M&A(譲渡)

中小企業のM&Aで売り手が注意すべき10個の重要ポイント

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M&Aの売り手の注意点

M&Aは多くの売り手オーナーさんにとって、人生において最初で最後の経験です。後継者問題に悩んでいた会社を立派な買い手に引き継いでもらい、自分は多額の売却収入を手にして悠々自適のハッピーリタイア・・・という出口こそ、M&Aを選択される中小企業オーナーの1つの理想でしょう。

ただ、M&Aの初心者である売り手に対して、買い手はM&Aの成功も失敗も経験した熟練者です。中小企業のM&Aは、いわばプロと素人の戦いですので、売り手もちゃんと勉強しておかないと、事業承継どころか事業破壊となりかねません
詳しくは後述しますが、契約書では首切りしないと書いてあったのに、大半の社員が事実上のクビになったケースや、DDが終わった途端に大幅な減額を迫られるという例も枚挙に暇がありません。

今回は、M&Aという選択肢を考え始めた中小企業の売り手オーナーさん向けに、M&Aで注意すべきことをまとめました。M&Aの「売り方」は、自分、家族、そして会社の部下たちのその後の人生を左右しますので、最善を尽くしましょう。

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売り手・買い手双方のM&Aの成功と失敗について

個々の注意点を見る前に、まず売り手と買い手の双方にとって、M&Aの成功と失敗とは何なのかについて確認しておきましょう。事前にこれを頭に入れておくことで、目指すべきゴールとその障害物が見えてくるからです。

売り手・買い手に共通するM&Aの成功

売り手・買い手に共通するM&Aの成功とは、売り手と買い手が力を合わせて目指すべき「望ましい未来」です。

具体的には、なんといっても対象会社が買い手の傘下に大きなトラブルなく組み込まれ、買い手事業とのシナジー効果で順調に伸びていくこと、そして会社に残った従業員さんたちが新しい環境で活き活きと働いてくれることでしょう。これは買い手にとっても一番望んでいる未来ですので、このような状況を実現するためには、買い手は協力を惜しみません。

売り手・買い手に共通するM&Aの失敗

反対に、対象会社がM&A後に大混乱に陥り、大量退職や事業縮小に追い込まれてしまったら、それは売り手・買い手双方にとって不幸なM&Aの失敗と言えます。

買い手の中にもM&Aの経験が乏しく、引継ぎが拙くてこのような事態に陥るケースもあります。また、売り手がデューデリジェンスなどで十分に情報を提供していないことも、このような事態を招く一因となりかねません。

売り手としてはお金さえもらえばOKというスタンスではなく、残された部下たちのためにも、このような事態に陥らないよう買い手と協力していく必要があります。

売り手と買い手の利害が衝突する論点

一方で、売り手にとっては成功だが、買い手にとっては失敗だという論点もあります。この利害が衝突する論点こそ、素人である売り手が注意すべきポイントになります。

M&Aの売買価格と節税という緩衝材

売り手と買い手の利害が衝突する論点で一番代表的なものが「価格」です。価格だけは、1円でも高ければ売り手の成功、1円でも安ければ買い手の成功です。

ただし、節税という選択が取れれば、これは売り手と買い手の双方にとって、ある程度金銭的な負担を和らげる緩衝材になります。

M&Aで売り手が使える節税については、「【図解】株式売却M&Aで個人売主が使える3つの節税手法」にまとめています。特にタテの会社分割(分社型分割)は、売り手と買い手双方に大きな節税効果をもたらすので、選択肢としてぜひご検討ください。

契約条項に落とし穴あり

中小企業の売り手オーナーが気を付けなければいけないのは、最終契約書に結ばれる契約条項についてです。

仲介会社を利用していると、別に弁護士やファイナンシャルアドバイザーを雇う必要がないと考える売り手さんは多いのですが、契約書だけはM&A法務に精通した人に見てもらうことを強くお勧めします。

仲介会社はあくまで仲介ですので、インターネットから拾ってきたような株式譲渡契約書しか提供してくれません。買い手は法務に精通した人が社内にいるため、買い手有利な保証条項をどんどん入れてきます。これらのうち、負うべきでない責任は絶対に負わないように気を付けてください。

