組み上げられていますので、「計算しやすさ」「簡単さ」が求められるM&A交渉ではまったく使えません。

DCF法の考え方や計算については「【完全版】DCF法の計算手順や欠点を基礎からわかりやすく図解」という記事で基礎からわかりやすく紹介しています。ご一読いただければ、「こりゃ現場では使えないわ」というご感想をいただけると思います。

メリット2.企業価値の財務理論と整合している

上述のとおり、企業価値評価(バリュエーション)に登場する「マルチプル法」とEV/EBITDA法は似て非なるものです。

しかし、以下のような基本的な考え方は共通しています。

  • まず「事業の値段」を算出し、これを「株式の値段」に変換する
  • 主要な業績指標から「事業の値段」を倍率で計算する

つまり、EV/EBITDA法は理論的にはそれなりに合理的ということです。

値決めである以上、必ずしも合理的である必要はないのですが、より合理的な方法を使いたいという経営者には好まれるポイントです。

メリット3.直感的に腹落ちしやすい

EV/EBITDA法が採用される最大の理由が、この「腹落ち感」でしょう。

「想定される年間の事業利益から、倍率によって事業自体の値段を決める」という計算の仕組みはとてもわかりやすく、納得感があります。

もう1つのポピュラーな値決め基準である「年買法」とどちらが腹落ち感があるかは人によって分かれますが、個人的にはEV/EBITDA法のほうがしっくりきます。

M&A価格を決めるのは売り手と買い手ですから、この両当事者が納得できない理論理屈なんて何の役にも立ちません。腹落ち感こそ値決め基準の最重要要素ですから、ご自身がしっくりくる方法を選んでいただければと思います。

もう1つの値決め基準「年買法」とは

上述の「年買法」とは、

株式の値段 = 時価純資産 + 想定営業利益〇年分

などの計算式で値決めする手法です。

こちらは「のれん代」を意識する経営者にとって腹落ち感が高く、EV/EBITDA法と双璧をなす人気の値決め基準です。

詳しくは「適正じゃないけど実際使える年買法(年倍法)の計算ロジックと運用法」で解説していますので、ぜひEV/EBITDA法と比較してみてください。

EV/EBITDA法を使う際に注意したい5つのデメリット

最後に、EV/EBITDA法を使う際には注意しなければならないデメリットについてご説明します。

  • 想定P/Lの小さなミスで計算が大きく狂う
  • 事業資産か否かの判定が難しいことも
  • EBITDAに表れない問題点には注意が必要
  • EV/EBITDA倍率は投資回収年数ではないので注意
  • 事業用の土地や建物があると入札負けしやすい

以下、それぞれ解説していきましょう。

デメリット1.想定P/Lの小さなミスで計算が大きく狂う

EV/EBITDA法では、想定P/Lの作成が肝になります。ちょっとした数字の違いが、EV/EBITDA倍率や借金残高によって増幅されて価格に影響を与えるからです。

たとえば、

  • EV/EBTDA倍率は6倍で設定
  • 借金残高2億円、非事業価値はゼロ

という前提条件で、EBITDAを4,800万円と想定した場合と、5,000万円と想定した場合を比較してみましょう(下図)。

想定EBITDAの違いが大きな価格差になる

上図のとおり、事業の値段には1,200万円の差が生まれ、株式の値段は13.6%も変動してしまいます。

このように、前提条件の小さな変化が計算結果に大きな影響を与える点は留意しておきましょう。

年買法よりも金額のブレが大きい

年買法も営業利益の数年分を価格に織り込むため、想定P/Lのミスが増幅される効果があります。

しかし、事業用資産の時価も事業の値段に織り込む年買法に比べて、EV/EBITDA法のほうがP/Lへの依存が大きく、金額のブレも大きくなります。

この「ちょっとした計算違いの影響が大きい」という点が、年買法より使いづらいと感じる要因です。

デメリット2.事業資産か否かの判定が難しいことも

EV/EBTDA法では、事業資産はまとめてEV/EBITDA倍率で評価する一方、それ以外の資産は別枠で時価評価しますので、この判定は非常に重要です。

実際のビジネスではすべてが明確に区分できるわけではなく、たとえば以下のようなものを事業用とすべきか否かによって、計算結果が大きく変わることがあります。

  • 過去に経営難に陥った取引先に対する貸付金(現在は請求すれば返してもらえるが、利率もよく関係維持にもなるため貸しっぱなし)
  • 10年以内のいつか必要になる修繕のための積立預金(これを余剰と考えるべきか?)
  • 営業上の接待でよく使っているゴルフ会員権(非会員でも利用は可能)

基本的には「M&A後すぐに売却・解約しても問題ない資産か否か」という判断基準で考えるべきなのですが、それでも完璧に割り切れるわけではありません。

デメリット3.EBITDAに表れない問題点には注意が必要

EV/EBITDA法では、EBITDAだけで事業の値段を測定しますので、EBITDAに表れない問題点がある場合は別途考慮が必要です。

たとえば、売掛金の大きな滞留が発生している場合、売上は成立しているためEBITDAにはプラスに働きますが、キャッシュフローは入ってきません。中小企業で貸倒引当金を正しく積んでいる会社は稀なので、見落とすと計算が狂うことになります。

このようなEBITDAに表れない要素は、EV/EBITDA倍率で調整するか、別枠で評価して価格調整する必要があります。

デメリット4.EV/EBITDA倍率は投資回収年数ではないので注意

これはデメリットというより注意点ですが、EBITDAは税金を考慮していませんので、実際の獲得キャッシュフローはその7割程度になります

つまり、EV/EBITDA倍率は、事業の値段の回収年数を意味するわけではない点に注意しましょう(下図)。

EV/EBITDA倍率は投資回収年数を意味しない

投資回収年数を意識したい場合は、EBITDAに税金を織り込んだ以下の利益数値を使う必要があります(矛盾する表現ですが、「税引後EBITDA」とでも呼びましょうか)。

税引後EBITDA = 営業利益 ×(1-税率)+ 減価償却

デメリット5.事業用の土地や建物があると入札負けしやすい

EV/EBITDA法では、土地のように投資回収期間が長い事業用資産を持っている会社を評価すると、価格が低めに出てしまい入札負けしやすいという問題があります。

EV/EBITDA法では、保有する土地は以下の計算式で評価されることになります。

事業用土地の評価 = 保有による年間EBITDA改善効果 × EV/EBITDA倍率

たとえば、

  • 仮に土地が借り物だった場合、年間600万円の地代が発生する
  • 土地の固定資産税は年間100万円

という場合、年間のEBITDAは500万円改善する計算になります。EV/EBITDA倍率の設定が6倍だとすると、

500万円 × 6倍 = 3,000万円

ということで、土地は3,000万円で値決めされたことになります。

ただ、現実問題として、年間600万円の地代を稼ぐ土地があれば、その時価は3,000万円なんかじゃ利かないはずです。こんな入札では恐らく門前払いでしょう。

このように、投資回収が長期にわたる高額資産を持っている場合、直感的に安すぎると感じる計算結果になりがちです。事業用資産も時価で評価する年買法に比べると、入札負けしやすくなってしまいます。

この点は別枠で調整していく必要があるでしょう。

おわりに

今回は、M&Aの値決めで使われているEV/EBITDAについて、その内容や2~10倍という倍率になる理由、詳しい計算式、メリットデメリットまで幅広く解説しました。

値決めには完璧な方法というものが存在しませんので、自社の経営戦略や買収戦略を踏まえて柔軟に運用していきましょう。

]]>
https://str.co.jp/merger-and-acquisition/ev-ebitda-method/feed 0
【わかりやすさで7冊厳選】初心者にオススメのM&Aが学べる本 https://str.co.jp/merger-and-acquisition/books-about-ma https://str.co.jp/merger-and-acquisition/books-about-ma#respond Thu, 14 May 2020 07:04:45 +0000 https://str.co.jp/?p=8027 M&Aについて、体系的な基本知識を大掴みに学びたいと思われていますか?

最近は書店で、M&Aや事業承継の本がたくさん置いてあります。片っ端から読むにはとても時間がかかりますし、そもそも自分に合った本なのか、ちょっと立ち読みしただけではよくわかりませんよね。

そこで、これまで初心者向けから玄人向けまで数十冊と読み、売り手側、買い手側それぞれの立場でM&Aを実践してきた私が、初心者の方に本当に役立つオススメの本を、わかりやすさ最優先で厳選紹介します!

  • 売り手が大満足のM&Aを実現するために最初に読むべき3冊
  • 買い手がM&Aで企業の成長を実現する基盤となる4冊

今回、本当に役に立つ本を最短距離で選んでいただくために、以下の基準で厳選に厳選を重ねました。

  • 初心者にも読みやすく、わかりやすい
  • 教科書的な解説に終わらず、現場経験に根差した「M&Aの本質」を抑えている
  • 具体的な記述で、実践的な行動に落とし込める内容である
  • 弊社の無料相談にいらした方にも評判が良かった
  • 初心者だったころの自分が読んで感激した、人生が変わるほど影響を受けた

それぞれ、私がその本をチョイスした理由も詳しく説明していますので、本を選ばれる際には大いに参考になるでしょう。

また、今回は「初心者向け」として可能な限り絞り込んでいるため、惜しくも選外となった名著もたくさんあります。最後にそれらも補足の形で紹介していきましょう。オススメの小説作品もご紹介します。

この記事をしっかりご覧いただければ、あなたの人生を変える素晴らしい本に出会うことができます。ぜひ最後までお読みください。

なお、本記事でご紹介する書籍の中には、部分的に私と異なる見解を述べられているものもあります。弊社として、ご紹介する著書の主張を全面的に肯定するものではない点にご留意ください。

本記事でオススメするM&Aの本の一覧

まずは、本記事でご紹介する本を一覧にします。書名をクリックで記事の該当箇所にジャンプできますので、もう1つの目次として使ってください。

売り手にオススメのM&A本3選

中小企業M&Aをご検討中のすべての売り手にまず読んでほしい『売主がM&Aを成功させるポイントがすべてわかる本』と、重要な各論をより深く論じている書籍2冊をご紹介します。

売り手に紹介する本のタイトルと守備範囲

書名 短評
売主がM&Aを成功させるポイントがすべてわかる本 M&Aの基礎知識全般を広く深く解説。
M&Aを「成功」に導く入門書の決定版!
とにかくまず最初に読んでほしい!
損をしない会社売却の教科書 M&Aプロセスごとの「業者の使い方」に特化して解説したわかりやすい実践書。
あなたの会社は高く売れます 売り手が高く売るために必要な方法論を事例も交えながら解説した本。自社の強みを分析して高値を引き出す具体的ノウハウが役に立つ。

買い手にオススメのM&A本4選

M&Aプロセス全体を広く浅く学べる本を1冊、読みやすさ・わかりやすさ優先で厳選しました(絞り込みには苦労しました)。

加えて、M&Aを成功させるために不可欠な、値決め、PMI、デューデリジェンスという3分野の名著を1冊ずつご紹介します。

買い手向けに紹介する本のタイトルと守備範囲

書名 短評
この1冊でわかる!M&A実務のプロセスとポイント M&Aプロセスの流れや各プロセスの内容を広く浅く紹介した本。買収プロセスの基礎を体系的に学べる1番読みやすい入門書。
高値づかみをしないM&A-成功するプライシングの秘訣 M&Aの「プライシング」の仕組みや企業価値評価の正しい使い方を紹介。値決めの本質がとてもわかりやすく論理的に解説されている。
ポストM&A成功戦略 PMI(買収後の統合作業)の方法論を述べた本。現場感にあふれた考え方や具体的な作業を詳しく解説。
M&Aを成功に導くビジネスデューデリジェンスの実務 デューデリジェンスを実施する際の基本的考え方から具体的作業、そしてM&Aの成功に役立てるフィードバックまで網羅して解説。デューデリジェンスという切り口でM&Aの必勝法を提案する名著。私の人生を変えた1冊。

泣く泣く選外となった9冊は記事の最後に紹介!

今回は初心者の方が迷わないよう、可能な限り絞り込んでご紹介しています。そのため、断腸の思いで選外にした本がたくさんあります。

  • 買い手担当者に次に読んでほしい踏み込んだ2冊
  • 企業価値、会計、税務、法務の4つの専門分野を学べる各1冊
  • コーヒーブレイクに最適なM&Aの小説3作品

そんな惜しくも漏れてしまった本を9冊、この記事の最後にまとめて消化しています。該当箇所には以下のリンクからジャンプできますので、こちらもご覧ください。

▶惜しくも選外となった良書9冊!

では、次の章からオススメ本を詳しく紹介していきましょう。

売り手向け① M&Aを「成功」させるコツが一番わかりやすく学べる本

まず、売り手向けの3冊をご紹介しましょう。

最初にご紹介するのは、初心者がM&Aを「成功」させるために必要なコツが一番わかりやすく学べる「売主がM&Aを成功させるポイントがすべてわかる本」です。

M&Aを成功させるコツがすべてわかる本

タイトル 売主がM&Aを成功させるポイントがすべてわかる本
著者 株式会社STRコンサルティング
定価 Webサイトにて無料ダウンロード
ページ数 104頁
短評 M&Aを「成功」に導く入門書の決定版!

最初に断っておきますが、私が書いた本です。

手前味噌ではありますが、「初心者の売り手向け」という括りにおいては、世の中のどの本よりも良書だと確信しています。実際、非常に高評価をいただいています。

  • 色々読んできたが、一番わかりやすかった
  • 重要なポイントが具体的に書かれていてすごく実践しやすいと感じた
  • 無料とはとても思えない文章量で驚いた
  • 簡潔な文章ながら、すごく本質的な解説だと感じた

といった感想を実際にお寄せいただいています。

あなただけのM&Aの「成功」を目指すための本

本書の大きな特徴は、M&Aの「成立」ではなく「成功」のために何をすべきか、その具体的な行動について、理由を明確にしながら詳しく実践的に解説していることです。

多くのM&A入門書は、M&Aで実施されるプロセスや専門用語の意味、中小企業M&Aの業界動向などを、一般論ベースで「紹介」しているに過ぎません。そういった本を何冊読んでも、「M&A事情に詳しい人」にはなれますが、「M&Aに成功した人」にはなれないのです。

本書は、

  • 自分だけのM&Aのゴールを明確に定める具体的な方法
  • 各M&Aプロセスで自分が目指すゴールを見失わないためのコツ
  • 初心者が失敗を防ぐために、中小企業M&A業界に気を付けるべきこと

といった、大満足のM&Aを実現するための実践的なコツにフォーカスを当てています本書をお手元に置いて定期的に読み返すだけで、必ずM&Aの成功率は跳ね上がると断言できます

本書を読むと実現できる5つのこと

本書を最後まで読んでいただければ、誰でも以下の5つの知識と知恵が身に付きます。

  • 情報弱者として悪質なM&A業者に騙されない基礎知識
  • 自社にとって最良の後継者を選び出すノウハウ
  • M&A価格を最大化するためのテクニック
  • 自分に最適なM&Aスキームを選び出す考え方
  • M&Aの失敗を徹底的に予防する知恵

いずれも、M&Aの成功のためには必要不可欠なものです。これをわずか104頁で一気に習得していくことが可能です。

「M&A初心者にもわかりやすく、実行しやすく」を意識して制作

本書を書くにあたっては、「わかりやすく、実行しやすく」を意識しています。

具体的には以下の点を特に追求しました。

  • 記述については理由や根拠を必ず示し、読者の「本質的理解」を高める
  • 簡単に実行に移せるよう具体的な行動を提案する
  • 専門用語は本当に重要なものに限定し、用語で惑わせることのないようにする
  • すっきりしたデザインと大きな文字で読みやすくする

これらの点も、他のM&A本にはない大きな強みだと自負しています。

売り手のM&A入門書はこれで決まり!

売り手がM&Aのイロハから知りたい場合は、ぜひ本書をお試しください。M&Aの基本をすべて詰め込んだ本が、以下から無料でダウンロードできます。

M&A成功のコツがわかる本 M&A成功のコツがわかる本

必ずお役に立つことをお約束しますので、ぜひ印刷してお手元に携帯していただきたいと思います。

売り手向け② M&A業者の適切な使い方が具体的に学べる本

次にご紹介するのは、中小企業M&Aを仕切るM&A業者にフォーカスした売り手向け入門書です。

タイトル 損をしない会社売却の教科書
著者 江野澤哲也
出版社 ビジネス社
定価 1,400円+税
ページ数 223頁
短評 M&A業者の使い方にフォーカスしたわかりやすい実践書

中小企業M&A業界の実情や問題点、M&Aプロセスの進め方等を説明しながら、「中小企業M&Aは仲介ではなくFA(ファイナンシャルアドバイザー/売り手の代理人)を使うべきで、相対交渉ではなく入札で進めるべき」という明確な主張を展開している本です(著者はFAの方です)。

論拠が明確で文章もわかりやすい!

FAの方がFAの有用性を詳述している本ですので、もちろん宣伝の要素は大いにあります。

しかし、本書が凡百な宣伝本と一線を画しているのが、文章構成が非常にわかりやすく、論拠も明確で説得力があること。M&Aという取引に不慣れな方であっても、割とスイスイ読み進められると思います。

この本は私が上述の『売主がM&Aを成功させるポイントがすべてわかる本』を書く際にも大いに参考にさせていただきました。

M&A業者をうまく利用するために一読の価値あり

M&A業者としてFAを選ぶか仲介を選ぶかはともかく、M&A業者をうまく利用したいなら、ぜひ本書に目を通していただきたいと思います。

中小企業M&Aは、ほとんどの場合で売り手は初心者・情報弱者です。そのため、適切な知識を身に付けて、業者に利用されるのではなく、彼らをうまく利用する立場にならなければいけません。

本書は、「M&A業界の裏事情」と「業者を正しく選び、活用するテクニック」が具体的に記載されています。「賢い顧客」になりたいなら、大いに役に立つ本でしょう。

売り手向け③ 高く売りたいならぜひ読んでほしいアイデア本

売り手にオススメしたい本の3つめは、『あなたの会社は高く売れます』です。「少しでも高く売りたい」とお考えなら、ぜひご一読ください。

タイトル あなたの会社は高く売れます 小さな会社のM&A戦略
著者 岡本行生
出版社 ダイヤモンド社
定価 1,800円+税
ページ数 408頁
短評 自社の強み/弱みを分析して高値を引き出す具体的テクニックを解説

私が書店でこの扇動的なタイトルを見たときは「如何にもM&A業者が付けたタイトルだなぁ」と感じたのですが、その内容はすごく本質的かつ実用的で驚きました。

高値を生み出す考え方が身に付く

この本のすごいところは、高値に結び付く自社分析やアイデア出しのノウハウがかなり具体的に紹介されていることです。

M&Aで高値を引き出すには、何よりも「高く評価してもらえるポイントを探し、高く評価してくれる買い手に売り込む」ことが大切です。しかし、意外と多くの中小企業経営者が、自社の強みや弱みを適切に分析できていません。

実際に、弊社にご相談にいらっしゃる売り手さんも、すごくわかりやすい経営資源を持っているのに過小評価していたり、誤った方向性で魅力を押し出そうとしていることが少なくありません。

この本を読んでいただければ、ご自身ではなかなか気付かなかった自社の魅力を洗い出し、高く売る戦略が立てやすくなるでしょう。

時間がないなら第3章だけでも読んでほしい

この本は400頁を超えますので、少々読むのに時間がかかります。お忙しくて途中で投げ出したくなってしまっても、ぜひ第3章「あなたの会社の『強み』をあぶり出す小さくても高く売れる重要ポイント」だけは読んでほしいと思っています。

この章では、会社の強みやセールスポイントを抽出する際の6つの着眼点を紹介しています。

  1. 取引先
  2. 顧客
  3. ヒト
  4. シェア
  5. 特許・技術・情報
  6. とんがり

上記はアイデア出しのフレームワークとして非常に有効で、私もコンサル時には(若干改良して)使用させていただいています。ぜひこの章だけでもしっかり読んでいただき、自社の強み・セールスポイントをご検討いただければと思います。

買い手向け① 1番読みやすい買い手向けM&A入門書

では次に、買い手向けのオススメ本を紹介していきましょう。買い手向けの入門書はどれを選ぶか悩みましたが、『この1冊でわかる!M&A実務のプロセスとポイント』をおすすめしたいと思います。

大前研一氏の帯が目を引きますね(大前氏は関係ないので悪しからず)。

タイトル この1冊でわかる!M&A実務のプロセスとポイント
著者 大原達朗、松原良太、早嶋聡史
出版社 中央経済社
定価 2,400円+税
ページ数 216頁
短評 買収プロセスの基礎を体系的に学べる1番読みやすい入門書

1番スイスイ読めて基礎が学べる本

この本を選んだ最大の理由は「読みやすさ」です。

M&Aプロセスの全体像や各プロセスの内容を、短時間で一気に読み切ることができるという点では最良の入門書だと思います。

買い手向けの入門書を1冊に厳選するに際して、後述する次点の章で紹介する『最新M&A実務のすべて』とどちらがよいか悩んだのですが、「初心者向けでわかりやすさ最優先」ということで本書を選びました。

サクッと一読して全体像を把握しよう

よくできた本ですが、上記の『最新M&A実務のすべて』や、後述する専門分野に特化した本に比べると、論点の掘り下げがされているわけではありません。

そのため、まず一読し、M&Aの全体像を大枠で掴むための本としてご活用ください。

次章以降で紹介する買い手向け本②~④は、企業買収を成功させる上での重要論点を深く掘り下げた本であり、本当に熟読してほしいのはそちらになります。本書でM&Aの基礎を学び、そこから各論の本に進んでいきましょう。

その目的意識を持って読む上では、スイスイ読める本書は非常に有用です。

買い手向け② M&A価格の本質がスッキリわかる本

買い手にとって、M&Aが成功か失敗かを左右する非常に大きな意思決定が値決め(プライシング)です。値決めに関与するのであれば、まずは『高値づかみをしないM&A-成功するプライシングの秘訣』を熟読することを強く強く推奨します!

