M&Aで買い手を探すと「ファンド」という買い手が手を挙げてくれることがあります。なんとなく金融系かなと思いつつ、何者なのかよくわからず戸惑う売り手経営者さんも多いでしょう。

M&Aに登場する「PEファンド」は、非上場会社の買収を専門とする投資事業体で、言わばM&Aのプロです。そのため、他の買い手よりも高い金額の入札をすることが多いです。

その一方で、M&Aのプロだからこそ気を付けなければならないデメリットも少なくありません。良くも悪くも、一般的な事業会社とはまったく異なる買い手なのです。

M&Aの買い手候補としてファンドが選択肢に入る場合は、彼らの行動原理や特殊性をきちんと理解して検討しましょう。多くの利点がある一方、落し穴も多いクセのある買い手です。

この記事では、

  • PEファンドのビジネスモデル
  • ファンドに会社を売ることのメリット
  • ファンドに会社を売ることのデメリット

について、M&Aや金融の初心者の方でもわかりやすく解説していきます。

最後までご覧いただければ、ファンドというクセの強い買い手を正しく理解し、メリット・デメリットを十分把握した上で、買い手の選択肢にすべきか否かを決断できるでしょう。

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PEファンドのビジネスモデル

まずは、PEファンドがどのようなビジネスモデルの企業体なのかを理解しておきましょう。

ファンドは投資家からお金を集め、投資で増やすビジネス

そもそもファンドというのは、お金を持っている投資家からお金を預り、それを投資によって大きく膨らませるビジネスを行っています(下図)。

ファンドのビジネスモデル

投資の対象は、株式や不動産など、一般的に投資と考えらえるものには多くファンドが組成されています。

PEファンド=非上場会社専門のファンド

PEファンドのPEとは、「プライベートエクイティ(Private Equity)」、つまり「非上場株式」のことです。

つまり、PEファンドは非上場の中小企業を買収し、その価値を高め、利益を生み出すことによって、その利益を投資家に還元していきます

PEファンドの利益の出し方

ただし、いくら買収した会社が成長してくれたところで、配当だけでは投資家に還元できるだけのキャッシュを生み出すことはできません。

そこで、PEファンドは買った株式を短期的に転売し、投資額以上のキャッシュを手に入れようとします。

転売の方法は以下の2つです。

  • その会社を上場させ、株式市場で売り出す
  • その会社を高値で買ってくれる会社を見つけ、転売する

会社が上場できれば投資額の何倍、何十倍というお金が手に入ります。一方、他社に転売する場合はそこまで上場ほどの利益は入りませんが、「LBO(レバレッジドバイアウト)」という買収方法により利益を何倍にもすることが可能です。

LBOについては「LBO(レバレッジドバイアウト)の仕組みをわかりやすく図解」にて詳しく説明していますので、本稿では割愛します。

ファンドと経営者の問題

さて、ファンドが中小企業を買収したときにいつも問題になるのが、「次の経営者を誰にするか?」という問題です。

一般的には、M&A前のオーナー経営者には退任してもらい(会長などで残ることも多い)、代わりに大手企業の管理職の人、経営コンサルタント、社内の番頭格の人物などを新社長にします。

ところが、多少の知識や経験があったところで、結局はみんなサラリーマンです。多くの中小企業経営者が感じているとおり、中小企業経営はトップの器と才覚によるところが多く、残念ながら経営者としてはイマイチなことが少なくありません。

経営者問題が引き起こすデメリットについては後述しますが、ファンドは会社を売買するプロであって、会社を経営するプロではないことはしっかり認識しておきましょう。

ファンドに会社を売ることのメリット

では、M&Aの買い手としてファンドを選択することのメリットには、どのようなものがあるでしょうか。

メリット1.高値で売れる

ファンドに会社を売る最大のメリットです。唯一と言っていいかもしれません

ファンドは良い会社があれば、相当な高値を出してでも落札しようとします。何せ事業がしたいのではなく、買収そのものを目的として投資家からお金を集めていますので、「良い会社だったけど割高で買えませんでした」では済まされません。

もちろん、良い会社は決して多数ではありませんが、だからこそ絶対に逃せないという心理が働きます。

ファンドは事業会社より高い価格を提示できない?

なお、M&Aの専門書や一部サイトでは「ファンドはシナジー効果を生むことができないため、事業会社に比べて安い価格しか出せない」という説明がされていることがあります。

理論上は確かにそうなのですが、はっきり言って机上の空論。実際のM&Aに身を置いてみれば、ファンドが事業会社に比べて高い価格を提示しているのはすぐにわかります。

その理由としては、ファンドは短期利益が得られればそれでよく、後述のとおりリストラも躊躇しないため、事業を育てていくよりも低リスクで利益を上げるノウハウがあること、またLBOによって少ない利益を何倍にもできることが挙げられます。

メリット2.少数株主として残れることも

中小企業M&Aでは、売り手オーナーがM&A後も少数の株主であることは稀ですが、ファンドの場合は一部株式を継続的に持っていることを認めてくれる場合があります。

なぜなら、上述のとおりファンドには経営ノウハウがないので、経営者に残ってもらえると助かるからです。

この場合、ファンドと一緒に上場を目指すことで、上場した際にはプラスで上場益を得られることがあります。

ファンドのメリットは基本的におカネ

ファンドに売るメリットというのは、実際のところ上記の2つぐらいで、正直お金絡みの話です。

M&Aの関係者でお金を意識しない人はいませんので、これは非常に重要で素晴らしいメリットであると言えます。

ただし、M&Aの目的がお金以外のところにもあるのであれば、ファンドへの売却は次章のデメリットに留意する必要があります。

ファンドに会社を売ることのデメリット

続いて、M&Aの買い手としてファンドを選択することのデメリットです。

デメリット1.会社がガタガタになるリスク

残念ながら、私はファンドに売却されたことによって、会社が成長どころがガタガタになってしまった事例をたくさん見てきました。ファンドに売って成長する会社より、ダメになっていく会社のほうが多いのではないかとさえ思います(それでも成功の際は利益が大きいので、問題はないのでしょう)。