M&Aは究極の自己責任契約とよく言われます。仲介会社は助けてくれませんので、素人判断は禁物です。

M&Aの最終契約において特に注意すべき重要条項については、「甘く見ると大火傷!M&A株式譲渡契約で絶対注意すべき5条項」にまとめています。

幸せな破談と不幸な破談

M&Aでは、破談(ディールブレイク)は決して珍しいことではありません。ただ、破談にも幸せな破談と不幸な破談が存在していると感じています。

幸せな破談とは、いろいろ検討した結果、M&Aを成立させてしまうと売り手・買い手にとって共通する失敗に行き着く、と判断された場合の破談です。これはより大きな不幸を回避するための破談であり、その未来が判断できただけでも、M&Aプロセスを進めてきた意味があります。

一方で不幸な破談とは、売り手と買い手の利害が衝突する論点で、落としどころを見出せなかった場合の破談です。明るい未来が存在していたのに、そこに行き着く道のりを見つけられなかったということであり、プロセスの失敗と考えてもいいかもしれません。ただ、譲れない主張を折れると一方的に不幸になりますので、仕方のないことです。

M&Aアドバイザーにとっては破談はすべて不幸な破談

ちなみに、M&Aアドバイザーにとっては、すべての破談は成功報酬をもらえない不幸な破談に他なりません。

よって、たとえ売り手・買い手にとって幸せな破談であっても、なんとか回避しようという誘因が働きがちです。そこをこらえて破談に導くアドバイザーもいますが、これは仲介ビジネスの特性上責められないところだと思います。

売り手オーナーとして重要なことは、M&Aアドバイザーはこのような原理によって動きやすいということを理解することです。アドバイザーに引きずられて不本意な契約を結ぶことだけは注意しましょう。

M&Aアドバイザーのビジネスモデルについては、「巧みな話術に要注意?株式譲渡M&Aの初期の相談相手とその裏側」でも解説していますので、併せてご確認ください。

M&Aで売り手が具体的に注意すべき10の重要ポイント

では、いよいよ本題である売り手が注意すべきポイントについて、具体的に解説していきます。

注意点1.適切なM&Aアドバイザーを慎重に選ぶ

ある意味、これが最重要要素です。適切なM&Aアドバイザーを慎重に選びましょう。
M&Aアドバイザーには大手中小様々なプレーヤーがいますが、それぞれ強み弱みがあります。同じ会社でも担当者ごとにピンキリなので要注意です。

M&Aアドバイザーを選ぶ際は、自分がどのようなM&Aを実施したいかの考えを整理しましょう。まずは、以下の問いかけに対して自分の本音を紙に書いてみてください。

  • 高値で売却することと、自社文化を尊重してもらうことは、どちらが重要か
  • スピーディーに売却したいか、時間をかけて最善の方法を選びたいか
  • 業界大手など知っている会社に売りたいか、他地域や異業種の知らない会社に売りたいか

このような質問を、思いつく限り自問自答してみて、「自分は何をしたいのだろうか」を真剣に考えましょう。それが固まってきたら、M&Aアドバイザーを評価する自分ならではの基準もできてくるはずです。

上記のうち、「高値」「スピード」「知らない会社」を優先されるのであれば、比較的大手のM&Aアドバイザーがお勧めです。一方、「自社文化の尊重」「時間をかけても最善を」「業界大手」に比重があるのであれば、大手より中小のM&Aアドバイザーのほうがいいかもしれません。

弊社でM&Aアドバイザーのご紹介を依頼された場合、上記のような質問を100個程度させていただき、最適なアドバイザーを推薦しています。また、上記質問と回答をアドバイザーに提供し、売り手オーナーが本当に求めているものは何かについて、ディスカッションしたうえで紹介しています。

M&Aアドバイザーの選定方法については、「死んでも後悔しないM&Aのためのアドバイザー・仲介会社の選び方」にて詳述していますので、併せてご覧ください。

M&Aアドバイザーの紹介手数料について

ちなみに、M&Aの売り手候補をM&Aアドバイザーに紹介すると、成功報酬の何割かが紹介者にバックされます。もちろん弊社もご紹介する際は、紹介先のM&Aアドバイザーよりいただいています。

M&Aアドバイザーを紹介してもらう際は、このような仕組みであることを知っておきましょう。

弊社では、紹介手数料率がいい仲介会社を優先的に紹介するようなことはもちろんしませんし、紹介するにあたって弊社がいただく紹介手数料は開示していますが、紹介者の全部がそうであるとは限らない点に注意が必要です。

したがって、M&Aを最初に相談する相手の特性を踏まえておく必要があります。詳しくは「巧みな話術に要注意?株式譲渡M&Aの初期の相談相手とその裏側」をご覧ください。

業務委託契約書の解除条項に要注意!