タイトル 高値づかみをしないM&A-成功するプライシングの秘訣
編者 アビームM&Aコンサルティング
出版社 中央経済社
定価 1,800円+税
ページ数 141頁
短評 M&Aの値決めの本質がとてもわかりやすく論理的に解説されている

本書はAmazonでは新品の取り扱いがなく、もしかしたら絶版かもしれません。しかし本当に良い本ですので、買い手企業のM&A担当者なら、中古や図書館などを活用して絶対に読んでいただきたいと思います。

M&A価格が決まる仕組みと高値づかみを防ぐノウハウを紹介

本書は「M&A価格はどのように決まるか?」という疑問に対し、非常に理解しやすい説明によって初心者でもわかりやすく解説してくれます。

そして、買収M&Aの典型的失敗である「高値づかみ」を防ぐためにはどうすればいいか、1つのスタンダードを提案しています。

そのスタンダードをすべての買い手企業が真似できるわけではないのですが、その説明はとても本質的なので、重要な部分をできる範囲で取り入れるだけで、高値づかみのリスクは大幅に減っていくでしょう。

「M&A価格は買い手の主観で決まる」は本書の要約

当サイトでは、「M&A価格は買い手の主観で決まる」という言葉を多用しています(たとえば「M&A価格はどう決まる?価格相場の調べ方と高く売る3つのコツ」という記事)。この言葉の基盤にあるのは、他でもない本書で丁寧に解説されているプライシングの基礎理論です。

私の解説が下手なため、「M&A価格が主観で決まる?そんなはずはないだろう」と思われた方がいらっしゃったら、是が非でも本書をご一読ください。M&Aのプライシングの真実が、非常にわかりやすい文章で論理的に解説されています。

M&A初心者だった私が大きな衝撃を受けた本

私は買い手企業の担当者としてM&Aのキャリアを積みましたが、まだ初心者のころには、

どの専門書にも「M&A価格は企業価値評価の結果から決まる」と書いてあるのに、実際にはそれでは入札負けしてしまうではないか!

という疑問を抱えていました。今考えたら赤面ものの勘違いですが、真面目に企業価値を計算した自分たちが良い会社を買えず、それよりもなぜか高い価格を提示した競合他社が買収に成功していることに、大きな不満があったのです。

そんな私の不満や疑問に対して、とても平易な文章で、しかもロジカルに答えを提示してくれたのが本書でした。本当に大きな衝撃を受けたことを覚えています。

企業価値評価の専門書10冊に勝るM&A入門書!

本書はとてもわかりやすく、M&A初心者でも読みやすい入門書の1つです。しかし、買い手にとって本書の価値は、専門家向けの企業価値評価の専門書10冊にも勝ると言えます。

もしあなたがバリュエーションの専門家ではなく、M&Aで企業を成長させる優秀な買い手担当者になりたいのであれば、価格に関しては本書さえ読めば9割マスターと言ってもいいでしょう(残りの1割は後述する『図解でわかる企業価値評価のすべて』で補ってください)。

数々のM&A本を読んできましたが、ここまでM&A価格の本質を平易な文章でロジカルに解説した作品を私は知りません。もはや芸術の域ですので、なんとしても読んでいただきたいと強く思います。

買い手向け③ PMIのノウハウを体系的に解説した実用書

「M&Aは買った後が本番」という言葉は、すべての買い手に肝に銘じていただきたいM&Aの本質の1つです。その「買った後」の成功ノウハウが詰まっているのが、『ポストM&A成功戦略』です。

タイトル ポストM&A成功戦略
著者 松江英夫
出版社 ダイヤモンド社
定価 2,800円+税
ページ数 322頁
短評 PMI(買収後の統合作業)の考え方や具体的な作業を詳しく解説

事業会社内部のウェットな部分も含めて徹底解説

筆者はトーマツのコンサルタントなのですが、本書はPMI(ポストM&A/買収後に買い手が行う組織統合の取組み)という事業会社の内部的な問題に向き合っている本です。

この本では、

  • 買い手企業内部にありがちな人間関係の調整
  • 対象会社のプロパー社員の感情面の配慮

といったウェットな部分もしっかり抑えながら、

  • PMIに取り組むプロジェクトチーム設計
  • ロケットスタートのためにM&Aの成立日までに行う準備
  • シナジー効果を追求する取組みのポイント
  • 人材流出を防ぐリテンションの方法

などの、PMI設計に不可欠な論点を具体的に提案しています。

PMIに不可欠な着眼点を、余すところなく体系的にまとめあげた本ですので、実務において重要な指針を示してくれるでしょう。

組織内部の担当者にこそ読んでほしい一冊

本書はM&Aの外部プロフェッショナルよりも、買い手企業内部で組織調整も含めてPMIの旗振り役を務める経営企画や社長室といった方に読んでほしい一冊です。

コンサルタントが書いた本ならではの読みづらさは多少あるかもしれませんが、それを補って余りある収穫がお約束できます。

実は、次にご紹介する『M&Aを成功に導くビジネスデューデリジェンスの実務』の前提知識づくりとしても非常に役立つ本ですので、できれば早い段階で読んでいただきたいと思います。

買い手向け④ 企業買収成功ノウハウがすべて詰まった傑作本

買い手向けとして最後にご紹介するのが、『M&Aを成功に導くビジネスデューデリジェンスの実務』です。

文字通りデューデリジェンスをテーマとした専門書ですが、入門書並みに読みやすいですし、何よりも買い手企業が知るべき買収成功ノウハウがぎっしりと詰まっています

タイトル M&Aを成功に導くビジネスデューデリジェンスの実務
編者 PwCアドバイザリー合同会社
出版社 中央経済社
定価 4,800円+税
ページ数 600頁
短評 デューデリジェンスという切り口でM&Aの必勝法を提案する名著。私の人生を変えた1冊

600頁と長い本ではありますが、ぜひ「はじめに」から全部読んでいただきたいと思います。

買収を成功させるためのデューデリジェンスの方法が全部書いてある

本書は「M&Aを成功に導く」とタイトルに冠しているとおり、「どのようなデューデリジェンスをすれば買収の成功に直結するか」という観点から記載されています。

買収M&Aの成否は「価格」と「PMI」の2点によるところが非常に多いのですが、本書ではデューデリジェンスを

  • 価格設定の妥当性・回収可能性をチェックする調査
  • PMIの目標やアクションプランを策定するための調査

として捉えています。

つまり、「デューデリジェンス」という切り口ではありますが、本書は「価格」や「PMI」といった重要課題に対して、M&Aを成功させる具体的なノウハウやテクニックを丁寧に解説した本なのです。

デューデリジェンスの具体的な作業から活用方法まで丸わかり

本書の内容を大きく3つに分類すると、

  • デューデリジェンスによって明らかにすべきこと
  • そのために実際に行うべきデューデリジェンスの作業内容
  • デューデリジェンスで明らかになったことをM&Aにどう活かせばよいか

という3つのポイントが挙げられます。これらを、わかりやすい順番で再構成しながら丁寧に解説していきます。

デューデリジェンスの本質的な目的・役割をしっかり身に付け、書かれている内容を真似するように実践でき、そしてその結果を遺憾なく「M&Aの成功」に結び付けるノウハウが理解できます。

まさに「買収前に行うべき事業調査のすべてが丸わかり」という内容になっています。

現実を理想に近づける「M&Aの必勝法」が身に付く

私が買い手向け4冊のうち、この本を最後にご紹介する理由は、他の3冊で買収M&Aにおける本質的な課題を学習していただいた後で読んでいただくことが最良と思うからです。

上記3冊を読んでいただければ、

  • M&Aプロセスの全体像
  • その中で特に注力すべきポイント
  • 特に重要な「価格」と「PMI」における1つの理想形

まではよくわかるでしょう。

あとは、現実を理想形に近づけていくノウハウが必要ですが、その答えを提供してくれるのが本書です。

デューデリジェンスによって、仮説を検証し、理想と現実の差を埋めていく方法が、具体的な作業内容を踏まえて事細かに記述されています。まさにM&Aの必勝法が書かれた虎の巻と言ってもいいと思います。

このサイトの「買収M&A成功のカナメ!デューデリジェンスのタスク5選とコツ7選」という記事は、本書を強く意識して書いているのですが、せいぜいエッセンスを紹介するに留まっています。より具体的テクニックを知りたい方は、ぜひ本書をご覧ください。

私の人生を変えた1冊

最後に、ちょっと大げさかもしれませんが、本書は私の人生を変えた本の1つです。

私が独立会計士として今の仕事をしているのは、買い手企業のM&A担当者時代に、買収M&Aで成功体験を積んできたおかげです。

多少は自分での試行錯誤もありましたが、成功体験の礎になったのは紛れもなく本書です。本書を真似しながらM&Aの成功ポイントを自分自身でも考えることで、ノウハウを習得していくことができました。

そのため、過去の私のような買い手企業のM&A担当者の方には、ぜひとも本書を読んでスキルアップしていただきたいと思っています。

(おまけ)できれば一緒に読んでほしい良書9選

今回は、なるべく少ない冊数を厳選しておすすめしようと思ったため、相当絞り込んでしまいました。本当はもっと紹介したい本も山ほどあるのですが、初心者向けではない本やマニアックな本は選外にしています。

以下では、そんな断腸の思いで選外にした9冊を、簡単にご紹介します。いずれも本当に良書ですので、特に買い手企業のM&A担当の方は、興味が湧いたものを手に取っていただければと思います。

より踏み込んだ買い手向けの概論2冊

M&Aに関する専門分野の入門書4冊

コーヒーブレイクに最適なM&Aを題材にした小説3作品

では、それぞれ簡単に紹介していきましょう。

ちょっと難しいけど読んでほしい買い手向けのM&A概論2冊

まずはM&Aを全般的に解説した2冊をご紹介しましょう。基本的には買い手企業のM&A担当者向けの本になります。

3歩踏み込んだM&A入門書

まず、買い手向け入門書を1冊に絞り込む際、上述の『この1冊でわかる!M&A実務のプロセスとポイント』と最後まで争ったのが、『最新M&A実務のすべて』です。

タイトル 最新M&A実務のすべて
著者 北地達明、北爪雅彦、松下欣親
出版社 日本実業出版社
定価 3,000円+税
ページ数 432頁
短評 初心者を脱却する3歩踏み込んだ入門書

M&Aの全体像を体系的に記した本ですが、『この1冊でわかる~』よりも1つひとつのプロセスや論点が細かく解説されています。また、法務、会計、税務とった専門分野の踏み込みも深く、その分野の基礎知識がしっかり身に付く本です。

ただ、『この1冊でわかる~』のほうが、遥かに文章も平易ですし、字も大きくて読みやすく、内容も広く浅くをコンパクトにまとめています。そのため、泣く泣く初心者向けとしては次点にしました。

しかし、内容の濃厚さを考慮すれば比較的読みやすい(少なくとも次に紹介する本よりは)ので、『この1冊でわかる~』が物足りない方はぜひとも読んでみてください。

テクニックの中から企業買収のコツと心構えが読み取れる必読書

もう1冊ご紹介したいのが、「正直読みづらいけど、買い手企業のM&A担当者には必読」とも言える『企業内プロフェッショナルのためのM&Aの技術』です。ぜひ襟を正して読んでみてください。

タイトル 企業内プロフェッショナルのためのM&Aの技術
著者 四方藤治
出版社 中央経済社
定価 2,800円+税
ページ数 279頁
短評 M&Aという手段で「企業全体を成長させるため」のノウハウが書かれた買い手必読の書

ほとんどM&A本は、FAなどの外部コンサルタントが著述しており、「本来こうあるべき」という理論理屈に偏っているものが少なくありません。これに比べて、本書は日産自動車でM&Aを担当した「M&Aの当事者本人」が書いた本です。

そのため、「外部コンサルタントが言っている言葉をどう捉えるか」にまで踏み込んでM&Aを解説しています。多くの本が「サービスを提供する側の論理」で解説しているのに対し、本書は「サービスを受けながらM&Aを成功に着地させ、企業の成長につなげる技術や考え方」を述べているのです。

ただ、惜しむらくは言葉遣いや文章構成が独特で、読みづらい本でもあります。上記の初心者向けの本を消化した後、より企業買収の実務に踏み込みたいという方におすすめです。

M&Aに関する専門分野の入門書4選

買い手企業でM&Aの担当者として成長するためには、まずはプロセス全体、値決め、PMI、デューデリジェンスといった重要ポイントを抑えることが必要です。そのための基礎知識は買い手向けのオススメ4冊でしっかり身に付くでしょう。

しかし、M&A担当者として一人前になるためには、

  • 企業価値評価(バリュエーション)
  • 会計(結合分離会計)
  • 税務(組織再編税制)
  • 法務(契約書作成・チェック)

といった、より専門的な4分野についても、「専門家の言葉が理解できて、必要な質問ができる程度」には知識を身に付けていただきたいと思います。

そこで、中級者一歩手前の方向けに、上記4分野の良書を1冊ずつご紹介しましょう。

日本一わかりやすい企業価値評価(バリュエーション)の入門書

初心者の方に企業価値評価の本をご紹介する際、私は必ず『図解でわかる企業価値評価のすべて』を第一候補に挙げています。

タイトル 図解でわかる企業価値評価のすべて
著者 KPMG FAS
出版社 日本実業出版社
定価 2,000円+税
ページ数 206頁
短評 日本一わかりやすい企業価値評価の入門書

恐らくこの国には、本書以上にわかりやすい企業価値評価の本はありません。

どんなに「自分は数字に弱い」と思っている方でも、この本の第2章を読むだけで、必ず企業価値評価の基本が感覚的にイメージできると断言できます。

企業価値評価という分野のため、どうしても専門用語は出てきますが、それでもかなり丁寧に説明されています。

企業価値評価で飯を食うプロを目指すなら別ですが、彼らを雇って活用する側にいるならば、本書と『高値づかみをしないM&A-成功するプライシングの秘訣』の2冊を読めばもう十分です。

130の設例で解説するM&A・組織再編会計の事典

M&Aや組織再編を頻繁に行う上場企業の担当者であれば、ぜひ『図解+ケースでわかるM&A・組織再編の会計と税務』を手元に置いておきましょう。

タイトル 図解+ケースでわかるM&A・組織再編の会計と税務
著者 小林正和
出版社 中央経済社
定価 6,400円+税
ページ数 624頁
短評 設例が130例!M&A・組織再編会計の事典となる624頁の大著

この本のすごいところは、設例がなんと130例もあることです。他の会計本とは別次元の設例数ですので、検討中のM&Aや組織再編を辞書的に探せば、簡単に会計処理の大枠が掴めます。

M&Aや組織再編の会計分野は「企業結合・事業分離会計」と呼ばれ、非常に難解なので、慣れないうちはこの本で会計処理を確認しながら会計・税務のインパクトを検討することをおすすめします。

税務面からM&A・組織再編スキームの組み方が学べる本

M&A・組織再編スキームを決める際には「税務」も非常に重要になります。税務面を踏まえたスキーム作りの参考になるのが、『M&A・組織再編スキーム 発想の着眼点50』です。

タイトル M&A・組織再編スキーム 発想の着眼点50
著者 宮口徹
出版社 中央経済社
定価 3,000円+税
ページ数 276頁
短評 M&Aや組織再編のスキーム選びを「税務」の観点からわかりやすく解説

本書は、まずM&Aや組織再編、グループ経営に関係する税制をざっと説明した後、実際に行われているスキームの税制面のメリット・デメリットを解説していきます。

設例は具体的で、たとえば「連結納税を適用している際の繰越欠損金の活用方法」や「SPCでの買収後に合併するメリット・デメリット比較」など、M&Aや組織再編の現場で実際に議論されるような内容になっています。

M&Aの本と言うよりも、グループ経営におけるテクニック集といった趣ですが、組織再編税制に関心のある方には非常に面白い本となっています。

中小企業のM&Aでは、大企業にはないルーズな法務問題が頻出します。これらの頻出課題に真正面から向き合った本が『中小企業買収の法務』です。

タイトル 中小企業買収の法務
著者 柴田堅太郎
出版社 中央経済社
定価 3,400円+税
ページ数 300頁
短評 中小企業M&Aでありがちな法務上の論点やトラブルポイントを解説し、対策も提案

契約書の条項など、法務面での注意点を解説した本は少なくありませんが、「中小企業M&A」に特化しているのが本書の特長です。

たとえば、

  • 株券発行会社なのに株券を発行したことがない場合はどうするか?
  • 名義株主と連絡が取れない場合に懸念されるトラブルと対応策
  • 不合理な融通を利かせている社長親族の会社との取引を解消する実務的な方法

など、かなり生々しいトラブル要因と対応ノウハウが満載です。

本書を一読しておくだけで、M&Aのトラブル対応力が格段にアップします。ぜひ読んでみてください。

M&A好きなら楽しめる小説作品3選

最後に余談として、M&Aを題材にした非常に面白い小説3作品をご紹介します。コーヒーブレイクには、これまでご紹介した知的好奇心をくすぐる本とは別に、スリルや感動を与えてくれる小説はいかがでしょうか。

「史上最大の敵対買収」の裏側を描くスリリングなノンフィクション!

最初にご紹介するのは、実際に行われた敵対買収の関係者を丹念に取材したルポタージュの傑作『野蛮な来訪者-RJRナビスコの陥落』です。

タイトル 野蛮な来訪者-RJRナビスコの陥落
著者 ブライアン・バロー、ジョン・ヘルヤー
訳者 鈴木敦之
出版社 日本放送出版協会
定価 上巻2,800円+税、下巻2,800円+税
ページ数 上巻507頁、下巻500頁
短評 史上最大の敵対買収の舞台裏!実際に起こった超大型M&Aの当事者を丹念に取材したスリリングなノンフィクション

本書は「史上最大のM&A」として有名な、KKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)によるRJRナビスコの買収劇を徹底的に取材したノンフィクションのルポタージュです。

空前の好景気に沸く1989年、当時全米有数のメガ企業だったRJRナビスコの自社TOBに乗じて、一獲千金を狙う金融プレーヤーたちが一斉に敵対買収へと動き出します。このしのぎあいの結果、実に250億ドルのLBOが成立し、この記録は未だに破られていません。

本書はRJRナビスコの内部にいた経営陣や、買収劇の勝者であるKKRメンバーだけでなく、彼らと死闘を演じた競争買収者も含め、幅広い関係者に取材し、世紀の敵対買収劇の裏側を多面的に描きあげた渾身の作品です(資金調達に失敗して全然戦えなかった人まで取材しています)。

今はわかりませんが、かつては「PEファンドに入社した新人が最初に渡される本」というぐらいの必読書でした。このスリリングな攻防は、金融の世界にいない方でも十分に楽しめると思いますので、ぜひ手に取ってみてください。

強欲がぶつかり合うド派手な買収劇!

M&Aに携わる人間のご多分に漏れず、私もハゲタカシリーズは好きなのですが、中でも一番のオススメがシリーズ4作目に当たる「グリード」です。

タイトル グリード
著者 真山仁
出版社 講談社
定価 上巻1,700円+税、下巻1,700円+税
ページ数 上巻378頁、下巻402頁
短評 欲望にまみれた資本市場で、米国の象徴企業を鷲津が奪い取る!ハゲタカシリーズでも特に派手な買収劇

ハゲタカシリーズは、初期の作品は主人公・鷲津政彦のキャラクターを楽しむ部分が強かったのですが、本作はシリーズでもっとも派手な敵対買収劇そのものの面白さが溢れた作品です。

日本人の鷲津が、時に敵対していた日本人キャラクターたちと(部分的に)協力しながら、米国の象徴的企業「アメリカン・ドリーム社」(エジソンが作ったという設定の架空の会社)を買収してしまうという、非常に痛快な舞台設定となっています。

途中で紹介されるトーマス・エジソンの逸話や、最終盤にはちょっとしたどんでん返しなど、胸のすくような感覚にもあふれた作品です。

なお、上述の「野蛮な来訪者」を先に読んでいると、多くの元ネタに気付いてニヤリとできるでしょう。

企業再生をテーマにした胸が熱くなるノンフィクション

最後にご紹介したいのが、潰れかけた会社を救済買収しては再生させ、「再建王」と呼ばれた実在の人物、坪内寿夫をモデルにした落合信彦の作品『戦い いまだ終らず』です。

タイトル 戦い いまだ終らず
著者 落合信彦
出版社 集英社
ページ数 488頁
短評 企業再生に懸ける経営者の信念と執念に胸が熱くなる「再建王」の一代記

シベリア抑留から生還した主人公・大宝米蔵は、抜群の商才で一大企業を作り上げます。そんな実績から、不況にあえいでいた造船所の救済買収を依頼され、次々に経営再建を果たしていきます。しかし、財界の重鎮から肝いりで押し付けられた佐賀野重工(モデルは佐世保重工業)の再建では、社内勢力から強烈な抵抗を受けてしまい・・・。

稀代のワンマン経営者が自信の信念を貫き、経営再建に奮闘する生き様を、落合信彦らしいハードボイルドな描写で描いていきます。一度でもPMIで苦労したことがあれば、米蔵の信念・執念には胸が熱くなること間違いなしの作品です。

なお、残念ながら絶版になっているようですので、中古または図書館で探してみてください。

おわりに

今回は、M&Aの初心者にぜひ読んでほしい売り手向け3冊、買い手向け4冊と、できれば一緒に読んでほしい9冊をご紹介しました。

おさらいとして、売り手向けのオススメ本は以下の3冊です。

次に、買い手向けのオススメ本は以下の4冊です。

いずれもM&Aの成功率を跳ね上げてくれる良書ですので、ぜひお手に取って読んでみてください!