なぜこのようなことが起こるかというと、ファンドは会社売買のプロであって、事業経営のプロではないということに起因します。

経営者不在になるリスク

上述のとおり、ファンドはM&A後の経営者問題にいつも苦労します。

東証一部上場企業で管理職を務めていた人物を、高い年俸で引っ張ってきたりもしますが、残念ながらなかなかうまくいきません。彼らは大組織のサラリーマンであり、中小企業の経営者もできる人はごく少数です。

経営コンサルタントも、結局のところアドバイザーや分析屋として優秀なだけで、実際に経営をするというのはまったく別のスキルです。

中小企業の発展は多くの部分が社長に支えられています。適任者が見つけられなければ、経営者不在の会社ができあがり、ズルズルと衰退していきます。

ファンドが求める経営者とは?

なお、ファンドにM&Aされた会社を経営するというのは、普通に会社を引き継ぐよりも困難です。

なぜなら、ファンドは買った時よりも価値を生み出して転売しなければ商売になりません。したがって、新社長は単に事業を維持させていくのではなく、数年という期間内で大きく伸ばさなければならないため、事業に対する深い理解、組織運営能力と人望、そして時に冷徹な経営判断ができる人物でなければ務まりません。

このような人物は簡単には見つからないので、結果が出なかったらどんどん社長を交代させていくことになります。トップがコロコロ変わる会社が伸びるわけがないのですが、ファンドもまた利益を出すのに必死なのです。

大量退職を招くリスク

M&Aでは、社員さんたちがどんどんやめて行ってしまうという出来事は、割と起こりがちです。M&Aは社員にとっても大きなストレスですので、きちんとケアしないと大量退職を招きます。

M&A後に従業員を不幸にさせないノウハウについては「8つの失敗と成功の事例で学ぶ社員を不幸にしない会社売却のコツ」をご覧ください。

ファンドのM&Aでも、このような大量退職はよく発生します。むしろ、事業会社が買う場合よりもそのリスクは大きいと言えます。

なんと言っても、ファンドは金融屋さんであり、会社というものがよくわかっていない人が多すぎます。M&A後に上から目線でトンチンカンな指示が連発され、社員がシラケてしまうことも少なくありません。

デメリット2.株価の上下がすべての行動原理

M&Aは買うこと自体が目的なのではなく、利益を上げることが目的です。それ自体はファンドでも事業会社でも同じなのですが、ファンドの場合は事業運営で利益を上げるのではなく、株価を引き上げて売るという取引で利益を得ます。

したがって、経営判断の基準は、すべて「短期的に株価が上がるか下がるか」です

たとえば、短期的な株価上昇に直結しない研究開発、実験的な新規事業、社内親睦のための福利厚生などは全部却下です。長期的な発展には必要なことであっても、転売に役に立たない経営施策だと判断されれば認めてもらえません。

一面では会社の無駄が削ぎ落とされるというメリットもありますが、中で働く人たちにとってはあまり気持ちのいいことではありません。また、何よりも長期的な発展を犠牲にしている側面が否めません。

デメリット3.リストラや事業廃止には躊躇しない

ファンドは会社を買収時よりも高くして売らなければなりません。投資家からお金を預かっている以上、当然の使命です。

したがって、人員が過剰と判断したらリストラしますし、不採算と判断した事業があれば廃止や売却を行います。大金を払って買った会社なのだから、当然の責務です。

ファンドは事業経営のプロではありませんが、会社売買のプロです。リストラや事業廃止は短期的に株価を上昇させる常套手段であり、プロである彼らが躊躇することはありません。

デメリット4.転売先は選べない

ファンドは長期的な目で会社を育てるのではなく、短期的に転売して利益を生み出します。このとき、元オーナーには、転売先の選定に口を出す権利はありません。

当然ですが、ファンドは一番高い価格を出す買い手に売ります。仮に相手が日本語をしゃべれなくても、カネさえ出してくれればそれで十分なのです。

ファンドに売ると、上場しない限りは数年後にこういった状況が待っています。

デメリット5.社員・従業員から恨まれることも

最後に、ファンドへのM&Aは上記のような混乱を社内に巻き起こしますので、結構恨まれる売り手オーナーさんは多いです。

特にLBOによって対象会社は多額の借金を背負うことになり、その借金によって元オーナーは大金持ちになっていますので、社員・従業員が嫌な気分になることは仕方ありません。

あまり気にしないのであればいいのですが、気にされる方はファンドへの売却は慎重に考えたほうがいいでしょう。

ファンドへの売却は要注意!

今回は、ファンドに対して会社を売ることのメリットとデメリットをご紹介しました。

結論として、ファンドに売るメリットはお金であり、デメリットはお金以外のすべての部分です。

これは売り手オーナー本人が「M&Aで何をしたいか」という目的(M&Aの成功定義)によるところですので、ご自分の思いを整理し、ファンドが売却先候補になり得るのか否かをよく考えるべきでしょう。

M&Aの成功を定義する方法については、「これがM&Aの第一歩!【M&Aの成功定義】の7つのステップ」でご紹介しています。M&Aで何を実現したいのかを明確にしてから臨みましょう。