M&Aアドバイザーとの契約は、基本的に独占業務委託契約です。彼らは成功報酬で動くので、これは当然のことです。

ただ、あまりに担当者のレベルが低く、契約を解除して他のアドバイザーに乗り換えたくなることもあります。その際、契約書に解除不能期間が定められていると、迅速なアドバイザーの乗り換えができなくなってしまいます。契約書の解除条項には要注意です。

注意点2.M&Aに精通した相談相手を確保する

注意点の2つ目がこれも非常に重要なことですが、M&Aに精通した相談相手を見つけましょう。

顧問税理士さんが、中小企業M&Aの経験豊富な方であれば、これほど心強いことはありません。ただ、そのような税理士さんはレアケースです。また、企業法務に強い弁護士さんであっても、M&Aはさっぱりという方も少なくありません。

M&Aでは、情報はお金を払っても手に入れるべきです。M&Aアドバイザー報酬も非常に高額なのですが、不合理な値引きや不公平な契約を避けたいのであれば、必ず精通した味方を確保しておきましょう。

注意点3.M&Aスキームの方針は早めに考える

さて、ここからがより実務的な注意点になります。

売却する際のスキームは、M&Aのなるべく初期段階で方針を固めましょう。スキームとはM&Aの法形式であり、中小企業M&Aで多く見られるのは以下のようなものです。

  • 単純な株式100%の売買
  • ヨコの会社分割(分割型分割)後の株式売買
  • タテの会社分割(分社型分割)後の株式売買
  • 事業譲渡

また、少し大きな案件ですと、株式交換や第三者割当増資が行われることもあります。

上記4つの主要なM&Aスキームについては、「【図解】4つのM&Aスキームのメリットデメリット比較」にて詳しく解説していますので、ぜひご覧ください。

M&Aスキームは検討の大前提

これらのM&Aスキームは、買い手がM&Aを検討する大前提となります。

たとえば、単純な株式100%売買であれば、すべての資産負債が譲渡対象になりますので、買い手はすべて入念にチェックします。一方事業譲渡であれば、一部の資産負債だけが譲渡対象なので、関係ない資産負債はじっくりとはチェックしません。

また、単純な株式譲渡とタテの会社分割・事業譲渡では、買い手が得られる節税効果がまるで異なります。これにより、タテの会社分割や事業譲渡のほうが財産価値が高まり、単純株式譲渡よりも理論上1.3~1.5倍の価格がつくことも珍しくありません。つまり、スキームが決まっていなければ、適切な入札額すら決められないのです。

この値上がりを「のれんの節税効果」といいます。詳しくは「M&A価格を跳ね上げる最強の【のれんの節税効果】徹底解説」をご覧ください。

M&Aスキームの変更はプロセスの逆戻り

M&Aスキームの変更はいつでも可能です。ただし、その都度買い手の検討は逆戻りしてしまいます。

M&Aスキームの方針がいつまでも固まっていなかったり、コロコロ変わるようだと、買い手は売り手に対して「本当に売る気があるのだろうか」「信用できる相手なのだろうか」という疑いを抱きかねません。信頼関係が崩れたら、M&Aはお互いに共通する失敗へと進んでいきます。

M&Aスキームはなるべく初期に方針を固める

必要に応じてM&Aスキームを変更することは決して悪ではありませんが、なるべく初期に(できる限りIMまでに)方針を固めておきましょう。

方針が固まっていることで、買い手は圧倒的に検討しやすくなり、M&Aプロセスも順調に進んでいきます。

M&Aスキームを決める4要素

M&Aスキームを決める方法については、詳しくは「売り手にベストなM&Aスキーム(売買手法)を決めるの7つの手順」という記事に記載していますが、以下の4つの観点から考えましょう。