]]>
https://str.co.jp/merger-and-acquisition/books-about-ma/feed 0
不況時のM&A市場解説!不景気の会社売却の判断基準と高く売るコツ https://str.co.jp/merger-and-acquisition/transfer/mergers-and-acquisitions-in-the-recession https://str.co.jp/merger-and-acquisition/transfer/mergers-and-acquisitions-in-the-recession#respond Tue, 31 Mar 2020 04:27:41 +0000 https://str.co.jp/?p=7299 本稿執筆時現在、新型コロナウィルス(COVID-19)の影響で、景気の急激な悪化が顕在化しています。

これまで、「いずれ会社を売ろう」とお考えだった方の多くが、

  • 今後長期的な不況になったら買い手がつかなくなるのでは?
  • 売れたとしても思い切り買い叩かれるのでは?

と大きな不安を感じているでしょう。今急いで売るべきか、じっと耐えて景気の好転を待つべきか、お悩みの方も多いのではないでしょうか。

結論から言うと、すべての読者の方に一律に「今売るべき」とも「まだ待つべき」とも言えません。重要なことは、市場の状況と自社の見通しを分析し、将来において決して後悔しないよう、冷静に判断することです。

たしかに、不景気の状況下では買い手が思うように集まらなかったり、価格が伸びないことも少なくありません。

一方で、リーマンショックのような大きな不況では、引き続き経営をしていても業績が悪化し、不況が明けるころには企業価値が大幅に減少していることもあり、早めに売ったほうがよいということもありえます。

この記事では、そんな場合における冷静な判断の大きな一助になるよう、リーマンショックや東日本大震災といった経済危機に、中小企業のM&A市場がどのような影響を受けてきたかを踏まえながら、

  • 不景気になるとM&A市場はどうなるか?
  • 不景気で会社を売るべきか?待つべきか?のパターン別のオススメ選択肢
  • 不況でも会社を高く売る4つのコツ
  • 景気好転まで待つ場合にやっておくべきこと

についてご紹介します。

最後までお読みいただければ、「今売るべきか否か?」というお悩みに、1つの判断基準をご提案できるでしょう。

なお、本記事執筆時点ではコロナウィルスの影響を完全には見通せておらず、あくまで筆者の経験則に基づく予測ですので、予めご承知おきください。

M&A成功のコツがわかる本 M&A成功のコツがわかる本

不景気では「売れる会社」と「売れない会社」の差が大きくなる

リーマンショック級の大きな不景気では、多くの会社が「売れない」という深刻な事態になる反面、一部の「売れる会社」に人気が集中し、それぞれの格差が大きくなると考えられます。

具体的には、以下のような影響が生まれると予測されます。

  1. 買収意欲の高い買い手が減る
  2. 会社を売りたい人の数は増える
  3. 買い手の案件選別は厳しくなる
  4. その結果、売れない会社が大幅に増える
  5. 一方、売れる会社に投資マネーが集中し、価格が上がる

以下、それぞれ内容をご紹介していきましょう。

1.買収意欲の高い買い手の数が減る

まず、確実に起こる変化として、積極的に買収を進める買い手企業が減るということが挙げられます。

実際のデータを見ながら解説しましょう。以下は、日本企業同士のM&Aの案件数推移をグラフ化したものです(レコフデータのM&A四半期レポート[外部]より作成しました)。

国内M&A案件数の推移

見ていただければ一目瞭然ですが、2008年のリーマンショックから2011年の東日本大震災にかけて成立したM&A案件数は急落し、最悪期の2011年は2006年の半分程度にまで落ち込んでいます。

その後、アベノミクスの開始とともに再び上昇基調に転じていることからも、M&A市場が如何に景気動向に左右されるかが読み取れるのではないでしょうか。

ご承知のとおり、不況下ではキャッシュこそ重要ですので、景気の先行きが見えない中で余剰資金をリスク投資に振り向けようという企業は減ってしまいます。これがM&Aの案件数が減少する最大の要因であり、不況が長引くほど、買い手の財布の紐は固くなるでしょう。

インパクトはちょっと遅れてやってくる?

なお、M&A市場は景気の良し悪しによって大きく変動しますが、すぐに景気の悪化/回復を反映するわけではなく、ジワジワと影響を受けると思われます。

下図は上記の国内案件数(棒グラフ)と、日経平均株価の終値(折れ線グラフ)を比較したものです。

M&A案件数と日経平均株価の関係

2008年のリーマンショックにせよ、2013年のアベノミクス開始にせよ、株価の変動がすぐにM&A市場に大きなインパクトを与えたわけではなく、M&A市場はゆっくりと悪化/回復を反映している様子が見て取れます。

サンプルが少ないので明確なことは言えませんが、M&Aは買い手の気分によって進む側面が意外と大きいため、不況が長引くほど買収意欲は下がり、本当に景気回復が実感できるまで回復しないものと思われます。

2.不景気では会社を売りたい人の数は増える

次に、好景気と不景気では、明らかに不景気のほうが「会社を売りたい」と思う人が増えます。

確かに、「今は市況が悪くて買い手が渋いから、景気が好転するまで待とう」という方も一定数はいらっしゃるでしょう。しかし不況下ではそれ以上に、「先行きが不安だから、早く売りたい!」とか「早く売らなければそもそも資金繰りが立ち行かない!」という方が多くなります。

もし今赤字で、今後も赤字が続く見込みなら、待てば待つほど会社の財産が流出するということです。このような場合は、一刻も早く売ったほうがよいというのは事実でしょう。

3.買い手の案件選別はどんどん厳しくなる

買収意欲の買い手が減るということは、数少ない積極的な買い手にとっては、ライバルが減るということです。また、売り手が増えるということは、買い手としては選択肢が増えるということです。

そのため、不景気になると、買い手の案件選別は厳しくなり、本当に良い会社だけを厳選して買うようになります

特に、不況下では「業績が悪化している会社」が大量に売りに出されます。このような会社に手を出すのは買い手としても非常にリスクですので、慎重になるのは当然のことです。

4.その結果、「売れない会社」が大幅に増える

上記のような状況になりますので、「売れない会社」はますます買い手探しが難しくなりますし、売れても足元を見られて安値になってしまうでしょう。売れない会社とは、たとえば以下のような会社です。

  • 業績が大幅に悪化している
  • 買い手が興味を示す特徴や稀少性がない
  • M&A業者の売り込みが下手

このような会社を好条件で売るのはなかなか難しくなります。適切な判断基準は次の章でご紹介しますが、今急いで売らなくてもよいなら景気回復まで待つのが得策でしょう

M&A仲介業者は一気に淘汰が進むのでは?

これは私の勝手な想像ですが、これからは、ここ数年の好景気で雨後の筍のように登場した新興のM&A仲介業者の倒産・廃業が一気に増えると予想しています。

これまでは、紹介手数料のバラマキや広告費の大量投下によって多数の売り手を見つければ、買い手への売り込みが下手でも、そのうち何%かは買い手が買い取ってくれました。

しかし、これからはM&Aの成立確率が大幅に減るため、会社の強みを適切な買い手に売り込める業者しか生き残れないでしょう。

実際、足元では進行中のM&Aの延期や中止が連発していると聞きます。特に「完全成功報酬制」を謳う業者には大きな逆風で、M&A進行中に突然倒産してしまうケースも出るのではないでしょうか?

5.一方、売れる会社に投資マネーが集中し、価格が上がる

これに対して、実は「売れる会社」の場合は、逆に好況時より高く売れる可能性があります

なぜなら、不景気で買い手の数が減っても、ゼロにはなりません。彼らは「不況でもちゃんと儲かる投資先」を一生懸命探していますが、なかなかそんな会社にはめぐり会えず、非常に困っています(特に、投資することが仕事の「PEファンド」には死活問題です)。

もし、そんな「優良案件に飢えた投資家」の目の前に、

  • 不況でも安定的に高い利益を生み出している会社
  • 不況などお構いなしにガンガン成長している会社
  • ちょっとした努力で簡単に大きなシナジーを生み出せる会社

が現れたら、どうなるでしょうか? 必ず、「高値を出しても買いたい!」と思ってくれるはずです。

あわよくば、そのような買い手を複数集めて競争させましょう。不景気を忘れるほどにしっかりした金額で売れるチャンスは十分に訪れます。

どん底の不景気でも高値で売れたプロミス

日本のM&A市場がどん底だった2011年でも、大型のM&Aがなかったわけではありません。

たとえば、三井住友フィナンシャルグループは、この年に消費者金融のプロミスに対する買収と増資を行い、約2,000億円を投下しています。これは、プロミスの過払い金処理やリストラが一段落しており、今後は増資で財務基盤を強化するだけで一気に業績回復するという見込みがあったためとされます。

このように、買い手が「今買えば割と簡単に利益を出せそうだ!」とか「こんな将来性のある会社が売りに出ているなんて千載一遇のチャンスだ!」と感じてくれれば、決して買い叩かれるわけではないのです。

不景気で会社を売るべきか?待つべきか?パターン別のオススメ選択肢

不況下におけるM&A市場の状況は上述のとおりですが、では、あなたが「今会社を売るべきか?景気が好転するまで待つか?」で迷ったときの判断基準をご提案しましょう。

具体的には、下図のパターン別に考えるのがよいと思います。

不況時に会社を譲渡する判断基準

なお、ここで説明するのはあくまで「価格」にフォーカスした場合の判断基準です。実際の事業承継では価格以外の要素も非常に重要なので、ご自身のお気持ちをよく整理しながらご検討ください。

パターン1.赤字になりそうなら「安くても早く売る」のも仕方ない

もし今回の不況のあおりで、あなたの会社が赤字になってしまうようなら、安くても早く売ることを真剣に検討することをおすすめします。赤字とまで行かずとも、利益が大幅に減少する場合には、妥協案としての選択も考えるべきでしょう。

なぜなら、そのような状況下では、景気の好転を待っていることが致命的になりかねないからです。不況はいつ終わりを迎えるかはっきりとはわかりませんし、その深刻さや自社への影響も完全には測れません。

私自身、業績が悪化しているにも関わらず、「もう少し頑張ってみよう」と自分を励まして続けた結果、買い手が付かない状況に陥った方を何人も見て来ました。一過性であるという強い自信がなければ、真剣に急ぐ選択肢を考えるべきでしょう。

会社の価値は2つの要素でできている

会社を売るには買い手に高い価値を感じてもらう必要がありますが、会社の価値とは主に以下の2つの要素でできています。

  • 現在会社が持っている換金性のある財産(Ex.現金預金)
  • 今後の事業運営で生み出されるであろう利益

赤字の場合、この両方の価値が大きく減少していきます。特に現在持っている財産がどんどんなくなっていきますので、早く決断したほうがよいのです。

パターン2.売上が停滞し減益になりそうなら、「買い手のシナジー」で考えよう

伸びていた売上が横ばいまたは減少傾向となり、利益も同様の推移が見込まれる場合、判断が少々難しいです。こんなときは、手堅く強いシナジー効果を生み出せる買い手が思いつくかどうかで考えてみましょう。

もし、手堅く大きなシナジーを生み出せる買い手が3~4社思いつくなら、彼らにM&Aを売り込んでみる価値はあります。

逆に、特に手堅いシナジーが思いつかないなら、景気の好転を待つのが得策でしょう。

2-1.手堅く大きなシナジーを生める候補が3~4社あれば、売り込んでみよう

手堅いシナジー効果とは、買い手が大きなコストや投資をしなくても、利益を引き上げることができるシナジー要素です。たとえば以下のようなものがあります。

  • 大手チェーン店との仕入統合によって、仕入単価が安くなる
  • ITシステムを買い手企業と統合することで、システム会社へのコストをカットする
  • 潤沢なキャッシュを持つ大企業から資金提供してもらうことで、借入コストが大幅に減る
  • (許容できるなら)人員削減や買い手との配置転換によって、人件費を減らす

このようなシナジー効果による経営改善が容易にできる買い手に対し、シナジープランと一緒に売り込んでいけば、強い興味を示してくれる可能性があります

なお、売上が伸びるシナジープランは絵に描いた餅に終わりやすい上、不況下ではリスキーですので、買い手はあまり魅力を感じません。なるべく買い手が計算しやすいコスト面のシナジーを選択しましょう。

収益シナジーやコストシナジーなど、シナジー効果の種類については「M&Aの【シナジー効果】のすべて|意味、種類、重要性、価格反映」という記事でご紹介していますので、ぜひヒントにしてみてください。

2-2.手堅いシナジーが思いつかないなら、景気回復まで待った方がいい

手堅くシナジー効果を生み出すアイディアが浮かばないのであれば、景気回復まで待つことをおすすめします。

なぜなら、不況下では買い手もリスクの大きなシナジーには及び腰なので、M&A後もせいぜい横ばいの業績見込しか織り込んでくれません。その状況では、会社に高い価値を見出してもらえず、価格が伸びないのです。

現状を維持できると見込まれるのであれば、ここはぐっとこらえて景気回復を待ちましょう。景気が回復すれば、買い手も強気になりますし、買い手の数も増えて競争環境が生まれてきます。

ただし、業績が悪化すると見込まれたらすぐにパターン1に切り替えましょう。上述のとおり不況が長引くほどM&A市場はワンテンポ遅れて悪くなり、景気が急回復してもすぐに回復するわけではありませんので、決断の遅れが致命傷になるリスクには要注意です。

なお、待つという選択をする場合は、なるべく次のパターン3に近づけるよう努力していきましょう(努力の方法は後述します)。

パターン3.売上が減少傾向でも利益率を改善できるなら、景気好転まで待とう

積極的に待つべきパターンが「利益率が改善している」という状況です(利益率とは、売上高に対する営業利益等の割合のことです)。

単純な話ですが、今利益が減っている理由が景気の悪化であることが明白であれば、不景気の出口が見えてきたころに買い手の興味が一気に高まります。このとき、不況下においてシビアにコスト削減し、筋肉質な利益体質を実現できていれば、景気回復によってその価値は何倍にもなるのです

なお、あくまでも売上の減少が景気悪化による一時的なものであればの話です。単に事業の魅力がなくなっているのであれば、景気回復まで待つのはリスキーです。

パターン4.売上高が力強く伸びているなら今こそ売り時かも!

もしも不況もなんのその、という勢いで売上高がグイグイ伸びているなら、もしかしたら今こそ高値が付くチャンスかもしれません。

上述のとおり、ファンドや上場企業の買収担当者など、「優良案件に飢えた投資者」は間違いなく存在します。彼らは買収をすること自体が仕事ですから、本当に優良案件と思えば一生懸命に高値で買おうとしてくれます。

もし自社がそうである可能性があるのであれば、匿名ルートでファンドなどに興味関心を聞いてみましょう。強い反応が返ってきたら売り時と考えてもよいでしょう。

不況でも会社を高く売る4つのコツ

不況下では、上記のパターン4以外は、好景気に比べて価格が伸びにくいというのも事実です。そんな中でも、少しでも高く売るコツをご紹介します。

  1. 自社の強み・弱みを分析して、適切な買い手候補に売り込む
  2. 強み・弱みや将来性を丁寧に説明して、買い手の期待を引き付ける
  3. 複数の買い手候補を競わせ、競争を過熱させる
  4. 買い手には絶対に弱気を見せない

基本的には、上記1~3は好況時でも重要なことです。ただし、不況下では3は難しいことがあるので、そんなときは4を意識しましょう。

以下、それぞれ解説していきます。

コツ1.自社の強み・弱みを分析して、適切な買い手候補に売り込む

これは「当てずっぽうに買い手を探すのではなく、自社の価値を高く評価してくれる買い手候補に絞って売り込みましょう」ということです。

不況下では、特にリスク投資に消極的な買い手企業が多いため、強い興味を持ってくれる買い手に効率的に売り込んでいく必要があります。そのためには、自社をよく分析しましょう。

今回の不況に際して、業績が悪化しているなら、何が足りなくて悪化したのでしょうか? 逆に乗り切れているなら、何がよくて乗り切れているのでしょうか?

この理由を突き詰めていけば、必ず「自社が持っている/持っていない経営資源」が見えてきます。自社が持っている経営資源が重要ならばそれを欲しがる買い手に、持っていない経営資源が重要ならばそれを持っている(子会社に提供できる)買い手に売り込むのが得策です。

適切な売り込み先リスト(ショートリスト)を作ろう

売り込み先のリストのことをショートリストと言いますが、不況下ではこの重要性が増してきます。

なぜなら、上述のとおり不況が長引くほどジワジワとM&A市場が縮小していきますので、スピード勝負なのです。可能性の高い買い手候補に効率的にアクセスしていきましょう。

自社の強み・弱みの分析からショートリストを作り込むコツについては「ショートリストとは?M&Aで重要な4つの役割と作り方5ステップ」という記事で丁寧にご紹介していますので、ぜひ参考にしてください。

コツ2.強み・弱みや将来性を丁寧に説明して、買い手の興味を引き付ける

どんなに適切な買い手候補に売り込みに行っても、相手に自社の強みやシナジー可能性が伝わらなければ、何の意味もありません。情報開示は丁寧に行いましょう。

情報を開示する際は、「インフォメーションメモランダム(IM/企業概要書)」と呼ばれるパンフレットのような冊子を作成し、相手に見せることになります。このインフォメーションメモランダムこそM&Aの最重要資料になりますので、自社の魅力をしっかり盛り込みましょう。

インフォメーションメモランダムの作成方法や記載内容については「会社の値段に3倍差が付くインフォメーションメモランダムの記載内容」という記事で解説していますので、ぜひご覧ください。

コツ3.複数の買い手候補を競わせ、競争を過熱させる

高値を引き出す3つ目のコツは、複数の買い手候補を競わせるということです。

当たり前ですが、買い手は1円でも安く買いたいと思っています。不況下でリスク投資をする際は、なおさらその意識が強くなります。このような状況では、売り手の足元を見て様々な値引き交渉を仕掛けてくるのは当然と言えるでしょう。

可能な限り、複数の買い手候補を競わせることで、「あんまり渋いことを言ってると他に売るよ」と言える状況を作りましょう。これがなければ、良い価格はまず出てきません。

もっとも、不況下では買収意欲の高い複数の買い手候補を集めること自体が難しい場合があります。そんなときは、次のコツ4を意識しましょう。

コツ4.買い手には絶対に弱気を見せない

M&Aは交渉ですので、「早く成立させたい」と強く思ったほうが不利になるゲームです。「早く売って不安から解放されたい」という態度を読み取られてしまうと、足元を見られてどんどん売買条件が悪くなっていきます。

どんなに不安でも、ハッタリをかまして、「別に良い条件が出なければ売らなくてもいいよ」という態度で臨みましょう。そのままハッキリ発言すると相手が下りてしまう可能性があるため、あくまで態度で示すことが重要です。

これは簡単なことではないのですが、不況と言う逆境下で好条件を引き出すには、欠かせないテクニックと言えるでしょう。

仲介業者にも弱気は見せてはいけない!

