突然ですが、中小企業M&Aとは何でしょうか?

言葉の意味としては「中小企業を対象とした経営権の売買取引」です。しかし、それは表面的な事実に過ぎません。

もしあなたが、事業承継やその他の理由で自分の会社を譲渡しようと考えているとしましょう。あなたは、その譲渡を「株式という単なる資産の売買取引」と割り切れるでしょうか?

大企業のM&Aはビジネス取引かもしれませんが、中小企業M&Aは単なるビジネスとは割り切れない、一人の人生の大きなターニングポイントです。あなたは大きなお金を手に入れる一方で、大きな何かを手放します。そこには、お金を超えて希求される何かがあるはずです。

私は、M&Aを大成功させた元売り手オーナーを数多く知っていますが、その一方で、大失敗させてしまった元売り手オーナーも嫌になるほど見てきました。そして、多くの成功者に共通し、失敗者には当てはまらない中小企業M&Aの本質を深く考えてきました。その結果辿り着いた答えとして、「中小企業M&Aの本質的な定義」は以下で表現できると考えています。

中小企業M&Aとは、経営者でもある売り手本人の「個人的願望」の追求である

中小企業M&Aの本質とは何でしょうか? それを知っておくことは、中小企業M&Aの成功の礎になります。以下、中小企業M&Aの特徴から考えてみましょう。

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中小企業M&Aでは、経営者の個人的利益の追求が可能

中小企業M&Aの大きな特徴は、ほとんどのM&A対象会社の経営者には、個人的な要望を求める権利が認められているということです。
これは一体どういうことでしょうか。大企業のM&Aと比較して、中小企業M&Aの特徴を確認しておきましょう。

M&Aとは、株主利益の追求である

まず、大企業も中小企業も区別なく、売り手側がなぜM&Aを行うかというと、そこに共通する目的は「株主利益の追求」です。

M&Aは株式という株主の所有財産を売買する行為ですので、いくら経営者同士が合意しても、対象会社の株主の同意がなければ成立しません。では、どのような場合に株主がM&Aに同意するかというと、それは株主本人に、M&Aによって利益がもたらされる場合です。

つまり、M&Aの根本は株主の利益の追求であり、それができないM&Aは成り立ちません。

大企業を対象としたM&Aの利益追求

では、大企業を対象としたM&Aの場合はどのような利益追求がされるのでしょうか。

大企業(特に上場会社)の場合、株主の大半は経営者ではありません。お互い顔も見たことのない株主が大勢入っている中で、彼らが共通してメリットを感じられる利益を示せなければ、M&Aは成立しません。

では、万人が共通して感じるメリットとは何でしょうか?
それは「お金」に他なりません。大企業のM&Aは、何よりもお金(株式をいくらで買い取るか?)を価値基準に動いていきます(下図)。

大企業のM&Aは常にお金が最優先

これが大企業経営者の難しいところです。経営者本人は雇用維持や社会的貢献といった崇高な美学を持ていたとしても、それを主張すると株主から「ビジネスに私情を挟むな」と言われてします。組織のリーダーとしての義務感を果たすチャンスは、大企業M&Aでは極めて限られてしまいます。

中小企業を対象としたM&Aの利益追求

一方、中小企業も株主の利益を追求することは必要ですが、ほとんどの中小企業の株主は経営者個人であるか、その経営者と関係の深い人です。

したがって、株主を満足させるということは、経営者を満足させることです。いくらお金を積まれても、経営者がお金以外の条件で満足できなければ、M&Aは成り立ちません

そのため、もしも経営者がお金以上にM&Aに求めていることがあれば、それはそのままM&Aで優先される価値判断になります(下図)。

中小企業のM&Aは経営者の個人的願望が優先される

これが、大企業M&Aと中小企業M&Aの本質的な違いです。同じM&Aという手段を用いていても、そもそもの目的がまったく違うということです。

中小企業M&Aの目的は、「経営者の想い」を満たすこと

上述のとおり、中小企業M&Aは、大企業M&Aとはそもそもの目的が違います。では、どのような目的でM&Aが行われているのでしょうか?