  • 買い手の買いやすさ
  • 売り手の節税効果
  • 買い手の節税効果
  • 売り手の手元に残る財産

このうち、売り手の節税については「【図解】株式売却M&Aで個人売主が使える3つの節税手法」という記事で詳述していますので、ぜひご覧ください。

注意点4.私的すぎる要求は控える

長年中小企業を経営している売り手オーナーさんでありがちなのですが、売却後の事業に対して私的すぎる要求をすることは厳に控えましょう。

筆者が実際に遭遇した事例として、売り手オーナーの売却条件として「専務である弟を、今の給与水準で定年まで雇用すること」というものがありました。(案の定、業務内容に比べて給与水準が高すぎました)

このような売却条件を付けてしまうと、一気に「公私の区別がつかない信用できない売り手」のレッテルを貼られてしまいます。重々気を付けてください。

注意点5.嘘はつかない

これも、買い手との信頼関係を構築・維持する上で絶対に必要なことです。嘘はつかないようにしてください。事実と異なることを伝えてしまった場合、他意がなくても信用を失いかねませんので、誤解を招く表現も厳に控えましょう。

過去の粉飾や逆粉飾はどうするか

在庫の水増しや過小評価など、過去に粉飾や逆粉飾があることもあるでしょう。そのときは、なるべく早い段階で正直に伝えましょう。

実は、M&Aを経験している買い手であれば、粉飾や逆粉飾を見かけることは日常茶飯事です。そんなものがあるのはデューデリジェンス前から重々承知です。

賢い買い手であれば、最初に決算書を見た段階で怪しい箇所は見つけています。でも、売り手には言いません。入札前に粉飾を公開されてしまっては、正直な入札額を出さざるを得なくなるからです。ずる賢い買い手は、競合買い手候補がいなくなった後、デューデリジェンスで「発見」して、大幅な減額を迫ります

素人の粉飾は、デューデリジェンスで100%バレます。早めに伝えておいたほうが、後々の自分のためです。

これらを開示する賢い方法としては、インフォメーションメモランダムに記載する方法があります。インフォメーションメモランダムについては「誠実な入札を引き出すインフォメーションメモランダムの項目と内容」をご覧ください。

デューデリジェンス前は黙秘権を行使できる

なお、デューデリジェンスまでは、黙秘することも可能です。「経営の機微に関することなので、デューデリジェンスまで開示したくない」と言えば、すべての質問に答える必要はありません。

ただし、デューデリジェンスでこれをやってしまうと、やはり信用できない売り手として、買い手に警戒されます。デューデリジェンスの黙秘権行使は破談に直結しかねませんので、その覚悟がない場合は行わないようにしましょう。

注意点6.秘密は絶対厳守

当たり前の話ですが、秘密は絶対に厳守しましょう。M&Aの交渉先はもちろん、オーナーがM&Aに興味を抱いている事実すら、ごく限られた人の間で共有すべきです。

秘密を厳守すべき理由

秘密を厳守すべき最大の理由は、M&Aはクロージング当日の着金確認まで何が起こるかわからないからです。

M&Aを散々検討しても、成立直前に破談になることは少なくありません。このような場合、M&Aの事実を知っていた従業員にとって、社長は自分たちを売ろうとしてたという意識だけが残ります。気心の知れた幹部ならともかく、通常の従業員さんへの求心力が低下することは間違いありません。

また、取引先にバレてしまった場合、「この会社は将来どうなるかわからない」「ここは売ろうとしても売れなかった会社らしいが、何か理由があるのだろうか」という意識が強くなります。その後のビジネスに悪影響を与えるリスクも高いでしょう。

秘密を守る鉄則

秘密を守るためにもっとも効果的な方法は、秘密を知る人間を極力少なくすることです。

M&Aプロセスの初期では、自分と家族(配偶者)ぐらいしか、社内にM&Aのことを知る人間がいないようにしましょう。M&Aプロセスが進むにつれて、財務責任者や事業部長などにも情報を開示していき、少しずつ対象範囲を広げていきます。