なお、仲介業者に対しても、弱気や焦りは見せずに、買い手と同じく「良い条件が出れば売りたい」という態度で接しましょう。

仲介業者はM&Aを「成立」させて報酬を得る仕事ですので、なるべく成立のハードルを下げたいと考えています。そのため、弱気な態度は買い手に筒抜けになるとお考えください。

景気好転まで待つ際は利益率の改善を目指そう

最後に、もしあなたが「今は売らずに、景気が良くなるまで待とう!」と決断された場合に、今何をすべきかをご紹介しましょう。

基本的にはパターン3でご紹介した「利益率を改善する」ことです。以下ではその理由や具体的なポイントについてご紹介しましょう。

売上が下がっても利益率が改善していると、将来期待が大きくなる

不況下で利益率を改善することのメリットは、景気が回復した際の買い手の期待値が大きく上がることにあります。単純な例でご説明しましょう(わかりやすさ優先のため、かなり極端な例を用います)。

景気が良かった時期に、売上高が5億円で、利益率が5%のA社とB社があったとします(下図)。

売上と利益率の不況の影響

不況が来て、A社は売上の減少を4%で食い止めたが利益率はそのまま。B社は売上を20%も落としてしまったものの、コストカットで利益率を0.5%pt改善したとします。現在の利益はA社のほうが大きいです。

さて、その後いよいよ景気回復が見えてきた場合、それぞれの将来業績はどのように予想されるでしょうか? すごく単純に考えた場合ですが、「売上が回復すればB社のほうが儲かる」という予測になるでしょう(下図)。

不況下では利益率の改善が得策

もちろん、実際には費用には固定費と変動費もありますので、売上減少に対して利益率を下げないこと自体が困難ですから、こんな単純に考えられるわけではありません。ただ、基本路線としては、

不況下では売上維持よりも利益率の改善が価値向上につながる

と考えていいでしょう。

固定費よりも変動費の削減が将来の価値を生む

なお、景気の回復局面のことを考えれば、固定費を削減するよりも、変動費を削減したほうが、利益改善効果が高くなります。

たとえば、現在利益ゼロで固定費・変動費が同額の会社があったとして、何らかの方法で20百万円のコスト削減ができたとしましょう。

固定費・変動費のいずれで削減したとしても、現在の利益は20百万円増えるだけですが、将来10%の売上回復が見込まれる場合には、変動費を削減していたほうが将来の利益が大きくなります(下図)。

変動費の削減が将来の価値を生む

このように、将来的に売上高が回復するという前提であれば、固定費の削減よりも変動費の削減(正確には、限界利益の向上)のほうが、将来の価値を高めてくれます。

※ただし、売上が引き続き下がる局面では固定費削減がセオリーですので、バランスよくコストカットを検討しましょう。

実際のM&Aも意外とシンプル

上記は非常にシンプルな損益構造と将来予想で説明していますが、実は現実のM&Aにおいても、買い手はこのぐらいシンプルな将来予想で会社の価値を値踏みしています。

実際の会社買収では、買い手は対象会社の断片的な資料(インフォメーションメモランダムに記載されている内容)だけで将来の損益予測やシナジー効果を考えていきますので、会社の内情をよく知る売り手からすれば可笑しいぐらい単純に物事を捉えます。

逆に言えば、このぐらいシンプルに分析されても、正しく会社の将来性が伝わるように丁寧な説明が求められるのです。

変動費を削減する経営施策の例

最後に、変動費を削減するヒントとして、経営施策の例をご紹介しましょう。自社の実情に合わせて現実的なものを実施してみましょう。

  • 仕入交渉を行い、仕入単価を引き下げる
  • 店舗・工場のオペレーションを見直し、パート・アルバイトの時間を削減する
  • 固定費である正社員の空き時間を把握し、パート・アルバイトと交代させる
  • 売上連動やクリック連動の広告・販売手数料を抑える
  • 発送業者を変更して運賃を引き下げる

なお、重要なことは「限界利益率を下げる」ことですので、少々劇薬になりますが、

  • 商品を少し豪華にする代わりに、売り値を引き上げる(Ex.ランチセットにサラダを付ける代わりに100円値上げする)

という方法も有効です。仮に値上げで売上が下がっても、限界利益率が向上していれば、売上が回復した際の利益が増えるからです。

おわりに

今回は、到来が懸念されている不景気において、M&A市場がどうなるかの予想と、それに対応する方法について、筆者の意見をご紹介しました。

M&A市場は収縮することはあっても、なくなることはありません。基本に忠実にうまく立ち回ることは、好況・不況に関係なく満足できるM&Aにつながる唯一の道です。

ぜひ、ご自身のビジネス環境と業績状況を冷静に分析し、後悔しない最良の判断をしてください。

]]>
https://str.co.jp/merger-and-acquisition/transfer/mergers-and-acquisitions-in-the-recession/feed 0
【事例】40億の借金を返した経営者は、なぜ会社を売ったのか?湯澤剛氏が語る事業承継M&Aの苦悩と後悔 https://str.co.jp/merger-and-acquisition/transfer/m-a-case-studies-yuzawa https://str.co.jp/merger-and-acquisition/transfer/m-a-case-studies-yuzawa#respond Mon, 03 Feb 2020 07:58:32 +0000 https://str.co.jp/?p=6264 事業承継や、その手段としてのM&Aにお悩みの方は、ぜひ同じように事業承継に悩まれ、M&Aを実際に行った方の体験談に耳を傾けていただきたいと思います。そこには当事者が現実に感じた生々しい事業承継M&Aの実態があり、多くの教訓や示唆に富むものでしょう。

ただ、M&A仲介会社が主催するセミナーに行っても、「M&Aの成功者」が語る「M&Aの素晴らしさ」しか聞くことができません。それよりも、M&Aを振り返って後悔していることや反省していること、M&Aを決断したり進めたりしていく中での心の葛藤を語ってもらったほうが、遥かにお悩みの方の役に立つはずです。

今回は、2018年に居酒屋10店舗のビジネスを譲渡された、株式会社湯佐和の元社長(現・ユサワフードシステム社長)である湯澤剛氏にインタビューし、ご自身が経験された「中小企業M&Aの生々しい現実」を、守秘義務の許す限り赤裸々に語っていただきました。

さらに「40億円の借金を返した中小企業経営者」として全国の講演会を飛び回る湯澤社長の口から、今、かつてのご自身と同じ悩み、苦しみを抱える中小企業経営者の方々に向けて、大変心強く、そして実用的なメッセージをいただいております。

湯澤氏インタビュー概要

最後までご覧いただければ、これまでよくわからなかったM&Aというものの現実が見えてくるとともに、先人の教訓を確実にご自身の糧にすることができるでしょう。

湯澤 剛(ゆざわ つよし)

湯澤剛氏1962年神奈川県生まれ。早稲田大学卒業後キリンビールに入社し、NY駐在の後、海外新規事業立ち上げに従事。

サラリーマンとしてのキャリアが順風満帆の36歳の時、飲食店チェーンの㈱湯佐和を経営していた父が急逝し、大きな未練を感じつつもキリンビールを退職。湯佐和の経営を承継する。

承継した当時、湯佐和は年商の2倍となる40億円もの莫大な借金を抱えて倒産寸前であった。心身ともにボロボロになりながらも、組織の意識改革や地道な業務改善、不採算資産の大胆な整理を行い必死で経営を立て直す。この間も、リニューアルの不振、社員の反乱、店舗の火災、食中毒による営業停止など様々な苦難に遭いながら、約16年かけて完済を実現した。

2015年、借金完済までの経験をまとめた書籍『ある日突然40億円の借金を背負う-それでも人生はなんとかなる。』を出版。また、日経トップリーダーにて『心が折れない経営者のつくり方』を連載中。

現在は株式会社ユサワフードシステムの代表取締役を務める傍ら、商工会議所等が主催する講演会を廻り、全国の中小企業経営者を勇気づけ続けている。

聞き手-古旗 淳一(ふるはた じゅんいち)

古旗淳一

株式会社STRコンサルティング代表取締役。公認会計士・税理士。

M&A仲介やFA(ファイナンシャルアドバイザー)ではない「M&A顧問」という立場で、中小企業M&Aの相談や支援をするサービスを展開している。

株式会社湯佐和のM&Aでは、元々は会社分割の相談に乗っている立場であったが、プロセスの途中から依頼を受けて、顧問として湯澤社長をサポートしていた。

インタビュー日:2020年1月16日

M&A成功のコツがわかる本 M&A成功のコツがわかる本

はじめに

インタビューをスムーズに読み進めていただくため、湯澤社長が実施したM&Aについて、事前にご紹介しておきましょう。

「ヨコの会社分割スキーム」で13店舗中10店舗を譲渡

湯澤社長がM&Aを実行したのは、2018年10月のこと。

当時、㈱湯佐和は居酒屋13店舗を経営していました。湯澤社長はこのうち10店舗をM&Aで譲渡し、3店舗は引き続きご自身で経営するという選択をされています。

このとき、このサイトで「ヨコの会社分割スキーム」と呼んでいるM&Aスキームを選択されました。その手順は以下のとおりです。

まず、手元に残したい3店舗を、「分割型分割(通称:ヨコの会社分割)」という組織再編手法で兄弟会社(新会社「㈱ユサワフードシステム」)として独立させます(下図)。

湯澤社長が選択したM&Aスキーム1

その後、10店舗のみとなった㈱湯佐和の株式を買い手に譲渡します。新会社ユサワフードシステムは、現在も引き続き湯澤社長が経営しています(下図)。

湯澤社長が選択したスキーム2

このM&Aスキームは、2017年の税制改正で圧倒的に使いやすくなり、2018年当時徐々に広がりを見せていたものです。

STRコンサルティングと本件M&Aとの関わり

我々㈱STRコンサルティングは、上記M&Aスキームの設計段階(湯澤社長が買い手探しを開始する直前)で、湯澤社長と数回面談させていただき、スキーム決定のお手伝いをさせていただきました。

その後しばらくして、M&Aプロセス進行中(買い手との基本合意後)の湯澤社長から再びご連絡いただき、

短期の顧問として、私のM&A全般の相談に乗ってほしい

とのご依頼をいただいております。

実は、弊社の現在の主力サービスである「短期M&A顧問」は、この湯澤社長からの逆提案が始まりです。ある意味、湯澤社長は弊社ビジネスの生みの親と言えるかもしれません。

1.湯澤社長がM&Aを決断した理由、決断までの悩みや行動

M&A決断までの経緯と悩み

それではいよいよ、湯澤社長へのインタビュー内容をご紹介していきましょう。

倒産寸前の会社を立て直し、40億円の借金を完済したことで「知る人ぞ知る名経営者」であった湯澤社長は、なぜM&Aという選択をしたのでしょうか?

そこには、周りからは窺い知れない経営者の孤独な悩みがあったようです。

  • M&Aという選択肢に至るまでの経緯
  • M&Aに踏み切った理由
  • M&Aを選択せざるを得なかったときの本音と不安
  • この時期に相談した人
  • 会社のすべてではなく、3店舗を手元に残した理由
  • 今、M&Aという判断を振り返って思うこと

M&Aは事業承継の中で最後の選択肢だった

決断について語る湯澤氏

古旗 湯澤さんは2018年の秋に、当時の13店舗中10店舗をM&Aで譲渡されたのですが、M&A自体はいつごろから考えられていたのでしょうか?

湯澤 「M&A」を選択肢として考え始めたのは、実際にM&Aをした1年前ぐらいでした。元々は、ずっと「M&A以外の事業承継」を考えていて、事業を他人に譲るなんて考えてもいなかったんです。2018年秋のM&A成立から考えると、本当に直前に決断したような感覚ですね。

古旗 「M&A以外の事業承継」というと、お子様への承継(親族内承継)ですか?

湯澤 はい。息子が2人いましたので、そのどちらかにという気持ちは長年ありました。でも、子どもたちの大学進学が決まった段階で、親族内の事業承継は諦めることにしたんです。

古旗 ご自分の道を決められてしまったわけですね。本人に継ぐ気がなければ強制することはできませんからね。

湯澤 実は、これまで多額の借金を背負ったときも私を支えてくれて、一言も文句を言わなかった家内から、子どもへの事業承継はやめてほしい、と言われたんです。私の就任が父からの重い事業承継でしたし、家内としては子どもには自分の道を歩ませたかったんだと思います。

古旗 なるほど、それは重いお言葉ですね。

湯澤 苦しい中において私を常に支えてくれて、私に反論することのない妻なんです。そんな妻からの言葉でしたからね。

古旗 その後、親族外の承継、つまり社内の方への承継をお考えになられましたか?

湯澤 はい、親族内の承継は諦めて、幹部社員を3人選んで事業承継の候補者として育成していました。ところが、そのうち2人が突然辞めてしまったんです。

古旗 それは・・・、大きな誤算ですね。

湯澤 事業承継の対象者となったことで、私からの期待値の裏返しの指導も厳しくなり、耐えられずに辞めてしまったんですね。これでこちらは大混乱に陥りました。ずっと「親族内がダメだったら彼らしかいないだろうな」と思っていたうちの2人が辞めてしまったわけですからね。

古旗 それで、第3の選択としてM&Aが浮上したわけですか?

湯澤 はい。それまでは考えもしなかったですけどね。むしろ買い手としてM&Aアドバイザーには接していましたが、自分が譲渡する側になることは考えてもいませんでした。

M&Aを決断した理由

「自分がトップでは、社員が夢を見ることができない」という葛藤があった

古旗 でも、そのころはまだ50代前半で、お若かったと思います。そのタイミングで事業承継を真剣に進められていたのはなぜでしょうか?

湯澤 それは2つの理由からです。1つは、社員のモチベーションを考えたとき、自分がトップでは、社員が夢を見ることができないと思ったんです

古旗 えっ、どういうことですか?

湯澤 私は急逝した父から事業を引き継いで以来、借金のこともあって「縮小均衡」で会社を改善してきました。父の代で過剰に作った店舗から、不採算の店を減らすことを重視して、ここまで立て直してきたんです。

古旗 なるほど、湯澤さんの著書にも、店舗を閉めたり不動産を売ったりして借入金を返済していったと書かれていますね。でも、それがなぜ社員が夢を見られないという気持ちに繋がったんですか?

湯澤 私は会社を小さくすることで立て直してきたので、縮小均衡が成功体験になっていて、どうしても会社を拡大する気にはなれなかったんですね。さらに言えば、今後の人口減少社会の中で、拡大という道は戦略的に正解とは思えなかったのです。今は収益も十分上がっているので、そこからまた新しく出店する気持ちにはどうしてもなれなかった。でも、それでは社員は人生に夢を見られないですよね

古旗 なるほど、働いている方は、会社が伸びてほしいと思いますからね。

湯澤 社員の待遇は少しずつ良くなっているとはいえ、やっぱり彼らは新しい店を出してほしいし、改装もしてほしいと望んでいる。自分が従事している事業が拡大してほしいんです。でも、僕は拡大に対して、どうしてもブレーキがかかってしまう。

古旗 それは確かに、やりがいという点で難しいかもしれませんね・・・。

湯澤 自分がトップでは社員が幸せにならないんじゃないか、果敢に成長を目指してくれる人や会社に任せたほうが、社員にチャンスや幸せをもたらしてくれるんじゃないか。そう思ったのが1つの大きな理由ですね。

古旗 なるほど、それがリーダーの責任感かもしれませんね。

事業承継を急いだ理由

「あと10年しか生きられなかったら、今のままの状態で仕事を続けたいか?」

古旗 事業承継を進めた理由は2つとおっしゃいましたが、もう1つの理由は何ですか?

湯澤 会社を引き継いでから20年近く、人生のすべてを費やし会社の再建に取り組んできました。その過程で、健康だった身体はずいぶんとガタがきていたのです。いくつもの持病を抱えて、このまま続けていると倒れるのではないかと思っていました。

古旗 著書に詳しく載っていましたが、壮絶なご経験をされていますからね・・・。その健康不安がM&Aに踏み切ったきっかけですか?

湯澤 それもあるんですが、仮にあと10年しか生きられなかったとしたら、自分は今のままの状態でこの仕事を続けたいか、自分自身に何度も何度も問いかけました。実は、本を書くというのが、自分の中でもう1つやりたいことだったんです。そんな自分の勝手なわがままも間違いなくM&Aに踏み切った理由の1つですね。

古旗 なるほど。社員さんとご自身、両方の人生を真剣に考えたときに、M&Aという選択肢が出てきたということですね。

本音では、M&Aはやっぱり嫌だったし、不安も大きかった

古旗 そのような事情があり、M&Aという選択をされたということですが、抵抗感や不安はありましたか?

湯澤 M&Aというものを理解はしていましたが、やはり父の代から40期続いた会社を見ず知らずの他人の手に渡すのはどうなのか?という思いはありました。また、なんと言っても社員がどうなるのかですね。

古旗 やはり社員さんのことは大きな不安でしたか。

湯澤 社員との距離が近い会社だったので、社員がどう思うのか、そしてどういう待遇になっていくのか、滅茶苦茶なことになっていくんじゃないかというのは考えました。それを彼らにどう説明すればいいのかも。

相談したのは妻と最古参の社員だけ。あとは誰にも相談できなかった

悩んだ時のことを語る湯澤氏

古旗 M&Aに進むことを決断するまでに、どのような方にどのようなことを相談されましたか?

湯澤 妻と、ずっと会社を支えてくれた70を過ぎた女性の社員がいて、その方もそろそろ引退したいとおっしゃっていたので、その2人には最初から洗いざらい相談しました。他には一切言っていないです。

古旗 その2人以外は誰にもですか?

湯澤 金融機関や税理士、友人にも一切相談しませんでしたね。

古旗 今振り返ってみて、それで良かったと思いますか?

湯澤 当時の自分としては、最初に相談できるところはありませんでした。まず金融機関に相談するのはリスクが高すぎますし、税理士もどこまで事業承継やM&Aについて知っているかという問題もあります。

古旗 確かに、この時期に相談できる相手というのは本当に少ないですね。

湯澤 親族内承継も親族外承継もM&Aも、全部合わせて相談できる人はいないですよね。顧問税理士ができればいいんですが、普通はM&Aも事業承継そのものに対しても、そんなに詳しくないですから。

古旗 税理士は税務のプロであって、事業承継やM&Aのプロではないですからね。

湯澤 今は、古旗さんにもっと早く出会っていれば良かったなと思います。客観的にどう思うか意見を訊いたり、どんな戦略で行ったらいいかなどを相談できれば、まるっきり違ったM&Aになっていただろうと、これは正直に思います。

古旗 ありがとうございます。

本当にM&Aを決断していいのか、客観的に整理できる人が欲しかった

古旗 この時期、M&A仲介やFA(売り手側の代理人となるアドバイザー)など、いわゆる「M&Aアドバイザー」には相談に行かなかったんですか?

湯澤 M&Aアドバイザーに最初から相談に行くっていうのはハードルが高すぎますよね。情報漏洩も怖かったですが、「その河を渡ってしまったら、頭がM&A一色になるんじゃないか」という心理的な壁もありました。

古旗 業者にゴリゴリ営業されるのが怖かったということでしょうか?

湯澤 というより、「自分がそこに逃げ込む感じになるんじゃないか」と思ったんです。M&Aのアドバイザーに相談に行ったら、当然M&Aすべきっていう方向で話をされると思っていたので。こちら側は事業承継したいと思っている中でそんな話をされたら、そちら側に流れてしまうだろうと。

古旗 なるほど、一旦立ち止まって、本当にM&Aでいいのかを冷静に考えられなくなりそうですね。

事業承継を相談する相手がいなかった

湯澤 M&Aの仲介に相談に行ったら、心はM&Aに流れますよね。それが自分でわかっていて、相談に行くのは怖かったです。M&Aが選択肢になった時期は心がオタオタしていましたし、今なら容易に説得されるだろうなと。だからなかなか行けなかったですね。

古旗 事業承継という意味では、M&Aって、本来は一番最後の選択肢なんだと思います。湯澤さんがそうだったように、親族内承継、親族外承継が頓挫して、それでも事業承継しなければ、という順番で。でも、業者は商売ですから、絶対にそんなこと言わないですよね。

湯澤 事業承継全般について、テーブルの上に客観的に判断材料を全部出して整理することをしたかったし、それを手伝ってくれる人が欲しかったんです。こういうのって感情で動く部分が大きくて、客観的に、ロジカルに理解することなく進んでしまうことが多いですからね。

古旗 他の方法との客観的な比較というのは、M&Aアドバイザーにはできませんよね。当然M&Aをさせるために相談に乗っているのですから。

湯澤 まあ、結論的にはM&Aになることが多いんだと思います。親族内承継や親族外承継も相手がいないとできないですから。でも、この時期に客観的・論理的な比較ができただけで納得感は大きく違うと思うんですよね。

3店舗を売らなかった理由

古旗 M&Aでは13店舗中3店舗は手元に残し、10店舗を譲渡するという決断をされたわけですが、この3店舗を残すことにはどのような意図があったのでしょうか?

湯澤 1つは、父の作った祖業を完全にはなくしたくなかったことです。3店舗ぐらいであれば自分にも負担がなく、1人ひとりの社員と向き合えると思いました。私の能力では正社員が70人以上の状態では難しいですが、今は15人程度ですから、全員とコミュニケーションできていると思います。

古旗 なるほど。

湯澤 もう1つは、もし買い手の元に行った社員が路頭に迷うようなことがあったときに、それを受け入れる場所は用意しておきたいと思ったんです。本当に苦労を共にした社員に万が一のことがあったときの受け皿として、ですね。

今でも「なんでM&Aなんかしちゃったんだろう」と思うことも

古旗 このM&Aをするかどうか悩まれている時期のご自身を振り返って、今どのように思われていますか?

湯澤 実は、「なんでM&Aなんかしちゃったんだろう」と思うことは今もあるんです

古旗 そうなんですか?

湯澤 事業承継はしたかったんです。経営者としてのエネルギーが切れていたんでしょうね。先代からの多額の借金を返して、会社も安定して、若干抜け殻のようになっていて。しかし、社員の人たちはやる気がある。でもリーダーとして会社を拡大していく気がないというか、その方向が正しいと思えなかったんですね。

古旗 それで、事業承継を強く意識された。

湯澤 ええ。でも、親族内承継もだめ、社内の親族外承継もだめ。そうなると、M&Aとなって。そのあとはババババッと話が進んで、あっという間に成立までいっちゃったという感じですね

古旗 M&A業者の俎上に乗ると、うまく行くときはどんどん進んでいきますからね。今も腹落ちしないまま終わってしまった感じですか?

湯澤 腹落ちするという意味では、M&Aを決断する前に古旗さんみたいな方にお会いして、選択肢やメリットデメリットをロジカルに考えられればだいぶ違ったと思います。仮に結果が同じだったとしても、納得感が全然違ったと思いますね。

2.M&A業者の選定までの行動や不安、悩み

M&A業者選定までの不安

「今振り返ると十分に腹落ちするまで検討しきれなかった」という湯澤社長ですが、M&Aに進むことを決断したことでM&Aアドバイザー(M&A業者)を選定する段階に入ります。

その際の行動や不安、当時のお悩みを、赤裸々に語っていただきました。

  • M&Aアドバイザーとの接触で不安だったこと
  • 複数のM&Aアドバイザーを比較して感じたこと
  • M&Aアドバイザーの選定で悩んだこと

M&Aアドバイザーへのコンタクトで一番恐れたのは情報漏洩

M&Aアドバイザーについて語る湯澤氏

古旗 M&Aに進むことにされて、いよいよM&Aアドバイザーに接触していくわけですが、不安や恐怖感はありましたか?