経営者としての「利益」はお金だけではない

高値でさえ売れれば後のことはどうでもよいという経営者も中にはいますが、ほとんどの中小企業経営者はそうは考えていません。

もちろんお金は重要ですが、たとえば従業員の雇用維持は絶対条件であったり、ブランド名が継続されるのであれば少し価格を下げてもよいなど、お金以外の優先基準を設けている方のほうが圧倒的に多数です。

経営者としての責任感がある

つまり、多くの中小企業経営者には、経営者としての責任をまっとうしたいという想いがあります。

自分で立ち上げた、或いは親から引き継いだ会社を他人に売るにあたって、実利を捨ててでも最後の責任を果たしたいと考えるのは、決して空虚なプライドではなく美学だと思います。

事業に対して「夢」を託すこともできる

また、M&A後の事業の発展を夢見る方もいらっしゃいます。

M&Aをきっかけに、新しい親会社の協力の下で急成長していく会社は少なくありません。M&Aは、自分が作り、基盤を作った会社が大きく成長していくことに希望を託すこともできるのです。

中小企業M&Aの目的は経営者の想い次第

中小企業のM&Aの目的は、お金も含めた経営者の個人的願望にあります。どのような願望をどれだけの熱意をもって追求するかは個々の経営者次第であり、売り手オーナー=対象会社経営者が心から満足できる結果を希求するのが、中小企業M&Aというものなのです。

売り手経営者の満足なくして、M&Aの成功はあり得ません。自分の想いを何よりも大切にしてM&Aを進めるべきですし、もし想いに応えられないのであれば、M&Aは諦めるべきです。

ただし、それを叶えられるかは買い手次第

ただし、ここで冷や水をかけるような現実があります。それは、「お金以外の願望を叶えるかどうかは、M&Aで売った相手が決めること」という事実です。

M&Aが成立すると、会社の経営権は買い手企業に引き渡されます。元経営者がどんなに雇用維持を望んだところで、それを決めるのは買い手です。また、仮に買い手も雇用を維持したいという気持ちが強くても、M&A後に事業が停滞して投資が回収できなくなってしまえば、人員整理に着手せざるを得なくなるかもしれません。

お金以外の願望が成就されるか否かは、ひとえにそれを実現できる買い手を選べるかどうかにかかっています。

ビジネスライクな買い手に願望を叶えてもらうには

なお、買い手企業にとって、M&Aは常にビジネスです。「儲けるために買う」という発想がなければ、何億何十億という投資はしてくれません。

つまり、売り手経営者が自分の願望を叶えるためには、以下のどちらかを買い手に理解してもらう必要があります。

  • 売り手経営者の願望に沿うことが、M&A後の買い手の儲けに直結すること
  • 売り手経営者の願望に沿うことを約束しなければ、売り手は絶対に売ってくれないこと

売り手は、このどちらかを買い手に理解してもらう努力するともに、約束を守る意思と能力があることを確認してから売らなければなりません。

自分の願望に向き合い生涯後悔しないM&Aをする3つのポイント

このような中小企業M&Aの理想と現実がある中で、どのように立ち回ることがM&Aの成功につながるのでしょうか。そのポイントは次の3つです。

  1. M&Aを知ること
  2. 自分の願望を整理すること
  3. 自分の願望を買い手に伝え、実現できるか確認すること

それぞれ具体的に説明していきましょう。

ポイント1.中小企業M&Aを知ること

ほとんどの売り手オーナーさんにとって、M&Aは初めての経験です。単にM&Aアドバイザー任せにしておいたのでは、適時に的確な判断ができません。

戦に勝つには兵法からです。まずは、中小企業M&Aというものについて勉強しましょう。

中小企業M&Aの知識については「事業承継でM&Aを大成功させるための知識と知恵のすべて」で非常に詳しく紹介していますので、ぜひご覧ください。

ポイント2.自分の願望を整理すること

自分自身がどのような願望を抱いているのかを整理しましょう。

これは、M&Aプロセスという長くタフなマラソンのゴールを定めるということです。M&Aプロセスの最初から最後まで、首尾一貫してゴールを目指すことができれば、最も効率的に成功に近づくことができます。

ポイント3.自分の願望を買い手に伝え、実現できるか確認すること

自分がM&Aに対してどのような願望を持っており、買い手企業に何を切望しているかを、常に買い手企業に発信していきましょう。

最初から最後まで一貫性をもって発信しておくことで、入札には自然とそれに応えられる買い手候補が集まり、自分こそが後継者にふさわしいとアピールしてくれます。あなたはその中から、本当に事業を任せたい1社を選ぶだけです。

中小企業M&Aには夢を描け

中小企業M&Aは、夢だけで成功できるほど甘い世界ではないということも事実ですが、夢がなければ成功できないのもまた事実です。

自分が中小企業M&Aにどんな願望を描いているか、それを表現し、実現に向けて最大限の努力をしていきましょう。