外部関係者とは口裏合わせをしておこう

外部関係者とは、事前に口裏を合わせておきましょう。

会社の代表電話に「もしもし、株式会社〇〇M&Aアドバイザリーと申しますが」という電話を掛けてくるバカなM&Aアドバイザーはさすがにいないでしょうが、万が一会社内の人に会ったときに、どういう身分の人間かを説明する口裏は事前に合わせておきましょう。ニセの名刺を持ち歩くM&Aアドバイザーも少なくありません。

また、デューデリジェンスを受けるときは、案件を知らない担当者へのインタビューが必要なことがありますので、DDチームと何の名目で来ているのかを打ち合わせておきます。たとえば、「税務調査」や「経営コンサルティングの事前調査」などの名乗り方があります。

注意点7.ノンネームシート(ティーザー)は必ずチェックする

ノンネームシートとは、会社の事業内容や売上規模、地域など、買い手候補が興味ありかなしかを判断する最低限の情報を、会社名を伏せたうえで案内する紙です。ティーザーや一枚モノとも呼ばれます。

買い手候補はノンネームシートを見て、「興味あり」と判断したら、守秘義務契約を締結したうえで会社名を含む詳細な情報を手に入れます。逆に言えば、ノンネームシートは守秘義務契約がない状態で配布されます

ただ実際には、業界人ならどの会社か一発でわかるノンネームシートも存在します。もちろん、守秘義務がないからといって言いふらしたりはしないのですが、秘密保持という点で非常に問題です。

ノンネームシートは仲介会社任せにはせず、必ず売り手自身が監修しましょう。

ノンネームシートの記載内容については、「秘密を守り有望な買い手を集めるM&Aのノンネームシートの記載内容」をご覧ください。

ノンネームシートの配布先も確認しよう

ノンネームシートが、誰にどのように開示されるかもチェックしましょう。

仲介会社の担当者が知っている会社に持参する場合もあれば、全国の買い手候補リストに一斉メールする場合もあります。また、Webサイトの売却案件情報で開示されることもあります。

誰にどのように開示されるかは、ノンネームシートの記載内容にも影響しますので、きちんと確認しておきましょう。このとき、「この会社には開示しないでくれ」というリクエストがあればお伝えしましょう。

さらに書き足すと、どのノンネームシートをどの買い手候補に開示するかはM&Aマーケティングの非常に重要なプロセスです。ノンネームシートの開示戦略については「ぜひ売りたくなる相手とのご縁をつなぐM&Aショートリストの作り方」をご覧ください。

注意点8.買い手の信用は自分で判断する

売り手オーナーさんにとって、買い手はビジネスカウンターであるとともに、苦楽を共にした部下を預ける大事な存在です。買い手が信用できるパートナーかを判断するのは、経営者としての最後の大仕事と言っても過言ではありません。

中小企業のM&Aでは、トップ面談と言われる売り手オーナーと買い手経営陣(必ずしも社長とは限りません)の面談があります。相手の人柄は会ってみないとわかりません。自分の大事な事業を引き継ぐ「後継者」としてふさわしいか、自分の目で確かめましょう。

中小企業のM&Aにおいて、トップ面談は断じてセレモニー的なものではなく、買い手候補が後継者としてふさわしいかを見定める非常に重要なものです。トップ面談の意義と準備については「最良の後継者を選ぶM&Aでのトップ面談の7つの意義と6つの準備」に記載していますので、ぜひ目を通されることをお勧めします。

契約書を過信しない

M&A後の会社や従業員の処遇は、契約書で取り決めることも可能です。ただし、過信はしないようにしましょう。

たとえば、社員は全員、不利益変更なく雇用維持という条項を契約書に謳っていたものの、M&A後に買い手から本部人員全員の転勤が命じられ、全員が「自己都合で」退職したというケースもあります。