湯澤 一番怖かったのは情報漏洩ですね。買い手としてM&Aアドバイザーと何度も会っていましたので、「おたくにぜひ買ってほしいと言っている会社がありますよ」という話は頻繁にいただいていました。でも実際に会ってみると、具体的な話は全然ないということがよくあったので。

古旗 M&A仲介業界でよくある「でっち上げ」ですね。やっぱりそういうものを見ていると、M&A業者に対して「胡散臭い」という印象は当然持ちますよね。

でっち上げとは、実際にはM&A相手が存在しないのに、「弊社のクライアントが、御社とのM&Aを強く希望されています」という嘘をついて、M&Aの土俵に引き上げる業者の営業テクニックです。一部の大手仲介会社も含め、中小企業M&A業界では非常に横行しています。

湯澤 はい。そういう「売らんかな」的なところが見え隠れする中に、カモネギのようにそこに自分が入っていったら、バーッと情報が出回るんじゃないかと。

古旗 実際、守秘義務が全然守られていないことも多いですからね。

湯澤 それもありますし、社名が出ていなくても、同じ業界にいれば特定できちゃうことも多いんですよ。「これってあそこだよね」って。そういう扱いに、自分もなってしまうんじゃないかっていう不安はありました。

(解説)バレバレのノンネームシートはよくあること

湯澤社長がおっしゃっているのは、実際に社名を直接バラされるものではなく、M&Aアドバイザーが買い手候補に見せて廻る「こんな会社が売りに出てますが、興味ありますか?」という匿名の事業概要のことです。これを「ノンネームシート」と言います。

ノンネームシートは本来特定されないようにアバウトに書くものですが、アバウトすぎると買い手の反応が悪くなるため、M&Aアドバイザーとしてはギリギリに書きたいと思いがちです。その結果、業界人から見ればバレバレというノンネームシートは、現実に大量に出回っています。

ノンネームシートの注意点や記載のコツは「ノンネームシートとは?その2つの役割と業者任せでは身バレする理由」という記事で解説していますので、ノンネームシートを出す際はぜひご一読ください。

中小企業M&A業界は玉石混交!

古旗 最終的にM&Aアドバイザーを選定するまでに、何社ぐらいと話をしたんですか?

湯澤 仲介4社とFA1社ですね。

古旗 実際に比較してみた感想はいかがでした?

湯澤 中小企業のM&A業界は本当に成熟していないなと。玉石混交だなと(笑)

古旗 ですよね(笑)。

湯澤 一部の人を除いて、本に書いてあることしか言わないですね。現場の本当のことを知っているんだろうかと疑問を感じました。

古旗 実際には全然経験値のないアドバイザーも山ほどいますからね。

湯澤 譲渡金額についても各社に訊いてみたんですが、予想額のブレは大きかったです。高いところと安いところで倍ぐらい。

古旗 倍ですか。まぁ結局どんな買い手にどう売り込むかで大きく変わるので、そのぐらいの差は出ることも多いんですけど、売り手を誘導する意図がある場合もあるので要注意なんですよね。

(解説)「譲渡金額予想」による売り手誘導

M&Aの譲渡金額予想をしてくれる仲介会社は多いですが、結局のところ買い手あっての価格なので、実際のところはよくわかりません。それでも数字を出してくれるのは客寄せサービスであると同時に、売り手を誘導するツールでもあります。

つまり、

  • 高い値段を見せて売り手を興奮させ、仲介契約を結ぶ
  • 低い値段を見せて売り手の期待値を下げ、成立可能性を高める

といった手心が加えられている場合も少なくないのです。

詳しくは「M&Aでは無意味な『簡易企業価値算定』を仲介業者が行う3つの思惑」という記事で解説しています。

M&A仲介の選定を相談する相手がいない!

古旗 その中で仲介会社に決められたわけですが、選定の決め手はなんでしたか?

湯澤 結局、昔から知っていた方を、その安心感から選んだというところですね。

古旗 なるほど。

湯澤 私も最近はM&Aの経験者として、ときどきM&Aを検討中の方から相談を受けるんです。そのときは、「仲介業者の選定が非常に大事」と言っていますが、元々の知り合いだったので気心が知れているという点は良かったですね。実際には、当時でも仲介業者の選びが大事なのはわかっていましたが、それを相談できる相手が誰もいなかったんです

古旗 金融機関や税理士には相談しなかったんですね。

湯澤 彼らに相談しても、紐づきの仲介業者と結ばされるだけではないかと思っていました。「わかった。俺が今度業者を連れてくるから」と。

古旗 そうですね。その裏で、紹介者には業者からバックマージンがあることもご存知でしたか?

湯澤 もちろんです。金融機関や顧問税理士には、中立的に仲介者を選定できないだろうと思っていました。仲介会社の選定の直後ぐらいから古旗さんと初めてお会いするんですが、もう少しでも早く会って、仲介業者について訊いておけば良かったですね。

M&A業者選びを相談できる人がいなかった

このころ、STRコンサルティングに相談に行く

古旗 弊社に最初にご相談にいらっしゃったのはこのころでしたか。当時はまだ短期顧問ではなく、単発でM&Aスキームの税務のご相談にいらっしゃいましたね。

湯澤 古旗さんが書いた記事をネットで見つけまして。私も慎重な性格なので、ネットで見つけた業者に自分で連絡して出かけて行くってことはまずないんですけど、何度も何度も読み返して、この人だったら大丈夫だと思ったので。

古旗 一生懸命書いた甲斐がありました(笑)。どの辺が良かったですか?

湯澤 書いてあることがすごくロジカルだし、信頼性が高いと感じました。そうじゃないと、知らないところに「M&Aの相談があるんです」なんて行けないですよね。「決算書持ってきてくれ」なんて言われて、外に流されたら困りますし。昔そんなことをされたこともあるんですよ。

古旗 う~ん、ネットで信用を得るって難しいですね・・・。

湯澤 でも、古旗さんのWebサイトはすごく効果ありましたよ。本質的なことをわかりやすく書いていて、おかしな人は絶対こんなこと書けないだろうなと思いましたから。

3.M&A中に感じた不安とSTRコンサルティングを顧問にした理由

M&A中に感じた不安と相談先

M&A仲介業者の選定が終わると、湯澤社長のM&Aプロセスは一気に動き出します。

そこには、想像以上のスピードで物事が決まり、決断が迫られていくことへの戸惑いと、自分が流されていくような大きな不安があったようです。

  • M&Aプロセスで想像と違って驚いたこと
  • この時期に誰かに相談したかったこと
  • 相談相手としてSTRコンサルティングを選んだ理由
  • STRコンサルティングに相談して良かったこと

M&Aプロセスのスピードの速さに驚いた

M&Aプロセスについて語る湯澤氏

古旗 実際にM&Aを始めてみて、想像と違って驚かれたことは何かありますか?

湯澤 2点あって、1つは、買い手って本当にいるんだなと思いました。多くの中小企業経営者は「自分の会社なんて売れるの?」と思っているんです。私もそうでした。

古旗 本当ですか?我々からすると、湯佐和であれば必ず複数の買い手が手を挙げると思っていましたし、実際に複数集まってきたのは当然だと思いました。でも、その辺の感覚はM&Aに近くないと、なかなかわからないのかもしれませんね。

湯澤 もう1点は、スピード感には本当に驚きました。ノンネームシートで買い手を探し始めてから、バーッと一瞬で進んでいく感じで。あっという間で、これでいいのかということについて、ゆっくり考える余裕なんてなかったなと思います

(解説)湯澤社長のM&Aのスピードは標準的

湯澤社長の場合、M&Aで動き始めてから成立までが8カ月程度であり、中小企業M&Aとしては決して早い部類ではありません。標準的なスピードの案件でも感じられた当事者のこの感想は、M&Aを検討している方にはぜひ知っていただきたい生の声です。

意向表明をもらうと、つい楽な方向に流れてしまう

古旗 ゆっくり考える余裕がない中で、どんどん話が進んでいってしまう不安があったのでしょうか?

湯澤 複数の買い手候補から意向表明(買い手からの買収意欲の返答)をもらって、トップ面談を繰り返しているうちに、後戻りができない感じになってくるんですよね。「そもそもM&Aも事業承継の選択肢の1つとして考えてみよう」という気持ちもあったのに、トップ面談で買い手と会うようになっていって、若干の戸惑いはありましたね。

古旗 それは、断りづらくなっていったということでしょうか?

湯澤 私としては断ることに抵抗はなかったんです。ただ、気持ちが流れちゃうんですよ、楽な方に

古旗 楽な方に、ですか?

湯澤 自分は事業承継がしたい。事業を引き継ぎたいという人もいる。そうなると楽なので、つい気持ちよく流れちゃいますよね。自分の中で、自分都合の判断が入り込んできてしまって、「本当にこれでいいのか?」と客観的に考えられなくなっていく気がしたんです。

古旗 立ち止まってじっくり考えなきゃいけない場面になっている気がするけど、惰性で進んでしまうようなところがあるということですか?

湯澤 そうです。このときは、「ちょっと冷静に考えてみてくださいよ。本当にこれでいいんですか?」と言ってくれる人は、いなかったですね。やっぱり周囲にいるのは基本的に「M&Aを成約させるために動いている人」なので、冷静に振り返ってみることはできないですよね

中立的な立場の人に相談したかった

M&Aの不成立も厭わない、中立的なアドバイスが欲しかった

古旗 そうですね。誰かが冷静にさせないといけない場面であっても、成功報酬で動いているM&A業者には絶対にそんなこと言えないですからね。

湯澤 M&Aプロセスが進めば進むほど、「これで正しいのか?」で迷うんですよ。

  • そもそも、M&Aをして本当にいいのか?
  • 買い手はこの買い手で本当にいいのか?
  • 金額はこの金額で本当にいいのか?

と。疑問、不安が渦巻いていくんですよね。正解はないんでしょうけど、たとえば価格はきちんと入札で提示してもらうとか、やり方次第で全然違ったんじゃないかと。

古旗 そうなってくると、M&Aを何が何でも成立させたがっている業者に「これでいいんです」とか「これが妥当です」と言われても信用できないですよね。

湯澤 でも、実は古旗さんに初期の段階で譲渡金額の予想を聞いたとき、「このぐらいじゃないですかね」と言ってもらったのが頭に残っていたんですよね。それは利害関係のない中立的な方の正直な意見だと思ったので、ひとつの基準になっていました

古旗 う~ん、実はあのときに申し上げた金額って、かなり勘で言った部分がありますので、湯澤さんの判断を歪めたんじゃないかと気になっているんですよ。実際、最近はお客様に価格予測を依頼されても、基本的には「M&A価格は理屈じゃないので、買い手に訊いてみないとわかりません」って答えていますし。

湯澤 もちろん、アバウトな勘だとは当時もおっしゃっていましたし、それは重々理解していました。M&Aの譲渡金額なんてそんなもんでしょう。それでもM&Aをよく知っている利害関係のない人が、「だいたいこんなもんじゃないの」と言っていた。僕にとってその金額は、最後まで頭の中に残りました。

(解説)M&A価格目安の見積りは理屈より勘が重要

M&A価格は理屈で決まるものではありません。買い手は対象会社を主観的に値踏みし、欲しければ割高でも必ず買いますので、一律な相場観があるわけではないのです。

価格目安を見積るには、理屈よりも現場の勘が遥かに重要です。ただ、勘はあくまで勘であって、大ハズレすることもありますから、我々としても軽々に回答していいのかはいつも迷います。

詳しくは「M&A価格の単純な決まり方と価格目安を見積るたった1つの方法」という記事で解説していますので、興味のある方はぜひご覧ください。

セカンドオピニオンを求めて再度STRに相談する

古旗 この時期の「中立的な立場で正直に意見を言ってくれる人がいない」という状況において、その不安を解消するためにどんなことをされましたか?

湯澤 結果から言うと、古旗さんにもう一度連絡して相談したことですね。今度は税金のことではなく、M&A全般の進め方について。

古旗 ありがとうございます。ここから短期M&A顧問の始まりですね。

湯澤 自分の人生にとってこんなに大きなことを決めるには、中立的なセカンドオピニオンがどうしても必要と思ったんです。

古旗 当時は、弊社ではセカンドオピニオンというサービスは行っていなかったので、突然連絡をいただいて驚きました。

湯澤 最初はM&A全般ではなく、スキームの相談から入ったんですけど、お会いして人間性や人柄を見たときに、セカンドオピニオン的なことは相談できるかなと思っていたんです。セカンドオピニオンをどうしても欲しいと思ったとき、古旗さんのところ以外にはいかなかったですね。他にあるのかもあまり調べていません。

古旗 それは光栄です。当時、短期M&A顧問はうちのサービスにありませんでしたし、私もそんなこと思いつきもしませんでしたが、湯澤さんから逆提案いただいたのを覚えています。これは、私にどのような期待をされたのでしょうか?

湯澤 最初は古旗さんの知識、圧倒的な知識ですよ。特にM&Aの税務や組織再編に関する「圧倒的な」知識でした。もう1つは、古旗さんの人柄と、利害関係者ではないという中立さから、セカンドオピニオンを頼めそうだなと思ったことです。

古旗 ありがとうございます!

湯澤 私の一番の失敗は、最初にお会いしたときに顧問をお願いしなかったことです。最初から最後まで、古旗さんと短期的な顧問を組んで、古旗さんを仲介でも売り手アドバイザーでもなくて、本当のM&A・事業承継の顧問として寄り添ってもらえれば、まるっきり違った形になっただろうなと思っています。

古旗 そういっていただけると本当に嬉しいです。

湯澤 最初からはお願いできませんでしたが、それでも途中から入ってもらったので、助かりました。そうでなかったら最後までいかなかったかもしれないし、宙ぶらりんのまま成立させて、今よりずっと後悔していたかもしれません。

STRの良かった点は、圧倒的な知見と中立の立場

古旗 具体的に、弊社に相談してどういった点が良かったでしょうか?

湯澤 税務に限らず、M&A全般に対する圧倒的な知見です。知識と経験。それと、やはり中立的な立場、色の付いていない形での相談相手というのはありがたかったですね。「ここでM&Aを中止するのも選択肢ですよ」と言ってくれたのは古旗さんだけでした。

古旗 ありがとうございます。確かに利害関係はなかったですから、本当に湯澤さんが納得のいく答えを出していただければいいと思っていました。

湯澤 仲介会社の人も買い手の人も、「案件を固めたいわけではないんです」「社長が納得いくまでやってくれ」って言うけど、当然ですが、どうしても固めたいっていう方向での話になりますよね。客観性を持った方のアドバイスっていうのは、やっぱりありがたいですよ。

FAではなく短期M&A顧問を求めた理由

古旗 ちなみに、仲介会社と契約されていましたが、売り手アドバイザー(FA)への切り替えなどは考えなかったんですか?

湯澤 売り手アドバイザーもやっぱり成功報酬ですから、中立的な意見にはならないですよね。あと報酬が売買額と連動するので、高く売れる先に誘導されてしまうかなと。最も重要なのは社員が安心して勤務できることなので、高く売れる買い手がいいとは限らないんですが、FAだとどうしても高く売らせる方向になってしまうのではないかと考えました。

古旗 それはそうかもしれませんね。買い手が「敵」である以上、仲介よりなおさらその傾向が強いかもしれません。

湯澤 いずれにせよ、彼らが古旗さんのように「M&A自体をやめた方が良い」とアドバイスすることはないと思います。「もっと高く売れるから引き返せ」ということはあるかもしれませんが、「譲渡をやめてはどうか」「やっぱり親族内承継のほうがいいですよ」と言うことは、ないのではないでしょうか。

4.経験者にしか語れないM&Aプロセスの現実

各M&Aプロセスの正直な感想

大きな不安や戸惑いを抱えながらも、湯澤社長のM&Aプロセスは進んでいきます。

それぞれの具体的なM&Aプロセスで、湯澤社長はどのような印象を持ったのでしょうか? 経験者にしかわからない本音を語っていただきました。

  • 買い手が集まってきたときの率直な気持ち
  • 買い手選びの決め手
  • デューデリジェンスに向かう際の気持ち
  • 契約の直前で深く悩んだこと
  • 一番気が重かった「社員への公表」の方法と感想
  • 事業の引継ぎで感じた葛藤

買い手が集まるほど、「今譲渡するべきではないのでは?」と懐疑的になる

M&Aプロセスについて語る湯澤氏

古旗 では、少し時間が戻りますが、買い手から買収の希望をもらったときはどのようなお気持ちでしたか? 複数の買い手が集まったと伺っていますが、やっぱり嬉しかったでしょうか。

湯澤 ここは本当に複雑で、買い手が来るほど「譲渡するべきじゃないんじゃないか?」と思うわけですよ。こんなにみんなから「価値がある」と言われると、嬉しい反面、「そんなに価値があるものを今譲渡してもいいのか?」と考えてしまうんですね。

古旗 なるほど、そういうものなんですね。

湯澤 このころは、想像以上のスピード感に戸惑いもありましたし、「この進め方でいいんだろうか?」「もっと慎重にやるべきではないのか?」という気持ちもありました。なので、「こんなに買い手が集まるなら、最初から仕切り直してもいいのではないか?」と考えてしまいますよね。

古旗 買い手が集まるほどM&Aに懐疑的な気持ちになるというのは、なんとも皮肉なことですね。

湯澤 でも、同じことを言っている人にも会ったことありますし、こういうことを感じる人は多いと思いますよ。

買い手選びの決め手は「社員の活躍可能性」と「トップとの相性」

古旗 その後、買い手候補を1社に絞り込んで交渉していくわけですが、その買い手企業さんを選ばれた理由は何だったのでしょうか?

湯澤 2つあります。1つは社員が活躍できる場だと思ったことですね。その買い手企業が過去に買収した会社を一緒に視察に行ったんです。そうしたら、出てくる幹部社員がみんなプロパーの方でした。つまり、買収された会社の社員がみんな偉くなっていっているんですよね。

古旗 子会社の役職者が、親会社からの出向者で固められるタイプの会社ではなかったんですね。

湯澤 ガッチリした大企業の下についた場合、買収された子会社はヒエラルキーの下になってしまいますよね。その点この会社は、プロパー社員の自主性を尊重してくれると思ったし、何かを押し付けることはないなという安心感がありました。

古旗 なるほど。しっかりした同業大手の下に入ることにはメリットもありますが、デメリットも確かにありますからね。買い手側からすれば、どうしても「後から組織に合流した人たち」という意識になってしまいますし。

湯澤 買い手選びのもう1つの理由は、相手のトップの方との人間的な相性ですね。トップの方が最初に全店舗を廻って視察してくれたんです。初対面だったんですがフレンドリーで、トップ面談も、これはあんまりよくないんですが、その後2次会3次会まで一緒に行って。その時間で人間性に魅力を感じたことですね。

古旗 やはり大事な社員の新しいボスですから、人間性は重要ですよね。

湯澤 他の買い手候補のトップの中には1軒も店舗を見ていない人もいましたし、決算書だけ見て「何ならこの場で小切手切りますよ?」という感じの人もいましたからね。

古旗 そんな買い手には大事な事業を譲りたくないですね(笑)。

怖かったデューデリジェンスは意外と楽だったが、今でも不安は残る

古旗 私は買い手候補が1社に絞られた後で短期顧問になっていますが、その後のデューデリジェンス(買い手による本格的な企業調査)はいかがでしたか?

湯澤 家内が資料を準備してくれて、だいぶ辛い中で一生懸命やってくれましたね。私も非常に身構えていたし、怖かったですよ。でも、実際に対応してみたら全然楽でした。

古旗 そうですか?

湯澤 長年サラリーマンをやっていましたからね。大企業のサラリーマンだと、毎日がデューデリジェンス対応みたいなところがあります。あと、買い手も買収意欲が強かったので、そんなに厳しくなかったのかもしれませんね。

古旗 それでも、やっぱり始まるまでは不安でしたか?

湯澤 はい。実際には呼ばなかったですが、古旗さんに同席をお願いしようかとも思っていました。

古旗 そのお気持ちはよくわかります。他のお客様から「何もしなくてもいいから、とりあえず同席してほしい」と言われることはよくあります。今振り返ってみるとどうですか?

湯澤 そんなに厳しくないと感じていたので、今でも何かトラブルが出てくるんじゃないかと不安に思うことはあります。もっと厳しくしてもらったほうが良かったのかもしれません。

「そういうこともよくあるんですよ」と言われたこともありがたかった

湯澤 それでもデューデリジェンスですから指摘された点はあって、それに対して古旗さんが「中小企業M&Aでは、よくあることですよ」と言ってくれたのも助かりました。

古旗 ありましたね。詳しくは言えないですが、本当によくある不備だったので。

湯澤 今振り返ると大きな指摘はなかったんですが、当事者としてはこんな問題も出た!あんな問題も出た!という感じでした。初めてだったので深刻に捉えてしまって。そんな中で、中小企業M&Aに本当に詳しい方に「こんなのはよくある話なんですよ」と言われるだけで、本当に落ち着くことができました。

古旗 デューデリジェンスで出た問題は売り手と買い手の交渉材料になるかもしれませんから、どちらの味方にもならない仲介は「大した問題ではないですよ」とは言えないですしね。

契約前に迷いに迷った「マリッジブルー」

古旗 デューデリジェンスが終わって、契約内容が決まっていく中で、どのような迷いを感じられましたか?

湯澤 やっぱりこの段階になっても同じ迷いは感じました。

  • M&Aをして本当にいいのか?もう少し自分が続けるべきではないか?
  • この買い手に譲渡して本当に社員が皆幸せになるのか?
  • 金額はこの金額で本当にいいのか?

と。これはどこまで行っても悩むんでしょうね。

古旗 この時期、私も相談に乗っていて、止めるべきか背中を押すべきか悩ましかったんですよね。破談を進言できるのは私しかいないですし、かといってここでやめさせても、次にもっと良い事業承継ができるかなんてわからないですし。

湯澤 まぁマリッジブルーですよね。どうやっても後悔するし、他の買い手を選んでも一長一短だと思います。それがわかっていても悩んでいました。

古旗 悩んだ理由は、やはり社員さんたちのことですか?

湯澤 そうです。実は、この段階では金額はあんまり気にならなくなっていました。数十%なら下がってもあんまり関係なくて、それより社員の人たちがぐちゃぐちゃにならないかだけが不安でした。

古旗 それはご相談に乗っていても強く感じました。経営次第で社員が幸せになるかどうかが大きく左右されるのは事実ですし、他人にそれを委ねるのは非常に勇気のいることだと思います。

湯澤 M&Aを中止して、もう何年か自分で経営して、その後今度は1からじっくりとM&Aすればいいかなとも思ったんです。でも、今景気がいいのはわかっていたし、こんなに買い手が集まって社員を大事にしてくれるのは今だけかもしれないとも思いました。景気が悪くなったら、買い叩かれたり、リストラして店舗だけ奪われるようなM&Aが主流になるんじゃないかと。

古旗 先のことは誰にもわからないですが、M&A市場は景気によって大きく変わるのは間違いない、というお話はさせていただきましたね。

湯澤 でも、実際に最近は実際に少しずつ潮目が変わっていないですか?前ほどの売り手市場ではなくなってきているんじゃないかと思うんですが。

古旗 はい。それはあるでしょうね。景気の落ち込みが懸念されているのか、M&A全体が数年間より落ち着いてきたという感覚は私もあります。まだまだ売り手市場なほうだとは思いますが、ピークは過ぎているのかもしれません。

一度M&Aのサイクルに入ってしまったら、経営者はなかなか抜け出せない

古旗 さて、そんな将来の予想もあって、最終的にはM&A契約に押印するという決断をされたわけですね。

湯澤 先ほども言いましたが、やっぱり一度M&Aというサイクルの中に入ってしまったら、なかなか抜け出せないですよ、経営者というものは

古旗 やはり、つい流されてしまう?

湯澤 そうです。M&Aに向かうことで気持ちが楽になってしまうんです。M&Aプロセス中も、譲渡した後も、ずっと悩み続けているのにも関わらずですね。だから、その入り口のところでよくよく考えて決断することが大事なんだと思います。最初の段階から中立的な立場で相談に乗ってくれる古旗さんみたいな方は、本当に重要ですよ。

一番気持ちが重かった「社員へのM&Aの公表」

古旗 その後、M&A契約に調印して、ついに社員さんたちへの公表があるわけですが・・・。

湯澤 これがやっぱり一番重かったですね・・・。社員への公表が一番重かったです。そもそもM&Aスキームで分割型分割(ヨコの会社分割スキーム)を選んだのは、譲渡対象となる店舗の社員に「売られた感」を感じさせないためだったんです。「みんなが譲渡されるんじゃなくて、俺が抜けていくんだ」という流れにしたかったんです。

(解説)ヨコの会社分割スキームは、譲渡対象社員の移籍手続がない

13店舗中10店舗を譲渡する場合、以下の3つのスキームが考えられます。

  • 事業譲渡スキーム(事業譲渡の手法により10店舗だけを売る)
  • タテの会社分割スキーム(10店舗を子会社化してから売る)
  • ヨコの会社分割スキーム(対象外の3店舗を別会社にし、元の会社を売る)

事業譲渡とタテの会社分割では、10店舗の社員の所属する会社が代わり、移籍手続が必要です。しかし、ヨコの会社分割スキームであれば、10店舗の社員の会社は変わらないため、移籍手続は不要になります(下図)。

ヨコの会社分割スキームは移籍不要

ちょっとしたことですが、社員さんたちに「売られた」という印象を強く与えないという点で、大きな心遣いだったでしょう。

湯澤 実際に自分が抜けるという形に出来たので、これでもっともハードルが高かった社員への説明がしやすかったです。

古旗 なるほど。それだけでも気持ちが楽になったかもしれませんね。

湯澤 それでも、本当に辛かったですし、今思い返しても辛いです。2つの意味で辛いですよ。

古旗 2つの意味ですか?

湯澤 泣かれたりしても辛いじゃないですか。それとは別に、「あ、そうなんですね」と軽く言われても辛い(笑)。

古旗 なるほど(笑)。実際にみなさんのご反応はどうでした?

湯澤 実は、買い手さんにも許可を得て、幹部社員以外はみんなに選択肢を与えたんです。1人ひとり全員と面談して、「会社が2つにわかれることになった。引き続き俺がやる3店舗に来たければ来てもいい」と。

古旗 そうなんですか?それだと結構移って来てしまう方もいたのでは?

湯澤 数人は確かに移って来ました。それは買い手さんの許可を得て受け入れました。でも、私は大半の人は移らないとわかっていたんです。みんな今いる店に愛着がある。通勤も仲間も変わらない、今のままのほうがいいと思っている社員が多いとわかっていましたから。でも、嫌だったら来てもいいという選択肢は与えて、本人に選ばせることはできました。

M&A後の引継ぎでは、口を出したい自分との葛藤が辛かった

古旗 その後、M&Aが成立したわけですが、引継ぎで苦労されたことは何かありますか?

湯澤 自分の立ち位置はちょっと辛かったですね。数カ月間は買い手の要望で社長業を従来通りそのまま行っていました。4カ月目ぐらいでそろそろ抜けるということになってきたのですが、そのころの立ち位置が難しかったですね。

古旗 短期間とは言え、もう抜けることが確定しているのに、リーダーとして社長業をしなければならないということですか。

湯澤 やっぱり経営者として口を出したくなったりするのですが、そんな権限があるのかと。距離感の取り方がすごく難しかったですね。これはM&Aに限らず、子どもへの事業承継でも同じかもしれませんが。

古旗 親子の事業承継の場合、まだ人間関係でクリアできますけど、M&Aの場合は後継者が他人ですからね。

湯澤 買い手さんが社員を尊重して自由にさせてくれたんですが、それによって現場の緊張感が目に見えて緩くなってきたこともありました。「こんなに甘やかしてはいけない」という葛藤があって辛かったです。

古旗 「当面は現状維持」とか「対象会社の自主性を大事にする」というタイプの買い手の悩ましいところですね。

湯澤 「見ないようにすればいいじゃないか」と思うかもしれませんが、それでは会社がおかしくなってしまうし、社員間の不満も出てきてしまう。距離間の難しさはありましたね。

5.今M&Aを振り返って思うこと

今M&Aを振り返って思うこと

様々な悩みや戸惑い、不安を抱えながらも、2018年10月に湯澤社長はM&Aを成立させました。

今M&Aを振り返って、どのような想いを抱いているのでしょうか?

  • M&Aをして良かったと思えること
  • M&A後に経験した嫌な思い
  • M&Aを振り返って「もっとこうすれば良かった」と思うこと
  • STRコンサルティングから言われて印象に残っている言葉
  • 中小企業M&Aの業界に対して思うこと

M&Aをして良かったのは、すぐに社員に活気が出たこと

M&Aを振り返る湯澤氏

古旗 M&Aをして良かったなと思うことは何でしょうか?

湯澤 M&Aの直後に買い手が出店をしてくれました。もちろん湯佐和の既存ブランドで大型店を2店舗。それで、一気に社員の人たちが活気づいたのが良かったですね

古旗 湯澤さんがM&Aを決断したときの目的を果たせたわけですね。

湯澤 みんなが活き活きしていましたね。こうしよう、ああしようと言って。「ああ、やっぱりみんな出店したかったんだな」と思えてきて、見るのが辛いぐらいでしたね。

古旗 ご自身のことでは何かありますか?

湯澤 自分の生活も安定し、健康状態もだいぶ回復してきました。それも良かったですね。

古旗 それは良かったです。やっぱりプレッシャーからの解放でしょうか?

湯澤 僕は自社の全社員を幸せにしなくちゃいけないと強く思っているんです。自分が40億円の借金を返すのに付き合ってくれた社員は全員幸せにしなくちゃいけない。でも、70人以上も正社員がいると私の能力では難しかった。どこかで必ず無理が出る。

古旗 なるほど。規模が大きい分責任も大きいですからね。

湯澤 今は15人ぐらいなんで、1人ひとり見てあげられるし、だいぶ楽になっています。また、苦楽を共にした社員については、自分の会社にいなくても今後も自分の責任で充実した人生を歩めるようにするという覚悟はあります。

M&Aの負のイメージは少なからず残っている

古旗 逆に、嫌な思いをしたことはありますか?

湯澤 M&Aを公表したら、ネットのニュースにバーンと出ちゃったんですね。それで、マネーゲームのように捉われたり、社長だけが幸せだったらいいのかと書き込まれたりしたのは辛かったですね。

古旗 湯澤さんが書籍や講演で有名人だから、というものあったかもしれませんね。

湯澤 そういう側面がまったくないわけじゃないから気になってしまうのかもしれません。でも、実際は社員に幸せになってほしいというのも大きな動機だったのに、そのような言われ方をしたのはちょっと嫌な感じでしたよね。

古旗 社員の方からは何か反発のようなものはありましたか?

湯澤 経営権が変わることで、ほんの一部ですが手のひらを返すように態度を変える社員がいたのも事実ですね。怒りを感じるというよりも悲しいことでした。私が原因ですから仕方がないことですが自分の経営者としての至らなさを思い知りました。

古旗 なるほど。M&Aの目的には社員さんたちのためもあったのに、残念なことですね。お知り合いからは何かありましたか?

湯澤 大丈夫か?どうしたんだ?という電話をもらったりはしましたね。なんだかM&A自体が良くないことで、倒産したかのようなトーンで言われて、それは辛かったですね。こちらは事業承継の選択肢の1つとして選んだだけなのに。

古旗 そういうM&Aに対する負のイメージは、いまだに少なからずありますからね。

湯澤 まあ、あと数年でなくなるんだとは思いますけどね。

今から始められるなら、絶対に最初からSTRに相談する

古旗 今M&Aを振り返って、「もっとこうすれば良かった」と思うことはありますか? 弊社の商売的に言ってほしいこともあるんですが(笑)。

湯澤 いや、これは本当にそう思うんですけど、仮に時間を戻して事業承継が出来るなら、絶対に最初の段階から古旗さんのところに相談しますよ。絶対に最初から二人三脚でお願いします

古旗 そのお言葉を待っていました(笑)。

湯澤 最初の段階から、事業承継としてM&Aの選択は正しいのかどうか、どういうM&Aアドバイザーを使うべきなのか、どういうM&Aスキームで行くべきなのか、どの買い手がいいのかどうか、価格の妥当性は何なのか、デューデリジェンスはどんな心構えで行けばいいのか全部相談しますね。

古旗 ありがとうございます。全部お役に立てると思います。

湯澤 それで結果がどうなるかはわからないですよ?もしかしたらまったく同じ相手に同じ金額で譲渡するかもしれない。でも、古旗さんがいてくれれば一連のプロセスがスムーズに行けたというのは、強く言えますね。古旗さんみたいにM&Aの圧倒的な経験と、公認会計士としての知識を持つ人と相談できれば、全然違ったと思います。

古旗 ありがとうございます!

湯澤 別に古旗さんにおべっか使う必要なんてまったくないんですけど、今なら間違いなくそうしますよ。

中小企業M&Aは「初心者vs熟練者」

古旗 ところで、私が短期M&A顧問の中で湯澤さんに申し上げたことの中で、印象に残っている言葉はありますか?

湯澤 中立的な立場で価格などについてコメントをもらえたのと、M&Aスキームについてロジカルに説明をいただけたことですね。具体的な言葉としては、「中小企業M&Aは初心者vs熟練者」という言葉も覚えています。

古旗 私もそれ、良いこと言ったなと思っています(笑)。

湯澤 こっちは1回こっきりですからね。買い手は何度もやっている。他に相談できる相手は、M&Aを成立させたいと思っているM&Aアドバイザーしかいないという状況において、古旗さんのサポートは心強かったですね。

古旗 ありがとうございます。

湯澤 振り返ってつくづく思いますけど、もし次があればもっとうまくやれます。でもみんな初めてなんですよね。プロ対素人がやるわけです。普通の経営者は太刀打ちできないですよね。

古旗 M&Aアドバイザーだけではサポートできないですよね。

湯澤 M&Aアドバイザーは、売り手アドバイザー(FA)も含めて基本的にM&Aを成立させたいと思っていますからね。そこは成功報酬でお金を得るわけではない、中立の立場のプロの意見は重要ですよ。

中小企業M&Aは初心者vs熟練者

M&Aプロセスではずっと不安を感じていた

古旗 総合的に考えて、M&Aは楽しいものでしたか?辛いものでしたか?

湯澤 端的に言って、楽しいことはまったくなかったですね。どうしようもなく辛いというものでもなかったですが。

古旗 そうですか?顧問として相談に乗っていて、辛そうだなと思っていたのですが。

湯澤 耐えられないほど辛いというほどではなかったですね。社員への説明だけは本当に辛かったですが。辛いというより不安でした。このまま進めて本当にいいんだろうかと、ずっと思っていました

古旗 なるほど。そのような不安の緩和に私が少しでもお役に立てていたならば嬉しいです。

今の中小企業M&Aには、経営者に寄り添える人が必要だと思う

古旗 今の中小企業M&A業界について、どのように思われていますか?

湯澤 中小企業はM&Aについてわかっていない人が多いですし、内部のシガラミや数値がしっかりしていないという問題を抱えていることも多いです。色んな不備のある中小企業というものの経営者に寄り添えるポジションの人が必須だと思いますね。

古旗 同感です。

湯澤 中小企業の決算書は信憑性が低いですし、役員借入金もあって当たり前です。そういうことが前提として当然に思える人が必要ですね。また、経営者の気持ちが社員と近いですし、自分と会社が一体化している人も多い。そのような方の心のケアもできる人が増えていかないといけないでしょうね。

古旗 心のケアですか。

湯澤 「この資料を出してください」とか「この紙に社員さんのサインをもらってきてください」とか、淡々と言われることもあるんですよ。でも、それってかなり辛いこともある。「これって辛いですよね」と言ってくれる人がもっと増えてほしいなと思っています。

古旗 淡々と言われるんですね。実際にそれをやる側にならないと、どういう気持ちになるかわからないのかもしれないですね。

湯澤 そうですね。そういう意味での中小企業ならではの杜撰さやウェットなところを把握している人が必要だと思いますね。

玉石混交の中小企業M&A業界

湯澤 もうひとつは、今の日本社会にとって、事業承継というのは待ったなしの課題ですよね。でも、中小企業のM&A業界はまったく成熟していなくて、玉石混交だなと思います

古旗 そうですね。それは一度M&Aを実施された方は異口同音におっしゃいます。

湯澤 あと、ただ売り手を業者に紹介だけしてバックマージンを得るだけの方もいますよね。中小企業経営者にとって、M&Aは人生を売るぐらいの気持ちなんですよ。そこから色んな人がお金を摘まんでいくみたいな構造については、若干なんか、、なんだろうなという気持ちはあります。

6.事業承継やM&Aで悩まれている方へのメッセージ

読者へのメッセージ

これまで湯澤社長には多くの反省と教訓を語っていただきました。読者の皆様にも多くの示唆に富む内容だったのではないでしょうか。

最後に湯澤社長に、かつてのご自身のように、事業承継でお悩みの方、実際にM&Aを決断し、行動している方に向けて、メッセージをいただきました。

  • 事業承継でお悩みの方へのメッセージ
  • M&Aを真剣にお考えの方、行動されている方へのアドバイス
  • 今、M&Aに悩み、苦しんでいらっしゃる方へのメッセージ

事業承継はとにかく早く動くべき

湯澤氏から読者へのメッセージ

古旗 それでは、今まさに事業承継で悩まれている方に、メッセージがあればお願いします。

湯澤 M&Aではなく事業承継全般に関して言えば、早く動いて早く相談することです。事業承継は前倒し前倒しで考えていくことが必須ですね

古旗 たしかに、直前になって計画が狂うことも多いですからね。

湯澤 みんな自分の息子に訊かないんです。怖いから。継がないって言われるのが怖くてね。従業員に訊くのも怖いです。継がないって言われたときに、気まずくもなりますし。

古旗 そうなんですね。

湯澤 なんとなく「誰かが継ぐだろう」という曖昧なまま事業承継って動いてしまうんです。ほぼみんな1歩2歩遅れて動いている。でも一刻も早く動き始めて、検討し始めるべきです。そのためには客観性を持った税理士なり、古旗さんのような方に相談することが大事ですね。

M&Aで動くなら、M&Aに精通した「自分の味方」に相談をすべき

古旗 では次に、M&Aで行こうと決められて、これから行動し始めようという方、あるいは今行動しているという方にアドバイスはありますか?

湯澤 やっぱりM&Aに精通している、自分の味方というか、自分の立場についてくれる人に相談するということに尽きると思います

古旗 M&A業者は必ずM&Aに引き込んで、成立に向かって押し進めていきますからね。「ちょっと立ち止まってよく考えましょう」と言わないという意味では、中立的ではないし、売り手の立場に立ってくれるわけでもないですね。

湯澤 踏み込んだ相談ができる人はほとんどいないですけどね。たとえばメガバンクであっても、支店レベルでは。古旗さんほどのレベルの回答は言うまでもないけど、僕が知りたいことに応えられる人は支店レベルではいないと思いますよ。いろんな悩みを本当に相談できるプロフェッショナルを見つけることが重要だと思いますね。

M&Aには辛いこともあるけれど、辛いことはいつまでも続かない

古旗 今まさにM&Aプロセスを進めていて、大きな不安や壁に心を痛めている方にメッセージはありますか?

湯澤 M&Aにはどうしても負荷の掛かるプロセスがあって、辛いことはありますが、いつまでも続くわけではないですよと。必ずいつか突き抜けますよと伝えたいですね

古旗 ありがとうございます。この記事をご覧の方には、その言葉で救われる方も多いと思います。

湯澤 M&Aはちょっと嫌な感じを受けることはあります。社員との関係とかですね。でも、それはM&Aという大きな意志決定をしたプロセスの一部ですからね。必ずいつかは過ぎ去っていくものなんだろうなと思います。

古旗 ありがとうございます。お時間が来てしまいました。本日は本当にありがとうございました。

湯澤 こちらこそありがとうございました。

おわりに

今回は、実際に事業承継M&Aを実行した湯澤剛社長に、経験者しかわからないM&Aの苦悩や不安、反省点を赤裸々に語っていただきました。いかがでしたでしょうか。

私が特に印象に残ったのは、

一度M&Aのサイクルに入ると、経営者はなかなか抜け出せなくなる

という言葉です。非常に重い言葉だと感じました。

中小企業経営者にとって、M&Aは人生を懸けて育ててきた事業を他人に譲る大きな決断であり、ご自身やご家族、そして社員の方々のその後に大きな影響を与えます。どうか安易に足を踏み入れる前に、じっくりと考えてから行動してください。

なお、弊社では無料相談を実施しております。M&Aアドバイザーよりも中立的なご意見を申し上げておりますので、ぜひ一度ご相談にいらしてください。あなたの検討ステージに応じて、真摯に対応させていただきます。

無料相談はこちらから

湯澤社長の新刊のお知らせ

2020年1月31日に、湯澤社長の新刊『小心者のままでいい 「「臆病」「過敏」を強みに変える25の方法』が小学館より刊行されました。

湯澤社長が40億円の借金を返していたころの苦労や行動を振り返り、完済できた理由を具体的に分析・解説されています。

また、ご自身を「小心者」と自認する湯澤社長が、臆病や過敏を自身の強みに変えることができたテクニックを具体的にご紹介されています。

ご興味のある方は、ぜひご購入ください。

 
]]>
https://str.co.jp/merger-and-acquisition/transfer/m-a-case-studies-yuzawa/feed 0
【全体像がつかみやすい】M&Aの流れ5ステップと時間軸を図で解説 https://str.co.jp/merger-and-acquisition/transfer/flow-of-m-a https://str.co.jp/merger-and-acquisition/transfer/flow-of-m-a#respond Fri, 20 Dec 2019 02:46:10 +0000 https://str.co.jp/?p=5921 M&Aに興味を感じていても、実際にやったことがなければ、全体の流れがわからず不安に感じると思います。

  • どういう手順でM&A相手を探していけばいいんだろう?
  • 買い手候補とはいつ会って、いつ価格が決まるんだろう?
  • うまく行って、自分は何カ月後に引退するんだろう?