契約書は作りこんでも限界があります。過信して相手の不誠実を見落とさないように注意が必要です。

注意点9.価格交渉の攻めと守り

M&A交渉で大きなポイントになるのが価格の面です。上述のとおり、1円でも高ければ売り手の勝ち、1円でも安ければ買い手の勝ちなので、利害が正面から衝突します。

実は、M&Aプロセスの進展に応じて、攻めに出るタイミングと守りに入るタイミングがあります。それは、基本合意書の締結を境に切り替えるべきでしょう。

基本合意前は攻めに出よう

基本合意書が結ばれる前は、複数の買い手候補との競争入札になります。この時期は売り手が有利で、なるべく高い価格を複数の買い手候補から引き出したいところです。強気に攻めていきましょう。

入札がされ、基本合意書に金額が記載されると、基本合意書に書いてある金額が事実上の上限価格になります。これ以降はこの金額をどこまで減額するかという勝負になりますので、スタートラインはなるべく高く設定しておきたいところです。

不誠実な入札に注意

なお、強気に出るといっても、不誠実な入札は相手にしないようにしましょう。

M&Aに慣れた会社だと、デューデリジェンスでいちゃもんを付けて価格を下げることを見越して、本気ではない価格を提示してくることがあります。

このような会社の提案を真に受けてしまうと、結局誠実な入札者よりも低い価格で売るしかなくなったり、無駄なデューデリジェンスを受ける羽目になりますので、要注意です。

基本合意後は守りを固めよう

基本合意書を締結すると、候補者が絞られた1対1の交渉になります。これまで競合を意識して控えめだった買い手も一気に強気に出てきますし、仲介会社も味方してくれなくなってきます。

この段階では、デューデリジェンスで発見された事項を元に価格評価を再検討し、減額要因を並べて減額交渉を仕掛けられます。合理的な要求であれば呑まざるをえないですが、不合理な要求は突っぱねるクレバーさが求められます。

デューデリジェンス後の価格交渉の交渉戦略については、「【売主向け】DD後の最終条件交渉で勝つM&A価格交渉術」という記事でご紹介していますので、参考にしてください。特に税効果会計を使った減額幅の圧縮は、知っておかないと大損します。

デッドラインは心に秘めておく

なお、上記の記事でも触れていますが、「譲れない一線」は必ず心の中に持っておきましょう。これがないとズルズルと値下げに付き合わされる恐れがあります。

注意点10.契約書には絶対に手を抜かない

最後の注意点として、M&Aの最終合意契約は絶対に手を抜かないでください。

ここまで来るともうヘトヘトで、契約書がおざなりになってしまう方もいますが、今まで頑張ってきたのは、この最終契約書を締結するためです

M&Aにおける約束事は、最終契約書に記載されたことがすべてです。「内容がよく理解できなかった」「仲介会社が持ってきたものだから間違いないと思った」という認識では、大変な大やけどを負います。

売り手オーナーが特に確認すべき契約条項については、「甘く見ると大火傷!M&A株式譲渡契約で絶対注意すべき5条項」にまとめていますので、併せてご覧ください。

M&A法務の専門家に見てもらおう

最終契約書は、M&Aの法務に精通した専門家に見てもらうことを強くお勧めします。売り手オーナーこそ、法務面での防衛が不可欠です。

コストはもちろんかかります。でも、億単位の収入と、自分が人生を掛けて作り上げてきた事業の行く末がこの書面で決まるわけです。高い買い物ではないと思います。

なお、弁護士であっても、M&Aに詳しくない方には相談しないほうがいいでしょう。弁護士さんも専門分野がありますので、専門外の領域では十分な回答ができないものです。

専門家丸投げではダメ

なお、M&A法務の専門家を雇ったから安心してしまう人がいますが、これも危険です。専門家ははりきって自分の経験をもとに「最適」な契約を結ぼうとしますが、専門家と売り手さんのコミュニケーション不足から、オーナーさんの思いと乖離した契約内容になってしまうこともあります。

必ず専門家と読み合わせ、全条文について内容を理解してから押印しましょう。

おわりに

今回は、M&Aで売り手が注意すべきポイントを10個紹介し、ご説明させていただきました。

売り手はM&Aの素人で、買い手は熟練者です。土壌からして不利な立場であることを強く認識してください。そのうえで、上記10個の注意点を1つひとつクリアしていければ、必ずや納得のいくM&Aができるでしょう。

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M&A検討中しか選べない売主の3つの節税策

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株式会社STRコンサルティング 代表取締役
税理士・公認会計士 古旗 淳一

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