などなど、手順や時間軸についての疑問は尽きないでしょう。

M&Aプロセスを紹介しているサイトは他にもありますが、「ノンネームシート」だとか「デューデリジェンス」といった専門用語がたくさん出てきますので、よくわかりませんよね。

この記事では、専門用語は最低限に抑えながら、

  • より直感的にイメージできるM&Aの流れ5ステップ一覧
  • それぞれのステップで具体的にやること

をわかりやすく解説していきます。

第1章の図を眺めていただくだけで、M&Aの全体の流れが直感的に掴めるでしょう。さらに最後までご覧いただければ、各ステップの行動もより具体的に理解できるはずです。

M&A成功のコツがわかる本 M&A成功のコツがわかる本

事前準備から引継ぎまで!一目でわかる全体の流れ5ステップ

まずは、M&Aの全体の流れを、事前準備からM&A成立後の引継ぎまでご紹介しましょう。

実際には案件に応じて柔軟に設計されますが、標準的には下図の5ステップで進んでいきます(仲介会社を利用する場合)。

M&Aの流れ

上記の期間を合計していただくとわかりますが、だいたい6~10カ月ぐらいで交渉が完了し、案件の成立へと向かっていきます

それぞれのステップの内容については、次章以降解説していきますが、

  1. 十分な事前準備をした後、
  2. 仲介業者が買い手候補に売り込みに行き、
  3. 売り手の判断で買い手候補を最良の1社に絞り込んだ後、
  4. 価格等のM&A条件についてじっくり交渉して、
  5. 合意すればM&Aが成立。事業の引継ぎを行う。

という大まかな流れは念頭に置いて読み進めてください。

Step.1 まずは十分な事前準備が不可欠

step.1 事前準備

まずは事前準備をしっかり行いましょう。段取り八部という言葉がありますが、M&Aにおいても事前準備は非常に重要です。

このステップでは「自分はM&Aで何を実現したいのか?」を明確にする作業がもっとも重要です。。これはつまりM&Aの目標を定めるということです。

ゴールが曖昧なままマラソンを走り出しても途中で息切れしてしまいます。同じように、目標もなくM&Aに突き進んでも、途中で嫌になったり、安易な妥協をしてしまったりして、あとで後悔することは目に見えています。

その他、このステップは、他にも以下のような大事な問題をじっくり考え、基礎を固める貴重な時間となります。

1-1.M&Aの目的を整理し、目標を定める
1-2.M&A価格の「水準」を決定する
1-3.M&Aスキーム(「売り物」と「売り方」)を決定する
1-4.M&A業者を選ぶ

これらはM&Aプロセスが進めば進むほど変更しづらくなるものですので、初期の初期でしっかりと考えておきましょう。

1-1.M&Aの目的を整理し、目標を定める

まずは、

自分はM&Aで何を実現したいのか?(目的)

を整理し、それを元に

どんな相手に売り、いくら以上の売却額を目指すのか?(目標)

を明確にしましょう。

M&Aプロセスが動き出すと、非常にタイトなスケジュールの中で重要な決断を何度も迫られます。いくら初体験とはいえ、優柔不断に考えて買い手をいつまでも待たせるわけにはいきません。

その際、あとで落ち着いたときに後悔するような妥協をしないためには、落ち着いている今のうちにしっかり方針を定めておきましょう。

弊社では、このプロセスを「M&Aの成功定義」と呼んでいます。詳しい方法は「これがM&Aの第一歩!【M&Aの成功定義】の7つのステップ」という記事でご紹介しています。

1-2.3つの価格水準を検討しよう

「いくら以上で売りたいか?」という方針を明確にしましょう。これは安易な妥協で手取りを少なくしてしまうことを防ぐとともに、買い手との交渉でも重要になります。

具体的には、以下の3つの価格水準を検討することをオススメしています。

3つの価格水準

「価格相場」はアテにならないので注意

売り手の相談者様にこのような話をすると、よく「ウチはいくらぐらいで売れそうですか?」と訊かれます。お気持ちはわかりますが、M&Aというものは事前に価格目安を知ることがほどんど不可能な世界ですので、なかなかお答えできません。

巷では「純資産+直近営業利益3年分」とか「直近の経常利益の5年分」などという真っ赤な嘘が流れていますが、本気にしないでください。M&Aは生きているビジネスの売買ですから、そんな単純な計算式で相場が知れるはずがないのです。詳しくは「M&A価格の単純な決まり方と価格目安を見積るたった1つの方法」にて解説しています。

この段階では、「似たような会社がいくらで売買されているか?」よりも、

  • 自分はいくらで売りたいか?
  • いくら以下なら売りたくないか?

のほうが遥かに重要です。外野の声ではなく、ご自身の心とよく向き合ってください。もちろん、「経常利益の5年分ももらえれば満足だ」という決め方であれば、それでも構いません。

1-3.「売り物」と「売り方」を決める

「何を、どのように売りたいのか?」がはっきりしないと、買い手も買いようがありません。「売り物」と「売り方」を明確にしてから買い手に当たりましょう。

これはつまり、「M&Aスキーム(M&A手法)」を決めるということです。中小企業M&Aでは、一般的に以下の4つのスキームが主流となっています。

M&Aスキームの一覧

それぞれのスキームの内容や、弊社がご相談を受けた際にご紹介するスキーム検討の手順については、「株式譲渡と事業譲渡の5つの違い!迷ったら7ステップで検討しよう」という記事でご紹介しています。ぜひご覧いただき、最適なスキームを決定してください。

低レベルな業者は「単純な株式売買」しか扱えない

M&Aスキームの方針は、なるべくM&A業者抜きで検討しましょう。

というのも、低レベルな業者の場合は「単純な株式売買」しか経験がなく、ヨコの会社分割やタテの会社分割は存在すら知らないということもあります。

このような業者に相談しても、業者にとって都合のいい「雑音」しか出てきませんので、まずはご自身で各スキームをよく理解し、方針を決めてから、それに対応できる業者を探しましょう。

1-4.M&A業者を選ぶ

M&Aの成功には、誠実で有能なM&A業者(M&Aアドバイザー)の存在が不可欠です。このタイミングで選んで、買い手との交渉をリードしてもらいましょう。

ただし、M&A仲介業者は近年雨後の筍のように増えており、当然経験不足で低レベルな業者も少なくありません。口先三寸で当面は稼げるアコギな業界ですので、アドバイザー選びは本当に慎重に行ってください。

M&A仲介の選び方や業界解説などは「初心者にオススメなM&A仲介の選び方!大手ランキングや手数料比較」という記事でじっくり解説しています。ぜひご一読いただき、悪質な業者に騙されないようにしましょう。

Step.2 自社の魅力を買い手候補に売り込もう

step.2 売り込み

準備が整ったら、いよいよ買い手候補にアクセスし、自社の魅力を売り込んでいきます。

とはいえ、売り手の経営者が直接買い手に会うのはまだ先です。まずはM&A業者に代わりに足を使ってもらい、めぼしい買い手企業の興味関心を伺っていきます。

このステップの目的は、

買収に前向きな買い手候補を複数見つけること

です。具体的には、以下の手順で進めていきます。

2-1.M&A業者と一緒に売り込み先のリストを作成する
2-2.まずは匿名情報を渡して、興味があるか訊いてみる
2-3.守秘義務契約を結び、詳細な情報を提供して真剣にM&Aを検討してもらう

それぞれ解説していきましょう。

2-1.M&A業者と一緒に売り込み先のリストを作成する

どんな相手に売り込みに行くかを業者任せにしてしまうと、取引先にまで売り込みに行ってしまうリスクがあります。まずはどこに売り込むかをキッチリさせましょう。この売り込み先のリストのことを「ショートリスト」といいます。

ショートリストは、概ね以下の手順で作ることが多いです。

  1. M&A業者が「候補となり得る企業一覧(ロングリスト)」を用意する
  2. 売り手経営者がロングリストからNG先を除外したり、企業を追加して修正を加える
  3. 売り込むべき相手かどうかという観点から、優先度を付けていく

それぞれの具体的なポイントについては「適当に作ると大失敗!ショートリストの意味と正しい作り方5ステップ」という記事で解説しています。ぜひ参考にしてみてください。

2-2.まずは匿名情報を渡して、興味があるか訊いてみる

M&Aは極秘に進めるべきものなので、売り込み先に無造作に社名を明かしたりはしません。

そもそも買収ニーズのない売り込み先に情報を開示しても仕方ないので、まずは匿名情報を提示し、「こんな会社が売りに出てるんですが、御社は興味がありますか?」と訊いて廻ります。

この匿名の事業概要を「ノンネームシート(ティーザー)」といいます。具体的には、以下のような絶対に会社が特定されない程度の情報を提示します。

  • 事業の内容、地域(「南関東」など、アバウトに)
  • 事業規模(「売上10~15億」など、アバウトに)
  • 価格目線
  • 事業の特徴や強み(特定されないように、アバウトに)

これで売り込み先が興味を示してくれたら、守秘義務契約を結んだうえで詳細情報を開示します。

ノンネームシートは複数作るのがオススメ

ノンネームシートは3つぐらい作り、売り込み先に応じて使い分けましょう。

具体的な情報を出すと特定されてしまいますが、アバウトに書きすぎると反応が薄くなってしまいます。そこで、

  • ぜひ買ってほしいと思う相手には、少し具体性を高めた情報を
  • 同業者の場合には、なるべくアバウトな情報を

という具合に使い分けるのが安全かつ有望です。

ノンネームシートの具体的な記載方法は「ノンネームシートとは?その2つの役割と業者任せでは身バレする理由」という記事でご紹介しています。ぜひ参考にしてみてください。

2-3.興味を示した相手には具体的な情報を提供しよう

ノンネームシートで興味を示してくれた相手には、会社に関する具体的な情報を開示し、真剣にM&Aを検討してもらいましょう。

まずは守秘義務契約を結び、その後会社名の開示や決算書等の重要情報を開示していきます。

このときの情報開示の中心になるのが「インフォメーションメモランダム(企業概要)」と呼ばれる情報を集めた冊子です。これは決算数値や会社概要、事業の特徴などを整理した情報集で、いわばM&A対象会社のパンフレットのようなものです。

買い手候補はインフォメーションメモランダムを見て対象会社を値踏みしますので、M&Aにおける最重要資料の1つとなります。仲介業者が作成していきますが、売り手経営者としてもしっかり監修しましょう。

具体的な開示内容は「買い手が対象会社を値踏みする際に必要となる情報のすべて」ですが、たとえば以下のようなものが挙げられます。

  • 事業の詳細な内容
  • 社歴と最近の状況、将来見込み
  • 会社の強みとその背景(買うとどんな強みが手に入るか?)
  • 会社の弱みとその原因(何を解決できれば成長が加速するか?)
  • 取引先情報、顧客分析
  • M&A後の事業運営への希望
  • その他、その事業に特有のポイント

M&Aは買い手の主観的判断で価格が決まります。インフォメーションメモランダムの出来の良し悪しでM&A価格は大きく変わってきますので、しっかりと情報開示できるものを作ってもらいましょう。詳しい記載方法は「会社の値段に3倍差が付くインフォメーションメモランダムの記載内容」をご覧ください。

Step.3 買い手候補を最良の1社に絞り込もう

step.3 買い手候補を1社に絞る

真剣にM&Aを検討してくれる買い手候補を見つけたら、それぞれの買い手候補から「どんな条件なら買収できるか?」を伺い、それぞれを比較しましょう。

そして、

買い手候補を最良の1社に絞り込む

ことが、このステップの目的です。もちろん、良い買い手候補が見つからなければ、ステップ2をやり直したり、M&Aを諦めたりすることも必要になります。

このステップの具体的な作業は以下のとおりです。

3-1.各買い手候補から「買収条件」を提案してもらう
3-2.買い手候補と面談し、お互いを確認する(トップ面談)
3-3.買い手候補を比較して、1社を選び出す
3-4、交渉がスタートする証として、「基本合意書」を結ぶ

※3-1と3-2は前後することも多いです。

以下でそれぞれ解説していきましょう。

3-1.各買い手候補から「買収条件」を提案してもらう

ステップ2で真剣にM&Aを検討してくれた買い手候補に対して、

  • では、いくらでの買収をご希望ですか?
  • M&A後はどのような事業運営をお考えですか?

といった買収条件や買収意図に関する質問を投げかけます。

この際に買い手候補からいただく買収条件等をまとめた文書を「意向表明書」といいます。意向表明書には以下のような項目が記載されます。

  • M&A価格
  • 買収を希望する理由、熱意、自己アピール
  • 希望するM&Aの価格以外の条件
  • M&A後にどのような事業運営をするかの計画(損益、雇用、屋号など)

このような意向表明書を複数の買い手候補からいただくことで、それぞれを比較し、最良の1社を選び出すことができます。

3-2.買い手候補と面談し、お互いを確認する(トップ面談)

意向表明に前後するタイミングで、買い手企業の責任者と面談し、お互いの人柄やM&A後の事業運営等について確認し合います。これをトップ面談といいます。

面接のない社員採用がないように、トップ面談のないM&Aもありません。これは単なるセレモニーではなく、お互いがお互いを「品定め」する重要な検討プロセスです。

相手が信用できるか、意気投合できる後継者かなどをしっかりと見定めましょう。

基本的に1発勝負!入念な準備を欠かさずに!

トップ面談のチャンスは、基本的に1回だけです。

実際には複数回行うこともありますが、相手もかなり忙しい身の方が出てきますので、何度も何度も行えるものではありません。絶対に無駄にしないように入念に準備しましょう。

トップ面談の準備については「最良の後継者を選ぶM&Aでのトップ面談の7つの意義と6つの準備」という記事で紹介しています。

3-3.買い手候補を比較して、1社に絞り込もう

意向表明書で価格やM&A後の事業運営を訊き出し、またトップ面談で人柄などを確認したら、それを比較して買い手候補を1社に絞り込みましょう。

人生でたった1回のM&Aです。十分な金額と後継者に相応しい相手を選び抜きましょう。

3-4.交渉スタートを同意する「基本合意書」を結ぼう

買い手を一本化したら、「基本合意書」という契約書を結びます。

これは、

  • 今後双方とも誠実にM&Aに向けて交渉すること
  • 売り手は勝手に他の買い手と話を進めないこと(独占交渉権)
  • 後述するデューデリジェンスに協力すること

などを約束する文書です。

「M&Aをすること」を約束するのではなく、あくまで「M&Aに向けて交渉すること」を約束する契約書ですので、これによってM&A交渉は端緒に着いたに過ぎません。

よって、基本合意書はザックリ記載するのが一般的で、ほとんどの条項に「法的拘束力はない」と明記されます。

基本合意書は「買い手一本化の証」

基本合意書はあくまで交渉スタートを宣言するものですので、ほとんど何の約束もしていないようなものです。しかし、この契約書は「買い手一本化の証」として機能します。

この後、後述するデューデリジェンス(買い手による本格的な対象会社調査)が始まりますが、買い手はデューデリジェンスに結構なコストを支払います。買い手候補が一本化されたという証明がなければ、買い手もお金をかけてデューデリジェンスができません。

「双方誠実にM&Aの交渉を行い、勝手に他社と話をしないこと」を約束する基本合意書は、買い手にとっては結構重要な契約書なのです。

Step.4 いよいよ本格的な条件交渉へ!

step.4 条件交渉

有望な買い手候補と基本合意を結んだら、いよいよ本格的な交渉が始まります。

まず、買い手がM&A対象会社をじっくり調査し、その調査結果を踏まえて、意向表明書の内容を修正する交渉を行います。

最終的な条件で合意できれば、その内容をM&A契約書に明記して、双方が押印します。どうしても合意できなければ破談となります。

4-1.買い手による本格調査(デューデリジェンス)を受ける
4-2.価格やその他M&A条件について交渉する
4-3.合意内容をM&A契約書に織り込み、押印する

なお、実務的には4-2と4-3は同時に進めていきますが、以下では説明の都合上別の作業としてご紹介します。

4-1.買い手による本格調査(デューデリジェンス)を受ける

本格的な交渉の前に、買い手による本格調査(デューデリジェンス)を受けなければなりません。

これまでの買い手候補は、売り手からの一方的な開示情報を元にM&Aを検討し、買収条件を提示していました。もし、この開示情報が誤っていたり、重大な問題が欠落していたら、条件を見直したり、買収を中止したりしなければなりません

このようなことがないかを買い手が確認するための調査のことを、デューデリジェンスと呼びます。

デューデリジェンスの調査範囲は本当に広範ですが、たとえば以下のような点がチェックされます。

  • ビジネス環境と今後の販売予測
  • 過年度の損益計算書や貸借対照表の実態
  • 契約書関係が整っているか?トラブルリスクのある取引はないか?
  • M&A直後の事業引継ぎのポイントは何か?

デューデリジェンスを受けるのは本当に大変!

このデューデリジェンスへの対応は、売り手のM&Aプロセスで一番大変な作業です。実際、M&Aで会社を売った方は、口を揃えて「デューデリジェンスを受けるのは本当に大変だった」とおっしゃいます。

買い手の立場で考えれば、これまで赤の他人が経営してきた会社を譲り受ける際に、あらゆる資料に目を通し、あらゆる情報を掻き集め、細大漏らさずチェックしたいと思うのは当たり前のことです。したがって、会社のあらゆる資料の提出を求められます。

ここでいい加減な対応をしてしまうと、一気に買い手の購買意欲が薄れます。デューデリジェンスの対応については「初めてのM&Aでデューデリジェンスを受ける際の6つの準備と心構え」という記事を書いていますので、ぜひ事前にご一読ください。

4-2.価格やその他M&A条件ついて交渉する

デューデリジェンスを受けたら、その結果を踏まえて減額交渉がなされます。

M&Aは完全に駆け引きの世界ですので、先方の要求が妥当なものであっても突っぱねることはできます。ただ、それでは破談に一直線ですので、妥当な要求は呑まざるを得ないのが現実でしょう。

ただし、買い手も小難しい財務理論を捏ね繰り回して、屁理屈としか言いようのない要求を仕掛けてくることもあります。このような場合は毅然と対応し、破談カードもチラつかせながらタフな交渉していく必要があります。

仲介会社は手助けしてくれないので注意!

仲介会社は「中立の立場」の第三者ですから、条件交渉においては一切手助けしてくれません。

やってくれるのは、交渉が感情的になって不用意な破談にならないようにするぐらいです(もっとも、この役割は極めて重要ですが)。

仮に不当な要求が飛び交っていても、どちらかに肩入れすることはタブーな立場の人々ですので、仲介会社任せにすると相手の要求を丸呑みするハメになります。決して他人任せにせず、ご自身で納得のいく条件を引き出しましょう。

4-3.合意内容をM&A契約書にまとめ、押印する

M&A条件に妥結したら、その内容を契約書にまとめ、それぞれが押印します。これをもってM&Aがようやく「約束」された状態になります。

契約内容によって、M&Aの「成立」まではもう少し時間がかかりますが、とりあえずようやくゴールがはっきり見えた状態と言えるでしょう。

契約書の文面交渉は、

  1. M&A業者が「ひな形」を売り手(または買い手)に提供する
  2. 売り手(または買い手)は自身の主張を加筆修正し、相手に送る
  3. もらった買い手(または売り手)も自身の主張を加筆修正し、相手に返送する

という作業を繰り返しながら、双方が納得できる文面に落とし込んでいきます。

弁護士のチェックは絶対不可欠!

M&A契約は巨額のお金を動かす約束であると同時に、M&A後の売り手・買い手の責任も明確にする極めて重要な契約書です。絶対に慣れた弁護士のチェックを受けてください。

仲介会社はチェックしてくれませんし、本当に優秀な弁護士を紹介してくれるとも限りません。ご自身でお知り合いの弁護士や税理士に相談し、本当の専門家を確保しましょう。

Step.5 M&Aを「成立」させ、事業引継ぎを行おう

step.5 案件成立と事業引継ぎ

M&Aは「成約」すればすなわち「成立」ではありません。

多くのM&A契約書では、「成立日までに双方が行うこと」を定めています。これを抜かりなく実施することで、初めてM&Aは成立します。

たとえば、社員へのM&Aの公表は、このタイミングで行われることが多いです。

ついにM&Aが成立したら、事業経営を後継者に円滑にバトンタッチしましょう。M&Aは一夜にして株主と経営者が交代するという一大事ですので、社内外が混乱しないように事業を引き継ぐのは重要な責務です。

M&A成立後は、一定期間「顧問」などの肩書で会社に残ることも多いですが、その期間が終わると晴れて完全に身を引くことになります。

5-1.社員や取引先にM&Aのことを打ち明ける
5-2.契約書で定めた「成立日までの作業」をこなす
5-3.事業経営の引継ぎ作業を行う
5-4.一定期間「顧問」などとして会社に残る

5-1.社員や取引先にM&Aのことを打ち明ける

売り手経営者にとって、一番気が重いのが、この「M&Aのことを社員に打ち明ける」ということです。

しかし、これは避けて通れない道ですので、経営者の最後の仕事として逃げずに向き合っていただくしかありません。

公表のタイミングは、M&A契約の締結後であることが多いです。新経営者である買い手企業の方(なるべく偉い方)にもお越しいただき、新経営体制を紹介するという形で自身の退任を伝えます。

一世一代のスピーチになります。よく準備して、以下のことを盛り込みながら語りましょう。

  • 会社を外部に譲るという決断をした理由
  • その買い手企業を選んだ理由
  • 今後買い手に期待している事業経営(買い手の同意を得てから語る)
  • 自分についてきてくれた社員へのメッセージ

社員公表は絶対に失敗できない!

M&Aの事実が伝わると、社内には激震が走ります。社員さんたちの心をきちんとケアしてあげなければ、大きな不安に苛まれることになり、大量退職が発生することもあります。

その意味でも、社員公表は絶対に失敗できません。入念な準備を行いましょう。詳しくは「事例で学ぶ円満なM&Aのための従業員への説明のタイミングと方法」をご覧ください。

5-2.契約書で定めた「M&A成立日までの作業」をこなす

M&A契約書では、「成立日までに売り手は責任をもって以下の作業をすること」という義務(クロージングの前提条件)が明記されることが多いです。

  • 売り手と対象会社の金銭の貸し借りの精算
  • 対象会社にある個人的資産(社宅や社用車)の買取り
  • 株式譲渡に関するの必要書類の準備
  • 直前に会社分割を絡める場合は、その実行

これらの作業を期限通りできなければM&Aは不成立となり、損害賠償に発展することもあります。粛々と確実に行いましょう。

売り手、買い手双方が義務を果たし、お互いにその事実を確認したら、晴れて代金決済が行われ、M&Aは成立します。

着金確認を以ってM&Aが成立する

M&Aが成立するのは、ステップ4でM&A契約書に押印したときではなく、着金確認がなされたときです。

M&A契約書には、「この契約書の効力は、代金の支払いがなされたときに発生する」などの記載がされますので、着金の瞬間までは株式はまだ売り手の物です。

5-3.事業経営の引継ぎを行う

当たり前ですが、経営者を退任することになる場合は、しっかりと事業の引継ぎを行いましょう。

決裁などの経営者業の引継ぎも非常に重要ですが、それ以上に支払いや資金繰りといった財務作業を売り手経営者自ら行っている場合は、この引継ぎを優先的に行う必要があります。支払いの遅延は現場の混乱に直結し、社員や取引先に多大な迷惑がかかるからです。

その他、取引先への挨拶に新社長を連れて行くなど、短期間でやることは結構多いです。

5-4.一定期間は「顧問」等で会社に残る

引継ぎが終わっても、3カ月~1年程度は「顧問」などの肩書で会社に残ることを要請されることが多いです(これは、M&A契約書に明記されます)。

たまに新社長に相談される以外は、特にやることはありません。社員さんたちに定期的に顔を見せるだけで十分です。元社長が顔を見せるだけで皆さん安心し、M&Aの成功率は跳ね上がるためです。もちろん、この期間はちゃんと報酬をいただけます(多額ではないですが)。

この期間が終われば、晴れて完全に退任となり、会社との関係は切れることになります。非常に寂しい思いがしますが、自分が礎を築いた事業が成長していくのを楽しみに眺めましょう。

おわりに

今回は、M&Aの流れをなるべくわかりやすくご説明していきました。

最後にもう一度、冒頭のフロー図を眺めておきましょう。

M&Aの流れ

M&Aは細かいプロセスが多いですが、全体感を見失わずに1つ1つ進めていきましょう。

]]>
https://str.co.jp/merger-and-acquisition/transfer/flow-of-m-a/feed 0
M&A価格を高くする「のれん代」とは何か日本一わかりやすく解説! https://str.co.jp/merger-and-acquisition/easy-to-understand-goodwill https://str.co.jp/merger-and-acquisition/easy-to-understand-goodwill#comments Fri, 06 Dec 2019 01:11:28 +0000 https://str.co.jp/?p=5784 「のれん」とか「のれん代」、あるいは「営業権」という言葉を聞いたことがある方は多いと思いますが、その内容についてきちんと説明できる人は、意外なほど少ないのが現状です。

多くの方が、真剣にM&Aを考えながら、のれん代というよくわからない概念に振り回されています。そして、必要以上に複雑に捉え、よくわからなくなり、「よくわからないからプロに丸投げしよう」と諦めます。

そんな状態でM&Aを「成立」させてしまい、大きな後悔を感じている人も少なくありません。

でも実は、M&Aという取引の本質を理解できると、「のれん代」はとてもシンプルな概念であることがわかります

そして、のれん代はなるべくシンプルに捉えることが正解であり、難しく考えるほど泥沼にはまっていくことになります

この記事では、

  • のれん代のどこよりもわかりやすい解説
  • のれんの「正体」についてのご紹介
  • (売り手向け)のれん代を高く評価させる3つのコツ
  • (買い手向け)のれん代の会計・税務の概略

を解説していきます。

第1章をご覧いただければ、「なんだ、のれん代ってコレのことか」と感じていただけますし、最後までご覧いただければ、あなたの会社ののれん代を最大化させてより高く売るコツがハッキリと掴めるでしょう。

YouTube動画でも解説しています

お陰様でこの記事は大変好評をいただいていますので、本記事の中核となる「のれん代とは何か?」について、YouTubeに解説動画を投稿しました。以下のようなありがたい感想もいただいています。

YouTubeでいただいたコメント

頂いたコメント

10分39秒の動画ですが、お時間がある方はぜひご覧ください!

のれん代とは何かを日本一わかりやすく解説!(本題は2分5秒からになります)

※同じ説明を本記事でしていますので、視聴環境にない方はこのまま以下をお読みください。

M&A成功のコツがわかる本 M&A成功のコツがわかる本

図解!のれん代とは「『事業の値段』と『使用財産の値段』の差額」のこと

のれん代について平たく表現すると、

「M&A対象となる事業全体の値段」と「その事業が使っている財産の値段」の差額

のことです(下図)。

のれん代とは差額のこと

事業は、個別の価値がはっきりしている財産(有形財産)が独立してお金を稼いでいるのではありません。

これら有形財産に加えて、「技術」や「ブランド」と言った個別の価値がはっきりしない財産(無形財産)があり、それぞれの財産が一体活用され、連携して大きな価値を生み出すものです(下図)。

事業は様々な財産の一体活用で成り立っている

そのため、普通、事業は個々の財産価値の総額よりも、高い値段で売買されます

たとえば、

  • 時価1億円の土地
  • 時価1億円の建物

を別々に買ってくるなら、2億円あれば事足ります。しかし、

  • これら土地、建物を使って、年間3億円の利益を上げる事業

であれば、たぶん2億円では買えません。年間3億円も利益を上げているのだから、もっと高額になるのが普通です(下図)。

事業が一体のほうが価値が高くなる

仮に、この事業が10億円で売れたとすれば、土地建物といった有形財産以外に8億円の値段が付いたことになります。この有形財産の価値を超えたM&A価格の分を「のれん代」といいます

のれんとは事業全体の値段と有形財産の差額のこと

のれん代は差額で計算する

なお、のれん代は以下の計算式で示すとおり、差額で計算します。

のれん代 = M&A価格 - 有形財産の純資産(時価)

正式には、有形財産のことを「識別可能資産負債」と呼びます。

この計算式を図で表すと以下のとおりです。

のれん代の計算式

事業の値段は、個々の財産価値の積み上げで決まるものではないので、結果から逆算した差額で算定することになります。

ちなみに、有形財産の時価純資産が債務超過の場合も、そのままマイナスとして計算します。そのため、のれん代はM&A価格よりも高値になります。

のれん代は「M&Aでしか手に入らない無形財産への対価」

のれん代は、以下のような経営資源に対する対価です。

  • 買い手が自力で入手することが困難
  • 買い手が1から作り出すには時間がかかる
  • 今さら新規参入しても容易には覆せない競争優位性がある

そのため一般的に、のれんの構成要素は、たとえば以下のようなものであると言われています。いずれも売っているものではないので、個別の値段はありませんが、確かに存在する価値です。

  • ブランド、知名度、競争力、信用力
  • 技術、ノウハウ、人材、組織、企業文化、社風
  • 物流商流、取引先との関係
  • 市場シェア、売上規模、顧客リスト、特定市場の独占

これらは買い手企業が自力で1から作ろうとすると、非常に大変で時間もかかります。そのため、「自前で作り上げるより、買ってきた方が早いし確実」ということで、買い手はM&Aに多額のお金を投じることになるのです。

そのため、事業が持つ無形財産が、価値が高く得難いものであるほど、のれん代は高くなります

のれんは「暖簾分け」の暖簾が語源

「のれん」は平仮名で書くのが正式名称ですが、語源から漢字にすると「暖簾」です。今でも居酒屋や寿司屋の玄関に掛かっている、店名が書かれた布のことです。

今でもラーメン屋などでありますが、かつて職人の世界では、師匠が弟子に同じ店名を名乗らせることを「暖簾分け」と言いました。つまり「暖簾」は「屋号」を具現化した意味があり、信用や知名度、技術、取引先との繋がりなどを体現しています。

会計用語の「のれん」の語源は、単なる布のことではなく、このような人から人へ承継されていく無形の財産価値を表す言葉から来ています。

のれん代は買い手の主観で決まる

なお、のれん代には合理的な計算式とか、相場といったものは存在しません。

「直近の営業利益の3年分」とか「DCF法などの手法で合理的な価値算定をする」といった説明がなされることがありますが、実際にはそのような値決めが行われているかというと、必ずしもそうとは限りません。事業の無形財産はとても複雑で曖昧ですので、計算式で評価されるようなものではないのです。

上述のとおり、のれんはM&A以外では入手しがたい無形財産ですので、買い手が「どうしても欲しい」「高値でも買う価値がある」と思えば、価格はどんどん上がっていきます。買い手経営者が買う価値があると思えば、どんな価格でも取引は成立します。

つまり、のれん代は買い手の主観で決まります。具体的には、以下のような印象を買い手が持てば、赤字事業であっても非常に高額で売れることがあります。

  • この会社のノウハウをうちの商流と併せれば、利益を倍増できるぞ!
  • 今は赤字でも当社主導で経営改善すれば数年で黒字転換可能だ!
  • この会社を傘下に入れれば、当社は一気に業界トップだ!
  • この事業の将来性は非常に有望。数年後にはビッグビジネスになるだろう!
  • こんな会社が売りに出る機会なんて滅多にない!今を逃すと後悔する!
  • ライバル会社が5億円出すらしい!敵が買わないように6億円で囲い込もう!
  • この事業が成長したら将来わが社を脅かすかも!今高値を出して摘み取ろう!

このように、のれん代は必ずしもM&A対象事業そのものの価値とは限りませんし、中には企業価値と呼んでいいかもわからないものも含まれます。しかし、このような買い手の主観がM&A価格を引き上げ、のれん代を構成していることは、まぎれもない事実なのです。

赤字の横浜DeNAベイスターズに59億円ののれん代が付いた理由

たとえば、プロ野球の横浜DeNAベイスターズは、株式の66.92%を65億円で買収されています。のれん代は実に59億円でした。

買収前の横浜球団は毎年営業赤字を計上していたとのことですから、決算書だけ見れば59億円も値段が付くような会社ではありません。

ただし、決算書には現れない、以下のような買い手の主観的な意識が価格を引き上げたものと思われます。

  • プロ野球チームを持つという企業ステータス
  • 社名の入った野球チームが毎日ニュースになる宣伝効果
  • 自分たちが経営すれば黒字化できるという自信
  • たった12しかない球団が売りに出たという稀少性

これらはいずれも買い手であるDeNA社が主観的に判断したものです。結局のれん代に正解はなく、買い手がリスクを背負って値決めするものですから、このような理論に合わない価格も頻発するのがM&Aなのです。

のれん代を高くしたいなら行うべき売り手の3つのコツ

上述のとおり、のれん代はあくまで買い手の主観で値付けされるものですので、売り手の立ち回りや駆け引き次第で価格は大きく変わります。

もし高く売りたいと思われるなら、以下の3つのことを徹底して実施してください。

  • 自社を高く評価してくれる買い手に戦略的に売り込む
  • 買い手に「欲しくなるような情報」を与える
  • 買い手候補同士を競わせて「争奪戦」を巻き起こす

この3つで価格は確実に上がります。以下、理由も含めて解説していきましょう。

高く売るコツ1.自社を高く評価してくれる買い手に売り込む

のれん代は買い手の主観で決まりますので、当然あなたの会社に感じる価値は、それぞれの買い手企業ごとに大きく異なります。

極端な例になりますが、もしあなたが横浜市で営むスーパーマーケットを売ろうと思ったとき、

  • 隣の川崎市でスーパーを営むA社
  • 北海道でITシステムの開発を営むB社

のどちらが、あなたの会社に高値を出してくれるでしょうか? 当然、後者に一生懸命売り込んでもほぼ間違いなく徒労に終わります。

高値で売りたければ、自社の強み・弱みを良く分析し、強みを欲しがり、弱みを気にしない買い手に売ることです。

ショートリストで戦略的に買い手に売り込もう

M&Aで買い手探しに用いられる「売り込み先リスト」のことを「ショートリスト」と言います。これは買収意欲の強い買い手に戦略的に売り込むための重要なマーケティングツールですので、しっかりと作り込みましょう。

具体的なショートリストの作り方や、強み・弱みの分析方法については、「適当に作ると大失敗!ショートリストの意味と正しい作り方5ステップ」という記事で詳しく解説しています。ぜひご一読ください。

高く売るコツ2.買い手に「欲しくなるような情報」を与える

買い手は貴社のことなんてまったく知りません。前向きに検討させるためには、正確で具体的な情報を開示して「良い会社ですよ!」とアピールしていくことが不可欠です。曖昧な情報では買い手はかえって不安を感じます。

決算書を見せることは当然ですが、それだけでは全然足りません。貴社にどんな強みがあって、買えばどんなメリットがあるのかが腹の底から理解できなければ、買い手は買おうとは思わないものです。

具体的には、「インフォメーションメモランダム(企業概要書)」という冊子を作って、買い手に正確で具体的な情報を開示していきます。仲介会社やFAに作ってもらいましょう。

どのような情報を載せるべきかは、「買い手がどんな情報を求めているか?」によりますが、たとえば以下のような内容を開示していくことになります。

  • 会社の概要や沿革
  • ビジネスモデルと主な取引先
  • 会社の強みとその背景
  • 会社の弱み(何を改善すれば成長を加速できるか?)
  • 役員・社員の人員数や特徴、平均年齢
  • 決算書の情報とその分析

このような情報を整理して開示していくことで、買い手はM&Aを判断しやすくなり、買収金額も自然と上がっていきます。インフォメーションメモランダムについては「会社の値段に3倍差が付くインフォメーションメモランダムの記載内容」という記事で解説していますので、併せてご覧ください。

高く売るコツ3.買い手候補同士を競わせて「争奪戦」を巻き起こす

買い手はぜひ「入札」で決めましょう。買い手同士を競わせない限り、良い価格は望めません。

買収意欲が高まった買い手は、割高であっても買いたいと思う一方で、買えるなら少しでも安く買いたいとも思っています。

そのため、1対1の交渉ではあの手この手で「買い叩き」を狙ってきます。中小企業M&Aは初心者である売り手と熟練者である買い手の交渉になりますので、売り手のほうが圧倒的に不利です(下図)。

中小企業M&Aは売り手が不利

このような売り手不利の状況で高値を引き出すためには、「入札」によって複数の買い手を競わせましょう(下図)。

入札であれば売り手は不利にならない

こうすることで、買い手は常に他の競合入札者を意識せざるを得なくなります。「入札負けして買えなくなることは避けたい」と思わせられれば、必ず全力投球の価格提示をしてくれます(下図)。

入札で生じる相互牽制

入札と言っても、大事な会社をセリにかけるような話ではありません。複数の買い手候補に対して「あなたは、いくらまで出してくれますか?」と訊くだけでいいのです。

このような立ち回りによって「争奪戦」を引き起こすことができれば、価格は自然と上がっていきます。M&Aの入札については「価格だけじゃない!M&Aを『入札』で進める3つのメリット」も併せてご覧ください。

複数の買い手候補が集まらない場合でも必ず他社は意識させよう

M&Aでは常に複数の買い手候補が見つかるとは限りません。一生懸命探しても1社しか興味を示さないという場合もあります。

この場合でも、買い手には常に他社を意識させましょう。

他社さんにもまだまだ声を掛けるつもりだけど、できれば早く売りたいから、御社が〇億円で買ってくれるなら他社への声掛けはストップしてもいいですよ。

など、ハッタリでもいいので「渋いことを言ってると他社に獲られてしまう!」という危機感を持たせましょう。

(買い手向け)のれん代の会計税務の6つの常識

最後に、主に買い手向けのご参考としてのれん代の会計・税務を解説します。

と言っても、のれん代の会計・税務は非常に奥深いので、あくまで買い手企業の方が知っておきたい最低限のトピックに絞ってご紹介しましょう。

会計・税務でポイントになるのは以下の6点です。

  • のれん代は連結決算において「のれん」という無形固定資産になる
  • 「のれんの償却」は会計基準によって扱いが異なっている
  • 投資回収できないと「のれんの減損」が発生する
  • のれんがマイナスになった場合は「負ののれん」として利益計上する
  • 個別決算上は滅多に登場しない
  • 税金計算上はM&Aスキームによって2パターンの処理がある

それぞれ見ていきましょう。

1.連結決算で「のれん」という無形固定資産になる

のれん代は、連結決算において「のれん」という無形固定資産勘定で表示されます。つまり、一旦は連結貸借対照表の資産となります。

のれんは無形固定資産に計上する

勘定科目の名称としては「のれん代」や「営業権」ではなく、「のれん」が正式名称です。

2.「のれんの償却」は会計基準によって扱いが異なる

連結貸借対照表に載っている「のれん」について、償却(≒減価償却のこと)するかどうかは、採用している会計基準によって異なります。日本の上場企業が選択できる4つの会計基準では、以下のようにルールが分かれています。

会計基準 償却要否
日本基準(J-GAAP)
修正国際基準(JMIS)
20年以下の「のれんの効果」が及ぶ期間で償却する(定額法その他合理的な方法による/販売費及び一般管理費)
国際会計基準(IFRS)
米国会計基準(US-GAAP)
償却しない
 
のれんは償却する
 

実際に20年償却は難しい

よく初めてのM&Aに挑まれる買い手の方から、「のれんは20年で償却すればいいんですよね?」と訊かれることがあるのですが、実際には上場会社で20年償却をしている会社は多くありません。

これは、監査法人から「買ってきたのれんの効果が20年も維持されるってあるの?」というツッコミが入り、色々交渉した結果、もっと短い期間が妥当だと結論付けられることが多いためです。

のれんの償却期間は連結全体の営業利益に大きなインパクトを与えることが多いので、上場会社の方はM&Aの値決め段階から監査法人とディスカッションしておきましょう。

3.十分な利益が出ないと「のれんの減損」となる

M&Aは常にうまく行くとは限りません。買収後に投資額を回収できるだけの利益が出ていないと判断されると、のれんを「減損」することになります。

減損とは、固定資産への投資額が回収できないと判断された際に、回収できない金額を損失計上する会計処理です(特別損失)。

減損処理の図解

のれんの減損については「のれんの減損とは?M&Aが巨額損失を起こす仕組みを基礎から図解!」という記事で詳しく解説していますが、かなり多額になりがちな上に目立ちますので、過去の経営者の責任が問われることもあります。

のれんの減損の記載例

4.のれん代がマイナスになると「負ののれん発生益」

以下のように、M&A価格が買収した有形資産の時価を下回った場合、「無形資産の値段はマイナスだった」と判断され、「負ののれん」と呼ばれます。

負ののれんの図解

負ののれんは、「理論的には本来発生するはずのない異常利益」と考えられており、M&Aがあった期の特別利益として一括利益計上されます。

負ののれんの記載例

理論と現実は違うから、負ののれんが発生する

負ののれんは理論上発生しないはずなので特別利益に計上されていますが、のれん代と同様にM&Aは主観で判断される部分が多いため、実際には発生することがあります。要するに、理論理屈は現実のビジネスをすべてカバーできているわけではないということです。

負ののれんが発生する具体的な理由については、「負ののれんとは?発生原因と特別利益になる理由を会計士が徹底解説」という記事でご紹介しています。M&Aの本質を知る際に参考になる記事ですので、興味のある方はぜひご覧ください。

5.個別決算では、のれんは滅多に登場しない

のれんは連結決算で発生することの多い勘定科目です。個別決算では滅多に登場しません。

他社の株式を買収した場合、個別決算では買収額が「関係会社株式」という科目で処理され、減価償却されることもありません。

関係会社株式

ただし、買収した子会社との合併や、事業の譲受け(事業譲渡による買収)などをした場合には、例外的に個別決算でも登場することがあります。

個別決算上ののれん

6.税金計算上は2パターンの処理がある

上述のとおり、のれんは個別決算で登場することは稀なため、個別決算を土台とする税金計算にも基本的には登場しないものだと覚えていただいてもよいかと思います。

ただし、特定のスキームでM&Aをした場合に限り、税金計算上も「のれんのようなもの(税務上ののれん/資産調整勘定)」が発生します。具体的には下図のとおりです。

スキーム別の税務上ののれんの有無

各M&Aスキームの内容については「M&Aの種類・手法一覧!売買向きな4スキームのメリットデメリット」をご覧ください。

この税務上ののれんは、会計上ののれんをどのように償却計算しているかに関わらず、必ず5年で月割均等償却(≒定額法)で償却します。

大きな節税になるから、事業譲渡のほうがM&A価格が高くなる

税務上ののれんが発生すると、かなり巨額な損金(税金計算上の費用)が買い手側にもたらされます。これで節税できる分だけ、より多くのお金をM&Aに投じることが可能になります。

そのため、一般には単純な株式の譲渡よりも、事業譲渡のほうがM&A価格が高くなります。

以下の動画で詳しく解説していますので、売り手・買い手ともにぜひご覧ください。(17分14秒)

事業譲渡のM&Aなら1 5倍高く売れる!2つの理由とデメリットも紹介【動画で学ぶM&A】

おわりに

今回は、のれん代の意味と内容の解説、そしてのれん代を最大化させる売り手のM&A戦略についてご紹介していきました。

のれん代はごくシンプルなものであり、シンプルに考えることこそがM&Aの成功につながります。決して難しく考えて自縄自縛に陥らないようにしましょう。

]]>
https://str.co.jp/merger-and-acquisition/easy-to-understand-goodwill/feed 2